2012年5月31日木曜日

イカの正面

「なぜ鏡に映った像の左右は逆なのに上下は逆ではないのか」という問題からの派生で、「上下」「前後」「左右」という概念に関わる現象とその本質をめぐって、まだ考え続けてる。

「前」には次の3種類があると思う。

1.注意の方向としての「前」

2.運動の方向としての「前」

3.物の領域としての「前」

人がまっすぐ前を見て歩いたり走ったりしている時は、1~3の「前」が一致している。

首をねじって横を見ながら後ろ向きに走っている時は、1~3の「前」がバラバラになっている。

進化論的タイムスパンで見れば、生成の順序は、1→2→3であるような気がする。

つまり地球上には、「特定方向に注意を向けられる生物」、「方向性のある運動ができる生物」、「体に『前後』の区別がある生物」の順に出現してきたのではないかと。

「特定方向に注意を向けられる生物」と「方向性のある運動ができる生物」のどちらが先に出現したのかについてかは、いまひとつ自信がないのだが。

「体に『前後』の区別がある生物」の出現が最後であることは、自明だろう。

単細胞生物のように体に「前後」の区別がない生物だって、ちゃんと特定方向に注意を向けて、特定方向に向かって運動するわけだし。

だから生物の体における「前後」の区別は、生物において方向性をもった注意や運動が必要になり、可能になり、より必要になり、より可能になり、という発展に先導される形で、生まれてきたに違いない。

で。

たとえばイカの体は、どちらが「前」なのだろうか。

捕食の瞬間は、当然、口がついてる方に向かって運動するのだから、イカにとっての注意の方向も、運動の方向も、口がついてる方が「前」である。

ところがイカの映像を見ていると、けっこう、口がついてる方とは反対の方を「前」にして泳いだりもしている。

あの体のかっこうから見るに、口がついてる方とは反対の方に向かって進んだ方が、抵抗が少ないようにも見える。

これは、如何に考えるべきか?

以下のように考えてみた。

すなわち、イカの体には「前後」の区別はないのだと。

「前後軸」は存在している。

しかし前後軸のどちらが「前」でどちらが「後」かは、いまだ定まっていないのだと。

イカの「注意の方向」および「運動の方向」のあり方からして、そう考えるべきなのではないか。

いかがだろう。

ただいずれにせよ、イカにとっての前後軸が、イカの体軸と直交していないことは間違いない。

漫画チックなイラストだと、イカが腕(「脚」)を下にして立って、こちらを見ていたりする。

あの世界観では、イカにとっての「前」の方向が、イカの体軸と直交している。

あの「前」は、イカにとっては、「注意の方向」でも「運動の方向」でもなんでもない。

あれは人間が、自分の体の脚や目の方向と「前」の方向との関係のあり方を、イカの体の腕(「脚」)や目の方向と「前」の方向の関係のあり方に、無理矢理押しつけた世界観だ。

イカだってイカる。

2012年5月30日水曜日

ユートピア・ルールと「合成の誤謬」

カントが『道徳形而上学原論』で述べている
《我々は、自分の格律が普遍的法則になることを欲し得ねばならない、このことが行為一般に対する道徳的判定の規準である》(篠田英夫訳)
というルール。

このルールを、「ユートピア・ルール」とでも名付けよう。

言ってみればこのルールは、
「もし世界中の人間が自分と同じ原理で行動したら世界がユートピアになるような原理に従って行動せよ」
というルールだから。

個人が自分の行動を決める上での基準として採用するぶんには、悪くないルールだと思う。

だがこのルール、大事なことを見落としている。

それは、現実の人間が従っている道徳的判定の基準が多様であること自体が、人類の存続と発展に不可欠な条件になっていること。

裏を返せば、世界の道徳的判定の基準を現実に統一しようとすれば、この世の地獄が現出せざるをえないこと。

「ユートピア・ルール」は、社会制度の設計を考える時に持ち出すには、あまりにも危険なルールだと思う。

2012年5月29日火曜日

住む人の意識が判る(ごみ)置場

近所のごみ集積所に
「住む人の意識が判る(ごみ)置場」
という手書きの標語が掲げられている。




ごみ置場のルールを守ることの大切さを訴えるよいコピーだと思う。

気になるのは標語の中の「ごみ」についている丸カッコ「( )」である。

あれは何の目的でつけられているカッコなのか。

その上にある「お互いに(ルール)を守りましょう」という注意書きから類推するにあれは強調のカッコなのか。

にしてもあの標語の中であえて強調すべき語があるとすれば「意識」であって「ごみ」ではない気がする。

さらにその上にある「決められた日に決められた廃物(ゴミ)を出しましょう」という注意書きから類推するにあれは言い換えもしくはルビのカッコなのか。

それもへんだ。

それとも「ごみ」にカッコがついていないと「住む人の意識が判る」という形容詞句が「置場」ではなく「ごみ」を修飾していると誤読する人が出ることを心配したのか。

つまり「ごみ」には「住む人の意識が判るごみ」と「住む人の意識が判らないごみ」の2種類があってここには前者のごみだけを置いて後者は他のごみ置場に置くように指示していると誤解されることを恐れたとか。

なわけはない。

あのごみ集積所の前を通るたびに考え込む。

2012年5月28日月曜日

問いを発見する速さと答えを発見する速さ

もしかすると頭の回転の速さには問いを発見する速さと答えを発見する速さの2種類があるのかもと思い始めてる。

仮に問いを発見する速さだけが速くて答えを発見する速さが遅い人物と答えを発見する速さだけが速くて問いを発見する速さが遅い人物がいるとすると前者は答えが見つからない疑問が次から次へと頭に浮かぶばかりでいっこうに答えを出せない一方で後者は自ら問題を発見することはない代わりに与えられる問いには電光石火で答えを出していく。

現象的に前者より後者の方が頭の回転が速く見えるからと言って頭の回転そのものの速さがより速いと限らないのではないかみたいな。

2012年5月27日日曜日

知的所有権感覚

日本では中国における知的所有権感覚のなさがよく話題になるがでは日本は知的所有権感覚が世界一発達した国かと言えばそんなことはないはずで日本よりもずっと知的所有権感覚が発達した国の人々の目に映る日本人の知的所有権をめぐる振る舞いは日本人の目に映る中国人の知的所有権をめぐる振る舞いとそう変わらないかもしれなくてもちろん佐々木自身の感覚や振る舞いだって見る人から見れば軽蔑の対象なんだろうなということは時々思う。

2012年5月26日土曜日

アイン・ランドを嫌う人々に抱く気持ち

作家の好みなど人それぞれなのだから自分が好きな作家を嫌う他人に怒りだの軽蔑だのといった感情を抱くことはあまりない。

むしろ羨望の念を抱くことさえある。

たとえば太宰治を嫌う人々とか。

健康な精神生活を送ってきたんだなと。

太宰の作品が好きというのはそこに描かれている不幸に共感するからなのだろうから共感するような不幸が自分の中にないというのは幸福以外の何ものでもないに違いない。

夏目漱石についても同じことが言えそうだ。

ただ唯一アイン・ランドについてだけはその作品を嫌う人々に対し「おかわいそうに!」という感情を抱く。

それはやはりランドの作品で正面に据えて描かれているのが人間の不幸ではなく可能性だからこそなのだと思う。

2012年5月25日金曜日

尊敬耐性

多くの人は自由などには耐えられないとはよく言うけれどもしかすると尊敬に耐えられる人もそんなに多くはないのかもと思い始めている。

感情としての尊敬には耐えられるしむしろそれを渇望と言えるほど望んではいても意志としての尊敬やそこから生まれる対応に現実にさらされた時に要求される思考や判断や責任や孤独にはとても耐えられないという意味で。

2012年5月24日木曜日

兼六園に行ってきた

北陸出張のついでに昨日金沢の兼六園に行ってきた。

水戸偕楽園(一昨年12月)、岡山後楽園(昨年1月)と来て、これで「日本三名園」制覇である。

兼六園なめてた。

庭の設計や手入れの土台になっている美意識の規模とか密度とか自由度とか運動性とか構造性とかが偕楽園や後楽園とは桁違い。

偕楽園・後楽園と合せて「日本三名園」とか言った奴兼六園に謝れと思った。

植木の剪定。

苔の生やし方。

土地の高低差の使い方。

視界の遮り方広げ方。

古蹟の残し方。

いずれも兼六園に比べれば偕楽園も後楽園も安易陳腐低俗の誹りを免れない。

もちろん庭のあり方なんて年々季節々々どころか日々時々刻々変わる上に観る側の気分だの美意識の変化だの同行者だのによって感じられかたがまったく変わってしまうわけだから佐々木が見た時点における三園のあり方に対する佐々木のあり方を土台にしての印象という注釈を付けなきゃいけないわけだが。

あとだいたいどこの土地にいってもその土地らしい空気の感じというのがあって空気の感じというのは空気の感じとしか言いようがないものだからたいていはわざわざ言語化などしないのだが金沢駅周辺や兼六園の近辺を歩いて感じた空気の感じがあまりにも独特でしかも地元住まいで非常に言語感覚の緻密な方が同行してくださっていたので無理矢理言語化してみて出てきた言葉が「金沢の空気はとげがない」。

2012年5月23日水曜日

上下前後左右をめぐってまだしつこく考える

左という概念と右という概念は間違いなく同時に発生した。

上という概念と下という概念もそう。

だが前という概念と後という概念についてはどうだろう。

概念が概念になる前の段階や概念が概念になりかかる段階を含めると前という概念の歴史は後という概念の歴史よりも長いのではないかという気がする。

認識主体にとっての前とは注意の方向であり注意は概念が生まれる土台だから。

2012年5月22日火曜日

傾かない視覚像

ビデオカメラで撮影している最中にカメラを左右に傾けたら、映像が右左に傾く。

正面を見ながら自分を首を左右に傾けても、決して同じようには、視覚像が傾かない。

上は上のまま。

下は下のまま。

首の傾きに合わせて、視覚像の垂直水平方向が補正される感じ。

これがほんとに不思議。

網膜に映る像と、この像に基づいて頭脳に形成される視覚像は、つながっていると同時につながっていないのである。

こういうことを考えながら首を左右に傾けて感心している佐々木を端から見たらきっとアホみたいだろう。

2012年5月21日月曜日

なんとか食

今日は朝方に二十何年ぶりの天文現象があるとかで一応その時間に外を見てみたがどうも曇が厚く見えないようなのでこりゃだめだと早々にあきらめて仕事を片づけ一段落したところでtwitterやらFacebookやらをのぞくと薄曇りのおかげでかえってよく観察できたなんていう書き込みやら写真投稿やらもあってへぇーそうなのかと思いつつもじゃあもっと一生懸命探して見ておくべきだったと悔いる気持ちも特に起きずもしかするとこの興味のなさは自分の精神的老化の現れなのかとちょっと心配になる。分単位で何が起きてどうなるのかが寸分の狂いもなく予告されている現象が予告されている通りに起きるのを見ていったい何がおもしろいんだとかそんな憎まれ口も世間の人々を嘲笑して優越感に浸りたいという欲求が盛んな頃であればきいてみる気になるのだろうがそんな気さえ起きない。かと思うとなぜ鏡に映った像の左右は逆なのに上下は逆ではないのかだの左右が逆とか上下が逆とはいったいどういうことを言うのかだとかを考えることに何日も心を奪われたり。天体の動きなんかより自分の心の動きのほうがよほど意外性がある。みんなが見れた天文現象を自分が見れなかったことをひがんでるわけではない。ないない。それはない。断じてない。

2012年5月20日日曜日

鏡像において左右が逆になっても上下が逆にならない理由をめぐって3

「なぜ、鏡に映った像の左右は逆なのに、上下は逆ではないのか」という問題について、まだまだ考え続けている。

昨日のエントリでは、大事なことを見落としていた。

それは、「上下」には「視界を基準にした上下」もあるということ。

これも一種の「場の上下」である。

「場の上下」には、次の3種類があるのではないか。

1.重力の方向を基準にした上下

2.視界を基準にした上下

3.「物自体の上下」イコール「場の上下」であるような上下

生成の順序は1→2→3である。

1が最も根本的、かつ絶対的である。

2は、見る者の眼球の土台である、頭蓋骨の方向によって規定される座標軸である。

人間は直立状態を基本姿勢とするがゆえに、基本姿勢において、頭蓋骨の頂部は、重力方向の真逆を向く。

ここから、頭蓋骨という物自体の上下の認識が生まれる。

そうなると、頭蓋骨の頂部が重力方向の真逆を向いていなくても、重力の方向を基準にした上下とは独立に、頭蓋骨の上下の認識が保存される。

と同時に、重力の方向を基準にした上下とは独立に、視界の上下の認識が生まれる。

3は、パソコンの画面だとか、本の版面だとかの上下である。

何も書かれていない紙の面に、上下の区別はない。

この状態の紙に、「物自体の上下」はない。

ところがその紙に文字や絵を書くと、文字や絵の上下に規定されて、場としての紙にも、「物自体の上下」が生まれ、それがそのまま「場の上下」になる。

このような「場の上下」は、見る側の「視界の上下」に規定されて生まれてくる上下である。

ただし、この規定は絶対的ではない。

タブレットPCの画面にも、上下はある。

タブレットPCを机に置いて見る時、画面の上下は、重力方向の上下と直交している。

画面を眺めながら、首を左右どちらかに傾ければ、視界の上下が、画面の上下とずれる。

ここからあたかも、画面の上下が、視界の上下とも重力方向の上下とも無関係に、恣意的に決まるかのような勘違いが生まれる。

昨日佐々木が
《重力方向を基準としない「場の上下」は、「前後」と「左右」が定まった後に定まる座標軸のような気がする》
と書いたのは、そのような勘違いに基づくものであった。

だが画面の上下は、あくまで視界の上下を基準に生まれたものであるし、視界の上下は重力方向の上下を基準に生まれたものである。

「つながっていると同時につながっていない」という、典型的な相対的独立の関係である。

佐々木が上記の勘違いをしたのは、媒介物としての視界の上下の存在を見落としていたからであった。

見落とした原因の一つに、視界の上下は、「『物自体の上下』イコール『場の上下』であるような上下」が定まる根本であると同時に、いったん「『物自体の上下』イコール『場の上下』であるような上下」が定まると、「『物自体の上下』イコール『場の上下』であるような上下」のほうが、むしろより絶対的になることがある。

画面を見ながら首を傾けた時、「視界の上下」を、「画面の上下」よりも優先して「上下」と認識する人間はいない。

「視界の上下」は、意識されない上下なのである。

だが、「なぜ、鏡に映った像の左右は逆なのに、上下は逆ではないのか」という問題を解く上で重要なのは、むしろこの「視界の上下」なのである。

2012年5月19日土曜日

鏡像において左右が逆になっても上下が逆にならない理由をめぐって2

「なぜ、鏡に映った像の左右は逆なのに、上下は逆ではないのか」という問題について、まだ考え続けてる。

そもそも、「左右が逆になる」とか「上下が逆になる」というのは、どういうことなのだろうか。

「左右」というのは、「上下」と「前後」の二つの座標軸が定まって、はじめて定まる座標軸である。

そして、「上下」にも「前後」にも、それぞれ二つの種類がある。

まず「上下」について。

「上下」には、「場の上下」と「物自体の上下」がある。

「場の上下」というのは、一般的には、重力の方向、すなわち、地球の中心を基準にした上下である。

「物自体の上下」というのは、たとえば、人間の体の「上半身」と「下半身」みたいなやつである。

人間が逆立ちすると、「上半身」が下になり「下半身」が上になるが、それでも「上半身」は「上半身」であり「下半身」は「下半身」である。

「上下が逆になる」というのは、「場の上下」と「物自体の上下」が逆になることを言うのであろう。

「場の上下」の中には、たとえばパソコンや携帯電話の画面の「上の方」とか「下の方」とか言う時のように、重力の方向を基準としない「場の上下」もある。

(余談だが、こういう重力方向を基準としない「場の上下」は、「前後」と「左右」が定まった後に定まる座標軸のような気がする)

文字にも上下がある。

これは「物自体の上下」である。

文字の「上下が逆」というのは、その文字が表示されている紙なり画面なりの「場の上下」と、文字の「物自体の上下」が、逆であることである。

次に「前後」について。

「前後」には、「物自体の前後」と、「運動方向を基準とした前後」がある。

人間の体の「前半分」と「後半分」と言うのは、人間がどういう方向に運動しているかとか、どういう姿勢でいるかとかには、依存しない。

これは「物自体の前後」である。

両端に運転席がある電車には、「物自体の前後」がない。

その時に進んでいる方が前で、その反対が後である。

これは「運動方向を基準とした前後」である。

電車が途中の駅で停車しても、基本的に、「運動方向を基準とした前後」に変化はない。

「運動方向を基準とした前後」の有無は、その物がその瞬間に運動しているかどうかには依存しない。

さて、基本的に「左右」というのは、「上下」と「前後」が定まった後に定まる座標軸であった。

文字に「左右」があるからには、文字の「上下」だけでなく、文字の「前後」もあるわけである。

この「前後」は、「物自体の前後」だろうか。

それとも「運動方向を基準とした前後」だろうか。

……みたいなことを突き詰めていかないと、おそらく、「なぜ、鏡に映った像の左右は逆なのに、上下は逆ではないのか」という問題は解けない。

2012年5月18日金曜日

鏡像において左右が逆になっても上下が逆にならない理由をめぐって

なぜ、鏡に映った像の左右は逆なのに、上下は逆ではないのか。

この問題について、20年ぐらい前、新聞の科学欄か何かで、何人かの専門家がいろいろ回答しているのを読んだうち、佐々木が一番納得行った回答は、「鏡像において逆になっているのは、実は左右ではなく、前後である」という回答だった。

佐々木は、それで納得が行った気になっていた。

しかし改めて考えてみると、この回答も、問題の本質や構造を、いま一つ解明し尽くしていない気がしてきた。

で、またつらつら、この問題について考えてみた。

一つ思ったのは、この問題について考える時は、実体の世界、それから認識の世界、これら二つの世界を、きちんと分けて考えないといけないということ。

まず、実体の世界で考える。

大雑把に言って、単純な物理現象として見た時、「人間が鏡像を見る」という現象において起きているのは、(1)鏡に映っている物体の表面における光線の反射、(2)鏡面における光線の反射、(3)人間の網膜への光線の到達、の三つである。

もちろん、鏡像現象の中心を成すのは、上記の三つの中でも(2)である。

すなわち、鏡像現象において「逆になっている」のは、光線の向き以外の何ものでもない。

次に、認識の世界で考える。

ごく単純に、認識は外界が頭脳に反映した像であると考えて、この像には、実像と虚像がある。

目の前、1メートル先に壁がある時、頭脳に反映した壁の視覚像から、「1メートル先の壁」を認識する時、この像は、実像である。

目の前、1メートル先に鏡がある時、頭脳に反映した自分自身の視覚像(鏡像)から、「2メートル先の自分」を認識する時、この像は、虚像である。

この意味で鏡像は、すべて虚像なのである。

人は、網膜に届いた光線から、頭脳に視覚像を形成し、さらにその視覚像から、目の前の世界のあり方に関する総合的な像を形成する。

網膜に届く光線の向きが、鏡面で逆になっていることと、この、視覚像から目の前の世界のあり方に関する総合的な象を形成するプロセスとの関係について、もう少しつっこんで考えないと、この「なぜ鏡像において左右が逆になっても上下が逆にならないのか」は解けない気がした。

2012年5月17日木曜日

自己内面恐怖症

ある行為をしている時自分がどのような欲求に基づいてその行為をしているのかについてどの程度自覚的であるかには人によって大きな差がある。

自分の欲求のあり方に自覚的でない人々が自分の欲求のあり方に自覚的でない原因をこれまで佐々木は当人の能力や性格や習慣に帰してきたが最近思ったのは実は恐怖というのも人をして自分の欲求のあり方を自覚せしめない大きな原因なのではないかということ。

自分の内面を対象化するなんて佐々木にとっては別に怖くもなんともないことなのでこれまで考えたこともなかったがもしかすると人によっては想像もしたくないほど恐ろしいことなのではないか。

そう考えるとこれまでいまひとつ腑に落ちなかった他人の認識のあり方に納得がいくことが少なくない。

高所恐怖症があったり先端恐怖症があったりするように自己内面恐怖症というのがあるのではないかと。

2012年5月16日水曜日

男がいない

ネットにこんな感じの記事が掲載されていて、説得力がすごすぎて爆笑した。
「結婚? いまは考えられないけど、そのうちなんとかなるよ」と思っていたのは20代後半。そして30代半ばにもなれば、どうもうまくいかない自分に気づく。「あれ? どうして彼女ができないんだろう。同級生は次々に結婚しているのに……」と。

 「婚活」というキーワードは、いまだによく耳にする。会社の女性には声をかけにくいし、飲み会に参加しても、なかなかうまくいかない。こうした経験を何度も繰り返すことで、自信を失っている人もいるのではないだろうか。

 しかし、あきらめてはいけない。ひとりよがりになるよりも、ここは戦略を練ったほうがいい。そこで結婚相談所でマーケティングを担当していた東口薄(ひがしぐち うすし)氏に、“恋愛力”をつけるヒントをうかがった。


東口: よく女性は「男性を紹介してください」と言ってきますが、そもそも男性って、日本にどのくらいの割合でいると思いますか?

― うう……。いきなりくだらない質問ですね。ほぼ50%に決まってるじゃないですか。

東口: 残念。答えは0.8%。

― そ、そんなことはないでしょう! 

東口:「男性」の定義って、いろいろあるんですよ。「陰茎がある」「睾丸がある」「前立腺がある」「女性ではない」「性染色体がXY型」「男性ホルモン優位である」「髭が濃くなる」――。

 1つ1つの確率が50%だとして、この条件をすべて満たす人は少ないんですよ。下の計算式を見ていただけますか?

 「陰茎がある」50%×「睾丸がある」50%×「前立腺がある」50%×「女性ではない」50%×「性染色体がXY型」50%×「男性ホルモン優位である」50%×「髭が濃くなる」50%=0.8%

― なるほど、だから今の女性は結婚が難しくなってるんですね‥‥ってばかー!
(元ネタ)

2012年5月15日火曜日

頭の回転とコミュニケーション能力

本日は、今月末に行うある急成長中のEコマース企業経営者の方へのインタビューの打ち合わせ。

メディアにも積極的に登場されている経営者とのことで、その方が出演している動画も見せていただく。

数秒話すのを見ただけで、なんとまぁ頭の切れる方かと驚く。

これはよほど準備してインタビューに臨まないと、こちらの頭の回転の鈍さにイライラされてしまいそうで、プレッシャー。

で、その頭の回転の速そうな経営者の方の語りを見ながら、こんなことも思った。

えらく大雑把で乱暴な分類ではあるが、世の中には、頭の回転の速い人と遅い人がいる。

頭の回転の遅い人に囲まれていないと身につかないコミュニケーション能力というのは、たしかにあると思う。

その一方で、頭の回転の遅い人に囲まれていると身につかない思考速度みたいなのもあるのかなと。

2012年5月14日月曜日

引き裂かれる身体像

こういう体の動きはできないだろうと思い込んでると、そういう動きができないように、体の方が固まってくるだけではなく、頭の中の身体像も固まってくるので、こういう体の動きはできないだろうという自分の中の思い込みを、対象化して、解体して、そういう体の動きをすることに成功すると、体の側の拘束が解体されていくだけでなく、頭の中の身体像の拘束も解体されていく感覚がある。

まるで、頭の中が引き裂かれていくような。

今日武術の稽古をしていてそういう経験をした。

2012年5月13日日曜日

アイン・ランドと無神論

『Ayn Rand and the World She Made』(Anne Conover Heller、2009年)によると、アイン・ランドは6歳で既に、神の存在を自覚的に疑い始めていたのだとか。

早っ!

ランドの祖母が飼っていた子猫が病気で死にそうだった時、ランドのいとこに「真剣にお祈りすれば、神様が聞いてくれる」と誘われて、二人で部屋の隅に行ってお祈りしたものの、子猫は死んでしまったと。

その時までランドは神の存在を心の半分では信じていたものの、お祈りに効果があるとは思っていなかったので、子猫が死んでも驚かなかったのだとか。

いとこが提示した命題の前提は「真剣にお祈りすれば」なのだから、「私のお祈りが真剣じゃなかったから神様に聞いてもらえなかったのかも」という推論だってあり得たとは思うのだが。

で、13歳の時には、キリストに倣っての自己犠牲の必要性を説く宗教家たちへの嫌悪から、宗教を信じないことを決断してる。

ほんと早い。

佐々木は23歳まで、唯物論を選択する決断はつかなかった。

6歳とか13歳の頃の宗教観念なんて、ほとんど周囲の言うがままだった。

2012年5月12日土曜日

体がふわふわしてトレーニングに身が入らない

ここ最近自分の体がふわふわしてどうもトレーニングに身が入らない。

ここまで快適な心身になれたんだからもうこれ以上の上達は不要じゃね?と言ってる部分といやいやたかがこの程度の水準で上達が止まってしまうのは嫌だよもっと上達したいよと言ってる部分とに自分の心身がはっきり分裂してる感じがする。

2012年5月11日金曜日

欲望する義務

この人はなぜ周囲の幸福よりも不幸を増大させることを正義の実現として遂行しようとするのかとか端的にはなぜこんないらんおせっかいをするのかと考えた時にそれはやっぱり自分が何を何を欲望しているのかがわかってないせいじゃないかと思うことがあってそれは二重にそうなのであって一つには自分自身のあり方に対する望みが明確でないからこそ他人のあり方に対する望みを過度に抱くのだろうということともう一つは自己重要感を高める手段として他人のあり方を変えたがっている自分の欲望のあり方を直視できていないからこそ他人のあり方を変えることを通じて自己重要感を高めたいという欲望の発露に歯止めが効かなくなるのだろうということでそういう自分の欲望が明確でないがゆえに周囲に不快な思いをさせているあり方を見るにつけ自分が何を欲望しているのかを明確にすることは一つの義務なのではないかという気さえしてきてそもそも自分が何を欲望しているか明確にすると言うまるで自分自身に認識されない形で存在していた自分の欲望が自分は何を欲望しているのかという問いによって明確になるような感じがするが実は自分の欲望というもの自体が自分は何を欲望しているのかという問いによってはじめて生じるもののであるような気もしてそうすると世に存在する欲望の中には欲望の不在がもたらす害悪を目の当たりにしての欲望する義務感から生まれた欲望も少なからず存在するのではないかとまで思ったり。

2012年5月10日木曜日

母親を嫌っていたアイン・ランド

『Ayn Rand and the World She Made』(Anne Conover Heller、2009年)の、アイン・ランドの少女時代を描いた章で次に印象に残ったのが、ランドが父親のことは尊敬していたが母親のことは嫌っていて、母親もランドのことを「難しい子供」と見ていたというところ。

ランドの母親はランドの父親より高めの階層の出身で高い教育も受けて、英語もフランス語もドイツ語も話せた人だったらしいが、ランドは母親を、偽善的で浅薄な成り上がり者と見なしていたらしい。

読書や演劇を楽しむことよりも、それらを楽しんでいることを他人に語ることをより楽しむ人、とまで。

母親が自分に、自分は子供を欲しくはなかった、義務の念から子供を育ててると言った、と回想してたり。

『肩をすくめるアトラス』の、ハンク・リアーデンと母親との冷やかな関係の描写のリアルさのベースには、ランド自身の感情体験が濃厚にあるんだなと。

2012年5月9日水曜日

『アンナ・カレーニナ』ついに読了

本日都内でインタビューの仕事があり、浅草駅までの行き帰りの電車往復約3時間で、去年9月からとぎれとぎれに読み続けてきた『アンナ・カレーニナ』(岩波文庫、中村融訳)をついに読了。

やっぱりこれは、読み継がれるべくして読み継がれてきた作品だなと。

バーチャルとはいえ、やったら深く重い体験ができた。

なんか人生経験が広がったぐらいの感覚。

2012年5月8日火曜日

運動が苦手だったアイン・ランド?

『Ayn Rand and the World She Made』(Anne Conover Heller、2009年)の、アイン・ランドの少女時代を描いた章で次に印象に残ったのが、ランドが、運動があまり得意でなかったみたいなことを書いてあったところ。
She had few friends and little inclination to make new ones, and she was physically inert in an era of passionate belief in physical exercise. (p. 6)
彼女はほとんど友達がいなかったし、友達を作ることに熱心でもなかった。当時は身体運動の価値が熱烈に信じられていた時代だったが、彼女は身体的に不活発だった。
あんなに身体で思想する思想家っていないんじゃないかと思っていたので、意外。

『水源』の最初のほうで、リラックスしたロークの身体を猫のようと描写したところとか。
〔‥‥〕ロークは、さっきからちゃんとそこにいる。部屋の隅に置いてある寝台にもなるソファの上で半ば寝転がりながら、子猫のように四肢を伸ばしている。そういうことは、しばしばキーティングを驚かせてきたことだった。ロークが音を立てずに弛緩せずに、自分の行動をちゃんと把握している風情で、猫のように無駄のない正確さで動くのを、キーティングは見て知っていた。と同時に、反対にロークが、とことん寛いでいるところも、キーティングは見て知っていた。猫のように、形のない楽々として風情で。まるで、彼の体には固い骨など一本もないかのようだった。(p. 35)
ドミニクの父親が、ドミニクが少女時代に別荘の高い生垣を飛び越えたシーンを思い出す場面とか。
〔‥‥〕娘のことを考えると、いつも心配な困惑した気持ちになるのだが、今回もそうだった。自分はわが子ながら娘を憎んでいるのだろうかとフランコンは自分に問う。
 しかし、この問いを自らにするときは、いつでも、どういうわけだか脈絡もなく、ある場面が彼の心に浮かぶのだ。娘の子ども時代の場面だ。随分前の、コネティカットにある別荘での夏のできごとだ。どの年の夏かはわからない。その日に他に何が起きたかは全く記憶にないが、あの瞬間のことだけは忘れられないでいる。しかし、そのとき、自分がテラスにいて、娘が庭の芝生の終わったところに設けられた高い緑の生垣を越えて跳躍しているのを、見たのだ。その生垣は、娘の小さな体には高さがありすぎるように見えた。娘にそれができるはずがないと考えた、その瞬間に娘が緑色のバリアを軽々と越えるのを目撃したのだ。その跳躍がどうやって始まりどう終わったのか、もうおぼえていない。しかし、彼ははっきりと鮮やかに目撃した。映画から切り取られた四角い場面、その永遠に静止した瞬間の中の娘の跳躍の姿を。その瞬間、娘の体は宙に浮かび、娘の長い両脚は大きく広がり、細い両腕は上空に放り上げられたかのように伸びて、手は空に向かってせいいっぱい張られている。白いドレスと金髪の髪は広がり、二枚の薄い敷物のように風に翻っている。それは、最大に炸裂した陶酔的なまでの自由を満喫しているさなかにある小さな体のきらめきだった。フランコンは、それまで、そんな自由のありようを見たことがなかった。(p. 191)
『肩をすくめるアトラス』で、ダグニーがダンコニアの制止を振り切って鉄道に戻る場面とか。
 彼女は立ちすくんでいた。部屋の周囲ではなく、コロラドの事故現場を見ているかのように。ぴくりと唐突に彼女は動いた。夢遊病者のような一途な理屈で、彼女はハンドバッグをひっつこむと、そのほかのものには目もくれずに扉に向かって駆けだした。
「ダグニー!」彼は叫んだ。「戻るんじゃない!」
 その叫びには彼の居場所からコロラド山脈に向かって彼女を呼ぶ程度の力しかなかった。
 彼女を追いかけて両腕で掴んで、彼は叫んだ。「戻るんじゃない! ダグニー! きみにとって神聖なものすべてのために、戻るんじゃない!」
 彼女は相手が誰かもわからないかのようにみえた。肉体的な強さを競えば、彼は難なく彼女の腕の骨を折ることもできただろう。だが命がけで戦う生きもののありったけの力で激しく彼女が身を振りほどくと、一瞬彼はバランスを失った。足場を取り戻したとき、彼女は丘を駆け下り―リアーデンの工場で警報サイレンの音をきいて彼が走ったように―道にとめた自分の車へ駆けおりていった。(p. 669)
よほど身体感覚が優れてないと描けない描写だと思っていたので。

2012年5月7日月曜日

アイン・ランドの少女時代

『Ayn Rand and the World She Made』(Anne Conover Heller、2009年)の、アイン・ランドの少女時代を描いた章でまず印象に残ったのが、当時ロシアのロシアにおけるユダヤ人差別のきつさ。

ランドが生まれた1905年頃は、ロシアで反ユダヤ主義の暴力が、中世以来、最悪に吹き荒れた時代だったのだとか。

ランドが生まれた1905年の、秋だけで、ユダヤ人大虐殺が690件発生し、3千人のユダヤ人が殺害されたとの記述がある。

後にランドが13歳の時に一家で移り住むクリミア半島オデッサでは、1905年に、400人のユダヤ人が殺され10万人のユダヤ人が家を失うユダヤ人排斥暴動があったとも。

目を疑うような数字。

ランドの思想の厳しさに接するたびに、やっぱ明治のは強いわ、とか馬鹿なことを考えていたが、現代の日本人の想像が及ばないほどの厳しい環境の中であの思想は育まれたんだなと納得。

2012年5月6日日曜日

『Ayn Rand and the World She Made』を読み始めた

2009年にアメリカで出版されたアイン・ランドの伝記、『Ayn Rand and the World She Made』(Anne Conover Heller著)を読み始めた。

おもしろい。

ノンフィクション、特に初めて読む著者によるノンフィクションを読むときはいつも「これが事実とは限らない」と自分に言い聞かせながら読むのだが、なるほどそうだったのだろうなと思えるエピソードが次々に展開される。

アイン・ランド本人の生い立ちや生き方には、やっぱりアイン・ランドの作品の登場人物的なところが濃厚にある。

なのでアイン・ランドの作品と同じように楽しめる。

もちろん、そういうエピソードをセレクトして書いてるからというのはあるのだろうけど。




写真もいろいろ掲載されている。このランドの表情には目を奪われる。1947年、ランドが42歳の時、ハリウッド映画界における共産党の浸透について証言するため、非米活動調査委員会(HUAC)に出席した折の写真らしい。アイン・ランドの小説『We the Living』に、ヒロインのキーラが恋人のレオと出会った時「君はいつもそんなふうに、両目が破裂しそうな目で人を見るの?Do you always stare at people as if your eyes would burst?」と言われるシーンがあるけど、なるほどそんなことを言いたくなるような目だ。

2012年5月5日土曜日

アイン・ランドと能力主義

アイン・ランドの思想は極端な能力主義である、みたいな批判を目にすることがある。

このような批判には、いつも違和感を覚える。

「能力主義」という言葉で表現されるような要素がアイン・ランドの思想にあることは、間違いない。

だがアイン・ランドにおける「能力主義」が正面に据えて批判するのは、「能力が低い人々」ではない。

「能力が低い人々」を(あるいはその「能力の低さ」を)、第三者的な立場から、ある種の人ごととして、擁護しているつもりの人々こそ、アイン・ランドにおける「能力主義」の批判の対象なのだ。

もちろん、「能力の低さの擁護」を批判するためには、「能力の低さ」を批判的に描かざるをえない。

だから単純に「能力の低い人々」を侮蔑しているかのように誤解されるのも、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

アイン・ランドの思想を能力主義的だと批判する人々は、「自分は有能だ」と思っている人々が、「無能な連中に寄生されるのは許せない」という思いから、アイン・ランドの思想を支持しているようなイメージを持っているのではないか。

そういう思いでアイン・ランドの思想を支持している人々も、まったくいないわけではないのかもしれない。

だが少なくとも佐々木は違う。

ここにも再三書いてきたように、佐々木は自分の無能さにうんざりさせられっぱなしの人間である。

それでもアイン・ランドの「能力主義」に接すると、幸せな気持ちになる。

なぜか。

それは二重の幸せである。

一つは、自分自身の中にもある「能力主義に対する批判的な感情」が持つ罪悪性に気づかせてもらえることから来る幸せである。

自分が気づいてなかった罪悪性に気づけることは一つの幸福である。

もう一つは、無能ななりにも、自分の能力を最大限に発揮することや、なんとか自分の能力を伸ばす努力を続けることが、自分の人生や自分が生きる社会にとって持つ意味だとか価値を、論理的かつ感情的に実感させてもらえることかく来る幸せである。

努力の意味がわかって努力できることは、人生における最大の幸福の一つである。

アイン・ランドの思想を能力主義的だ言ってと批判することは、二重に恥ずかしいことだと思う。

一つは、アイン・ランドの「能力主義」のあり方を正しく理解できていないという意味において。

もう一つは、そのようにアイン・ランドの思想を批判すること自体が、まさにアイン・ランドにおける「能力主義」の批判の対象そのものであるという意味において。

2012年5月4日金曜日

適時誤謬

レーニンの『帝国主義論』を読んだ時も孫文の『三民主義』を読んだ時も感じたのは成功した革命家の世界認識とか社会認識というのは恐ろしいくらいに単純で素朴だということ。

完全に誤謬と言いたくなるくらいの素朴さ。

それで思ったのは正しい社会認識は決して社会を動かさないのではないかということ。

むしろその時点で最も社会を動かし得る誤りというのがあるのではないか。

適時性のある誤謬というか。

その誤りが誤りであることが誰の目にも明らかになるまでその誤りを遂行することが社会運動の実態なんじゃないかみたいな。

2012年5月3日木曜日

アイン・ランドの作品をどうしても一部だけ読むなら

アイン・ランドの『水源』にしても『肩をすくめるアトラス』にしても、終盤にやたら長い演説が出てくる。

で、アイン・ランドの愛読者の中には、「最後の演説の部分だけでも読んでおいたほうがいい」と言って、『水源』や『肩をすくめるアトラス』を人に勧めている方もいらっしゃる。

なにしろ長い小説だから。

ハードルを下げてあげるというのも大事なことかも。

ただ、アイン・ランドの存在を世に広めたいという熱意を共有できていることを嬉しく思いつつも、「最後の演説だけでも読んでほしい」という思いは、佐々木にはない。

登場人物による演説の部分にランドの作品の真骨頂があるなら、何も小説の形で表現する必要はないはず。

評論の形で表現してもらったほうが、書く方も読む方も手間がなくていい。

やっぱりランドの作品が表現してるのは小説の形でしか表現できない真理なんだから、こればっかりは読み通してもらうしかない。

終盤の演説部分を読むだけでもランドの思想はわかると言う人と、そうは思えない佐々木との間には、言葉とか理屈とかに対する不信感の程度に、大きな差がある気がする。

「言葉なんかどうにでも言える」という感覚というか。

理屈がきれいに通っていればいるほど引いてしまう習性というか。

もしどうしてもあの長いランドの小説の一部だけを読んで済ませたいということであれば、佐々木なら、『水源』の冒頭近くの、主人公ハワード・ロークと学部長の議論の場面を勧める。

佐々木は8年前に『水源』を初読した時あの場面で一気にアイン・ランドの世界に引き込まれた。

これは自分が身体の世界で追究してきた自由を精神と社会のレベルで追究した小説だと興奮しまくりだった。

2012年5月2日水曜日

安全則

1970年に『海の壁―三陸沿岸大津波』の原題で出版された作家の吉村昭によるルポルタージュ『三陸海岸大津波』(文春文庫)を去年の震災の数カ月後に読んで一番印象に残ったのは1933年3月3日の大津波を扱った「昭和八年の津波」の章の次の箇所だった。
《戸外はむろんのこと家の中も凍りつくような寒さであった。人々は歯列を鳴らして身をふるわせ、震動がやむと再びふとんの中にもぐりこんだ。地震の後には津波のやってくる可能性がある。しかし、三陸沿岸の住民には、一つの言い伝えがあった。それは、冬期と晴天の日には津波の来襲がないということであった。その折も多くの老人たちが、
「天候は晴れだし、冬だから津波はこない」
と、断言し、それを信じたほとんどの人は再び眠りの中に落ちこんでいった。
〔‥‥〕
津波は、三回から六回まで三陸沿岸を襲い、多くの人々が津波に圧殺されひきさらわれた。その上、厳寒のしかも深夜のことであったので凍死する者も多かった。》
冬は津波が発生しない。

晴れてると津波が発生しない。

津波が発生するメカニズムを考えればあり得ない知見だ。

人間はこういう知見を生み出し信じてしまう生き物なのだということは大事な教訓だと思った。

なぜ冬なのか。

避難が必要か必要でないか判断に迷った時に必要でないと判断したくなるバイアスが強烈にかかる強烈な寒さのゆえだろう。

弱い地震が起きた時に地面に落ちた食べ物でも3秒以内に拾えば食べられるという3秒ルールみたいなノリで「冬は津波は来ないから避難しない」とか言い合ってるうちに言い伝えにまでなってしまったのか。

じゃあ晴れてると津波が発生しないってなんだ。

冬だけじゃバランスが悪いから組み合わせの妙で晴れの日になったのか。

この手の変な知見はこれからもいくらでも生まれてくると警戒したほうがいいと思う。

2012年5月1日火曜日

フィロソフィーの情動

先月福島県でアイン・ランド読者の集まりを催すために相当な時間とエネルギーを注いで、集まりが終わった後もその記録を商品化するために相当な時間とエネルギーを注いで、これだけ自分に時間とエネルギーを注がせる原動力の正体って、いったいなんなんだと、自分でも不思議なくらい。

アイン・ランドの何が自分をここまで駆り立てるのか。

あまりにも不思議なのでずっと考えてるうちに、フィロソフィー(哲学)の語源であるギリシア語の「フィロソフィアー」が「知を愛すること」という意味だったという知識が、急に、身体的に強い実感を伴って、自分の中に浮かび上がってきた。

なるほどこれは「知への愛」としか言いようがないなと。

10代や20代の頃に「フィロソフィーとはもともと知を愛すること」なんて読んだり聞いたりしても、ずいぶん詩的な表現をするな、ぐらいにしか感じなかったけど。

こんなおっさんが愛を語るのも滑稽な話ではあるが、愛というのは命が命を愛することなのだから、愛のあり方の高さは愛する側の命のあり方の高さと愛される側の命のあり方の高さに依存する。

そして自らの命のあり方を高められる命のあり方というのが人間という命のあり方の重要な特徴の一つであり、人間は世界と自分自身に関する知識を手がかりに自らの命のあり方を高めるのであり、知識は実用的であるためには体系的でなければならないのだから、命への愛は、必然的に世界と自己に関する体系的な知識への愛に結実する。

《哲学を学問の形式に近づけること、言いかえれば、知識に向かう愛という名から脱却しえて、現実的な知識になるという目標に哲学を近づけること、この仕事に寄与しようというのが私の目ざすところである》(「精神現象学 序論」山本信訳)というヘーゲルの言の影響などもあって、情動的な面を排除した認識として哲学を理解することに熱心になっていたが、やっぱり哲学は情動的な面も含めて理解することが大事だなと思いを新たにした。

てなことを考えてるうちに、「アイ(愛)から始まる思想家、アイン・ランド」などという、世界中のアイン・ランド・ファンから怒られ軽蔑されそうな、しょうもないキャッチコピーを思いついた。

ほんとしょうもない。

でも案外、こういうしょうもないキャッチコピーの方が、日本へのアイン・ランド伝播を後押してくれたりして。
 
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