2011年10月21日金曜日

雇用の神聖性

分析に対する暗黙の禁止は神聖性の徴験の一つである。その意味で雇用もまた神聖なるものの一つなのかもしれない。というのも国民が食っていけるようにする必要性と国民の雇用を保証する必要性を同一視する言説を目にすることがしばしばあるからである。雇用が被雇用者に与えるのは物質的生活の手段だけではない。尊厳や自己重要感などに対する精神的欲求の充足も被雇用者において実現される雇用の重要な価値の一つである。国民が食っていけるようにすることと国民の雇用を保証することを同一視する発想の根底にはこの雇用の精神的価値に対する無意識的な看過もしくは半ば意図的な無視がある。なぜこのような看過もしくは無視が行われるのか。雇用により被雇用者において実現される尊厳や自己重要感の源泉が被雇用者が労働を通じて他人に与える価値にあり政策による雇用保証がこのような労働を通じて他人に与える価値に根ざさない雇用の強制によって実現される他はないからである。被雇用者において雇用により実現される価値の分析が暗黙のうちに禁止されるのももっともなことである。
 
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