2011年12月31日土曜日

「大つごもり」音読

今年も大晦日は樋口一葉の「大つごもり」を音読。

年1回のチャレンジであのえんえん途切れのない文語を一度もつっかえずに音読できたら「すげぇな俺!」という話にもなるのだが残念ながらそううまいことはいかず1ページに5~10箇所は語の切れ目がわからなくなったり漢字が読めなかったり。

でも間違えなく繰り返し音読にチャレンジするに値する作品。

読み返すたびに新しい味わいを発見する。

今年は冒頭で主人公お峰が足元の凍った風呂場で鼻緒のゆるんだ下駄を履き水汲みをしていて足をすべらせ転ぶところとかの文章のリズムの崩し方の絶妙さに感嘆。

佐々木が「大つごもり」を毎年音読する意義はもう一つある。

ある意味あの作品は佐々木の人格に最も欠落しているというかむしろ佐々木が自分の人格から意図的に排除している要素の美化をメインモチーフとしている。

自分自身に何が欠けているのかを毎年同じ手段で確認する意義は大きいはず。

2011年12月30日金曜日

川端康成『雪国』を読んだ

古典読破計画。

12月は川端康成『雪国』。

さすがは日本人なら知らない人はないというぐらいの有名小説家の代表作と感心させられる箇所が随所にあるにはあったのだが、どちらかといえば不満を感じる箇所の方が多い小説だった。佐々木は読みながら心の中でぶーぶー文句ばかり言っていた。

人の世のぶーぶー文句を言いたくなる側面をあえて正面に据えてその中にある美を描いているのだから当然と言えば当然か。

佐々木なんかはつい「思想のない美って虚しい」と思ってしまう。駒子の三味線や強がりにしても、葉子の言葉づかいや心づかいにしても、美しいんだけど、彼女たちの人生における位置づけというものがない。作品中「徒労」という言葉が何度も登場するが、この作品世界ではあらゆる美が徒労のあり方として描かれているとさえ言える。たぶんある種の美は思想性とトレードオフの関係になっているんだろうけど。

特に島村の無思想性が際立ってるというか。この男ひょっとして自意識というものがないんじゃないかと思ったぐらい。後半に入って自意識の描写も少し出てくるのだが。無神論と無宗教は違うってどういうことかずっとわからなかったがこの島村のようなあり方こそ無宗教というのではないかと思ったぐらい。

以前日本文学全集をダーッと一気読みしたときに川端康成の文体の水気に感じ入ったことがあるのだが、この『雪国』の文体にはそれほど感心しなかった。妙に説明的というか。たとえば女の魅力の説明に「清潔」という言葉を使いすぎ。「清潔」なんて言葉で済ませないで具体的な描写で「清潔」であることを伝えてくれよと何度思ったか。あと「なんともいえない」も使いすぎ。言語表現のプロが言語による表現を断念するなよと思う。

駒子が最初に登場した時の
《足指の裏の窪(くぼ)みまできれいであろうと思われた》
という描写だけはなんかすげぇと思った。わぁエロっ!と。

2011年12月29日木曜日

実体論の効用

昨日参加した運動科学総合研究所の講座「細胞正常力アップⅡ」で高岡英夫先生が何度も強調されていたことの一つが、我々人間の身体で実現されているあらゆることが我々を構成する細胞一つ一つの働きの集合として成立しているということ。

肝臓におけるアルコール分解は肝細胞それぞれによるアルコール分解の集合として成立しているし、筋肉の収縮は筋繊維細胞それぞれによる収縮の集合として成立している。

にもかかわらず我々はともすると現実の細胞の働きとは無関係ないわば宙に浮いたところで身体の諸機能が実現されているかのような身体観を持ちがちで、この身体観の誤りが我々主体と我々を構成する細胞との身体意識レベルでのつながりを阻害していると。

なるほどと思う一方で、「全体を部分の集合によって理解することはできない」というのは佐々木が常々意識していること。

高岡先生のお話をうかがいながらそのへんの整合性を自分の中でどうとるかでちょっと迷いがあった。

考えてみるとこれって社会や国家と個人の関係をどう考えるかという話とすごく似てる。

「個人以前に社会や国家はない」と考える人がいる一方で「社会や国家以前に個人はない」と考える人もいる。

佐々木は後者の立場ではあるが、現実の社会や国家を担う個人の魂を奮い立たせるのは前者の発想であることが多いのも確か。

実体として細胞の集合によって人体が成立しているからといって人体を細胞の集合と理解できるわけではないけども、あえてそのように考えることで細胞のあり方が活性化されるのも間違いなさそう。

そのへんの矛盾がおもしろいと思った。

あと、あえて実体論に徹することが本質論に与える影響とDS理論のあり方の関係というのも突っ込んで考えてみたい問題。

2011年12月28日水曜日

運動科学総合研究所冬期集中講座「細胞正常力アップⅡ」に参加

本日運動科学総合研究所冬期集中講座「細胞正常力アップⅡ」(高岡英夫先生)に参加。

漠然と「自分の細胞が正常に(元気に)なればいいな」ぐらいの気持ちで参加した講座だったが、自分の細胞(とその構成要素である核やミトコンドリアやリボソーム)の本来的なあり方のすごさを知って、むしろ自分のほうが細胞(とその構成要素たち)のあり方のすごさにふさわしい「正常さ」を体現しなければならないような気持ちにさせられた講座だった。

しかもその「正常さ」というのが「生き方」にまで及ぶもので、そのレベルのあまりの高さにちょっと困惑するぐらい。

「うーんどうしよう」と。

自分とは関係ない他人がご立派というだけならしょせん人ごとで済む話だが、自分を構成する細胞(とその構成要素たち)が過去15億年にわたりそしてまさに今この瞬間もご立派であり続けているとなると、しょせん人ごとという態度は取りにくい。

「無理はしないように」というお話でもあったのだけど。

なにしろ深い感動のある講座だった。

2011年12月27日火曜日

過敏化?

今日はどこの店に行ってもなぜか牛乳の匂いとトイレの芳香剤のような匂いが強く鼻につく。

たまたま入った店で牛乳がこぼれていたりそういう匂いを発する薬品が多めに使われていたりしたのか。

それとも自分の鼻が過度に敏感になっているのか。

もしかすると化学物質過敏症かアレルギー?とちょっと心配になる。

大丈夫だと思うけど。

あと念のため自分の体や衣服や持ち物が匂いを発していないか確認したけどこちらは大丈夫なよう。

2011年12月26日月曜日

『動物農場 ―おとぎばなし―』を読んだ

古典読破計画。

今年9月はジョージ・オーウェルの『動物農場 ―おとぎばなし―』。

川端康雄さんによる2009年の新訳。

既にあら筋を知っている物語ではあったが、決して「あら筋どおりの物語だった」という感想にならなかった。

なぜだろう。

最初は、働き者のオス馬「ボクサー」のあり方が妙に心に残ったからかなと思った。

他の登場動物たちについては、モデルとなった具体的人物達のあり方がいちいち浮かんでその描き方のうまさにニヤリとさせられただけ、と言えばだけだった。

社会主義革命の実相に対する作者の(発表当時は間違いなく衆を絶していた)洞察は現代においては既に常識と化していて、佐々木もその常識を共有しているから。

ただ「わしはもっとはたらくぞ」「ナポレオン(革命指導者)はいつでも正しい」をモットーとする「ボクサー」的人物のあり方というのは、佐々木が思い描いてきた社会主義革命の像から、なぜかすっぽり抜け落ちていた。

それでそういう人物のあり方とかそういう生き方に対する佐々木自身の評価を、ちょっと考えさせられた。

社会的不正義の根底的是正を希求する立場からすれば、「ボクサー」的人物のあり方に対する感情は尊敬と不満相半ばし、どちらかと言えば不満が優るのではないか。

佐々木もちょっと不満(というかいらだち)が勝りかけた。

けど最終的には尊敬、それも限りなく不満ゼロに近い尊敬に落ち着いた。

やっぱり日々の生活が回るのはこういう人物がいてくれてこそ。

みたいなことを考えさせられたのが、「あら筋どおりの物語だった」という感想にならなかった理由の一つ。

それより一番大きな理由は、訳者の川端さんによる巻末の解説を読んでわかった。

オーウェルがこの物語の原稿を持ち込んで出版を断られた出版社の中に、詩人T・S・エリオットが査読を務める出版社もあって、エリオットがオーウェルに出版を断った理由を書いて送った手紙の中に、こんな一節があったのだとか。
《思うに、この喩え話への私自身の不満は、否定的な効果しかないということだと思います。作者が異を唱えることがらに対してだけでなく、作者が望んでいることにも〔読者の〕共感をかきたてるべきです》
で、訳者の川端さんはむしろこの物語は「作者が望んでいることにも共感をかきたてる」物語であり、《ディストピアのかたちよってしか語り得ない希望》を語っていると考え、《語りの襞に見え隠れする「望み」も損なわずに》訳すことを心がけたのだとか。

それでわかった。

伝え聞いていた『動物農場』のあら筋からは単なるディストピア描写のイメージしか浮かばなかったのに、川端さんが訳した『動物農場』には不思議なくらい絶望感がなかったのだ。

描かれている世界は間違いなくディストピアなのに。

単に文体が柔らかいだけでなく、むしろ積極的に「希望」が伝わるような訳し方を、川端さんがしていたのである。

特に印象的だったのが、最初の集会のときのあひるの子たちが踏みつぶされないように気づかう馬たちだとか、皮肉屋でも実はボクサーのことが好きなろばだとかの描写から感じる、なんともいえないほっこり感。

社会革命的文脈での「希望」に「ほっこり感」を盛り込む思想って、なかなかない。

もっと早く読んでいていい物語だったけど、もっと早く読んでいたらこの川端さんの訳で読むこともなかった。

だから読むのがこの時期まで遅れてよかった。

それぐらいいい訳。

2011年12月25日日曜日

自撮り

自分で自分の写真を撮ることを最近の若者言葉で「自撮り」と言うらしい。

昨日『現代用語の基礎知識 2012年版』で知った。

『現代用語基礎知識』をソースに若者言葉を知るとはいよいよ俺も本物のおっさんだと感慨ひとしおである。

いい歳した男が若者言葉など使うのはいかがなものかという疑念の呪縛ゆえに自分で使うことはめったにないとはいえ若者言葉の語感がもたらす快楽の新鮮さに俺も使ってみてェーという欲求を感じることは多い。

ところがこの「自撮り」についてはそのような欲求を感じない。

なぜだろう。

たぶん「ジドリ」という音の並びに妙なスマートさを感じてしまうからではないか。

「ジドリ」と言ったらやっぱり「地鶏」だし、「地鶏」といったらブランドだし。

そうでなくても長い動詞を省略して短くするとどうしたってかっこつけた感が出てしまう。

「ハモリ」とか。

自分がしょっちゅうやってながらなんだが自分で自分を撮るって基本的に馬鹿だと思う。

そのへんの含羞というか「馬鹿なことやってます」感が「自撮り」だと出ないというか。

自分で自分を撮ることを「自撮り」という人たちはそのへんどういう感覚なのだろう。

自分で自分を撮ることに対する含羞が佐々木ほど強くないのだろうか。

それとも「ジドリ」という音の響きにそれほどスマートさを感じないのだろうか。

よく考えてみると「地鶏」の「地」って「地面」や「地味」の「地」だし、もっと言えば「地獄」の「地」だし、意外とネガティブ感のある言葉なのかも。

そのあたりのネガティブ感が佐々木の言うところの含羞の表現になってるのかもしれない。

あるいは「ジドリ」なのに「地鶏」じゃねぇのかよみたいなトホホ感もある種の含羞表現なのかもしれない。

とか。

2011年12月24日土曜日

一般科学史の観点から考察する美容理論の現状と歴史について

本日歳末恒例『現代用語の基礎知識』イッキ読み。

一時間ほどでザッと通読。

一番知的興奮を覚えたのは「時代・流行」の「美容」の項目。

次が「科学・技術」の「物理学」。

あまりのしょぼさに爆笑したのが「文化」の「*****」。

言ってしまえば単なる最新用語解説に過ぎない数ページの記事がどれぐらい知的興奮に満ちたものになるかはもちろん読み手の教養やリテラシーによる部分も大きいのだろうが、現代社会におけるその分野の位置づけと動向を書き手がどれぐらい体系的に把握しているかによる部分が一番大きいはず。

それからその分野が近年実践的・理論的にどれぐらい進歩しているかによる部分も。

「美容」の項目があれだけ知的興奮に満ちていたのは執筆者の小林照子さんという方の体系的洞察力の高さの現れなのではないかと推察する。

それから美容の分野における実践的・理論的進歩の速さも。

実践上の進歩の要請が理論上の進歩をもたらし理論上の進歩によってもたらされた実践上の進歩がさらなる実践上の進歩の要請をもたらすという実践と理論の一般的相互浸透関係は美容の分野における実践と理論の発展史にも当然見られるだろう。

しかも美容の分野は多面的。

人体のあり方の改善という点では生理学的問題だし製品開発という面では工業技術的問題だし何を以て美とするかというのは文化的問題だし美の追求にどれほど価値を置くかというのは思想的問題だし美の追求にどれほどの資源を投じられるかというのは経済的問題だし。

しかも特に美容の分野においては売る側の都合に基づくある種の広告文が客観的理論の外観をまとって押し出される面が非常に大きいはず。

理論一般の歴史から見た時に美容理論の歴史はどう一般的でどう特殊なのかにちょっと興味を持った。

そんなこと考えてる暇があったら待たせてる原稿をさっさと書けという話だが。

2011年12月23日金曜日

年末年始営業予定

先ほど年内に納品を約束している原稿のリストと年明けに納品を約束している原稿のリストと年末年始のスケジュールを見てすぐに理解したのだが今年も年末年始の休みはない。11月の時点では年末年始10日ぐらいは原稿書きから逃れられる見通しでいたのだが。

2011年12月22日木曜日

正常な感覚

最近可笑しかったこと。

佐々木が通うある武術道場の女性会員の方(既婚)に以前「この道場の男性会員(約40名)の中で佐々木さんが一番まともっぽい」と言われてんなわけないじゃんと思いつつもしかするとそういう感じ方もあるのかもとか思ってたらつい先日その女性会員の方がちょっとした粗相をされて道場の師範から「おまえの感覚はおかしい」と厳しいご叱責が。

やっぱおかしいんだみたいな。

不謹慎!

(追記: もちろんこういうことを可笑しがる佐々木が不謹慎ということです)

2011年12月21日水曜日

ますます難しくなる仕事

お客様インタビュー広告制作の仕事は景気が悪くなればなるほどおもしろくなる面がある。景気が悪いということはよほどの理由がないと何かを買わないということ。買った側になぜそれを買ったのかを聞いても、売った側がどうやってそれを売れるものにしたのかを聞いても、出てくる話は深刻・真剣なものばかり。軽々しくはとても書けない。広告効果という観点で考えても、読者にそれを買う「よほどの理由」を伝えきらないことには広告が広告の役割を果たさない。難しさがあるということはそれだけおもしろさがあるということ。面倒くさい仕事が増える一方で収入はたいして増えない状況はこのように考えて楽しむことにする。

2011年12月20日火曜日

あと2本

あと2本。

あと2本で年内納期の原稿は終わりである。

11月半ば以降に依頼された仕事はすべて年明けまで納期を待ってもらうか、別の方に受けていただいた。

崩れに崩れていた様々なルーティンを、年末年始で立て直す。

去年の秋から、今まで受けたことのない性質の仕事を次々に依頼されて、やるべき仕事が次々に後回しに。

春の震災直後は精神的に浮足立ってしまいますます後回しの仕事が増大。

そのまま今日に至る。

今年もあと10日だというのに来年の目標もしっかり立たない原因はいろいろあるだろうが、毎日消化すべき仕事を消化しきってないせいも大きいはず。

それを年末年始でなんとかする。

とか思ってたら先週末に納品した原稿の書き直し依頼が。

嗚呼。

2011年12月19日月曜日

War

戦争のことを英語で「War」と言うのは、やっぱり人は戦う時「ウォーッ」と叫ぶからなのだろうか。

だとしたらそれってたとえば幸運のことを「わーい」と呼ぶようなもので、そんな素朴な表現を日常語としてだけでなく実務用語や学術用語としても使ってしまう英語国民に対してちょっとした軽蔑感、じゃなかった親近感を覚えざるをえない。

実際どうなのかとちょっとネットで調べてみた。

「etymology(語源) war」で検索すると、古いゲルマン語が語源とか、いろいろ説明が出てはいた。

でもどうなんだろう。

こういう短い単語が定着するかどうかって、音声的な語感がしっくりくるかどうかの影響が大きい気がするのだが。

2011年12月18日日曜日

柔らかい海

昨日出張途中で立ち寄った伊勢神宮から宿泊先の三重県志摩市浜島町に向かうため乗った近鉄特急が鳥羽駅に近づいた時、進行方向左手の車窓に突然海が大きく広がって、これほど海の近くを走る路線だとは予想してなかったので驚いたのともう一つ、海自体から受ける印象が、これまで佐々木が見たどの海とも違うと感じた。

あえて言葉にすると海が柔らかく感じられた。

京都に5年住んでた時によく「近鉄特急で伊勢・鳥羽・志摩へ」みたいな広告を目にしてこれらの土地が関西圏でポピュラーな観光地なんだろうなと漠然と思ってはいたが伊勢神宮のある伊勢以外ははっきりとしたイメージもなくかといってわざわざ調べる気も行ってみる気もなくそのままこちらに引っ越してきてその後は鳥羽を中世の天皇の名前ではなく地名として意識することなど皆無だった。

電車で通過したに過ぎないとはいえ実際にこの目でその海を見てここが観光地になるのももっともだと深く納得した。

やっぱり気持ちよさそうだ、あの海を見てたら。

天気がよかったせいもあるかもしれないけど。

で、今日も快晴。

浜島町での取材が朝10時半には終わって、その後1時間ほど町の海沿いの道を散歩してきた。

えっらい気持ちよかった。

英虞湾内だけでなく、太平洋まで柔らかく感じられた。

たまたま天気がよかったからと言えばそれまでだが、天気のよさだけには解消できない気がした。

晴れた風のない日の静かな海ならよそでもいくらでも見てるのにこれほど海に柔らかさ感じたことはなかったから。

なぜなのかは未解決のまま。

何か感覚に引っかかりがあった時は即感覚を感覚のまま記憶してその感覚の運動構造を調べてできれば言語化してその原因を追求する認識も問いという形で言語化してすべて記憶の中に保存する、と意識してるわけではないけどたいてい自然にそうしてる。

だからどうってこともないのだが。


今朝の日の出、大矢浜にて


ビン玉ロードにて


浜島漁港にて


浜島漁港の小さな造船所

2011年12月17日土曜日

伊勢神宮へ

明日は午前中三重県志摩市で取材。

なので今夜は現地で宿泊。

せっかくなので今日伊勢神宮に参拝してきた。

人生初伊勢。

あの古代的で清浄な杜や社に実際に身を置いてみると、あの神社が古代から現代に至るまで果たしてきた役割だとか、歴史的かつ一般的に国家の中心的祭壇が社会の中でどのような役割を果たしてきたかだとかについて、実感を伴った想像や理解が、自ずと体や頭に湧き起こってくる。

古代において伊勢神宮が日本列島の中心的祭壇と意識される前と後とでは日本列島における社会や人々のあり方がまるで違ったものだったんだろうなとか。

伊勢神宮のあり方自体が日本列島における社会の国家的統合過程に影響を与え、逆に日本列島における社会の国家的統合過程が伊勢神宮のあり方に影響を与えたのだろうなとか。

19世紀~20世紀の列強諸国の統治者達は日本の神道のあり方をどのように捉えどのように変えようとしたのだろうとか、列強諸国自身の中心的祭壇のあり方はどのようなものだったのだろうかとか。

いろいろきりもなく。

あと一つ非常に印象に残ったのが、伊勢神宮に参拝する大勢の人々が、ほぼ例外なく、ケラケラっとしたすがすがしさを発散しているように感じられたこと。

10代、20代から、60代、70代まで。

たいていは2人~5、6人のグループ連れ。

都内やその近郊で電車とかに乗ると、こちらが逃げ出したくなるほど強い邪気を発してる人とかザラに見る。

そういう人はぜんぜん見当たらなかった。

別に伊勢神宮の力でケラケラっとしたすがすがしさを発散してるわけではないとは思うけど。

グループ連れで観光旅行に出向く人々は、もともと暮らしにも心にも余裕がある人々なんだろうし。

まして旅行先を伊勢神宮に選ぶ人々は特にそうだろうし。

もしかるすと三重県の人々や、近畿圏の人々全般の気質が、関東の人々の気質よりもうんとケラケラっとすがすがしいのかもしれないし。

あと周囲の人々がどのように見えるかというのは、自分自身の体や心の状態の反映である面も大きいのだろうし。

ただなにしろあのケラケラっとすがすがしい人々を見ていると、こういう国民がなんとかうまいことまとまっていけたら、これから世界がどのようになろうとも、そこそこ幸せに暮らしていくのは十分可能だなという感慨を、なぜか強く持った。

あとあの表情の明るい人々が押し寄せるように賽銭箱にお賽銭を投げ入れ参拝する様子を見ていると、なぜか、お金っていうのはとにかく世の中をぐるぐると回らせとけばそれでいいんだなみたいな気持ちにもなった。



内宮、宇治橋鳥居前にて


内宮、五十鈴川御手洗場にて


内宮、御正宮前にて


内宮前おかげ横丁にて


近鉄宇治山田駅前にて

2011年12月16日金曜日

権威

神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』』という本は、全編、佐々木はまずこんな書き方をしないという書き方で貫かれている。その理由をつらつら考えていて、佐々木は仕事でもプライベートでも、権威を利用して他人に教えを垂れる文章を書く機会がないからなのかなと思った。権威主義というと悪い意味で使われる言葉になってしまうけど、権威をうまく利用してこそ解決できる課題とか到達できる境地というのは、やっぱりある。神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』』は、ある意味権威の善用のお手本のような本だ。看護界におけるフロレンス・ナイチンゲールの権威の利用の仕方の面でも、読者に対して神庭さんご自身を絶対的な指導者と位置づけて語るその語り方の面でも。やっぱり権威は学びの効率を高める。神庭さんご自身も、学問修行における師匠の権威を、信仰と呼べるほどに信じることでご自身の実力を高めてきた方なのではないかと推測する。ひるがえって佐々木がふだん仕事で書く文章は広告文、なかでもお客様インタビュー記事。広告文はお客様に読んでいただく文章。ましてお客様インタビュー記事の登場人物が読者に対して偉そうにするなんて基本的にあり得ない。プライベートにおいても、愚かな読者に賢い俺の見解を教えてやるなんて気持ちで文章を書くなんてことは佐々木にはまずあり得ない。自分の愚かさを日々痛感させられながらそんな文章なんてとても書けない。そんな自分の認識のあり方とか文章の書き方をあらためて自覚させられたのも、この本を読んでおもしろかったことの一つ。

2011年12月15日木曜日

『初学者のための『看護覚え書』(2)』を読んだ

秋に買ったままほったらかしだった神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』(2)』を、ようやく読んだ。

読んですぐ、掛け布団から布団カバーを外し敷布団からシーツを外して洗濯し、敷布団を干した。

もっと布団カバーやシーツの洗濯や布団干しの頻度を上げようと思った。

この本を読んで、寝具を清潔に保つ重要性を頭に叩き込まれたから。

もっと大きくは、日々の積み重ねによってやがて健康悪化へと結実していく生活上の汚れ・歪み・乱れを清め正し整える重要性を頭に叩き込まれたから。

あと、「あとがき」に引用されている神庭さんの小論「家政学から看護学の扉をたたいて10年、看護学の立場から思うこと」には、かなり感動した。

神庭さんがかつて家政学を専攻していたことを以前どこかで読んだ時は、神庭さんが「家政学」をこれほど大きく深い視野で捉えられているとは、想像もしなかった。

ある意味、神庭さんは家政学を、医学や看護学の対象全体を包摂してしまう学問として、構想されている。

その志の高さと論理性の深さに感動を覚えた。

2011年12月14日水曜日

人間らしい心

自分は人間らしい心が欠落しているという自覚があるので他人の人間らしい心の欠落を責めないとかできるだけ人間らしい心がなくても務まる分野で貢献させてもらえるようにするとか人間らしい心が必要な事柄に口を挟まないとか努めてはいるのだがそれでも人間らしい心に対する要求から逃れきることができないのはまぁあたりまえと言えばあたりまえか。

2011年12月13日火曜日

論理構造の叙述の感情的側面

事象の論理構造の認識は、当該事象の認識から、感性的・感情的な部分を捨象することで得られるもの。

とはいえ論理構造の認識の叙述は、それ自体の感性的・感情的部分を持つ。

論文のように論理構造の叙述それ自体を目的とする文章においては、可能な限り感情を排した「淡々とした」調子で叙述することが一般的となっているものの、「淡々とした」調子というのも一つの感情表現であることは間違いない。

特定の人物に対する皮肉や攻撃を旨とする叙述、読者の笑いをとることを旨とする叙述、それぞれ、論理構造の叙述自体が、意図する感情表現の影響を受ける。

そう言ってよければ、感情表現によって論理表現が歪められる。

なら、感情表現を最も排した論理表現が、最も正確な論理表現となり得るのかと言えば、難しいところだと思う。

たとえば、一般の読者の想定をはるかに超えるような壮大な事象の論理構造を叙述し、読者に理解させるためには、まずもって読者に、その壮大な事象の論理構造を受け入れるだけの心の準備をさせなればならない。

そのためには、それにふさわしい感情表現というものがある。

その感情表現がなければ、論理表現自体が伝わらないし、そもそも表現できない、みたいなことはあるはず。

で、そういった意味での、論理表現を正確たらしめるための感情表現の排除と、扱う事象の壮大さに対する心の準備を読者にさせるための感情表現の導入とのバランスが、佐々木が知る範囲で最も絶妙である書き手が、『学城』誌に「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」という論文を掲載されている、悠季真理さんである。

2011年12月12日月曜日

ピキピキ

午後都内で私用のため早朝から起きて午前中外出時刻ギリギリまでウンウン頭を振り絞りながら原稿を書いて午前11時半近くなって外出の支度をし重い荷物を両肩に掛け家を飛び出し小走りに駅に向かう途中何かの拍子に首を動かしたら後頭部左下の奥でなにやらピキピキという感覚が。こりゃもしかすると脳内で血管が切れたかとヒヤリ。首を動かすとやばいことになりそうででも立ち止まると遅刻しそうでなるべく首を動かさないまま駅に向かって歩き続けた。しばらくしたら別になんともなくなった。やっぱり体に無理させちゃだめだと改めて思った。

2011年12月11日日曜日

メシウマ、って普通の意味で

先月末あたりからようやく、スーパーの棚に新米の玄米が並び始めた。

先週、秋田産あきたこまち5キロを購入。

新米の玄米で炊いたご飯が、やたらうまく感じられる。

炊きたてだと、口に入れた段階でもう、米の表面から甘みがほとばしる。

噛むと米の表面が割れ中から飛び出した胚乳部分から、さらなる甘みが。

白米飯で胚乳部分だけを味わうより、糠部分とほのかな苦みとのコントラストで味わったほうが、胚乳部分の甘みのディテールをよりくっきりと味わえる気がする。

去年までは、こんなに新米のご飯がうまいとは思わなかった。

今年の米の出来がいいせいなのか、それとも味わう佐々木の側の味覚とか感性が深まったせいなのかは、不明。

2011年12月10日土曜日

皆既月食

夜10時半過ぎに相模大野駅のコンコースを抜けたら、30人近くの人が夜空にケータイやスマホのカメラを向けている。

見上げると月の欠けた部分が見事な赤銅色。

月食が始まっていた。

人々が月食を見上げるシーンにはこれまで何度も遭遇してきたが、これほど多くの人々が月食にカメラを向けているのを見るのは、初めてかも。

ケータイやスマホのカメラの性能が、それだけよくなったということだと思う。

数年前のケータイのカメラだと、なかなか月を撮ろうという気にはならなかったはず。

皆既月食は十何年ぶりだとかで、天候も月の高度も今回はバッチリ、ということもあるだろうけど。




仕事に使う一眼レフカメラで撮って画像処理ソフトで拡大

2011年12月9日金曜日

3カ月先までスケジュールが埋まってる売れっ子の俺、みたいな

一昨年あるソフトウェアのユーザーインタビュー記事制作の取材でうかがったある企業さんからホームページでの自社紹介に使うための社長および社員インタビュー記事制作のご依頼をいただき佐々木の方は既に受注しているお客様インタビュー記事の制作が終わるのに来年1月中旬までかかる見込みの上にそのあと業務マニュアル制作の仕事が入ってこれが下手をすると丸々1カ月以上かかる可能性があるのでそのあと着手となると初稿の納品が来年3月なんてことにもなりかねずさすがにそこまでお待たせするのは申し訳ないと別の制作者の紹介を申し出たところ初稿納品は来年3月まで待つから佐々木さんにお願いしたいとおっしゃっていただきなんだかえらい売れっ子になったような気が一瞬したが実際のところ佐々木に注文が来るのはおそらく絶対的に品質が高いからと言うよりは値段の割には相対的に品質が高いからという理由で値段の割に品質が高いのは単にいただく値段以上に時間をかけてているからでその証拠にいくら注文が来ても佐々木の月収はたいして増えてないので別に自慢にもならない。

2011年12月8日木曜日

また水戸へ

お客様インタビュー記事制作の仕事で、今日もまた水戸へ。

今年の5月17日以来。

常磐線特急の車窓からは、まだ屋根にプルーシートと砂袋が乗った家が、数秒~数分おきに1軒ぐらいの間隔で目についた。

そういう家が4~5軒固まってるところも、まだちらほら。

5月の段階で「屋根の修理は1年待ち」と聞いたのは、本当だったらしい。

水戸駅前の大通りは、きれいになった建物も多い一方で、シャッターが下りて「テナント募集」の貼り紙が貼られた店舗や、白い鉄板で囲まれ閉鎖されているビルも目立った。

ただ人通りは多く、街はそこそこ賑わってる感じではあった。


フレッシュひたち21号にて

2011年12月7日水曜日

信じてることと信じたいこと

あることを自分が信じているかどうかということとそのことを自分が信じたいかということは別のことである。自分が信じていることが同時に自分が信じたいことであることもあるし信じたくもないのに信じてしまっていることもある。具体例は書かないけど。自分が信じていることが同時に自分が信じたいことでもある場合はそのことを信じたいという自分の欲求がそのことに対する反証に対して自分の目や耳や心を塞がせていないかときどき自分に問いかける必要がありそうだし信じたくもないのに信じてしまっていることについては信じることをやめられはしないか自分にときどき問いかけたほうがよさそうだ。あと本人が信じていること本人が信じたいことの一致度が人によってどの程度違うのかにも興味がある。

2011年12月6日火曜日

フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』に目を通した

古典読破計画。

先月はエドムント・フッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(細谷恒夫、木田元訳)。

ほんとにザッと目を通しただけでまだ内容を理解できない。

この本の重要キーワードであるはずの「超越論的」とか「現象学」とか「判断中止」とか「心理学」とかの意味さえも。

ただこの本と丸一日格闘すればなんとか理解できそうな気はした。

著者自身が自分でもよくわかっていない言葉や表現を使ってる雰囲気がしないから。

訳者達もきっと内容を理解しきって訳してる。

あと著者がこの本で論じてる「諸学の危機」をもたらしている根本原因というか矛盾は、脳がよっぽど柔らかくゆるんでないと、構造的かつ運動的に把握しきれなさそうだなと強く感じた。

著者の脳はそこまでの柔らかさには達してないなとも。

たぶんヘーゲルの脳の方がフッサールの脳よりゆるんでる。

あてずっぽうもいいとこだけど。

バークリ、ヒューム、ロックの説は理解できてることを前提に書かれてる本なので、来年はこれらの学者たちの本も読もうと思った。

2011年12月5日月曜日

昨日自分が書いたことへの反論らしきこと

「運転の下手な人は障害物(停車中の車とか電柱とか)を注視するのをやめて自分が進むべきコースを注視するようにしなさい」という、ある教習所教官の方のアドバイスについて、昨日、反論らしきことを書いた。

書いて投稿したら、今度は自分が書いた反論に対する反論らしきことが、あれこれ思い浮かんできた。

考えがまとまらないので、いつも以上にだらだら書く。

「下手な人をどう上達させるか?」を考える時に、「上達の下手さ」自体を解消する方法を考えるアプローチと、その「上達の下手さ」でも上達できる方法を考えるアプローチと、2つのアプローチがあり得る。

「運転の下手な人が障害物にこすらず運転できるようになる方法」を佐々木が昨日考えた時、佐々木は後者のアプローチでしか考えていなかった。

「上達の下手さ」自体を解消する方法、つまりは「障害物を見ずにコースをとらえる」ということがいきなりできるような能力を習得させる(もしくは発現させる)方法は、考えられないか。

たとえば目をつぶって歩くとか、暗闇を歩くとか、そういう時って、自分の進路にある障害物の存在を「気配」でもとらえている気がする。

自分の進路にある障害物を、視覚情報や聴覚情報や触覚情報をまったく使わず、100%「気配」だけでとらえるのは、不可能なはず。

仮にそれができるなら、目隠しして公道で自動車を運転できることになる。

そりゃいくらなんでもあり得ないだろう。

ただ、視覚情報や聴覚情報や触覚情報ではない、体性感覚的な情報の収拾能力を高めることによって、「障害物を見ずにコースをとらえる」というアドバイスを聞いただけでスムーズに運転できるようになれる、ということはあり得そう。

あと、「負のガイドライン」をとらえるより「正のガイドライン」をとらえる方が難しい、と書いたが、これもどうなんだろう。

それこそ「それって永遠の過去からそうなのか? 永遠の未来にわたってそうなのか?」だ。

文明化以前の人類はとうだったんだろう、とか、人類の魚類時代はどうだったんだろう、とか。

魚が岩の間をスイスイすり抜けていくときは、「負のガイドライン」も「正のガイドライン」も同時に一瞬で描いてる気がするし。

「障害物を見ずにコースをとらえる」能力は人間が天性の能力として持っていて、その能力を阻害している因子を取り除きさえすればたちまちその能力が発現するとは、佐々木には信じられないけど。

2011年12月4日日曜日

負のガイドライン、正のガイドライン

今年の春に10何年ぶりかで車の運転をした時、運転の仕方を思い出すためネットであちこちのページを見ていて、ある教習所教官の方がYoutobeにアップされている運転初心者向け実演講習動画を見つけた。

動画の中でその教官の方が、次のことを強調されていたのが、印象に残った。

曰く、たとえば狭い道で道端に停まっている車の脇を通り抜ける時、運転の下手な人は、停まってる車を注視し、結果的に、停まってる車に自分の車をこすりつけてしまう。

これに対して運転の上手い人は、停まってる車は見ずに、自分の車が通るべきコースを見て運転している。正しいコースを見ていれば正しいコースからぶれないので、結果的に車をこすることもない。

だから運転の下手な人は、障害物(停車中の車とか電柱とか)を注視するのをやめて、自分が進むべきコースを注視するようにしなさい、と。

なるほど、と思う一方で、これって典型的に「あまり苦労せず上達してしまった指導者」や「自分の初心者時代を忘れてしまった指導者」の指導法だよな、とも思った。

「自分はこうやって上手くできている」、ゆえに「下手な人もこうすれば上手くできる」、という指導法。

「下手な人が下手な方法でやる必然性」だとか、「上手な方法でできない人ができるようになるまでの過程」を、まったく考えない指導法。

自動車の運転に限らず、およそ実技系の指導者で、この指導法をやらかさない指導者など、ほぼ絶無だろう。

運転の下手な人間が、ぶつけてはならない障害物を注視することに必然性があるのは、考えるまでもない。

運転の上手な人間は障害物を見ずにコースを見ているというが、その「コース」というのは「障害物にぶつからないコース」なのだから、障害物を見たうえで設定されているのも、これまた当然の話。

ただ運転が上手い人の中では「障害物を見て、ぶつからずに済むコースを頭の中で描く」プロセスが一瞬でに行われるので、ご本人には「障害物を見ていない」と感じられるだけのことだろう。

これができない人間ができるようになるために必要なことは、きっと「障害物を見ない」ことではない。

「障害物を見ずにコースだけを見て運転する」と主観される状態を目標として設定した上で、まずは障害物を見て、その脇の空間も見て、自分の車がその空間を通り抜ける像を頭の中で描こうとして、その中心線を「コース」として描こうとして、実際に通り抜けて、自分が描いた像のアイマイさやデタラメさを検証して、ということを繰り返しにも繰り返して、最終的に目標に到達する、というプロセスを踏むことなのではないか。

運転に限らず、動作でも行動でも人生でも、何らかのガイドラインが必要になる。

意識的であれ、潜在意識的であれ。

ガイドラインには、「このガイドラインに従うべし」という「正のガイドライン」と、「このガイドラインに従うべからず、触れるべからず」という「負のガイドライン」があると思う。

停まっている車の脇を通り抜ける例で言えば、「コース」にあたるのが「正のガイドライン」。

停まっている車のボディが「負のガイドライン」。

おそらく一般に「正のガイドライン」の方が、「負のガイドライン」より、はるかに認識するのが難しい。

なぜなら第一に、「負のガイドライン」は実体として存在することが多いが、「正のガイドライン」が実体として存在することはまれだから。

第二に、「負のガイドライン」は現実であり、「正のガイドライン」は理想だから。

だから、「正のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人は、「負のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人より、はるかに少ない。

ぶつけてはいけない車を注視してかえってぶつける運転初心者のように、おそらく「負のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人は、動作・行動・人生において期待しない結果を自ら招きやすい。

だからと言って「『負のガイドライン』を見るのをやめて『正のガイドライン』を見よ」とアドバイスするのは、「車を見ずにコースを見ろ」と運転初心者にアドバイスするに等しい。

「負のガイドライン」をじっくり見ることもまた、「正のガイドライン」を描けるようになるための、重要なプロセスなのである。

そう考えると、他人や社会の悪口ばかり言っている人達のことも、もっと広い心で受け止められるような気がしてきた。

2011年12月3日土曜日

どつきあいの作法

いつだったかある企業のお客様インタビュー記事制作の仕事である個人商店を訪問した時、名刺を差し出すなりそこの店長から「おまえナメとんのかコラァ゛!!」とえらい剣幕で怒鳴られたことがある。

なんでも佐々木がその商店に電話した時の話し方が先方の奥様にとって不愉快だったとかで。

その現場における佐々木の立場は、その個人商店が使う一業者からお客様インタビュー記事制作の依頼を受けた一業者たるお客様インタビュー記事制作会社からお客様インタビュー記事制作の依頼を受けた一業者。

つまりその個人商店から見れば、佐々木は業者の業者の業者。

佐々木から見れば、その個人商店はお客様のお客様のお客様。

ましてお客様インタビューなど所詮一回きりの関係。

わざわざ言葉を尽くしてこちらの言い分を弁じる気にもなれず、さっさと謝罪して先方の気持ちをなだめてとにもかくにもインタビューを始めなければと頭が地面にぶつかるほど頭を下げて謝罪の言葉を繰り返し事なきを得た。

ただこれも佐々木がこの関係を一回きりの関係と思ってればこその対応。

本来であればという言い方も変だが、きちんとした人間関係を構築するという観点からすれば、「おまえナメとんのかコラァ゛!!」と振られたら「ハァ?ナメとんのはテメエだろうがコラァ゛!!」と言い返し、お互い怪我しない程度のどつきあいに入るのが、正しいマナーではないかという気もする。

というか、そういうプロトコルを踏まないと構築できない人間関係というのは間違いなくある。

2011年12月2日金曜日

カフカ『城』に引き込まれた理由

カフカの『』(前田敬作訳)に、自分がなぜあれほど夢中になったのか考えた。

気になる謎が次々に出てくるのもあるが、きっとそれだけではない。

やっぱり、あの見せ方でしか見せられない、社会や人間のあり方を見せてくれているからだと思う。

物の中身を見る方法には、じっと外側から観察するやり方やら、X線を使う方法やら、刃物で切り開くやり方やら、いろいろあるが、ハンマーで叩いて割ってみないと見えない中身のあり方というのはある。

カフカが『城』で社会や人間のあり方を描いたやり方は、ハンマーでぶっ叩いて割れ目を入れて中身を見せるようなやり方だと感じた。

ハンマーに当たるのが、主人公の「K」。

ぶっ叩かれて割れ目を入れられるのが、「城」やそのふもとの「村」やそこに暮らす人々のあり方であり、より一般的には、社会や人間のあり方である。

「城」や「村」にしても、そこに暮らす人々にしても、そのあり方は奇妙極まりないが、決して奇妙さの追求によってひねり出された奇妙さではない。

現実の社会や人間のあり方が現実に持つ奇妙さの拡大によって生み出された、現実味のある奇妙さだ。

そこに異文化人として入っていき住み着く「K」。

ひとりぼっちで異文化の中に入って生活する時、その異文化に対する態度には、多くのアジア人が欧米文化に対する時のような積極的同化の態度もあるだろうし、「郷に入れては郷に従え」的な消極的同化の態度もあるだろうし、観察に徹する文化人類学者的な態度もあるだろう。

「K」の態度はそのどれでもなく、自分にとっての「当然」を微塵も揺るがせず、異文化の「奇妙さ」と徹底的に衝突する態度。

しかもやたらと分析的で、説得的(説得力があるという意味ではなく、なにがなんでも相手に自分の考えを認めさせようとするという意味で)。

この「K」の態度によって「城」や「村」やそこに住む人々のあり方にヒビが入り、中身を暴き出され、ひいては社会や人間一般のあり方が暴き出されるのが、この小説の大きな魅力の一つだと思った。

2011年12月1日木曜日

カフカ『城』を読んだ

古典読破計画。

10月はフランツ・カフカ『』(前田敬作訳)。

夢中になって読んでしまった。

次々に深まる謎の解決がほしくてどんどん読み進めて、結局、ほとんどの謎は謎として残されたまま。

もっと解決らしい解決のあるエンディングにしてくれればいいのに、と若干不満は残ったが、それでも十分楽しめる迷路だった。

文庫で約600ページあるあの小説中、「不自然じゃない場面」が、まったくと言っていいほどないのがすごい。

「不自然な場面」が切れ目なく続いていく、その「自然さ」もすごい。

「不自然な場面」を「自然に」進行させていく、情景描写や心理描写の構造性や細密性もすごい。

濃密。

カフカはきっと、他人の眼球の動き、眉の動き、口の動き、首の動き、手や指や腕の動き、体の動きのディテールと、その背後にある心理のディテールに、よほど強い注意を向け続けた人なんじゃないかと思う。

訳もなめらかでよかった。
 
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