2011年1月31日月曜日

長浜、神戸、名古屋へ

取材で滋賀県長浜市へ。

明日は愛知県内で取材。

なので今夜は名古屋市内に宿泊。

ならばついでにと、2月にやる結婚相談所利用者インタビューの事前ヒアリングため、神戸へ。

神戸の担当者へのヒアリングは電話で、と所望され了承していたので、神戸まで足を伸ばす費用は自腹なのだが。

やっぱり電話で話すのと直接会うのとでは、相手の魂の乗り移り方が違い過ぎる。


雪の北陸本線長浜駅前で自分撮り


神戸ポートタワー前で自分撮り


名古屋城前で自分撮り

2011年1月30日日曜日

胃が重い……心拍数が上がる……

時々、とんでもなく難しいインタビューの仕事を依頼される。

明日と明後日にやるインタビューが、まさにそれ。

もう何週間も前から、明日と明後日のインタビューのことを考えては、胃が重くなり、心拍数が上がっている。

家作りの専門家に向かって、消費者に支持される家作りの方法を教える商材の、宣伝のための記事。

玄人向け商材の宣伝は、勉強が大変。

家作りのことなんて、買い手としてさえ考えたことがない。

まして作り手、売り手の立場から考える家作りなんて……。

クライアントの期待もやたらと大きいし。

うープレッシャー。

先週からずっと、家づくりに関するにわか勉強。

それから頭の中を工務店の社長とその奥さんに同一化する訓練。

まだまだ成長中の39歳。

2011年1月29日土曜日

ずうずうしいセルフイメージ

武術仲間と集まって、夕方3時間ほど稽古。

ここしばらく体調が悪かったこともあり、家での稽古をかなりさぼっていたのだが、「自分の背骨をどこまでゆるませられるか」のイメージを、思い切ってかなりずうずうしく、現実をはるかに越えるレベルで思い描いて稽古したところ、しばらくさぼっていたわりには、いい稽古ができた。

認識の限界によって現実が限界づけられていることを、改めて確認。

2011年1月28日金曜日

柔楽ことば

言葉には「固さ」の違いとは別に、「発音の楽チンさ」の違いがある。

「おはよう」と「こんにちは」は、固さは同じだが、発音は「おはよう」の方がずっと楽チンだ。

「朝」と「夜」。

「朝」の方が発音が楽。

「歩く」と「走る」。

「歩く」の方が発音も楽。

柔らかくて、発音も楽チン、という言葉ばかりを使って、スケールの大きな感情世界をビビッドに立ち上げる文章や詩に接すると、この作者は天才だなと思う。

荒井由実が作詞した「雨の街を」を聴きながら、やっぱりこの人も天才だなと改めて思った。
夜明けの空はブドウ色
街のあかりを
ひとつひとつ消していく
魔法つかいよ
いつか眠い目をさまし
こんな朝が来てたら
どこまでも遠いところへ
歩いてゆけそうよ
誰かやさしくわたしの
肩を抱いてくれたら
どこまでも遠いところへ
歩いてゆけそう

2011年1月27日木曜日

棺桶シュミレーション

10年前に友人の事故死を体験して以来、周囲の親しい人々について、「今あの人が急死して遺体と対面させられたら自分は耐えられるか?」と、時々頭の中でシュミレーションする妙な癖がついてしまっている。

喪失の痛み、特に、親しい人を突然の事故で亡くした時の痛みと、他の一般的な痛み、たとえば頭痛や腹痛などとの間には、大きな違いがある。

頭の痛みや腹の痛みであれば、痛みの原因は、存在している。

存在しているものの痛みである以上、何らかの手の施しようがある。

喪失の痛み、特に死別の痛みにおいては、痛みの原因が、存在していない。

存在していないことが、痛みの原因である。

存在していないことが痛みの原因である以上、これはもう、手の施しようがない。

人間の記憶力が完璧でないこと以外に、救いというものがない。

周囲の様々な知人について、死別のシュミレーションを頭の中で実行しては、大丈夫、これの程度の痛みなら耐えられる、といつも安心していたのだが、最近は想像される死別の痛みに耐える自信が持てないことも増えてきた。

それはそれで、喜ばしいことなのだろう。

2011年1月26日水曜日

意地悪のかたまり

商品の宣伝用コンテンツは、読者をしてその商品に対する好感や欲求や購買意志を持たしめることを目的に製作されるものであるから、制作者は、まずもって読者をして、そのコンテンツの登場人物に対する好感を持たしめなければならない。

読者をして登場人物への好感を持たしめるには、「どうすれば読者は登場人物に好感を持ってくれるのか?」という問いと、「読者は登場人物にいかなる反感を持ち得るのか?」という問いの、両方を自らに問う必要がある。

「読者は登場人物にいかなる反感を持ち得るのか?」と自らに問うとは、すなわち、自らが作り上げた登場人物像に対し、筋が通るものから通らないものまで含めて、およそ考え得る限りの反感を抱こうと試みることを意味する。

端的には、嫉妬、怨嗟、僻み、ねたみ、いじけ、やっかみ、猜疑、邪推、侮慢、非礼のかたまりになって、登場人物の発言や姿を観察するということである。

体調の悪化で体が固まってくると、この能力が、暴走し始めることがある。

自分がコンテンツ上で作り上げた人物像だけでなく、日常個人的に接する人々の発言や振る舞いに対し、反感を持つべきポイントを探し出し、勝手に反感を抱いてしまう。

というか、他人の発言や振る舞いに妙に反発を感じ始めたときは、たいてい、自分の体が固まりはじめている。

それに気づいて体をゆるめてやれば、反感は勝手に消え去る。

2011年1月25日火曜日

"too intellectual"

アイン・ランドの代表作の一つ"The Fountainhead"(『水源』)は、出版が決まるまでに、12の出版社から出版を断られたのだとか。

ランド自身が"The Fountainhead"出版25周年版の「まえがき」として書いた文章によると、"The Fountainhead"の出版を拒否したいくつかの出版社は、この作品は"too intellecutual"あるいは "too controversial"だから誰も読まない、と決めつけたらしい。

5年ほど前にこの文章を読んで、"too intellecutual"という言葉が、えらく重たく、心にこびりついた。

「過度に知的」などという判断が、この世に存在すること。

そのような判断をする人々が、あたりまえに存在すること。

そのこと自体が、重い。

自分の幸福も、他人の魅力も、知性の量にいわば比例すると、疑いもなく信じているような人間にとっては。

『水源』を読んで与えられる、ある種の安心感。

その安心感の中身は、知的であることは良いことだし、自分や他人に対して「適度に知的であること」を要求したり、「過度に知的」などという判断を下したりするのは、やはりおかしい、という考え方に、承認を与えられるところにもあるのかもしれない。

2011年1月24日月曜日

『現代用語の基礎知識2011』『日本の論点2011』イッキ読み

もう1月も終わりだというのに、今ごろになってようやく、2011年版の『現代用語の基礎知識』と『日本の論点』をイッキ読み。

これを毎年やっておくのとおかないのとでは、仕事での新しい分野への対応力が、けっこう違うような気がする。

あと、こうして人間社会の姿を網羅的に見わたしてみると、改めて、「世の中進歩してるよな」という感慨を持つ。

自分が幸福を追求できる余地が、世界にはまだまだいくらでも残されていることを確認して、安心したりもする。

2011年1月23日日曜日

発光する生き物

札幌での取材を終え、無事帰宅。

帰りの飛行機は新千歳空港夜6時55分発。

羽田空港夜8時40分頃着。

飛行機に乗る時は、いつも窓側の席を取る。

飛行機がデッキを離れ、滑走路に入って加速して着陸し、シートベルト着用サインが消えるまで。

それから、飛行機が着陸態勢に入り、着陸して滑走路を減速し、デッキに着くまで。

窓ガラスぎりぎりまで額を近づけて、地上の景色を凝視し続けている。

飽きない。

特に、飛行機から見下ろす東京の夜景の美しさ。

生物には、ホタルとかホタルイカとかツキヨタケとか、自分自身の体から光を放つものがいる。

人間は、そのような生物ではない。

だが高度数千メートルの高さから夜の街の明かりの広がりを見下ろしていると、人間という生物自体が光を放ちながら地表に繁殖してるようなものだよなと思う。

樹木の葉が樹木という生物の一部であり、魚の鱗が魚という生物の一部であるように、人間が生み出した装置も街も制度も文化も、すべて見方によっては、人間という生物の一部なのだから。

2011年1月22日土曜日

また札幌

取材でまた札幌。

相模原の家を夜6時過ぎに出て、羽田空港を夜8時半に出る飛行機に乗って、新千歳空港に夜10時頃着。

電車に乗って、札幌駅11時半頃着。

そこらじゅう、雪の山。

2011年1月21日金曜日

支配欲と管理欲

20代のときに5年だけ勤めた会社は中小企業だったし、フリーランスになってからも、仕事の依頼元は基本的に中小企業の社長さん。

だからここ最近、仕事で大きな会社の総務担当の方々と接する機会を持って、佐々木はけっこう驚いている。

そうした大きな会社の総務担当の方々と、これまで佐々木が仕事で接してきた方々との、考え方のあまりの違いに。

そうした大きな会社の総務系の方々の話を聞いていると、「管理欲のカタマリ」などという言葉が、つい思い浮かんでしまう。

「管理欲のカタマリ」などという言葉を聞いたら、総務系の方々は、きっと違和感を持つに違いない。

別にああいった方々は、個人的な欲求から管理の貫徹を追求しているわけではないのだから。

組織には管理が必要だから、管理を実行しているだけなのだから。

「わがまま」と同じニュアンスで使われる「権力欲」とか「支配欲」とかいう言葉を聞いて、佐々木が違和感を感じるのと、たぶん同じだな。

管理系の人が求めるのは、いわば「法の支配」の貫徹。

起業系の人が求めるのは、いわば「俺の支配」の貫徹。

管理系の人から見れば、起業系の人の思考や行動はわがままそのものだろうけど、特定個人が権力欲を持とうが持つまいが、社会はその存続のために統括を必要としている。

社会が必要とする統括が、それを担う個人の意識においては、権力欲として現象するだけの話だと思う。

権力や支配を、個人の「欲」に還元しちゃいけない。

同じように、管理もまた個人の「欲」に還元してはいけない。

2011年1月20日木曜日

言葉は爆弾

仕事で文章を書いてると、言葉って爆弾だよなぁ、といつも思う。

文章っていうのは、何をどう書いても、何らかの形で、何かや誰かを貶める。

要求された対象だけを、要求された程度だけ貶め、それ以外の対象は、どんな形においても貶めない。

仕事で書く文章は、そんな文章ばかり。

俺はウィリアム・テルか! とか思う。

文章を構築するプロセスというのは、ある意味、仮想核実験に近いものがある。

頭の中で文章を作って、その文章が誰をどう貶めるかを吟味して、貶めてはならぬ対象を貶めていることを発見しては、別の表現の案出に呻吟する。

「官僚の作文みたい」と評されるような文章を読むと、逆に大したものだと感心する。

「官僚の作文みたい」と書き手自身が貶められる以外、誰も貶められない文章が書けるなんて、すごいことだ。

2011年1月19日水曜日

映画化も舞台化も自由だけど

谷崎潤一郎の「細雪」はこれまで三度映画化され、いずれも、日本映画史を代表するトップ女優が出演して話題になったのだとか。

舞台化も数知れず。

舞台でも多くの有名女優たちが、四姉妹を演じてきたらしい。

佐々木にとって「細雪」の魅力は、作品世界それ自体にあるのではなく、作品世界を観察する作者の態度にある。

映像や舞台において、「作者の観察態度」の表現は、文芸における場合と比べて、圧倒的に制約されている。

特に「細雪」で谷崎が示したような、柔らかく重量感のある観察態度を、映像や舞台で表現し切ることは、ほとんど不可能ではないかとさえ思える。

剣山の剣をも音もなく呑み込む、つきたての餅のような認識のあり方こそが「細雪」の魅力。

それなのに、ただむき出しの剣山のみをドンと出し、「これが『細雪』の作品世界でござい」と見得を切る。

そんな表現に終わる他はないのではないか? 「細雪」の映画化・舞台化って……。

YouTubeで「細雪 谷崎潤一郎」と検索すると、いくつかの映画化作品・舞台化作品の断片を確認できた。

佐々木の疑念は、間違ってないように思えた。

2011年1月18日火曜日

おじさんキラキラに悪戦苦闘中

結婚相談所のホームページに載る文章っていうのはやっぱりちょっとはキラキラしたところがないといけないんだろうと思いつつもとにかく書き手の中に存在しないものは文章からも発散させようがないわけでなんとかむりやり仮想的にでもキラキラ感ってやつを自分の中に体現できないかと目下悪戦苦闘中。

満天の星空を擬音付きで思い浮かべてみたり。

これまで目にした陳腐なラブストリーリーのシーンをあれこれ思い出してみたり。

2011年1月17日月曜日

二種類の敏感さ

谷崎潤一郎の『細雪』。

作者や作品が過去に博した名声を脇におき、一切の先入観なく読ませれば、「こんな小説のどこがいいんだ?」と思う人がほとんどなのではないか。

この小説を気に入った佐々木自身が、「いったい俺はこの小説の何が気に入ったんだ?」と思う。

だからこそ、そこをなんとか分析してみたい。

入り口になったのは、その文体のエロさだった。

だが文体などというものは、言ってしまえば技法上の問題である。

小説の魅力が文体に尽きることなどあり得ない。

読みながら、ずっとキーワードとして思い浮かんでいたのは、「重量感のある観察」という言葉だった。

「観察」というのは、作者自身による、作品世界に対する観察態度を指す。

もちろん、作者自身による観察態度は、読者が体験する観察態度である。

読み終えてから、この「重量感のある観察」という概念の中身を分析しているうちに、「二種類の敏感さ」という概念に行き着いた。

何かトゲトゲしたもの。

たとえば、生け花で使う剣山のようなものを思い浮かべる。

剣山の先を、鉄板のような固いものに押しつければ、「カツン」と音を立てる。

つきたての餅のような柔らかいものに押しつければ、音もなくのめり込む。

「敏感さ」と言ったとき、一般にイメージされるのは、前者の「カツン」と音を立てるようなタイプの敏感さなのではないか。

つきたての餅には、そのような意味での敏感さはない。

だが剣山が完全にのめり込んだ状態の餅は、剣山の剣の形を、余すところなく自分の中に捉えきっている。

一切の抵抗も反応もなく、ただ対象のすべてを、ありのままに捉え尽くす。

これもまた、一つの敏感さなのではないか。

剣先が触れただけで「カツン」と音を立てる鉄板に、このような敏感さはない。

『細雪』の作品世界に対する、作者自身の観察姿勢には、まさにこの、つきたての餅のような敏感さが充溢している。

作品世界それ自体は、まぁ言ってしまえば、他愛もないエピソードがひたすら続くだけだ。

『細雪』の魅力は、作品世界それ自体にあるわけではない。

あくまで、作品世界に対する作者の観察姿勢にある。

たとえば、この作品の中心人物である四姉妹は、美人ということになっている。

美人というのは、ともすれば過剰な賛美の対象として、あるいは逆に過剰な反感の対象として、描かれがちである。

だが谷崎は、美人姉妹の美人っぷりを、その欠点を含めて、ただありのままに淡々と描写していく。

「災害」や「病気」や「死」のようなネガティブな事象も、悲しみや怒りの対象としてではなく、ひたすらありのままに、ありのままを描写していく。

谷崎のこういう観察姿勢に触れることで佐々木は、自分自身が世界や人生に対して取っている観察姿勢を、承認されたような安堵感を覚えるのかもしれない。

2011年1月16日日曜日

冬ってこんなに寒かったっけ?

ここ数日、外に出ると、身の危険を覚えるほどの寒さを感じる。

マフラーや手袋では防げないような、体を直接凍てつかせる寒さ。

体調のせい? 年齢のせい? とも思ったが、実際、ここのところ全国的に平年を下回る最低気温が記録されているらしい。

体を冷やさないように、よほど気をつけなければ。

2011年1月15日土曜日

「答え」が得られた状態を意識しながら思考する

思考は、何らかの「答え」を求めて行なわれる。

その「答え」というのは、事象の原因であることもあるし、現象の本質であることもある。

原因を追究する思考は、
結果→原因
という向きで行なわれる。

思考の結果、納得の行く「答え」が得られた時には、
原因→結果
という向きで思考を辿ることが可能になる。

同様に、本質を追究する思考は、
現象→本質
という向きで行なわれる。

思考の結果、納得の行く「答え」が得られた時には、
本質→現象
という向きで思考を辿ることが可能になる。

つまり、「答え」を求めている時と、「答え」が得られた後とでは、思考の向きが正反対になる。

今自分が行なっている思考が「答え」に辿り着いたら、今行なっている思考とちょうど逆向きの思考が始まるのだ、ということを意識しながら思考すると、思考がより効率的になるような気がした。

2011年1月14日金曜日

風邪をひいてるヒマがない

新幹線に片道3時間10分、往復6時間20分乗って岡山まで行き、ビジネスホテルに1泊して1日に上場企業2社のインタビューと撮影、それからこれに伴う打ち合わせと工場見学を行い、ついでに前日は寒風吹きすさぶ中倉敷と岡山の街をぶらぶらして、おまけに出発前はほとんど徹夜というのはやっぱりけっこう体にこたえたようで、今日は朝から喉の調子が悪い。

だが今日納品の原稿が2本、明日納品の原稿が1本、夕方は都内で打ち合わせ、既に納品した原稿の修正依頼が2件、写真再納品の依頼が1件、新規の依頼が1件、新規の問い合わせが2件という状態で風邪なんかひいてるヒマはねーッ!気合だ気合ーッ!とアスコルビン酸粉末をなめてガシガシ仕事してたら喉の調子が治った。

2011年1月13日木曜日

1歳かそこらにして

岡山からの帰りの新幹線。

前の席は、3列シートを向かい合わせにした、おそらくは親戚連れ。

2組の夫婦?に、3歳ぐらいの女の子1人、1歳ぐらいの男の子1人。

女の子も男の子も、泣いたり、はしゃいだり、叫んだり。

でもまぁ、これぐらいの年齢の子どもの声なら、佐々木はそんなに気にならない。

ヘッドホンステレオを耳に突っ込むこともなく、ノートパソコンを広げてカチャカチャと仕事。

前の席の子どもたちの泣いたりはしゃいだりは、ずっと続いたまま。

新横浜に着くまであと1時間弱、というところで、それまでずっと大声ではしゃいでいた男の子の顔が、前の席の背もたれからひょいと出て、佐々木と目が合った。

佐々木は「可愛いね~」とその子にほほ笑み掛けるのでもなく、「うるせぇなぁ」と睨みつけるのでもなく、どちらかといえば「ニヤニヤ」という感じの曖昧な笑顔で、「子どもっておもしれぇなぁ」と思いながら、その子の顔を見ていた。

佐々木と男の子、互いに目が合ったまま、10秒、20秒、……。

30秒ぐらい過ぎたところで、お母さんが男の子を抱っこし直したのか、男の子の顔は、再び背もたれの向こうに消えた。

以後、聞こえてくるのは女の子の声ばかり。

男の子の声が、まったく聞こえて来なくなった。

はて、男の子に何が起きたのか?

佐々木の目をじっと見続けている間、男の子の頭の中、というより、体の中で湧き起こっていた思いを言葉にすると、次のような感じだったように思えた。
「ボクを見ているこのおじさんには、ボクがこれまで見たことがない何かがあるような気がする。その何かが何なのかを、ボクは知らなければならないような気がする。知ってその何かを、ボク自身のものにしなければならないような気がする」
……えっらく尊大な分析だけど。

佐々木が新横浜で降りるまでの、以後1時間弱、男の子の泣いたりはしゃいだり叫んだりが聞こえてくることは、ついに一度もなかった。

新横浜で降りるとき、チラッと確認したが、男の子は別に眠ってるわけではなかった。

わずか1歳かそこらにして、あの男の子は、〈自己客観視〉というものの萌芽を体験してしまったのだ……というのが、佐々木の勝手な分析。

2011年1月12日水曜日

倉敷・岡山へ

仕事で岡山へ。

ついでに倉敷の「美観地区」と岡山の後楽園に立ち寄ってみた。

倉敷美観地区は、もうテーマパークかっていうぐらい町並み保存が徹底していた。

地元の人々の努力にただただ敬意。

岡山後楽園は、「広々」&「クリーン」&「歴史遺産」の融合ぶりがある意味おもしろかった。

園内の手入れが行き届いた感じも悪くなかったが、園を取り囲むお堀のゆったりとおおらかな雰囲気のほうが、佐々木には好ましく感じられた。


倉敷美観地区で自分撮り


岡山後楽園で自分撮り

2011年1月11日火曜日

「細雪」発禁って

谷崎潤一郎が「細雪」の稿を起こしたのは、太平洋戦争勃発の翌年、1942年。

翌1943年から「中央公論」に不定期連載され始めたところ、連載3回目を迎えるところで、陸軍省報道部将校の命令により、連載停止。

「時局にそわない」というのが、その理由。

当初の命令では「活字にして売り広めなければよい」ということだったので、それならばと谷崎が上巻の私家版を作り友人知人に配ったところ、兵庫県庁の刑事が谷崎宅を訪れ、「今度だけは見逃すが今後の分を出版するようなことがあったらしかるべき処分をくだす」と谷崎の家族を脅したのだとか。

この「細雪」、内容から言えば、四人姉妹の三女の見合いがどうのこうのと、ただひたすら他愛もない話が続くだけ。

性描写、一切なし。

これが「時局にそわない」とは?

単に戦意高揚的でないから?

もし当時の陸軍省報道部が、「細雪」の文体から醸し出されるエロさに反応して「時局にそわない」と判断したのなら、ある意味たいした感性の鋭さだと思う。

皮肉でもなんでもなく、この「細雪」の発禁処分を決めた奴の、頭の中が見てみたい。

2011年1月10日月曜日

「細雪」と「源氏物語」

『細雪』巻末の谷崎潤一郎による回顧に、次のような記述があった。
《「細雪」には源氏物語の影響があるのではないかと云うことをよく人に聞かれるが、それは作者には判らぬことで第三者の判定に待つより仕方がない。しかし源氏は好きで若いときから読んだものではあるし、特に長年かかって現代語訳をやった後でもあるから、この小説を書きながらも私の頭の中にあったことだけはたしかである。だから作者として特に源氏を模したと云うことはなくても、いろいろの点で影響を受けたと云えないことはないであろう。》
谷崎潤一郎訳の「源氏物語」があることは、知識としては知っていた。

だが紫式部レベルの「エロ文体」を求めて日本文学全集のイッキ読みをしたときには、谷崎源氏の存在を忘れていた。

なので、源氏物語からの影響に関するこの谷崎自身による言及を目にしたときは、「自分の目の確かさ」を証明されたようで、ちょっと嬉しかった。

2011年1月9日日曜日

『細雪』を読んだ

古典読破計画。

先月は谷崎潤一郎の『細雪』(ささめゆき)。

佐々木は以前、『紫式部日記』の「文体のエロさ」に興奮し、文体だけで同様のエロさを醸し出している作家は他にいるのかと、数種の日本文学全集を、1ページ1秒のペースで一気読みしたことがあった。

そのとき佐々木が唯一、紫式部にも匹敵する「文体のエロさ」を認めたのが、谷崎潤一郎だった。

ただ谷崎の作品をきちんと読んだことはこれまでなく、この『細雪』が、佐々木にとっての初谷崎。

第二次世界大戦中の、「頽廃的」表現への規制が厳しい時代に書かれた作品だけあって、性描写はゼロ。

だからこそ、文体そのもののエロさが鮮明になっているとも言える。

以下、『細雪』の冒頭。
《「こいさん、頼むわ。――」
 鏡の中で、廊下からうしろへ這入(はい)って来た妙子(たえこ)を見ると、自分で襟(えり)を塗りかけていた刷毛(はけ)を渡して、其方(そちら)は見ずに、眼の前に映っている長襦袢(ながじゅばん)姿の抜き衣紋(えもん)の顔を他人の顔のように見据(みす)えながら、
「雪子ちゃん下で何してる」
 と、幸子(さちこ)はきいた。
「悦ちゃんのピアノ見たげてるらしい」
 ――なるほど、階下で練習曲の音がしているのは、雪子が先に身支度をしてしまったところで悦子に掴(つか)まって、稽古(けいこ)を見てやっているのであろう。悦子は母が外出する時でも雪子さえ家にいてくれればおとなしく留守番をする児であるのに、今日は母と雪子と妙子と、三人が揃(そろ)って出かけるというので少し機嫌が悪いのであるが、二時に始まる演奏会が済みさえしたら雪子だけ一と足先に、夕飯までには帰って来て上げるということでどうやら納得はしているのであった。
「なあ、こいさん、雪子ちゃんの話、又一つあるねんで」
「そう、――」
姉の襟頸(えりくび)から両肩にかけて、妙子は鮮(あざや)かな刷毛目(はけめ)をつけてお白粉(しろい)を引いていた。決して猫背(ねこぜ)ではないのであるが、肉づきがよいので堆(うずたか)く盛り上っている幸子の肩から背の、濡(ぬ)れた肌の表面へ秋晴れの明りがさしている色つやは、三十を過ぎた人のようでもなく張りきって見える。》
横書きだといまいちだが、縦書きで読むと、びっくりするぐらいエロい。

巻末の谷崎自身による作品回想によれば、『細雪』は谷崎の中でも特殊な作品ではあるようだ。

ただ少なくとも佐々木はこの『細雪』が大好きになったし、こういう小説を書く谷崎が大好きになった。

その理由を、もう少し掘り下げてみたい。

2011年1月8日土曜日

ナントカに育てられた子

J.A.L.シングの『狼に育てられた子』を読み始めたときは、アマラとカマラの姿や行動が、異様に思えてしかたなかった。

つまり、アマラとカマラを「普通とは違う人間」として位置づけ、佐々木自身を「我々普通の人間」の側に位置づけていた。

だが読み進めるうちに、アマラとカマラが、けっこう佐々木に似ていると思えてきた。

特に彼女らが、発見された当初、「人間的なものへの嫌悪」を示していた、というくだりを読んで、その思いを強くした。
《彼女らは〔‥‥〕どんな時も、〔孤児院の他の〕子どもたちの顔を見るのをいやがり、常に子どもたちを避けようとした。部屋に他人がいると、何もせず、頭を動かすとか、動きまわるとか、向きを変えるとか、振り向くとかいったことさえしなかった。子どもたちの方を眺めることもいやな様子だった。自分たちだけの世界だけにいて、人間社会をまったく避けていた。私たちが近づいたりすると、触ったり、交わったりするのを許したくないみたいに、形相を変え、歯をむきだした。夜中でさえも、こうであった。》
《〔孤児院の他の〕子どもたちは、一緒に遊ぼうと一所懸命に誘ったのだが、狼っ子たちは(余計なおせっかいに)非常に憤り、歯をむきだし、時には、変な耳ざわりな声を立てて向ってきたりし、子どもたちを驚かすのだった。このようにして、狼っ子たちと子どもたちとの間になんらかの社会的関係をつくりだすことは、ほとんど不可能になってしまった。アマラとカマラは、子どもたちを決して好きにならなかったのである。》
《二〇年一一月四日から二一年一月末までの、約三か月たった段階では、私たちに対してだけでなく、私たちとの生活、運動や遊び--簡単にいえば、人間的なものすべてに対して、完全な分離と嫌悪とを示していた》
佐々木も、自分が嫌悪感というか違和感を抱く対象が、世間的には「人間的」とされている、という経験をすることが多かった。

アマラとカマラは直立二足歩行を学ぶ機会のない生育環境を持ったが、佐々木もまた、精神的に、はいつくばり続けることを余儀なくされる生育環境を持ったと言えないこともない。

なんとか人間らしい自分になれるように努力はしてきたが、他人に「奇異」の印象を与えるのはあいかわらず。

ついこの間も、武術の師匠から、道場生全員がいる場で「佐々木はエイリアンっぽい」と言われたばかり。

師匠もさすがに言い過ぎと思われたのか、この時は次のように補足された。
「まぁ気にするな。俺も昔から宇宙人と呼ばれてきた。エイリアンと呼ばれたことはなかったけど」
師匠、それ慰めになってませんって。

2011年1月7日金曜日

生理的反応としての悲しみ

J.A.L.シングの『狼に育てられた子』に、アマラが死んだときのカマラの様子を描いた箇所がある。
《アマラが死んだ朝、カマラは、最初、何がおこったのかわからなかった。カマラは、アマラと同じ部屋の自分のベッドにすわっていた。彼女は、しばらくの間、アマラを見ていたが、彼女が眠っていると思ったらしい。数回アマラのところへきて、手にさわったり、彼女の目をさまそうとして、ベッドからひきずり出そうとさえした。カマラは、アマラの顔にさわり、指でまぶたをあけ、口をあけた。そんなふうに身体をいじるのを見て、私たちは、彼女をあやして別の部屋に運んで行った。ところが、カマラはそこに長くいず、アマラのところへもどってしまった。シング夫人は、彼女の後について行き、彼女に気づかれないようにして、厳しく見守っていた。カマラは、アマラが起き上がらず、動こうとかえしないことを知って、アマラのところを離れ、自分のベッドへ行ってしまった。こうしたことを、埋葬のためアマラが運び出されるまで、一日中繰り返した。アマラに何事か、何か変化があったのだ。それをカマラは理解し、とうとう、アマラが死んだという結論に達したようで、両眼から涙のしずくがこぼれ落ちた。彼女は、アマラが棺に入れられ、運び出されるまで、死体のあった場所を動かなかった。》
《これまで、カマラは泣かなかったし、顔に悲しみの表情も浮かべなかった。アマラが死んだこの日、カマラの目から涙が二粒だけこぼれ落ちた。しかし、カマラが実際に泣いていたことがわかるような表情の変化はまるでみられなかった。》

アマラの死を理解したとき、カマラの目から涙が二粒だけこぼれ落ちたこと。

にもかかわらず、カマラに泣いているような表情の変化が見られなかったこと。

これらのことから、以下の感慨を持った。

「人間の悲しみの感情もまた、人類レベルで言えば文化的発展の産物であり、個人レベルで言えば社会関係の中で育て上げられるものなのだな」

「人間の悲しみの感情の基盤には、教育の有無に関わらず存在する、ある種の遺伝的・生理的な反応があるのだな」

「カマラにとって、アマラの死を理解したときの喪失感は、極端に言えば、犬や猫が自分の手足を失ったときの感覚に近かったのではないか」

「アマラの死を理解したときカマラが流した涙は、皮膚が傷ついたとき自動的に傷がふさがり始めるような、単なる生理的な反応に近いものだったのではないか」

「味覚が人間の文化的創造の成果であるのと同様に、悲しみもまた、人間の文化的創造の成果なのだな」

「人間は、悲しみでさえも、単なる生理的反応を脱して、“より味わい深いもの”として創造せずにはいられない存在なのだな」

2011年1月6日木曜日

シング夫人

J.A.L.シングの『狼に育てられた子』、感想の続き。

アマラとカマラの育ちや行動の「尋常でなさ」の蔭に隠れがちだが、彼女らへのシング夫人の働きかけの「尋常でなさ」も、相当なものだと思う。

推定8歳で発見され、発見当時立つことも、言葉を話すこともできず、人間との関わりを拒絶していたカマラに、マッサージ、言葉かけ、添い寝等々を続けて、ついには立ったり、簡単な言葉を話したりできるようにしてしまったのだから。
《朝はやく、シング夫人は、からし油でマッサージしてやり、その間中、愛情をこめて彼女らに話しかけた。はじめ、狼っ子たちは、顔に嫌悪の情をあらわして怒った。だが、ことばや動作にあらわれた愛情はだんだんと理解され、毎日午前四時から五時までのかなり長い時間、身体中を手でなでられ、絶えず触られたことの影響で、気分がしだいに和らいできた。》
《このマッサージの重要さについては、パケナム-ウォルシュ主教によって、次のように要約されている。
「このマッサージは、熟練し、やさしく、愛情のこもった手で全身にわたっておこなわれ、とくに狼の生活様式によってふつうの人間的発達が妨げられてきた部分、すなわち腕、手、指、脚、足、足指に注意が払われた。シング夫人は巧みなマッサージ師であり、カマラが飽きたと思われる時には、いつも、どんな部分の場合でも、マッサージを中止した。マッサージは、カマラの筋肉を人間として使うために強めたりゆるめたり、彼女をやさしい育ての母親にひきつけ、信頼し、愛するようにさせた、驚くべき効果が認められた」。》
《カマラが昼、ベッドに横になっているところへシング夫人が近づいた。カマラは、夫人を目にとめた。夫人は、ベッドにすわりたいといった。すると、カマラは、静かに少し移動して、夫人のすわる場所をあけた。夫人は、カマラの額に手をおいたが、彼女は静かにしていて、触れられたくない気持や嫌悪のしるしをまったく見せなかった。カマラは、夫人の手をつかみ、自分の手にのせた。夫人は、マッサージして欲しいのだと思い、すぐからし油を取ってきて、カマラがさし示した部分のマッサージをはじめた。このことは、マッサージが彼女に何らかの慰めを与えること彼女がマッサージを好きになりはじめたことを示している。
マッサージは、彼女の気持を和らげただけでなく、彼女の身体や手足のあらゆる部分を強くしたことがわかった。彼女は、急速に強さを増していった。》
シング夫人がしばらく留守にしていたとき、アマラはひどく不機嫌で、シング牧師の働き掛けにもほとんど反応しなかったのが、シング夫人が帰るや大喜びでじゃれつき、シング牧師のことは無視、ということがあったのだとか。

男ってこういうとこだめだよなと思う。

2011年1月5日水曜日

「狼に育てられた子」の身体的特徴

J.A.L.シングが『狼に育てられた子』で報告している、アマラとカマラの身体的特徴。

あご
あごの形が普通の子供と違う。あごの骨が発達し、高くなっていた。噛むときの上、下のあご骨の動きも、明らかに普通の人間と違う。


犬歯が普通より長く、ずっととがっていた。

口の中
口の中は血の色のように真っ赤。

直立歩行
立ち上がることがまったくできない。

膝と腰の関節
膝や腰の関節を、開くことも閉じることもしない。関節が柔軟性を失っている。関節の周りが固いまめで覆われ、大きく突起して重い。


いくぶん丸い。昼間は眠くて生気のない顔つき。夜12時を過ぎると、目をカッと見開き、暗闇の中で、猫や犬のように青いギラギラする独特な光を帯びる。夜中には、その青い二つの目の光だけで、あとは何も見えない。

暗闇での視力
昼間より夜のほうがよく見える。夜中でも暗いところでも、大人や子供や動物や鳥その他のものを見つけることができる。


匂いをかいだり吸い込んだりするとき、肉づきのよい鼻翼をピクピク動かす。鼻の穴は普通よりずっと大きい。

直感力
ものすごい直感力を持っていて、動物のように、非常に遠くから肉やその他のものの匂いがわかる。

頬骨
頬骨は不釣り合いに高く、いぼのように突き出ている。

手足
手や腕が長く、ほとんど膝に届くほどだった。手(手首から人指し指まで)も標準より長かった。肘関節や手首も大きく、どっしりとし、柔軟さと力強さを備えていた。脚は独特な形をしていた。手指や足指は広がり、地面にきちんとつきはしたが、いくぶん曲がっていた。特に足の親指がそうで、また長くもあった。曲がっているといっても横へではなく、テントみたいに上向きに角度を作って曲がっていた。踵は大きなボールみたいになっている足首の関節を支えていた。膝の関節もこれらと釣り合いがとれて大きく、重々しく強かった。

尻と腰
尻は腰へ平らに伸び、筋肉がまるでついていなかった。腰は細く、よく鍛えられ、左右によく曲がり、脊椎ともすぐにつらなっていた。


頭は細長く、やせて、骨ばっていて、上の方に歪んでいた。正面から見ると、目は二つのくぼみに植え込まれているみたいだった。

「報告が本当なら」という留保は付くが、「人体もやはり生命のありかたなのだな、生育環境によってその形を変えるのだな」という感慨を持つ。

特に「夜青く光る目」については、シングが嘘をついている証拠とみなす学者も多いようだが、佐々木には、逆ではないか、という気がしてならない。嘘をつくなら、なぜわざわざ信じがたい身体的特徴を盛り込む?

2011年1月4日火曜日

『狼に育てられた子』を読んだ

古典読破計画。

昨年11月は、J.A.L.シングの『狼に育てられた子』。

アマラとカマラが、シングの主張するように「狼に育てられた子」であったかどうかについては、懐疑的な学者が多いようだ。

基本的に人間以外の動物は、「普通とは違ったこと」はしないのではないか、と佐々木も思う。

ただ、世の中どんな偶然が重なるかわからない。

人間の乳児が狼に育てられることは、生物学的にありえない、と主張する学者もいるようだが、人間の現実を生物学で説明しきろうとすることのほうが、よっぽど「ありえない」のではないか。

アマラとカマラが実際に「狼に育てられた子」であった確率は、60%ぐらいはあるのではないか、と今のところ佐々木は思っている。

この本については、もう少し書きたい。

2011年1月3日月曜日

背骨周りのスタミナと感情

昨年暮れに、高岡英夫先生の講座「2010年版New背骨の硬縮解消法決定版!!初級」と「ゆる筋トレ1 ベースofベース」参加して以来、背骨周りの筋肉の調子が、かつてなく良い。

筋繊維を固めることなく、逆に柔らかくしていきながら、筋肉を鍛えることが、現実に可能であること。

しかも、背骨周りの筋肉のような微小筋について、それが可能であること。

これは大きな驚き。

執筆のような知的生産におけるスタミナが、肉体的スタミナに制約されるということは、多くの知的生産者が指摘している。

知的生産性を高めるため、筋トレやランニングを習慣化していると公言しているコンサルタントや作家も多い。

だがこれまで佐々木は、知的生産性を高める目的での筋トレやランニングというものに、懐疑的だった。

漠然とした肉体鍛練によって知的生産性を高めることに成功したとしても、知的成果物の量が増えるばかりで、知的成果物の質はかえって低下するような気がしていたから。

「ゆる筋トレ」で、背骨周りの微小筋を柔らかく鍛えることに成功してみると、背骨周りの微小筋についたスタミナが、知的生産におけるスタミナの基盤になってくれる実感がある。

知的成果物の生産量を増やすだけでなく、知的成果物の質も高める形で。

それからもう一つ、背骨周りの微小筋が柔らかく使えるようになることが、自分の感情に与える影響の大きさにも驚いている。

というか、これまで背骨周りの筋肉が硬縮していたことで、自分の感情がいかに硬縮していたかがわかった。

筋肉のあり方というのは、感情のあり方と密接に結び付いている。

仮にすべての表情筋が生理的な原因で固まってしまったら、感情の動きまで固まってしまうはず。

表情筋が正常に使える人々との間で、感情的な交流を持つことも難しくなるはず。

それと同じで、背骨周りの筋肉を硬縮させてしまうことは、背骨周りの筋肉が硬縮していない人々との感情交流を、著しく妨げると実感。

背骨周りの筋肉が硬縮していない人々というのは、たとえば乳幼児とか、天才・達人とか。

2011年1月2日日曜日

『世間胸算用』を読んだ

日垣隆さん主宰のネット古典読書会。

昨年最後の課題本は、井原西鶴の『世間胸算用』。

本当に年の瀬にぴったりな課題本だった。

まず原文に目を通し、それから訳文を読んだ。

原文でも意外なほど楽しめた。

日垣さんの勧めで、ここ何年か、大晦日には必ず樋口一葉の「おおつごもり」を音読していたので、古い文体に対する抵抗が薄れていたおかげもある。

それからもう一つ、これも日垣さんが今年9月に主催された「読まずに死ねるか古典講座&名作落語をライブで聞く会」で、生まれてはじめて古典落語をライブで鑑賞する機会を持てたことも、『世間胸算用』を原文で楽しむための素地を作ってくれた。

原文を読みはじめたとき、なぜか立川談四楼師匠の声や姿がパッと思い浮かび、自分の頭の中でバーチャル談四楼師匠が、『世間胸算用』を最後までズンズン朗読してくれた感じ。

不思議である。

談四楼師匠はあくまで、現代口語で「文七元結」を演じられたのに。

師匠が全身で表現された江戸時代の庶民の生活、思考、感情、感覚が、それだけビビッドだったということなのでだろう。

もし談四楼師匠の落語をライブで鑑賞する機会を持てていなかったら、高校時代に受けた古文の授業と同様の、味気なく、スピード感のない原文鑑賞になっていたはず。

スピード感と言えば、『世間胸算用』原文の文体には、全編を通して独特のリズムがあった。

擬音で表現すると、ズンダカダカダカ、ズンダカダカダカ、みたいな。

同じ作者の「西鶴諸国ばなし」にも少し目を通したが、こちらはこんなリズムではなく、もっとしっとりとした文体。

おそらくこれが、当時の「年の瀬のあわただしさ」のリズムなのだろう。

当時は大晦日が、諸債務の精算期限として、今よりずっと重大な意味を持っていたはず。

自分の仕事で、納期まであと数時間なのに、まだ原稿が仕上がってない、というときの切迫感が、まさにこのリズム。

文体以外で印象に残ったのが、西鶴の視点のクールさ。

「世間胸算用」で西鶴は、まるでハウツー本のように、お金に関する成功例・失敗例を淡々と紹介していく。

一見、お金に関するノウハウや教訓を、読者に教える立場を取っているようにも見える。

だがそれはある種の「お約束」というか演出であって、西鶴自身は、そのような形で成功や失敗が起こる世の中の仕組み自体を、クールに突き放して対象化しているように感じた。

お金に関することを、そういうクールさで描ける作家って、なかなかいないんじゃないか、という気がした。

2011年1月1日土曜日

新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

みなさまにとりましても、佐々木自身にとりましても、今年が昨年よりずっと、ずっと、よい年になりますように。
 
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