2011年10月31日月曜日

人類の祖先の化石は存在しない

今年8月に出た『学城』第8号を、先週あたりにようやく読み終えた。

時間かかりすぎ。

特に強く印象に残った論文の一つが、本田克也さんの「「生命の歴史」はいかに構築されたか(2)―ダーウィン『種の起源』が提起した難問とその論争をめぐって」。

前号に掲載された「(1)」と合わせて読んで、佐々木が勝手に重要と理解したのは、「人類の祖先の化石は存在しない」ということ。

(本田さんはそういう書き方はしてなかったかもしれないけど)

普通に死んだ生物は、化石にはならない。

遺骸になる前に他の生物に食べられるか、遺骸になっても跡形もなく分解されてしまう。

化石というのは、地球の歴史のある段階に適応して繁栄した生物種が、地殻変動による環境の激変に対応できずに、大量かつ一気に死滅した時に残るもの。

だから、その激変に対応して生き残った種(人類の祖先も当然そうだ)は、化石になっているわけがないのである。

これってめちゃくちゃ重要な話だと思う。

たとえば自分自身を理解するためには、自分自身の体を理解しないといけない。

自分自身の体を理解するためには、自分自身の体がどのようにしてこのようなあり方をするに至ったかを理解しないといけない。

もちろん、個体発生的にだけでなく、系統発生的にも。

その時、「人類の祖先にあたる生物種は化石としては残っていない」ということを理解していないと、ついうっかり、化石として残っている生物種の姿を、自分という存在の系統発生史の1段階としてイメージする誤りを犯してしまう。

これは、自分自身の体に対する理解がゆがむということだ。

当然、自分自身に対する理解がゆがむということでもある。

自分という存在の系統発生史に連なるのは、化石として残っている生物種が把持できなかった、環境の激変に対応して自分自身を激変させる能力(とその時々の環境に適応しすぎない能力)を持った生物種だったのだということを、自分の中で感情像としても論理像としてもしっかり描いておくことは、ものすごく大事なことだと思う。

2011年10月30日日曜日

久しぶりに呼吸法

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」。

2日目は、ニドさんのプロ歌手デビュー秘話、ゆるウォークトレーニング、脛支え首もたれモゾモゾ体操ギネスチャレンジ、ゆる呼吸法トレーニング、肩こりギュードサー体操、「死にどう備えるか」のお話、などなど。

呼吸法に時間をかけて取り組んだのは久しぶり。

仲間に補助してもらったら、自分でも意外なくらい体の裏側にまで息が入って、背中や仙骨周りが内側から広がった。

呼吸法に取り組む時間をもっと作ろうと思った。

トレーニングの効果の実感も大きかったが、それ以上に、トレーニングに対する取り組み方や考え方の面で進歩の実感が大きかった合宿だった。

2011年10月29日土曜日

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」に参加

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」に参加。



1日目の今日はゆる体操のご指導が中心。

お話の中で特に印象に残ったのが、人間の身体の開発可能性の大きさと普通の人間の身体開発度の、落差に関するお話。

自分の身体の開発可能性をもっと大きくイメージしようと思った。

2011年10月28日金曜日

いい話

お客様インタビュー記事を作る時、インタビューでいい話が聞けると、「こんなにいい話を、自分の表現力の拙さで台無しにするわけにはいかない。大変だ‥‥」と思う。

実際、「いい話」の「よさ」を損なわない記事を書くのに、ものすごく苦労する。

インタビューであまりいい話が聞けないと、「こんな話をそのまま記事にしたら、広告にならない。大変だ‥‥」と思う。

実際、広告として「いまいちな話」を「いい話」にするのに、それが無理ならせめて「まぁまぁの話」にするのに、ものすごく苦労する。

どっちにしても大変だが、苦労がより爽やかなのは前者。

今書いてる記事は前者。

2011年10月27日木曜日

防衛的個人主義

個人主義には攻撃的なものと防衛的なものの2種類がある気がしている。自分が属する社会もしくは小社会の反個人主義的傾向を批判し個人主義が許容ないし称揚される社会もしくは小社会に変革することを意図しかつかかる意図を実践するのが「攻撃的な個人主義」。自分が属する社会もしくは小社会の反個人主義的傾向を許容ないし評価しつつかかる社会もしくは小社会の反個人主義的傾向によって自分自身の身体および精神ならびにその成果の独立性が侵されることをのみ最低限防御することを意図しかつかかる意図を実践するのが「防衛的な個人主義」。もちろん攻撃的と防衛的の2種類の個人主義の反対側にはやはり攻撃的と防衛的の2種類の反個人主義がある。自分が属する社会もしくは小社会に生まれた個人主義者の批判や反個人主義者への改造や反個人主義がいっそう称揚される社会もしくは小社会の創造を意図しかかる意図を実践するのが「攻撃的な反個人主義」。自分が属する社会もしくは小社会の個人主義者および個人主義的思潮を許容ないし評価しつつ自分が属する社会もしくは小社会の紐帯が個人主義者および個人主義的思潮によって棄損されることをのみ最低限防止することを意図しかつかかる意図を実践するのが「防衛的な反個人主義」。個人主義者が攻撃的になったり防衛的になったり反個人主義者が攻撃的になったり防衛的になったりということは当然ある。だがむしろ攻撃主義者が個人主義になっり反個人主義になったり防衛主義者が個人主義になったり反個人主義になったりということの方が多いのではないかという気もする。あるいはそもそも攻撃主義のことを反個人主義と定義し防衛主義のことを個人主義と定義する人もいるかもしれない。わからんけど。

2011年10月26日水曜日

用心

日中仕事で都内に出た帰りラッシュアワーに差しかかった満員の小田急線急行に代々木上原駅から乗り込む時うっかり佐々木が肩からぶら下げていたバッグか三脚かあるい手に持ったクリアファイルか何かが入り口のところにいた50代ぐらいの男性の体にちょっと当たってしまったらしくすれちがった瞬間こ~の~や~ろ~的な殺気を感じてビビってしまい車内奥のできるだけその男性から離れた位置まで移動。改めてその男性を観察するとこんちくしょ~俺は不幸だ~俺は不幸だ~的な雰囲気をむんむん発散している。佐々木の方は最近けっこう幸せだな~的気分をますます募らせる今日この頃。不幸せ気分いっぱいの人間が幸せ気分いっぱいの人間を見たらどんな気分になるのかと想像したらますますその場にいたたまれなくなり次の駅でその車両を降りて隣の車両に移動。ビビりすぎかも。でもこのビビりがあるから今日まで元気で生きていられるんだと前向きに考えることにする。

2011年10月25日火曜日

こだわりでも努力でも苦労でもなく

「こだわり職人」とか、「職人のこだわり」とかいう言葉は、肯定的なイメージを持つ表現として、すっかり定着している。

先日、佐々木が和菓子職人の方をインタビューした時も、「職人としてのこだわりの部分を聞き出してほしい」と、事前にクライアントからリクエストがあった。

なので聞いた。

聞いた感想。

たしかにその和菓子職人の方は、一般的に「職人のこだわり」と表現されるようなものを、追究し実践されていた。

こちらの予想をはるかに超えて追究し実践されていた。

しかし佐々木が強く感じたのは、「この方の姿勢や行動を、“こだわり”などという安っぽい言葉で表現するべきではない」ということだった。

「こだわり」というと、何か規範とか信条とか価値観とかに近い、頭で作り上げるもの、という感じがする。

「こだわる自分、ステキ」みたいな、自己陶酔の目的化のニュアンスも感じられる。

その和菓子職人の方の認識や行動のあり方に、そういう観念的なものや自己陶酔は、まったく感じられなかった。

食べ物の話にこんなたとえをするべきではないのだが、あたかも尿意を催すように「最高に美味しいお菓子を作りたい」という欲求が起こって、尿意を解消するように最高に美味しいお菓子を作ってしまっているとでもいうか。

話を聞くとずいぶんな努力も苦労もされているのだが、おそらく実践中のご本人には「努力」とか「苦労」という認識はなかったのではないか。

我々が尿意を解消するのにあまり努力とか苦労とかをしないように。

あのような認識や行動のあり方を表現する、よい言葉はないものだろうか。

それから、なぜ「こだわり職人」とか「職人のこだわり」とかいう言葉がこれほど肯定的なイメージで一般に定着してしまったのかについても、少し深く突っ込んで考えてみる必要があると思った。

2011年10月24日月曜日

おもち

「おもち」と漢字ではなく平仮名で書くだけで、ちょっと泣きそうになる。

先日熊本でインタビューさせていただいた和菓子職人の方が、お客さんにとびっきり美味しいおもちを食べてもらうために注いでいるたいへんな情熱を、肌身で知ってしまったから。

「もち」って100%体性感覚だけで作られた言葉だと思う。

もちもちしてるから「もち」。

「おもち」の「お」と「おみそ汁」の「お」は、似てるようで違う。

「おみそ汁」の「お」は、読み手・聞き手に対する気遣い、みそ汁を作ってくれた人に対する感謝、あるいは、自分の上品さのアピールのために付けられる「お」。

「おもち」の「お」にもそういう面はあるかもしれないが、それだけではない。

もちのもちもち感がもたらす至福と言えるほどの喜びへの、「ありがたい」という感謝の表現が、「おもち」の「お」なのではないか。

だから「もち」と「おもち」の違いは、「みそ汁」と「おみそ汁」の違いよりも、むしろ「神」と「神様」の違いに近いと思う。

ひとくち口にしてそれほどの至福をもたらすもちもち感を、人類は、あるいは日本列島の住民は、おそらく先史時代から長い時間を掛けて創造し、洗練し、楽しんできたのである。

もちろん「自分自身が美味いものを食べたい」という欲求も、この至福のもちもち感を創造し洗練させる原動力になっただろう。

だがそれ以上に原動力になったのは、「他人に美味いものを食べて喜んでもらいたい」という欲求と、美味しいものを食べた他人の感動や感謝の表現だった気がする。

熊本でインタビューさせていただいた和菓子職人の方の、「お客さんにとびっきり美味しいおもちを食べてもらいたい」という情熱には、そうした先史時代から続いてきた献身と工夫と感動と感謝のサイクルにまで思いを馳せさせるほどの、エネルギーと純粋さがあったのである。

2011年10月23日日曜日

スーファミ

自分の容姿に極端な引け目を感じるのは「容姿コンプレックス」。

自分の学歴に極端な引け目を感じるのは「学歴コンプレックス」。

ならば自分が育った家庭に極端な引け目を感じるのは「ファミリーコンプレックス」。

略して「ファミコン」。

佐々木の場合程度が甚だしいので「スーパーファミコン」とも言う。

まともな家庭に育った人や自分の家族と仲良くしている人を見ると「自分とはまったく違う世界に属する人」と感じる。

そういう人と親しくなることに対して自分の中で自動的にブレーキがかかる。

自分が相手にさせる不愉快な思いと自分が相手からさせられる不愉快な思いの両方を想像して。

自分が相手にさせる不愉快な思いというのは育った家庭の暗さから来る自分の心の暗さが育った家庭の明るさから来る相手の心の明るさに落とす影のようなもの。

自分が相手からさせられる不愉快な思いというのはまっとうな家庭観を持つ相手が自分のゆがんだ家庭観に対して抱く矯正の使命感とその発露としての非難問責から受けるストレス。

まともな家庭に育った人々やまっとうな家庭観を持つ人々に自分が抱えるこうした心理的ブレーキについて口頭で伝えて納得してもらうことができればああした人々と親しくなることももしかすると可能なのかもしれないが残念ながらそれほど高度な口頭表現力を佐々木は持たない。

2011年10月22日土曜日

感覚の理屈

小さな会社がクライアントの仕事では決定権がある方と話し合いながら仕事を進めるのが普通。

大きな会社がクライアントの仕事では決定権がない方と話し合いながら仕事を進めるのが普通。

佐々木が依頼される仕事のほとんどは小さな会社がクライアントの仕事。

大きな会社に勤めた経験もない。

だからたまに大きな会社がクライアントの仕事をするとえらく戸惑う。

「個人」ではなく「組織」を相手にするという感じ。

生身の人間であって生身の人間ではない方と話し合うという感じ。

理屈レベルの話をするぶんには何の問題もない。

しかし理屈を離れた感覚レベルの話をしようとしたとたん壁にぶつかる。

たとえば佐々木が納品した記事にクライアント側が行った修正を佐々木が感覚的にものすごく不自然に感じてしまった時。

もっとはっきり言うと「センスないことするなぁ」と思ってしまった時。

小さな会社が相手であれば感覚レベルの話でもなんとか電話で理解し合える。

大きな会社が相手だと感覚レベルの話では「担当者個人」には伝わっても「組織」には伝わらない。

感覚レベルの話も理屈レベルに置き換えないといけない。

これが面倒くさくて佐々木はこれまで大きな会社がクライアントの時は先方の修正がどんなに不自然に感じられても基本的に放っておいた。

佐々木自身のセンスだってそんなにご大層なもんじゃないし。

自分の感覚にそれほど客観性があるわけでもないだろうし。

作者のわがままや思い込みをお客に押しつけてもしょうがなかろうと。

でも最近はちょっと思いなおし始めている。

やっぱり取材して執筆した立場の人間から見て不自然に感じられることはなんとか理屈に翻訳してでも相手に伝えるのが大事なのかなと。

たとえ相手が大きな会社でも。

それは必ずしも作者のがわままとか思い込みに解消できるものでもないのかも。

佐々木ももうこの仕事やって2年半だし。

2011年10月21日金曜日

雇用の神聖性

分析に対する暗黙の禁止は神聖性の徴験の一つである。その意味で雇用もまた神聖なるものの一つなのかもしれない。というのも国民が食っていけるようにする必要性と国民の雇用を保証する必要性を同一視する言説を目にすることがしばしばあるからである。雇用が被雇用者に与えるのは物質的生活の手段だけではない。尊厳や自己重要感などに対する精神的欲求の充足も被雇用者において実現される雇用の重要な価値の一つである。国民が食っていけるようにすることと国民の雇用を保証することを同一視する発想の根底にはこの雇用の精神的価値に対する無意識的な看過もしくは半ば意図的な無視がある。なぜこのような看過もしくは無視が行われるのか。雇用により被雇用者において実現される尊厳や自己重要感の源泉が被雇用者が労働を通じて他人に与える価値にあり政策による雇用保証がこのような労働を通じて他人に与える価値に根ざさない雇用の強制によって実現される他はないからである。被雇用者において雇用により実現される価値の分析が暗黙のうちに禁止されるのももっともなことである。

2011年10月20日木曜日

首吊欲

プラスチック製の物干しハンガーをS字フックで鴨居に掛けて、シャツを干し、乾いたところでハンガーから外す。

あとに残るのは、鴨居からS字フックでぶらさがる、柔らかい物干しハンガー。



この光景を見ていると、このハンガーの中に頭を突っ込んで首を吊りたい、という欲求が、自分の首のあたりからムズムズと湧き起こってくる。

木のハンガーでも駄目。

針金ハンガーでも駄目。

なぜか、このプラスチック製の物干しハンガーに限って、そういう欲求を喚起する。

柔らかい輪っか状のプラスチックの、たわむ感じがよさげなのだろうか。

「首を吊りたくなる」のであって、「自殺したくなる」わけではない。

「死にたい」と頭で考えているかどうかとはまったく無関係に、体が勝手に「首吊り」を試みたがる。

たとえ仕事も私生活も充実しまくって、毎日生きてるのが楽しくてしょうがない、という気分の時であっても。

むしろ強度の鬱状態で自殺の可能性をまじめに検討しかけた時は、体のほうはあまりにも無気力で、首を吊ってみたいという意欲(?)さえ湧かなかった。

何なのだろう、この首吊欲の正体は。

4つの仮説を考えている。

仮説その1。体はイメージしたことは実行したくなるようにできてるから。駅のホームで通過していくコンテナ貨物列車を見て体が吸いよせられるような感覚を覚えるのと同じ。

仮説その2。これまで体験したことのない運動感覚を体験したいという欲求が体にあるから。たしかに首を吊る体験なんてこれまで一度もしたことがない。どんな感じなのか知りたいという欲求があることは否定できない。

仮説その3。性的嗜好としてのマゾヒズムが抑圧されているから。鞭で打たれたり蝋燭を垂らされたりして性的興奮を覚える人々がいるのだから、首を吊ることによって得られる性的興奮というのがあっても不思議ではない。

仮説その4。そもそも生物の個体は生殖によって生命を次代に引き継ぎ生殖年齢を過ぎた後は死ぬようにプログラムされているから。いくら頭や心は生の継続を望んでいても、体のほうはいつまでも生きてることを望んでないのかも。

2011年10月19日水曜日

何が違う?

本日はインタビューの仕事で大阪府阪南市へ。

取材先に向かう日中の南海線のやや古めかしい電車の中で、パソコンを打つ手をふと休めて顔をあげ、シートに座る人々の姿を見た瞬間、佐々木が普段見慣れている「電車内の風景」とは、何かが微妙に違うと感じた。



何が違うんだろう。

人々がシートに腰を下ろしている感じが、佐々木の頭の中にある「電車のシートに腰を下ろしている人像」と比べて、よりリラックスしているというか、微妙にだらけて感じられた。

こちらの地域には、佐々木が住む地域より、だらけた人が多い?

可能性がないわけではないが、そういうことでもないような気がした。

一つ可能性があると思ったこと。

この電車のシート、佐々木が見慣れている電車のシートより、微妙に高さが低くて、微妙に前後が長くないか。

だから、座った姿勢が、微妙に足を投げ出したような感じになるのではないか。

物差しで計ったわけじゃないからわからないけど。

2011年10月18日火曜日

さまざまな怒り

夏が夏らしいことへの怒り。

冬が冬らしいことへの怒り。

日本人が日本人らしいことへの怒り。

隣国人が隣国人らしいことへの怒り。

欧米人が欧米人らしいことへの怒り。

男が男らしいことへの怒り。

女が女らしいことへの怒り。

経営者が経営者らしいことへの怒り。

従業員が従業員らしいことへの怒り。

エリートがエリートらしいことへの怒り。

庶民が庶民らしいことへの怒り。

公務員が公務員らしいことへの怒り。

商売人が商売人らしいことへの怒り。

芸術家が芸術家らしいことへの怒り。

政治家が政治家らしいことへの怒り。

宗教家が宗教家らしいことへの怒り。

学者が学者らしいことへの怒り。

教師が教師らしいことへの怒り。

学生が学生らしいことへの怒り。

子供が子供らしいことのへの怒り。

赤ん坊が赤ん坊らしいことへの怒り。

老人が老人らしいことへの怒り。

市場が市場らしいことへの怒り。

国家が国家らしいことへの怒り。

現代が現代らしいことへの怒り。

平和が平和らしいことへの怒り。

戦争が戦争らしいことへの怒り。

人間が人間らしいことへの怒り。

この世がこの世らしいことへの怒り。

人さまの怒りを耳にし目にするたびに、世の中にはなんとさまざまな怒りがあるものかと思う

2011年10月17日月曜日

運命の出会い

佐々木が大学生時代に住んでいた寮はよほど変わった寮で大学の付属施設のはずなのにとっくに学籍を失った元学生運動家だの在留資格を失ったアフガニスタン国籍のどう見ても40歳過ぎの元留学生だの学籍など一度も持ったことがないはずのヤクザだのその愛人だのわけがわからない人々が一般学生に混じって勝手に棲まいを確保していてその中には浮島丸事件に関わる国家賠償請求訴訟を起こしたりいわゆる「従軍慰安婦」問題の火付け役になったりしたらしい80歳過ぎの白髪の在日朝鮮人のジイさんもいた。佐々木はこの寮に5年間住んだがこのジイさんとは特に親しくなることもなくただ寮の事務室で新聞を読む時間帯が重なることが多いだけの関係だった。佐々木がこの寮を出る数カ月前ぐらいのことだったと思う。新聞を読み終えたらしい件のジイさんが事務室当番をしていた佐々木に向かって急に思い出話を始めた。なんでもジイさんが若いころどこかの駅の待合室で列車を待っているとき自分と同じぐらいの年代の一人の男と目が合った。互いにまったく見知らぬ同士だったにもかかわらず目が合った瞬間にこいつとは一生付き合う仲になるとお互いがわかった。そして実際その通りになった。人生にはそのような運命的な出会いがありその瞬間は互いにわかるものなのだ。そんなようなことを静かに熱く語り終えるとジイさんは事務室を出て自分の部屋に戻っていった。その後も特にジイさんとは親しくなることもなく佐々木は寮を出た。80歳過ぎて矍鑠としていたジイさんは佐々木が寮を出て6年後に肺ガンで亡くなったと後で知った。なぜあのときあのジイさんはあんな思い出話とも人生訓ともつかないような話を佐々木に向かってあれほど熱く語ったのか。ジイさんにとって運命の出会いだった男と何か似たものでも佐々木の中にあったのか。あるいはジイさん自身と似た何かを佐々木の中に見たのか。単に老人の昔話の聞き役になることを拒否できないお人好しと見定められただけだったのか。そんな疑問とともに今でもふとあのときのジイさんの話を思い出す。佐々木自身にはまだそれほどの運命の出会いはない。

2011年10月16日日曜日

ナス皮の甘焼き

ナスが5本1袋で安かったので、買ってきてビタクラフトと少量の水で加熱したら、水がちょっと少なすぎて、下の方にあった1~2本の皮が焦げついた。

焦げついた皮を洗い流すのももったいなくて、鍋底からはがして食べてみたら、これがびっくりするぐらい甘かった。

先夏ある方に日本料理のフルコースを御馳走になった時、出てきた加茂ナスの田楽焼きの皮が甘くてパリパリで感動したのだが、あれに匹敵するかという甘さ。

あの時はよほど特別なナスを、よほど特別な技術で調理するからあの甘さが出るのだろうと思ったのだが、今回はスーパーで売ってるフツーのナスの皮を、ただ失敗して焦げつかせただけ。

試しに「茄子 皮 焼 甘」で検索してみたのだが、「ナスの皮を焼いて甘味を出すレシピ」というのは発見できなかった。

再現できるものなら再現してみたい。

2011年10月15日土曜日

無理する線風

先日の熊本出張で羽田空港に向かう途中、京急蒲田駅で空港線の電車を待ちながら、この駅のたたずまいや線路配置をじっくり眺めて、つくづく「京急らしい駅だなぁ」と思った。

輸送量の多い本線と空港線の分岐を狭い土地で実現するため、線路を無理やり立体的に、こねくりまわすように配置した感じとか。

デザイン性より機能性最優先の構内とか。

佐々木は子供の頃から小田急沿線の住民で、京急を利用することはほとんどなかったが、それでも京急というと「とにかく無茶する鉄道」という強い印象があった。

あの関東の他の私鉄では考えられない、すさまじいスピード。

ニコニコ動画にはこんな動画こんな動画も上がっていた。

会社の気風は社風、学校の気風は校風。

鉄道にも気風はあると思う。

「線風」とでも呼べばいいか。

小田急の線風は、とにかくおっとり。

無理をしない。

京急は、その真逆。

とにかくリソースに余裕を残さず、ぎりぎりまでパフォーマンスを追求するイメージ。

それが駅の作り方や線路の引き方にまで、よく出てると思った。

2011年10月14日金曜日

良い学者・悪い学者・普通の学者

故・森毅先生が、昔半分冗談で、こんなことをおっしゃっていた。
良い学者は優れた問題を作る。
普通の学者は優れた問題を解く。
悪い学者は他人が解いた問題で本を書く。
学者の良し悪しはともかく佐々木が個人的に付き合って一番魅力を感じるのは、やっぱりとんでもなくオリジナルな問いを発する人。

問いに対して理路整然たるあるいは快刀乱麻を断つがごとき回答を提示する人でもなければ他人の説の首尾良い概括もしくは受け売りを提示する人でもなく。

2011年10月13日木曜日

問題の数学化

原著出版1945年、邦訳出版1954年、以来「名著」として読み継がれ最近もNHKのテレビ番組での紹介を機に売れまくったらしいジョージ・ポリアの『いかにして問題をとくか』。

先月買って最初に読んだ時の感想は、「なんでこんな本が名著なのか、わけがわからん」。

著者の“問題観”に、激しい違和感。

問題は、ヨソから与えられるもの。

問題は、永遠の過去から永遠の未来にわたって変わらないもの。

そういうものとして著者が問題をとらえているように、佐々木は感じた。

あたかも学校の試験問題だけが問題であるかのように。

仕事や人生でぶつかる問題の解決には、とても役立たない本のように感じられた。

ところが様々な方の書評を見るにこの本が役立つのは学校の試験問題だけではないらしい。

スタンフォード大学教授まで勤めた著者や半世紀以上にわたって現れ続けた本書の支持者の認識と佐々木の認識を比較して、佐々木の認識の方が正当だとか優れてるとか思うのは、なんだかとってもおめでたい人っぽい。

なので初読後も何度かこの本のページをめくり、「この本は学校の試験問題以外の問題の解決にどう役立つのか?」とか、「この本を名著と認識できなかった佐々木の認識上の弱点は何か?」とかいった問いかけを自分にしていた。

とりあえず現時点の結論。

現実の複雑かつ流動的な問題に対する時でも、あえて問題が学校の数学の試験問題並に問題が単純化され整理し尽くされた状態を思い描いてみることで、見えてくるものはあるかも。

「未知のものは何か」、「与えられているもの(データ)は何か」、「条件は何か」といった問いを、混沌とした状況に向かって投げかけることは、無駄ではなさそう。

混沌とした問題の混沌ぶりに引きづられて問題を単純化できないのは、佐々木の弱点。

2011年10月12日水曜日

有隣堂厚木店すげぇ

久しぶりに本厚木駅前へ。

ついでに有隣堂厚木店に入ってみた。

高校生の頃、学校帰りによく立ち寄った書店。

2階のビジネス書コーナーに行くと、平台のど真ん中に、ジョージ・ポリアの『いかにして問題をとくか」(1954年、丸善出版)が「今月のイチオシ」というポップと共に立体展示されている。





7月にNHKの『クローズアップ現代』という番組で紹介されて以来、売れまくってるらしい。

先月の日垣隆さんのメルマガで知って、佐々木も買ってしまった。

とはいえこの本が、ビジネス書コーナーの「今月のイチオシ」とは。

堅苦しくて、まったくとっつきやすい本ではないのに。

有隣堂厚木店、すげぇと思った。

文具コーナーに行くと、なんとポスト・イットの、76mm×127mmサイズのやつが売られている。

このサイズのポスト・イット、4~5年前までは大きな文具店ならどこでも置いてたのに、3年ぐらい前からどこの文具店に行っても見かけなくなってしまった。

てっきり製造中止になったのかと思いきや、製造も販売もされている。

ネットの文具店ではちゃんと手に入る。

なのになぜか町の文具店にはない。

そんなに売れないサイズなのか。

A5サイズのスケジュール帳に貼り付けるのに、びったりのサイズなのに。



ちょっと考えをまとめたい時、ほんとに重宝するサイズなのに。



だいぶ前にどこかで買いだめしてあったのが、そろそろ切れかけていたので、ネット文具店で注文しようかと思ってた矢先だった。

イエロー、ピンク、ブルー、グリーン、全部3束ずつ置いてあった。

佐々木が使うイエローのやつ、3束全部買い占めてやった。



買い占めっていうほどの数じゃないか。

でも嬉しかった。

このサイズのポスト・イットを置いていてくれてるリアル文具店があって。

しかもそれが有隣堂厚木店で。

高校時代の佐々木の読書体験に、有隣堂厚木店の書棚づくりが与えた影響は小さくなかったはず。

その書店の振る舞いに輝いて感じられるものがあると、身内のことのように嬉しい。

2011年10月11日火曜日

民主主義ごっこ

アルビン・トフラーの『第三の波』を読んでいるとこれまで自分が違和感を感じてきた様々な社会現象・小社会現象が大きく「農業革命」「産業革命」「情報革命」の3つの波の相克という人類史な現象として見えてくる。たとえば佐々木より10歳~20歳以上年上の知識層の日本人によく見られる「民主的制度体系」や「民主的手続き」に対する滑稽なほど形式的な執着心。ご本人達はああういう制度体系を構築したり儀式的手続きを墨守したりすることが正義にかなったことで若干の皮肉を込めて言えば知的なことでもあるとも考えているようなのだが佐々木の目にはああいう「民主主義ごっこ」に熱中できること自体がご本人における大志の欠如と知性の不足と時間の余剰を徴証しているように思えてならない。あの執着心の原因を佐々木はなんとくなく第2次世界大戦後の日本における民主主義教育に求めていたのだが考えてみればあのような民主主義教育が戦勝国たる米国において構想されたのは必ずしも米国の国益増進のみが動機ではなくそこには人類史的理想の実現というある種崇高な動機もあったはずでそのような理想が世界的に共有されるようになった過程的構造を把握しなければ問題の全体像は見えてこない。『第三の波』を読むと民主主義が世界的に理想として共有されるようになった現象自体が産業革命がもたらした「波」の一つのあり方として見えてる。佐々木があのような「民主主義」への形式的執着を滑稽と感じるようになったこと自体が情報革命がもたらした「波」の一つのあり方として見えてくる。

2011年10月10日月曜日

痴級穏談家

タイトルオチ。

議論を避けて、穏やかに、角が立たないように話すことに注力するあまり、精神が痴鈍化した人間。

佐々木にもその傾向ありとの自覚あり。

2011年10月9日日曜日

親指シフトキーボードでもローマ字入力はできるけど

インタビュー記事広告の文章は、親指シフト配列キーボードだと書けないから、デスクトップパソコンではなくJIS配列キーボードのノートパソコンで書いてる、と昨日書いた。

でもよく考えてみると、親指シフト配列キーボードでも、ローマ字入力はできる。

ノートパソコンじゃないと書く気にならない、という感覚は、キーボード配列だけが原因ではないらしい。

キーボード配列だけでなく、キータッチとか、でかい机に置かれた大きめのモニターに向かって書く感じとか、そういうのをすべてひっくるめて、家にあるデスクトップパソコンで文章を書く、という肉体的運動が、自分の内面から生成される言葉を吐き出す、という精神的運動に、直結してるらしい。

翻訳の仕事をしている時は、家のデスクトップパソコンで作業することに、別に抵抗を感じなかったのだが。

翻訳でつむぎだす言葉だって、自分の内面から生成される言葉ではないといえばないのに。

ただ翻訳の場合は、構成と言語化自体は、原文の書き手が済ませてくれている。

既に言語化されている情報を自分の中に受け入れてしまえば、そこから先は、自分の内面から言葉をつむぎだす作業と、そんなに変わらない。

インタビュー記事広告づくりは、まったく違う。

十分に言語化されていない他人の思考・体験を、他人たる広告主の都合に合わせて、他人たる読者に特定の感情を持たせるべく、構成して言語化する作業。

自分の内面から言葉をつむぎ出す作業からは、あまりにもかけ離れている。

使う装置自体をまるっきり変えることで、自分は頭の働き方自体を変えようとしてるんだと思う。



2011年10月8日土曜日

こころのキー配列

デスクトップとノート、2台のパソコンを併用している。

デスクトップパソコンにつないでるキーボードは、親指シフト配列。

佐々木の親指シフト配列使用歴は、19歳で富士通製ワープロOASYSを買った時から数えて、既に20年以上。

予備校職員時代にMacintoshで仕事していた時も、わざわざMacintosh用の親指シフト配列キーボードを買ってつないでいた。

翻訳者になって、まれに翻訳会社に出向いての仕事があった時は、わざわざ私物の親指シフト配列キーボードを持ち込んでいたほど。

2年ほど前から取材などのために使い始めたノートパソコンは、JIS配列キーボード。

親指シフト配列のノートパソコンは、富士通製以外選択肢がないし、高価なので、仕方なく。

もちろんカナ入力ではなく、ローマ字入力で使っている。

ノートパソコンを買った時は、当然、家ではデスクトップ、外ではノート、と使い分けるつもりだった。

ところが不思議なことに、家でもノートパソコンで書いたほうが書きやすい、と感じるケースが出てきた。

ある種の文章は、親指シフト配列のキーボードでは書きづらい、と感じるのである。

それは、自分の思いや考えとは無関係な文章。

具体的には、インタビュー記事広告の文章。

インタビュー記事広告の文章は、「広告主の顧客」という他人の言葉を、「広告主の見込客」という他人に読ませて、「広告主」という他人の利益になる感想を持たせるために、書かかれる文章である。

他人の、他人による、他人のための言葉。

これを親指シフト配列のキーボードで書くことに、なぜかものすごく抵抗を感じる。

親指シフトキーボードで、日記やら私的メールやら、20年以上も自分の思いや考えを表現し続けた結果、自分の内面と親指シフトキーボード配列が、直結したような状態になってしまっているらしい。

親指シフトキーボードで書くときは、「自分の内面を表出する」という感覚がある。

心の奥の思いに反する言葉を嘘と呼ぶならば、「親指シフトで嘘はつけない」と言っても大げさではないような感覚。

これに対してローマ字入力で書くときは、まさに「文章を作成する」という感覚。

他人の、他人による、他人のための言葉をつむぎやすいのも当然である。

2011年10月7日金曜日

わが内なるおばか女子中学生

もうタイトルも内容もまったく覚えてないのだが学生時代に何の気もなしに読んだ橋本治の小説の中に中学校だか高校だかで口うるさい男性教師から説教されたおばか女子生徒が「え~~~~~~そうかもしれないけどぉ~~~~~~そうじゃないかもしれないでしょ~~~~~~」と口答えする場面があってこの口答えのセリフだけが頭に残って離れない。

佐々木の精神構造の一部になってしまっていると言ってもいいぐらい。

他人から理路整然たる主張や忠告を聞かされるたびにほとんど反射的にこのセリフが頭の中を流れる。

絶対に態度には表わさないけど。

2011年10月6日木曜日

死は悲劇にあらず

意志の力で自分に強く信じさせていることを信仰と呼ぶならば、「死は悲劇ではない」ということは、佐々木にとって重要な信仰の一つである。

死が悲劇であるとすれば、それは本人にとってか他人にとってかのどちらかである。

本人の死を死んだ本人が悲しむことはできないのだから、死はもはや本人にとって悲劇ではない。

死の悲劇は、他人にとっての悲劇である。

この悲劇は、当該人物との関わりにおける、現在から未来への期待の喪失と、過去に対する後悔から成る。

どちらも、当該人物の生前において、当該人物に対してどのような行動を取り、どのような認識を持つかによって、大きくもなれば、小さくもなる。

ある人物に対し、どのような行動を取り、どのような認識を持っていれば、その人物の死は悲劇でなくなるのか。

そのように自分に問うこと自体が、自分に取らしめる行動、自分に持たしめる認識が、自ずと、その人物が生きていることの喜びを最大化させると同時に、その人物が死んだ時の悲しみを最小化させるような気がしている。

簡単には、自分が愛着を持つ人物一人一人に、心の中で時々、「今日あなたが死んでも私は悲しみません」と呼びかけておくことだろうか。

ついでに、「今日私が死んでも私は後悔しません」とも。

幸いにもそのような習慣を持つようになって以来、身近に愛着を持つ人物の死を経験していないので、果たして思惑通りの結果になるのかはわからないのだが。

2011年10月5日水曜日

「動作語の語感」を規定した当該語発生時における「道具の発展段階」をめぐって

身心の状態がえらくいいとき、包丁で野菜を切っていて、自分でも信じられないぐらい野菜がスパスパ切れて、「こりゃ“切る”って感覚じゃねえな」と思って、ふと、「もしかすると、今までこういうパフォーマンスができなかったのは、“切る”っていう言葉の、特に“き”という部分の、あの子音[k]の音が持つ、カチンと当たるような抵抗感が、こういう“スパッ”っと抵抗なく切れる感じをイメージさせることを妨げていたせいもあるんじゃないか?」と思って、「そういえば英語の“cut”も出だしは同じ[k]の音だな」と気付いて、「“切る”も“cut”も同じ身体動作感覚から生成された単語なのかな」と思って、「そういえば切るという動作にどういう動作感覚が伴うかは、どういう道具を使うかに規定される面が大きいな、もちろんどういう身体を持っているかにも規定されるけど」と思って、「“切る”や“cut”は、金属器がまだない段階、金属器ができ始めた段階、カミソリ並みに切れる刃物ができた段階、どの段階で登場した言葉なんだろう」という疑問が生じて、「刃物が存在しなくても、“切る”とか“cut”とかいう概念は生じ得るのだろうか」とか、「口の中に生えてる歯で噛み切るとか、手足を使って引きちぎるとかいう動作は、“切る”とか“cut”とかいう概念の起源になり得ただろうか」とか、他にもいろいろ疑問が派生してきたのだが、とにかく今は他にやることが多すぎて、それどころじゃない感じ。

2011年10月4日火曜日

広告屋の使命

ある販促コンサルタントのクライアントインタビュー記事制作の仕事で、熊本県の上天草市で和菓子店を営むご夫婦を取材してきた。

ご主人の和菓子作りに対する姿勢があまりにも誠実で、インタビューが始まって早々、あーこれはやべぇなまたインタビュー中に泣いちまうかもなと心配になったが、最後まで泣かずに済んでよかった。

いいものを作りたいという思いを並外れて持ち、その実現のために並外れた工夫と努力を重ねている人物が、自分が作っているもののよさを伝えるすべを持たないためにそのよきものの多くを売れ残らせざるを得ない状況は、社会正義に著しく反する。

大きな目で見れば佐々木のような広告屋の使命は、こうした不正義の是正にある。

今日和菓子屋のご主人と話して、そのことを改めて痛感した。

おみやげにいただいたどら焼き

2011年10月3日月曜日

アルビン・トフラー『第三の波』にハマり中

先日の日垣隆さん主催の読書会でテキストの一冊に指定された、アルビン・トフラー『第三の波』にハマり中。

パラパラっと飛ばし読みした段階では、歴史的事実やデータがやたらと断片的に大量に書かれているだけのように思えたのだが、よく読むと大量の事実が見事に、人類社会に発生した「第一の波(農業革命)、第二の波(産業革命)、第三の波(情報革命)」のコンテキストに整理されている。

1980年に出版されて、未だに有効性を失っていない。

2011年の今でも、現状把握と未来予測の指針を、鮮やかに提供してくれる。

学生時代に、この本に出会っておきたかった、と思ったくらい。

でもやっぱり学生時代に出会っても、この本の価値はわからなかったかも。

「波」という表現にしても、入試現代文的に、記号的にしか理解できなかったかも。

トフラーの言う「波」が本当に「波」としか表現しようのない事象であることを、今、実感をもって理解できるのは、弁証法の修得と身体意識のトレーニングを20年並行して進めてきてた成果なのではないか、と思った。

あとトフラーの言う「波」って、ヘーゲル流とは違った形での、ある種の弁証法なのかも、とも思った。

2011年10月2日日曜日

できない課題への取り組み方

高岡英夫先生の『センター・体軸・正中線』という本に、ウナ(脛骨の真下の足裏)で地芯(地球の中心)に乗ってタンブリング(上下動)することでセンター(鉛直線の身体意識)を形成するトレーニング法が、紹介されている。

佐々木もずっと取り組んでいるのだが、このトレーニング法、とんでもなく難しい。

まず地球の中心というのが、ほんとにおぼろげにしか意識できない。

おぼろげにしか意識できないものには、乗りようがない。

おまけに、いまだに自分の体の癖がきつくて、骨格的に、脛骨の真下に両脚で真っ直ぐ乗るというのができない。

やろうとしてもできないことに取り組むのは、すごいストレス。

できないことに取り組むからこそ開発されてくる部分というのは、もちろんあるんだけど。

でもとにかく精神的に消耗する。

で。

今日ふと思ったのだが、「ウナで地芯に乗る」ことはできなくても、「『ウナで地芯に乗る』という(自分で自分の体に呼びかける)メッセージの質を高めていくこと」は、いくらでもできる。

できることに取り組むのは、ストレスが少ない。

精神的に消耗しない。

「自分で自分の体に呼びかけるメッセージの質を高めていくこと」に取り組んでいたら、結果的にメッセージの内容自体も、達成されてきたような気がした。

あくまで主観だけど。

「ウナで地芯に乗る」に限らず、トレーニングでやろうとしてもできないことは、たくさんある。

正しいかどうかはわからないが、「課題の達成」に取り組まず、「自分自身の体に対する課題の呼びかけ方の質の向上」に取り組む方法を、しばらく試してみようと思う。

2011年10月1日土曜日

体調良好

本日も近隣の武術仲間と集まって稽古。

体調、わりと良好。

地球の中心から体の中心を通って天に抜ける線状の意識(センター)がないと立ってられない状態だとか、そういう状態を意図的に作り出すことでセンターの意識を活性化させる感じだとかが、おぼろげながらわかったような感覚があった。
 
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