2012年2月29日水曜日

雪かき

朝から昼過ぎまで雪。

午前中は大雪警報まで発令された。

朝9時過ぎ10時半過ぎ正午過ぎとアパートの階段と前の道を3階雪かきした。

雪かきが必要なほど積もったのはここ10年で1度あるかないかだった気がする。

15年ぐらい前このアパートに越してきてたしか1年目か2年目の頃に大雪が降ってその時は周りに今ほど家が建ってなくて空き地が多かったこともありアパートの前だけでなく周囲の区画一帯の歩道を雪かきしたが今は空き地もなく家々が並びその上佐々木も当時より3倍以上は忙しくなっているせいもあってほんとに自分が住むアパートの前しか雪かきしなかった。

夕方外に出たら前の歩道を雪かきしている家が10軒に1~2軒ぐらいの割合であった。

数年に1度しか雪が積もらず住民同士のつながりも薄いベッドタウンのこの地域でこの割合は立派ではないかと。

おそらく自分自身が雪かきをしたせいもあると思うが道を歩いていて雪かきされているところに入ると靴裏にアスファルトが直接触れる感触自体からその場所を雪かきした人の心や体のあり方が伝わってくる感じがする。

佐々木は来週2駅先の町に引っ越すのだが夜引越先の家に行ってみると佐々木が住む家の前をどなたかが雪かきしてくださっていた。

ありがたいことである。

2012年2月28日火曜日

携帯交換

洗濯機から完了を知らせるピーピーという電子音が鳴り蓋を開け洗濯物を取り出していると中から携帯電話が出てきた。

シャツの胸ポケットに入れたのを取り出し忘れたらしい。

普段はズボンの尻ポケットに携帯電話を入れるが特に掛かってくるのを待ってる電話がある時は振動に気づかないことがないようにシャツの胸ポケットに入れる(佐々木の携帯は基本的に常時マナーモード)。

スーツを着ていない時に電話が掛かってくるのを待たなければならないようなケースはめったにないのだが昨日はそのめったにないケースでカジュアルシャツの胸ポケットに携帯電話を入れていたのをすっかり忘れていた。

標準コースで10分間みっちり洗濯液で攪拌され2回のすすぎと脱水まで掛けられた携帯電話はものの見事に機能喪失し電源ボタンを長押ししても完全に無反応。

月300円支払うと携帯電話が水濡れ、全損、紛失、盗難、破損、故障した時1~2日以内に数千円で新品を届けてもらえるオプション契約を結んでいたことを思い出しサービスセンターに電話。

4千いくらかで明日同じ機種の新品が届けられることに。

費用はすべてポイントで清算なので実質ゼロ円。

新規購入してから3年10カ月のうち最初の1カ月目は無料だったので3年9カ月毎月300円支払って計13,500円。

これだけ払い続けて最新機種ではなく4年前に発売された同機種と交換というのは損得微妙な感じがしなくもないが補償というのはそんなもの。

まして最新機種はどれも機能てんこ盛り過ぎてかえって購買意欲をそそられない感じだったので既に生産中止になっているカメラなしでシンプルなこの機種の新品と交換してもらえるのはむしろラッキー。


3年10カ月使用されたのち全自動洗濯機の中で絶命したFOMA PROSOLID μ

2012年2月27日月曜日

文字

佐々木は銀行から融資を受けたことなど一度もないのでウソかホントかわからないのだがだいぶ前にある方が「銀行員は数字に弱い」ということをおっしゃるのを聞いたことがある。数字に弱いというのは数字を理解できないという意味ではなくて数字を使った説得に説得されやすい意味でだから融資の申請をする時はできるだけ数字を盛り込んだ資料を作るようにしろというのがその趣旨。その伝で言うと「文献学者は文字に弱い」という言い方もできるのかなと最近よく思う。書籍でも報道でもネット情報でも文献学者があまりにもあっさりその内容を信じてしまうありさまに接する機会が何度か続いたので。自分自身が言語情報を生み出す立場に立ち続けていれば言語情報がいかに現実の一面しか表現していないかが身に沁みてわかり他人が言語化した情報に接してもそう簡単には鵜呑みにしなくなるはずだが他人が言語化した情報の研究自体が仕事になってしまうとかえって言語情報の一面性が実感としてわからなくなってしまうのかなと。

2012年2月26日日曜日

料理

結婚相談所の成婚者インタビュー記事制作の仕事をしていた時印象に残ったのが結婚して一番よかったことは?と男に尋ねると例外なく奥さんに料理を作ってもらえるようになったことと答えることだった。

ほんとはもっといいことがあるのだが昼間っから初対面のインタビュアー相手に言うことではないのでとりあえず料理を作ってもらえるようになったことと答えている可能性もあるわけだが、にしてもその回答の一様さは印象的だった。

料理なんか自分でも作れるだろうに。

料理ができない女だって珍しくもないだろうに。

もすかすると料理ができる男とできない男では女の観念が違うというか同じ「女」という字を見てもまったく違う字に見えるのではないかとさえ思った。

2012年2月25日土曜日

ショウガとカビ

食べ物にカビを生えさせるなんてことはめったにしない佐々木だが、ショウガだけは例外でむしろカビを生やさずに使い切ることのほうが珍しいぐらい。

冷蔵庫に入れておいてもすぐカビだらけになる。

なぜだろう。

他の野菜よりも使い切るのに時間がかかるからなのか。

ショウガだけが特別にカビが生えやすいのか。

ショウガだけにしょうがない、ジンジャーだけどほっとけー、とばかりに新しく買ってきてはカビを生やしてを繰り返していたが、さすがに原因やら対策やらを知りたくなってきて「ショウガ カビ」で検索してみた。

なぜショウガだけがあんなにカビが生えやすいのかの疑問は解けなかったが、冷凍しておく、すりおろしてから冷凍しておく、焼酎やホワイトリカーに漬けておく、などの対策が見つかった。

冷蔵庫の冷凍室は電源を切ってあるので(使わないから)、今度ホワイトリカー漬けを試してみようと思う。

ショウガに生えたカビなんて洗い落とせば問題なく使えるなんていうアドバイスも見つかったがこちらを試す勇気はまだない。

2012年2月24日金曜日

そば・うどん

世の中には1日1回はうどんを食べないと気が済まないうどん好きがいるかと思えば名店と呼ばれる方々のそば屋を食べ歩いた挙げ句自分でそば打ちまで始めるほどのそば好きもいる。

そういううどん好きやそば好きたちは「うどん」「そば」といった看板やのぼりが目に入れば「おッ、うどん屋!」「んッ、そば屋!」と軽い興奮を覚えずにはいられないに違いない。

佐々木にはそうした傾向は皆無である。

「うどん」「そば」といった看板やのぼりが目に入ったからといって特に興奮もなくただ食事を取る場所の選択肢のサインとして利用するのみである。

ただどういうわけか「うどん・そば」とか「そば・うどん」と両者を併記した看板やのぼりには妙に食欲がそそられるのを感じる。

といってもそれほど大げさなものではなく「うどん」「そば」と単独で記載された看板やのぼりと比較すればということに過ぎないが。

なぜだろう。

うどんとそばというのはある意味対照的な性格の食べ物である。

良く言えばおおらか悪く言えばおおざっぱな感じがするうどん。

良く言えば繊細悪く言えば神経質な感じがするそば。

「うどん・そば」とか「そば・うどん」と併記すると互いが互いの短所を打ち消し合う感じがするのかもしれない。

とは言ってもうどんとそばを同時に食べたいなどという気にはついぞならないのだが。

食べきれないなどという問題ではない。

うどんとそばのハーフ&ハーフなんていうメニューがあっても佐々木はまず注文しない。

ましてうどんとそばのごた混ぜなんて見たくもない。

その点も不思議なところ。

2012年2月23日木曜日

報道試論

人は物語を好むというがその好み方には正反対の2種類がある。

1つは情報を得る手段としての物語の力を好む好み方。

もう1つは他人を動かす手段としての物語の力を好む好み方。

前者の好み方で物語を好む人々の方が後者の好み方で物語を好む人々よりも圧倒的に多い。

おそらく自覚的に後者の好み方で物語を好む人々は物語を情報を得る手段とすることを自覚的に回避している。

あるいは物語化された情報から物語性をそぎ落とすことを無意識レベルにまで習慣化している。

報道は後者の好み方で物語を好む圧倒的少数の人々が前者の好み方で物語を好む圧倒的多数の人々の存在を前提として営むビジネスである。

主観的幸福という基準から言えば報道は前者の人々にも後者の人々にも等しく幸福をもたらしている。

客観的利益という基準から言えば前者の人々に報道がもたらす利益は圧倒的に少なく後者の人々に報道がもたらす利益は圧倒的に多い。

2012年2月22日水曜日

記憶より小さくなった町

19歳まで暮らした町に数年ぶりに通っている。

通りの長さや区画の大きさが記憶していたよりも短く小さく感じる。

出身中学校に行くと自分が学んだ当時の校舎がまだ残っていたが校舎のサイズもえらく小さく感じた。

子どもの頃に住んでた町に大人になってから行くと小さく狭く感じるというのはよく聞く話だがそれは自分が子どもの頃の体の大きさと現在の体の大きさの違いによるものだと思っていた。

でもたしか中学校を卒業する時には今とそんなに変わらないぐらいの身長はあったと思うし19歳の頃には完全に今と同じだけの身長があったはず。

なのになぜあんなに町や建物が小さく感じたのか不思議。

体を上下に貫く線の意識(“センター”)を通すトレーニングをして5~6年経った頃突然周りの人々が小さく感じられだして驚いたことがあったがそれと関係あるのだろうか。

2012年2月21日火曜日

失敗は財産

佐々木がこれまで制作したインタビュー記事広告の中でクライアントの不満足度という点でワースト1だったのはある会社の社長インタビュー記事だった。お客様インタビュー記事の制作を依頼されたにもかかわらず社長インタビュー記事の制作をこちらから提案して承諾されたものの出来上がった記事はまったく社長の意に沿わず数回インタビューからやり直したものの結局ボツになった上に制作費もお支払いいただけず「次にお客様インタビュー記事を作る時は佐々木さん以外の制作者で」と元請会社に“除外指名”がいく始末。ワースト2はある会社の社員インタビュー記事。こちらも先方の社長の意に沿わず放置状態となり制作費は半分のみ請求し残り半分は完成後に請求ということで話がついたものの制作再開の見込みはなく「写真と文章はこちらで作り直すのでレイアウトだけやって」と言われる始末。社長インタビュー記事や社員インタビュー記事ではなくお客様インタビュー記事の制作なら少なくともこちら側の責任でボツになったり制作費不払いになったケースはないのだが。で、明後日インタビューにいく案件がなんと社長インタビュー+社員インタビューで構成する会社紹介記事。過去の実績からすれば佐々木の苦手中の苦手案件。だが過去に大きな失敗をやらかしてるからこそ失敗の教訓を活かしてよい仕事ができてむしろ得意分野にできると信じたい。今回は過去の失敗を踏まえて事前打合せもしっかりやった。きっと大丈夫。

2012年2月20日月曜日

「ゆるむ」の定義

高岡英夫先生の『ゆる体操超基本9メソッド』を読み返していたら「ゆるむ」の定義として
《人間のような生体について『ゆるむ』ということをいえば、新陳代謝がよくなることです。水分をベースに、酸素や二酸化炭素のようなものから、栄養素、老廃物までのさまざまな物質が好循環をするようになることです》
と書かれている箇所が目に留まってそれまでは体の中のゆるまないところをゆるめようゆるめようとしても体のほうがなかなか抵抗してゆるもうとしなかったのだがそれってある種主体側の都合だけで体に働きかけてるから体が抵抗するからで「新陳代謝がよくなるように、酸素や栄養素が行き届いて老廃物が洗い出されるように」とゆるむことが体にとってもメリットがあることなんだということを体に納得させながら体にゆるんでもらうようにするとけっこうゆるまない場所のゆるが進んだ感じがあった。

2012年2月19日日曜日

故Kさんへの手紙

本日は京都市内でボランティアの介護支援を受けながら20年以上にわたり独り暮らしを続け佐々木も学生時代介護に参加した重度脳性麻痺の男性Kさん(享年55歳)の告別式。

佐々木は日中都内で私用があったので自宅から都内に向かう電車の中で手紙を書き上げ14時からの告別式に参加する京都市内に住む先輩にメールで送りプリントアウトして柩に入れてもらった。

錯綜する思いが限られた時間の中でうまくまとまらず中途半端な文章になってしまったが書かないよりはよかった。

死者に宛てた手紙など無意味とも思えるがそれでも書かずにはいられなかった。

佐々木は死後の魂は存在しないと信じる人間である。

だが10年ほど前に友人の遺体と対面した時の経験から肉体を構成する細胞には心停止後もしばらくは周囲の人々が自身に向けている感情をぼんやりと感じ取る力が残っているのではないかと考えている。

また生者の肉体を構成する細胞には眼前の死者の肉体を構成する細胞が感じ取っていることを感じ取る力があるのではないかとも。

死者への思いを言語化し紙に現して死者の肉体に捧げることがそうした死者の肉体を構成する細胞や死者を囲む生者の肉体を構成する細胞が感じる感じをわずかでも温かみのあるものにするために役立つ可能性もゼロではないのではないかとの考えからあえて時間を割き先輩の手を煩わせて送った死者への手紙だった。

2012年2月18日土曜日

Kさん永眠

学生時代に佐々木が生活介護に入っていた京都市の重度脳性麻痺の男性Kさんが昨日肺炎のため55歳で亡くなったとの連絡を介護グループの先輩から受けた。

「佐々木くんはKさんの介護で一時代を築いた人だから連絡しとこうと思って」という先輩の言葉の「一時代を築いた」の大げささに爆笑してしまったがたしかに当時Kさんの介護に一番頻繁に入っていたのは佐々木だったしKさんが参加していた障害者劇団やら障害者バンドやら練習や公演で大阪やら東京やらに出かける時も佐々木が介護に付いていくことが多かった。

Kさんの介護に入って間もない人が介護している時にKさんが大便をしたくなると堀川今出川のKさん宅から東山丸太町の佐々木が住む学生寮まで電話が掛かってきて佐々木が自転車を15分ぐらいこいで大便介護に行くということもしょっちゅうだった。

大学生だった5年間はクリスマスイブも正月もほぼすべてKさん宅で介護をしながら過ごし卒業論文もKさん宅で書き阪神淡路大震災もKさんの横で寝ている時に遭遇した。

けっして望んで始めたボランティアではなく行きがかりで引きずり込まれてやめるにやめられなかったがゆえに続けていただけのボランティアだったが手も使えず足も使えず発声も満足にできないKさんとコミニュケーションを取り食事を作り口に運び溲瓶をあて大便器に座らせ便器を洗い風呂に入れ部屋を掃除し衣類を洗濯し干し畳み介護者募集のビラを蒔きといったことを延々やり続けていなかったら今の佐々木は今よりもっと役立たずな人間になっていたはず。

以前ここに書いたような学びもあった。

これからKさん宛の手紙を書いてKさんの柩に入れてもらうつもり。

2012年2月17日金曜日

遺影

亡父の葬儀で驚いたことの一つが遺影の修正技術。

葬儀屋さんから納棺の際に遺影写真の候補を持ってくるように言われ亡父の家にあったパソコンの中の「マイピクチャ」フォルダ内を探してみたが人前に飾るような表情の写真が1枚もない。

かろうじてなんとか許容範囲かと思われる無表情な写真が2枚見つかったもののピントが甘い。

仕方なくピンボケで表情が許容範囲の写真2枚とピントは会っているが表情がやや許容範囲外の写真3枚をUSBメモリに納め、葬儀屋さんに渡した。

仏壇に飾ってある亡祖父の遺影もピンボケなのでピントが甘い分にはいいのかなと思いつつ。

葬儀屋さんの判断は表情がニュートラルでピントが甘いより多少表情がまずくてもピントが合った写真のほうがよいと。

あんな表情の遺影では参列者の方々を不快にさせはしないかと心配しつつも葬儀屋さんの判断を尊重。

通夜当日祭壇に飾られた遺影を見て驚いた。

服装と背景は合成で修正するとは聞いていたがなんと表情までキリリと端正に修正されていたのである。

まさにミラクル。

高齢の方がよく冗談半分でそろそろ遺影に使う写真を準備しなきゃとかおっしゃるのを耳にするがあれだけミラクルな修正ができるならわざわざ生前に遺影用写真など用意しておく必要はないと思った。

2012年2月16日木曜日

挙手敬礼

昨晩は亡父の通夜。

本日は時折小雪がちらつく中告別式。

もう十分幸せに生きたと言える年齢での死去であったしこちらもだいぶ以前から覚悟はできていたしもうある種の葬儀慣れもしているので喪主の立場ながらわりと淡々とした気持ちで式の進行を眺めていたが唯一ちょっと胸にぐっときたのが火葬場に移動するためにご住職の先導で柩に続き親族が一列に並んで告別式会場から外に出たら警備員の方々が挙手敬礼をしてくれていた時。

葬儀社の方や斎場職員の方の対応や振る舞いも完璧なくらい丁寧で感心させられはしたのだがその完璧さが逆に「顧客満足サービス教育の成果」という印象にもつながっていた。

警備員の方々の挙手敬礼は体と意識の2割ぐらいは会場前の交通安全確保に向けたままでの言うなれば片手間での挙手敬礼でそれだけにその挙手敬礼が死者への敬意からやらずにはいられない挙手敬礼であることがうかがわれてそこから垣間見られた死者の魂を敬わずにはいられない人間の魂のあり方に自分の魂を突き動かされたのだと思う。

2012年2月15日水曜日

忌み数

亡父の鞄に入っていた札入れを遺体対面直後にあらためたところ、1万円札が4枚、千円札が4枚、計4万4千円が入っていた。

「死」と同音であるゆえに忌み数とされる「4」の並びである。

小銭入れをあらためたら、小銭が合わせて4,499円入っていた。

「4(死)」と「9(苦)」の並びである。

この情報は、こうした縁起や験(げん)を気にする人にとっても気にしない人にとっても、有益なのではないか。

気にする人にとっては、「4」や「9」が忌避すべき数字であることが改めて証明され、これを機にこれらの数字をよりいっそう慎重に回避できるようになるという意味で。

気にしない人にとっては、商品やサービスを購入する際、客観的効用が同じであるにもかかわらず単に「4」や「9」などの数字が付いているだけで忌避する人々が増えることによって、ますますリーズナブルな買い物ができるようになるという意味で。

それぞれそれぞれの信念の内容が真であると仮定すればの話ではあるが。

2012年2月14日火曜日

亡父が住んでた家を掃除

本日は亡父が住んでいた家を一人で片づけ・掃除。

いったいどこから手をつければいいのかもわからなかった状態が自分の手で見違えるほどきれいになっていく様子に自分で感動。

改めて人間の身体が持ってる能力ってすごいなと思った。

普段お金をもらってやる仕事は肉体労働的要素がほぼ皆無だし自分の部屋の片づけやら掃除やらがこれほど大ごとになることはないから新鮮だった。

どんな形であれこういう身体能力の発揮と発揮する側の人間の喜びと能力が発揮された成果を享受する側の人間の喜びがうまくかみ合う関係を人と結べたら幸せだし結べなかったら不幸せだなみたいなことも思った。

いわゆる「比較優位の原理」の機械的適用では説明しきれない現象みたいなものも感じた。

2012年2月13日月曜日

納棺

本日亡父納棺の儀。

通夜まで遺体の保管をお願いしている葬儀社に出向き、担当営業の方と遺影の選定や合成する背景・服装の選定、見積の確認、位牌・過去帳の確認等をしたところで、ちょうど遺体の清拭が済んだとの連絡が入り、部屋を移動。

扉を開けてもらい中に入ると、光沢のある白装束に包まれた遺体が、白いシーツを掛けたストレッチャーの上に。

向こうには20代後半ぐらいの男性1人、女性1人の納棺師さん。

男性の納棺師さんから儀式について丁寧な説明があったあと、死に化粧をしてよいかどうかの確認。

以後、ひとつひとつの儀式・手順について、必ず意義と考え方、やっていいかどうかの確認、選択肢がある場合はどちらを選ぶかの確認が、丁寧にあった。

なるほど遺体の扱いについて、宗派によっても人によっても、いろいろな考え方があるのだと感心。

そういう考え方の違いをおろそかにしない納棺師さんたちの姿勢にも感心。

死に化粧は女性の納棺師さんが担当。

生前の故人が色白だったか色黒だったかの確認から始まり、唇に指す紅の色なども確認。

家族親族知人友人の心の中にある故人の像からかけ離れてしまわないように、できるだけのことをしたい、という熱意が伝わってきた。

仕上がった顔色についてこちらが了承したあと、女性納棺師さんから「眉毛にファンデーションがついてしまったので拭き取らせていただきます」と言われるに及び、感心を飛び越えて、感動さえ覚えてしまった。

生前から既に白くなっていた眉毛についたファンデーションのことなど、こちらは少しも気づかなかったのに。

男性納棺師さんは、遺体を柩に納めたあと、顔が柩に中心にきているか、真上を向いているか、柩の足元に立って何度も何度も確認していた。

女性納棺師さんは、遺体を柩に納めたあとも、死に化粧の足りないところを見つけては刷毛で塗り足していた。

あの二人の納棺師さんの、個人として仕事に対する姿勢がもともと真摯だったということももちろんあるだろうが、決してそれだけのことではないと感じた。

昔から連綿と続いてきた納棺師という職業集団の伝統の中で、故人や遺族・知人友人の魂や人格や感情を大切にするにはどのように振る舞い、どのような言葉を使えばよいのか、ということを真剣に考えてきた先輩納棺師たちの工夫が、後輩納棺師に伝えられ、後輩納棺師が先輩納棺師の工夫を受け継ぎさらに豊かにし、手順や言葉が伝えられ豊かになるのに合わせて、職業人としての魂も伝えられ昇華されてきた、という壮大な流れが、二人の納棺師さんの振る舞いや言葉の背後にありありと感じられ、深い感動を覚えた。

遺族が故人や死について考えさせられる機会という意味で、一連の葬儀のハイライトは、もしかすると納棺の儀にあるのかもと思った。

2012年2月12日日曜日

遺品の日記

亡父の遺品を整理していたところ、亡父がノートにボールペンで書き続けていた日記数年分が出てきた。

公開すればある種の研究者にとっては貴重な資料になるかもしれない内容だった。

しかしなまじっかのルポルタージュや論文のネタが一つ増えることより、現に生きてる人々の感情や名誉の方がはるかに重要と判断し、そのまま廃棄することにした。

2012年2月11日土曜日

通夜と寿司

父の死を知った日の晩は、なぜか無性に寿司が食べたくなった。

ここ何年か、寿司を食べたいなどという気持ちになることなどほとんどなかったのだが。

しんみりした気分になりたいとき、寿司と日本酒の組み合わせがこれほどぴったりくるとは思わなかった。

もともと仏教の教えで通夜の席でのナマグサは避けられていたにもかかわらず、なし崩し的に生寿司が通夜振る舞いの料理に定着してしまったのは、単に客人に振る舞う料理としてある程度の豪華さが求められるようになったからだけでなく、生寿司が通夜の席の気分にあまりにぴったりだったせいもあるのかなと思った。

2012年2月10日金曜日

戒名決め

亡父の戒名について、本日お寺から相談の電話。

紹介葬儀社名、お寺の場所と名前、ご住職のお名前の名乗り、お悔やみのご挨拶に続き、用件の説明と現在の都合の確認。

続いて戒名の決め方についての説明。

浄土真宗では戒名ではなく法名と言うこと、漢字3文字で構成するのが一般的であること、1文字目は「釋」とするのが通常であることの説明に続き、1文字目は「釋」でよいかの確認。

当方了承。

2文字目は故人の生前の名前から1文字を取るのが一般的であることの説明と、今回は生前の名前の1文字目を当てることの提案。

また、故人の生前の名前から1文字を取る以外に、故人を偲ばせる漢字1文字を当てることも可であることの説明。

2文字をどうするかの問いかけ。

当方、生前の名前の1文字目を当てる案を選択。

3文字目は浄土真宗的な漢字1文字を当てるのが一般的であることの説明と、葬儀当日までにご住職が決めるということでよいかの確認。

当方了承。

ここまでの決定事項の確認。

当日法名を紙に書いて渡すことの告知。

打合せ終了の挨拶。

以上。

ご住職の話の進め方が実に気持ちよくスムーズだった。

マニュアルとかあるんだろうか。

2012年2月9日木曜日

葬儀準備

父が他界し、本日親類と葬儀社へ打合せに。

やっぱり経験者やプロは頼もしかった。

2012年2月8日水曜日

ただ今原稿書き直し中

お客様インタビュー記事制作の仕事をいただいている会社の社長から、「佐々木さんは人間ドラマ系は得意だけどロジック系は不得意」との評価をいただいた。

で、ただ今その社長の指導の下、ロジック系の記事の原稿を抜本的に書き直し中。

「人間ドラマ系は得意だけどロジック系は不得意」というのは単なる現象で、その背後には自分の思考の癖や思考力の限界があることが、自分の原稿の問題点を指摘してもらうと、自分でありありとわかる。

この歳まで積み上げてきた思考の癖や思考力の限界が、今さら改善され得るのかという疑問につきまとわれつつ、この歳でまだ能力の向上を期待されること自体がすごいことなんだとなんとか自分を励ましている。

2012年2月7日火曜日

6時間稽古

日曜日にえっらく体調がいいので年末年始にサボった分も取り返そうと武術の稽古を午後3時から夜9時まで6時間途中から仲間と4時間ぶっとおしでやったら脳がへばって翌朝起きられなくなり月曜日納期の仕事を仕上げられず徹夜で仕上げて現在心身がどんより気味。

アホである。

2012年2月6日月曜日

レーニン『帝国主義』を読んだ

古典読破計画。

先月はレーニンの『帝国主義』。

書いてあることはまぁわかる。

論拠となるデータも一応そろってる。

わからないのはこんな論述に何万人もの人々が魂を揺さぶられて革命運動にまで身を捧げてしまうその頭と心のあり方。

おそらく問うべきはレーニンの論述のどこがおかしいかではなくレーニンの論述が説得力を持ったあの時代はどのような時代だったのかなのだろう。

レーニンの論述に魂をゆさぶられる人々の感情がわかるようになるまでは当時の社会がわかったとは言えないはず。

2012年2月5日日曜日

原因がわからないミス

ミスした原因がわからないミスというのを先日した。

なかなかない経験である。

実はしてても気づいてないだけかもしれないが。

で、ミスをした時は多かれ少なかれ気持ちが落ち込むものだが、自分がミスした原因がわからないということ自体が、気持ちの落ち込みを増幅させることがわかった。

逆に原因や対策を考えること自体がミスした時の気持ちの落ち込みをかなり緩和させてるんだなと。

2012年2月4日土曜日

肋椎関節・胸椎椎間関節

あくまで主観だが、昨日から肋骨と胸椎の間(肋椎関節)がゆるみ始めた感覚がある。

肋骨は左右12本ずつ計24本ある。

なので肋椎関節も左右で合わせて24箇所。

(細かく見れば肋骨と胸椎は肋骨頭関節と肋横突関節の2箇所で接するようだが、肋骨頭関節と肋横突関節を合わせて1関節と見なす)

胸椎12本同士の椎間関節が、11箇所。

胸椎と頸椎、胸椎と腰椎の関節も含めれば、計13箇所。

これら37の関節が数十ミリメートルの間隔で3列に並ぶことで形成される構造体が潜在的に持っている運動性って、すさまじいものがある気がしてきた。

これだけすさまじい運動性を潜在的に持つ構造体を、上肢の土台であり、下肢の付け根でもある部分に組み込んでいる人体のすごさに、感じ入る。

ある意味、そのすごさに匹敵するぐらいすごいのが、これだけの潜在的運動性を持つ構造体を、ほとんどの人間がカチカチに固めて生きていること。

数千万円のスポーツカーを買って自宅のガレージに入れて、ガレージいっぱいにセメントを流し込んでスポーツカーごと固めてしまうよりもっとすごいことかも。

2012年2月3日金曜日

どーん

決算のために計上漏れしてる費用がないか去年のスケジュール帳に目を通していたら、制作の仕事から「完成」の部分を取り除いた「過程」の部分だけが、丸1年分生々しく体の中によみがえって、胸がどーんと重くなった。

ほんとにどうしていいかわからない、どうにもこうにもわからない、という仕事がひたすら続いた1年だった。

「完成」の喜びがあるからこそそのたびに「過程」の苦労も吹き飛んでいるが、改めて「過程」の部分だけ抽出してまとめて1年分味わってみると、よく頑張ったなァ……俺、という気持ちにもなった。

2012年2月2日木曜日

罫線邪魔

ノートを買いに行って小さい文房具店だと無地のノートを置いてないことが多くて困る。

罫線入りのノートしか使わない人の方が圧倒的に多いということなのだろうか。

すでに言語化されている情報を文字化していくぶんには罫線というのも便利だと思う。

しかしまだ言語化されてない情報を言語化するためには罫線なんかあったらむしろ困るぐらいなのではないか。

言語化されてない情報の言語化ってみんなどうしてるんだろう。

紙に書かなくても頭の中で全部できてしまうんだろか。

佐々木はほんとはスケジュール帳も無地で1日1ページのがほしい。

だが残念ながらそんなスケジュール帳はどこも売ってない。

毎年スケジュール帳を買うシーズンになるとそういうのはないかと探し回ってしまうのだが。

2012年2月1日水曜日

2年前のメモ

決算のため必要があって2年前のスケジュール帳に目を通した。

あちこちに貼り付けられたポストイットのメモ書きを見てなんかもがいてたなぁ俺と思った。

 
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