2011年10月17日月曜日

運命の出会い

佐々木が大学生時代に住んでいた寮はよほど変わった寮で大学の付属施設のはずなのにとっくに学籍を失った元学生運動家だの在留資格を失ったアフガニスタン国籍のどう見ても40歳過ぎの元留学生だの学籍など一度も持ったことがないはずのヤクザだのその愛人だのわけがわからない人々が一般学生に混じって勝手に棲まいを確保していてその中には浮島丸事件に関わる国家賠償請求訴訟を起こしたりいわゆる「従軍慰安婦」問題の火付け役になったりしたらしい80歳過ぎの白髪の在日朝鮮人のジイさんもいた。佐々木はこの寮に5年間住んだがこのジイさんとは特に親しくなることもなくただ寮の事務室で新聞を読む時間帯が重なることが多いだけの関係だった。佐々木がこの寮を出る数カ月前ぐらいのことだったと思う。新聞を読み終えたらしい件のジイさんが事務室当番をしていた佐々木に向かって急に思い出話を始めた。なんでもジイさんが若いころどこかの駅の待合室で列車を待っているとき自分と同じぐらいの年代の一人の男と目が合った。互いにまったく見知らぬ同士だったにもかかわらず目が合った瞬間にこいつとは一生付き合う仲になるとお互いがわかった。そして実際その通りになった。人生にはそのような運命的な出会いがありその瞬間は互いにわかるものなのだ。そんなようなことを静かに熱く語り終えるとジイさんは事務室を出て自分の部屋に戻っていった。その後も特にジイさんとは親しくなることもなく佐々木は寮を出た。80歳過ぎて矍鑠としていたジイさんは佐々木が寮を出て6年後に肺ガンで亡くなったと後で知った。なぜあのときあのジイさんはあんな思い出話とも人生訓ともつかないような話を佐々木に向かってあれほど熱く語ったのか。ジイさんにとって運命の出会いだった男と何か似たものでも佐々木の中にあったのか。あるいはジイさん自身と似た何かを佐々木の中に見たのか。単に老人の昔話の聞き役になることを拒否できないお人好しと見定められただけだったのか。そんな疑問とともに今でもふとあのときのジイさんの話を思い出す。佐々木自身にはまだそれほどの運命の出会いはない。
 
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