2011年10月5日水曜日

「動作語の語感」を規定した当該語発生時における「道具の発展段階」をめぐって

身心の状態がえらくいいとき、包丁で野菜を切っていて、自分でも信じられないぐらい野菜がスパスパ切れて、「こりゃ“切る”って感覚じゃねえな」と思って、ふと、「もしかすると、今までこういうパフォーマンスができなかったのは、“切る”っていう言葉の、特に“き”という部分の、あの子音[k]の音が持つ、カチンと当たるような抵抗感が、こういう“スパッ”っと抵抗なく切れる感じをイメージさせることを妨げていたせいもあるんじゃないか?」と思って、「そういえば英語の“cut”も出だしは同じ[k]の音だな」と気付いて、「“切る”も“cut”も同じ身体動作感覚から生成された単語なのかな」と思って、「そういえば切るという動作にどういう動作感覚が伴うかは、どういう道具を使うかに規定される面が大きいな、もちろんどういう身体を持っているかにも規定されるけど」と思って、「“切る”や“cut”は、金属器がまだない段階、金属器ができ始めた段階、カミソリ並みに切れる刃物ができた段階、どの段階で登場した言葉なんだろう」という疑問が生じて、「刃物が存在しなくても、“切る”とか“cut”とかいう概念は生じ得るのだろうか」とか、「口の中に生えてる歯で噛み切るとか、手足を使って引きちぎるとかいう動作は、“切る”とか“cut”とかいう概念の起源になり得ただろうか」とか、他にもいろいろ疑問が派生してきたのだが、とにかく今は他にやることが多すぎて、それどころじゃない感じ。
 
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