2011年12月31日土曜日

「大つごもり」音読

今年も大晦日は樋口一葉の「大つごもり」を音読。

年1回のチャレンジであのえんえん途切れのない文語を一度もつっかえずに音読できたら「すげぇな俺!」という話にもなるのだが残念ながらそううまいことはいかず1ページに5~10箇所は語の切れ目がわからなくなったり漢字が読めなかったり。

でも間違えなく繰り返し音読にチャレンジするに値する作品。

読み返すたびに新しい味わいを発見する。

今年は冒頭で主人公お峰が足元の凍った風呂場で鼻緒のゆるんだ下駄を履き水汲みをしていて足をすべらせ転ぶところとかの文章のリズムの崩し方の絶妙さに感嘆。

佐々木が「大つごもり」を毎年音読する意義はもう一つある。

ある意味あの作品は佐々木の人格に最も欠落しているというかむしろ佐々木が自分の人格から意図的に排除している要素の美化をメインモチーフとしている。

自分自身に何が欠けているのかを毎年同じ手段で確認する意義は大きいはず。

2011年12月30日金曜日

川端康成『雪国』を読んだ

古典読破計画。

12月は川端康成『雪国』。

さすがは日本人なら知らない人はないというぐらいの有名小説家の代表作と感心させられる箇所が随所にあるにはあったのだが、どちらかといえば不満を感じる箇所の方が多い小説だった。佐々木は読みながら心の中でぶーぶー文句ばかり言っていた。

人の世のぶーぶー文句を言いたくなる側面をあえて正面に据えてその中にある美を描いているのだから当然と言えば当然か。

佐々木なんかはつい「思想のない美って虚しい」と思ってしまう。駒子の三味線や強がりにしても、葉子の言葉づかいや心づかいにしても、美しいんだけど、彼女たちの人生における位置づけというものがない。作品中「徒労」という言葉が何度も登場するが、この作品世界ではあらゆる美が徒労のあり方として描かれているとさえ言える。たぶんある種の美は思想性とトレードオフの関係になっているんだろうけど。

特に島村の無思想性が際立ってるというか。この男ひょっとして自意識というものがないんじゃないかと思ったぐらい。後半に入って自意識の描写も少し出てくるのだが。無神論と無宗教は違うってどういうことかずっとわからなかったがこの島村のようなあり方こそ無宗教というのではないかと思ったぐらい。

以前日本文学全集をダーッと一気読みしたときに川端康成の文体の水気に感じ入ったことがあるのだが、この『雪国』の文体にはそれほど感心しなかった。妙に説明的というか。たとえば女の魅力の説明に「清潔」という言葉を使いすぎ。「清潔」なんて言葉で済ませないで具体的な描写で「清潔」であることを伝えてくれよと何度思ったか。あと「なんともいえない」も使いすぎ。言語表現のプロが言語による表現を断念するなよと思う。

駒子が最初に登場した時の
《足指の裏の窪(くぼ)みまできれいであろうと思われた》
という描写だけはなんかすげぇと思った。わぁエロっ!と。

2011年12月29日木曜日

実体論の効用

昨日参加した運動科学総合研究所の講座「細胞正常力アップⅡ」で高岡英夫先生が何度も強調されていたことの一つが、我々人間の身体で実現されているあらゆることが我々を構成する細胞一つ一つの働きの集合として成立しているということ。

肝臓におけるアルコール分解は肝細胞それぞれによるアルコール分解の集合として成立しているし、筋肉の収縮は筋繊維細胞それぞれによる収縮の集合として成立している。

にもかかわらず我々はともすると現実の細胞の働きとは無関係ないわば宙に浮いたところで身体の諸機能が実現されているかのような身体観を持ちがちで、この身体観の誤りが我々主体と我々を構成する細胞との身体意識レベルでのつながりを阻害していると。

なるほどと思う一方で、「全体を部分の集合によって理解することはできない」というのは佐々木が常々意識していること。

高岡先生のお話をうかがいながらそのへんの整合性を自分の中でどうとるかでちょっと迷いがあった。

考えてみるとこれって社会や国家と個人の関係をどう考えるかという話とすごく似てる。

「個人以前に社会や国家はない」と考える人がいる一方で「社会や国家以前に個人はない」と考える人もいる。

佐々木は後者の立場ではあるが、現実の社会や国家を担う個人の魂を奮い立たせるのは前者の発想であることが多いのも確か。

実体として細胞の集合によって人体が成立しているからといって人体を細胞の集合と理解できるわけではないけども、あえてそのように考えることで細胞のあり方が活性化されるのも間違いなさそう。

そのへんの矛盾がおもしろいと思った。

あと、あえて実体論に徹することが本質論に与える影響とDS理論のあり方の関係というのも突っ込んで考えてみたい問題。

2011年12月28日水曜日

運動科学総合研究所冬期集中講座「細胞正常力アップⅡ」に参加

本日運動科学総合研究所冬期集中講座「細胞正常力アップⅡ」(高岡英夫先生)に参加。

漠然と「自分の細胞が正常に(元気に)なればいいな」ぐらいの気持ちで参加した講座だったが、自分の細胞(とその構成要素である核やミトコンドリアやリボソーム)の本来的なあり方のすごさを知って、むしろ自分のほうが細胞(とその構成要素たち)のあり方のすごさにふさわしい「正常さ」を体現しなければならないような気持ちにさせられた講座だった。

しかもその「正常さ」というのが「生き方」にまで及ぶもので、そのレベルのあまりの高さにちょっと困惑するぐらい。

「うーんどうしよう」と。

自分とは関係ない他人がご立派というだけならしょせん人ごとで済む話だが、自分を構成する細胞(とその構成要素たち)が過去15億年にわたりそしてまさに今この瞬間もご立派であり続けているとなると、しょせん人ごとという態度は取りにくい。

「無理はしないように」というお話でもあったのだけど。

なにしろ深い感動のある講座だった。

2011年12月27日火曜日

過敏化?

今日はどこの店に行ってもなぜか牛乳の匂いとトイレの芳香剤のような匂いが強く鼻につく。

たまたま入った店で牛乳がこぼれていたりそういう匂いを発する薬品が多めに使われていたりしたのか。

それとも自分の鼻が過度に敏感になっているのか。

もしかすると化学物質過敏症かアレルギー?とちょっと心配になる。

大丈夫だと思うけど。

あと念のため自分の体や衣服や持ち物が匂いを発していないか確認したけどこちらは大丈夫なよう。

2011年12月26日月曜日

『動物農場 ―おとぎばなし―』を読んだ

古典読破計画。

今年9月はジョージ・オーウェルの『動物農場 ―おとぎばなし―』。

川端康雄さんによる2009年の新訳。

既にあら筋を知っている物語ではあったが、決して「あら筋どおりの物語だった」という感想にならなかった。

なぜだろう。

最初は、働き者のオス馬「ボクサー」のあり方が妙に心に残ったからかなと思った。

他の登場動物たちについては、モデルとなった具体的人物達のあり方がいちいち浮かんでその描き方のうまさにニヤリとさせられただけ、と言えばだけだった。

社会主義革命の実相に対する作者の(発表当時は間違いなく衆を絶していた)洞察は現代においては既に常識と化していて、佐々木もその常識を共有しているから。

ただ「わしはもっとはたらくぞ」「ナポレオン(革命指導者)はいつでも正しい」をモットーとする「ボクサー」的人物のあり方というのは、佐々木が思い描いてきた社会主義革命の像から、なぜかすっぽり抜け落ちていた。

それでそういう人物のあり方とかそういう生き方に対する佐々木自身の評価を、ちょっと考えさせられた。

社会的不正義の根底的是正を希求する立場からすれば、「ボクサー」的人物のあり方に対する感情は尊敬と不満相半ばし、どちらかと言えば不満が優るのではないか。

佐々木もちょっと不満(というかいらだち)が勝りかけた。

けど最終的には尊敬、それも限りなく不満ゼロに近い尊敬に落ち着いた。

やっぱり日々の生活が回るのはこういう人物がいてくれてこそ。

みたいなことを考えさせられたのが、「あら筋どおりの物語だった」という感想にならなかった理由の一つ。

それより一番大きな理由は、訳者の川端さんによる巻末の解説を読んでわかった。

オーウェルがこの物語の原稿を持ち込んで出版を断られた出版社の中に、詩人T・S・エリオットが査読を務める出版社もあって、エリオットがオーウェルに出版を断った理由を書いて送った手紙の中に、こんな一節があったのだとか。
《思うに、この喩え話への私自身の不満は、否定的な効果しかないということだと思います。作者が異を唱えることがらに対してだけでなく、作者が望んでいることにも〔読者の〕共感をかきたてるべきです》
で、訳者の川端さんはむしろこの物語は「作者が望んでいることにも共感をかきたてる」物語であり、《ディストピアのかたちよってしか語り得ない希望》を語っていると考え、《語りの襞に見え隠れする「望み」も損なわずに》訳すことを心がけたのだとか。

それでわかった。

伝え聞いていた『動物農場』のあら筋からは単なるディストピア描写のイメージしか浮かばなかったのに、川端さんが訳した『動物農場』には不思議なくらい絶望感がなかったのだ。

描かれている世界は間違いなくディストピアなのに。

単に文体が柔らかいだけでなく、むしろ積極的に「希望」が伝わるような訳し方を、川端さんがしていたのである。

特に印象的だったのが、最初の集会のときのあひるの子たちが踏みつぶされないように気づかう馬たちだとか、皮肉屋でも実はボクサーのことが好きなろばだとかの描写から感じる、なんともいえないほっこり感。

社会革命的文脈での「希望」に「ほっこり感」を盛り込む思想って、なかなかない。

もっと早く読んでいていい物語だったけど、もっと早く読んでいたらこの川端さんの訳で読むこともなかった。

だから読むのがこの時期まで遅れてよかった。

それぐらいいい訳。

2011年12月25日日曜日

自撮り

自分で自分の写真を撮ることを最近の若者言葉で「自撮り」と言うらしい。

昨日『現代用語の基礎知識 2012年版』で知った。

『現代用語基礎知識』をソースに若者言葉を知るとはいよいよ俺も本物のおっさんだと感慨ひとしおである。

いい歳した男が若者言葉など使うのはいかがなものかという疑念の呪縛ゆえに自分で使うことはめったにないとはいえ若者言葉の語感がもたらす快楽の新鮮さに俺も使ってみてェーという欲求を感じることは多い。

ところがこの「自撮り」についてはそのような欲求を感じない。

なぜだろう。

たぶん「ジドリ」という音の並びに妙なスマートさを感じてしまうからではないか。

「ジドリ」と言ったらやっぱり「地鶏」だし、「地鶏」といったらブランドだし。

そうでなくても長い動詞を省略して短くするとどうしたってかっこつけた感が出てしまう。

「ハモリ」とか。

自分がしょっちゅうやってながらなんだが自分で自分を撮るって基本的に馬鹿だと思う。

そのへんの含羞というか「馬鹿なことやってます」感が「自撮り」だと出ないというか。

自分で自分を撮ることを「自撮り」という人たちはそのへんどういう感覚なのだろう。

自分で自分を撮ることに対する含羞が佐々木ほど強くないのだろうか。

それとも「ジドリ」という音の響きにそれほどスマートさを感じないのだろうか。

よく考えてみると「地鶏」の「地」って「地面」や「地味」の「地」だし、もっと言えば「地獄」の「地」だし、意外とネガティブ感のある言葉なのかも。

そのあたりのネガティブ感が佐々木の言うところの含羞の表現になってるのかもしれない。

あるいは「ジドリ」なのに「地鶏」じゃねぇのかよみたいなトホホ感もある種の含羞表現なのかもしれない。

とか。

2011年12月24日土曜日

一般科学史の観点から考察する美容理論の現状と歴史について

本日歳末恒例『現代用語の基礎知識』イッキ読み。

一時間ほどでザッと通読。

一番知的興奮を覚えたのは「時代・流行」の「美容」の項目。

次が「科学・技術」の「物理学」。

あまりのしょぼさに爆笑したのが「文化」の「*****」。

言ってしまえば単なる最新用語解説に過ぎない数ページの記事がどれぐらい知的興奮に満ちたものになるかはもちろん読み手の教養やリテラシーによる部分も大きいのだろうが、現代社会におけるその分野の位置づけと動向を書き手がどれぐらい体系的に把握しているかによる部分が一番大きいはず。

それからその分野が近年実践的・理論的にどれぐらい進歩しているかによる部分も。

「美容」の項目があれだけ知的興奮に満ちていたのは執筆者の小林照子さんという方の体系的洞察力の高さの現れなのではないかと推察する。

それから美容の分野における実践的・理論的進歩の速さも。

実践上の進歩の要請が理論上の進歩をもたらし理論上の進歩によってもたらされた実践上の進歩がさらなる実践上の進歩の要請をもたらすという実践と理論の一般的相互浸透関係は美容の分野における実践と理論の発展史にも当然見られるだろう。

しかも美容の分野は多面的。

人体のあり方の改善という点では生理学的問題だし製品開発という面では工業技術的問題だし何を以て美とするかというのは文化的問題だし美の追求にどれほど価値を置くかというのは思想的問題だし美の追求にどれほどの資源を投じられるかというのは経済的問題だし。

しかも特に美容の分野においては売る側の都合に基づくある種の広告文が客観的理論の外観をまとって押し出される面が非常に大きいはず。

理論一般の歴史から見た時に美容理論の歴史はどう一般的でどう特殊なのかにちょっと興味を持った。

そんなこと考えてる暇があったら待たせてる原稿をさっさと書けという話だが。

2011年12月23日金曜日

年末年始営業予定

先ほど年内に納品を約束している原稿のリストと年明けに納品を約束している原稿のリストと年末年始のスケジュールを見てすぐに理解したのだが今年も年末年始の休みはない。11月の時点では年末年始10日ぐらいは原稿書きから逃れられる見通しでいたのだが。

2011年12月22日木曜日

正常な感覚

最近可笑しかったこと。

佐々木が通うある武術道場の女性会員の方(既婚)に以前「この道場の男性会員(約40名)の中で佐々木さんが一番まともっぽい」と言われてんなわけないじゃんと思いつつもしかするとそういう感じ方もあるのかもとか思ってたらつい先日その女性会員の方がちょっとした粗相をされて道場の師範から「おまえの感覚はおかしい」と厳しいご叱責が。

やっぱおかしいんだみたいな。

不謹慎!

(追記: もちろんこういうことを可笑しがる佐々木が不謹慎ということです)

2011年12月21日水曜日

ますます難しくなる仕事

お客様インタビュー広告制作の仕事は景気が悪くなればなるほどおもしろくなる面がある。景気が悪いということはよほどの理由がないと何かを買わないということ。買った側になぜそれを買ったのかを聞いても、売った側がどうやってそれを売れるものにしたのかを聞いても、出てくる話は深刻・真剣なものばかり。軽々しくはとても書けない。広告効果という観点で考えても、読者にそれを買う「よほどの理由」を伝えきらないことには広告が広告の役割を果たさない。難しさがあるということはそれだけおもしろさがあるということ。面倒くさい仕事が増える一方で収入はたいして増えない状況はこのように考えて楽しむことにする。

2011年12月20日火曜日

あと2本

あと2本。

あと2本で年内納期の原稿は終わりである。

11月半ば以降に依頼された仕事はすべて年明けまで納期を待ってもらうか、別の方に受けていただいた。

崩れに崩れていた様々なルーティンを、年末年始で立て直す。

去年の秋から、今まで受けたことのない性質の仕事を次々に依頼されて、やるべき仕事が次々に後回しに。

春の震災直後は精神的に浮足立ってしまいますます後回しの仕事が増大。

そのまま今日に至る。

今年もあと10日だというのに来年の目標もしっかり立たない原因はいろいろあるだろうが、毎日消化すべき仕事を消化しきってないせいも大きいはず。

それを年末年始でなんとかする。

とか思ってたら先週末に納品した原稿の書き直し依頼が。

嗚呼。

2011年12月19日月曜日

War

戦争のことを英語で「War」と言うのは、やっぱり人は戦う時「ウォーッ」と叫ぶからなのだろうか。

だとしたらそれってたとえば幸運のことを「わーい」と呼ぶようなもので、そんな素朴な表現を日常語としてだけでなく実務用語や学術用語としても使ってしまう英語国民に対してちょっとした軽蔑感、じゃなかった親近感を覚えざるをえない。

実際どうなのかとちょっとネットで調べてみた。

「etymology(語源) war」で検索すると、古いゲルマン語が語源とか、いろいろ説明が出てはいた。

でもどうなんだろう。

こういう短い単語が定着するかどうかって、音声的な語感がしっくりくるかどうかの影響が大きい気がするのだが。

2011年12月18日日曜日

柔らかい海

昨日出張途中で立ち寄った伊勢神宮から宿泊先の三重県志摩市浜島町に向かうため乗った近鉄特急が鳥羽駅に近づいた時、進行方向左手の車窓に突然海が大きく広がって、これほど海の近くを走る路線だとは予想してなかったので驚いたのともう一つ、海自体から受ける印象が、これまで佐々木が見たどの海とも違うと感じた。

あえて言葉にすると海が柔らかく感じられた。

京都に5年住んでた時によく「近鉄特急で伊勢・鳥羽・志摩へ」みたいな広告を目にしてこれらの土地が関西圏でポピュラーな観光地なんだろうなと漠然と思ってはいたが伊勢神宮のある伊勢以外ははっきりとしたイメージもなくかといってわざわざ調べる気も行ってみる気もなくそのままこちらに引っ越してきてその後は鳥羽を中世の天皇の名前ではなく地名として意識することなど皆無だった。

電車で通過したに過ぎないとはいえ実際にこの目でその海を見てここが観光地になるのももっともだと深く納得した。

やっぱり気持ちよさそうだ、あの海を見てたら。

天気がよかったせいもあるかもしれないけど。

で、今日も快晴。

浜島町での取材が朝10時半には終わって、その後1時間ほど町の海沿いの道を散歩してきた。

えっらい気持ちよかった。

英虞湾内だけでなく、太平洋まで柔らかく感じられた。

たまたま天気がよかったからと言えばそれまでだが、天気のよさだけには解消できない気がした。

晴れた風のない日の静かな海ならよそでもいくらでも見てるのにこれほど海に柔らかさ感じたことはなかったから。

なぜなのかは未解決のまま。

何か感覚に引っかかりがあった時は即感覚を感覚のまま記憶してその感覚の運動構造を調べてできれば言語化してその原因を追求する認識も問いという形で言語化してすべて記憶の中に保存する、と意識してるわけではないけどたいてい自然にそうしてる。

だからどうってこともないのだが。


今朝の日の出、大矢浜にて


ビン玉ロードにて


浜島漁港にて


浜島漁港の小さな造船所

2011年12月17日土曜日

伊勢神宮へ

明日は午前中三重県志摩市で取材。

なので今夜は現地で宿泊。

せっかくなので今日伊勢神宮に参拝してきた。

人生初伊勢。

あの古代的で清浄な杜や社に実際に身を置いてみると、あの神社が古代から現代に至るまで果たしてきた役割だとか、歴史的かつ一般的に国家の中心的祭壇が社会の中でどのような役割を果たしてきたかだとかについて、実感を伴った想像や理解が、自ずと体や頭に湧き起こってくる。

古代において伊勢神宮が日本列島の中心的祭壇と意識される前と後とでは日本列島における社会や人々のあり方がまるで違ったものだったんだろうなとか。

伊勢神宮のあり方自体が日本列島における社会の国家的統合過程に影響を与え、逆に日本列島における社会の国家的統合過程が伊勢神宮のあり方に影響を与えたのだろうなとか。

19世紀~20世紀の列強諸国の統治者達は日本の神道のあり方をどのように捉えどのように変えようとしたのだろうとか、列強諸国自身の中心的祭壇のあり方はどのようなものだったのだろうかとか。

いろいろきりもなく。

あと一つ非常に印象に残ったのが、伊勢神宮に参拝する大勢の人々が、ほぼ例外なく、ケラケラっとしたすがすがしさを発散しているように感じられたこと。

10代、20代から、60代、70代まで。

たいていは2人~5、6人のグループ連れ。

都内やその近郊で電車とかに乗ると、こちらが逃げ出したくなるほど強い邪気を発してる人とかザラに見る。

そういう人はぜんぜん見当たらなかった。

別に伊勢神宮の力でケラケラっとしたすがすがしさを発散してるわけではないとは思うけど。

グループ連れで観光旅行に出向く人々は、もともと暮らしにも心にも余裕がある人々なんだろうし。

まして旅行先を伊勢神宮に選ぶ人々は特にそうだろうし。

もしかるすと三重県の人々や、近畿圏の人々全般の気質が、関東の人々の気質よりもうんとケラケラっとすがすがしいのかもしれないし。

あと周囲の人々がどのように見えるかというのは、自分自身の体や心の状態の反映である面も大きいのだろうし。

ただなにしろあのケラケラっとすがすがしい人々を見ていると、こういう国民がなんとかうまいことまとまっていけたら、これから世界がどのようになろうとも、そこそこ幸せに暮らしていくのは十分可能だなという感慨を、なぜか強く持った。

あとあの表情の明るい人々が押し寄せるように賽銭箱にお賽銭を投げ入れ参拝する様子を見ていると、なぜか、お金っていうのはとにかく世の中をぐるぐると回らせとけばそれでいいんだなみたいな気持ちにもなった。



内宮、宇治橋鳥居前にて


内宮、五十鈴川御手洗場にて


内宮、御正宮前にて


内宮前おかげ横丁にて


近鉄宇治山田駅前にて

2011年12月16日金曜日

権威

神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』』という本は、全編、佐々木はまずこんな書き方をしないという書き方で貫かれている。その理由をつらつら考えていて、佐々木は仕事でもプライベートでも、権威を利用して他人に教えを垂れる文章を書く機会がないからなのかなと思った。権威主義というと悪い意味で使われる言葉になってしまうけど、権威をうまく利用してこそ解決できる課題とか到達できる境地というのは、やっぱりある。神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』』は、ある意味権威の善用のお手本のような本だ。看護界におけるフロレンス・ナイチンゲールの権威の利用の仕方の面でも、読者に対して神庭さんご自身を絶対的な指導者と位置づけて語るその語り方の面でも。やっぱり権威は学びの効率を高める。神庭さんご自身も、学問修行における師匠の権威を、信仰と呼べるほどに信じることでご自身の実力を高めてきた方なのではないかと推測する。ひるがえって佐々木がふだん仕事で書く文章は広告文、なかでもお客様インタビュー記事。広告文はお客様に読んでいただく文章。ましてお客様インタビュー記事の登場人物が読者に対して偉そうにするなんて基本的にあり得ない。プライベートにおいても、愚かな読者に賢い俺の見解を教えてやるなんて気持ちで文章を書くなんてことは佐々木にはまずあり得ない。自分の愚かさを日々痛感させられながらそんな文章なんてとても書けない。そんな自分の認識のあり方とか文章の書き方をあらためて自覚させられたのも、この本を読んでおもしろかったことの一つ。

2011年12月15日木曜日

『初学者のための『看護覚え書』(2)』を読んだ

秋に買ったままほったらかしだった神庭純子さんの『初学者のための『看護覚え書』(2)』を、ようやく読んだ。

読んですぐ、掛け布団から布団カバーを外し敷布団からシーツを外して洗濯し、敷布団を干した。

もっと布団カバーやシーツの洗濯や布団干しの頻度を上げようと思った。

この本を読んで、寝具を清潔に保つ重要性を頭に叩き込まれたから。

もっと大きくは、日々の積み重ねによってやがて健康悪化へと結実していく生活上の汚れ・歪み・乱れを清め正し整える重要性を頭に叩き込まれたから。

あと、「あとがき」に引用されている神庭さんの小論「家政学から看護学の扉をたたいて10年、看護学の立場から思うこと」には、かなり感動した。

神庭さんがかつて家政学を専攻していたことを以前どこかで読んだ時は、神庭さんが「家政学」をこれほど大きく深い視野で捉えられているとは、想像もしなかった。

ある意味、神庭さんは家政学を、医学や看護学の対象全体を包摂してしまう学問として、構想されている。

その志の高さと論理性の深さに感動を覚えた。

2011年12月14日水曜日

人間らしい心

自分は人間らしい心が欠落しているという自覚があるので他人の人間らしい心の欠落を責めないとかできるだけ人間らしい心がなくても務まる分野で貢献させてもらえるようにするとか人間らしい心が必要な事柄に口を挟まないとか努めてはいるのだがそれでも人間らしい心に対する要求から逃れきることができないのはまぁあたりまえと言えばあたりまえか。

2011年12月13日火曜日

論理構造の叙述の感情的側面

事象の論理構造の認識は、当該事象の認識から、感性的・感情的な部分を捨象することで得られるもの。

とはいえ論理構造の認識の叙述は、それ自体の感性的・感情的部分を持つ。

論文のように論理構造の叙述それ自体を目的とする文章においては、可能な限り感情を排した「淡々とした」調子で叙述することが一般的となっているものの、「淡々とした」調子というのも一つの感情表現であることは間違いない。

特定の人物に対する皮肉や攻撃を旨とする叙述、読者の笑いをとることを旨とする叙述、それぞれ、論理構造の叙述自体が、意図する感情表現の影響を受ける。

そう言ってよければ、感情表現によって論理表現が歪められる。

なら、感情表現を最も排した論理表現が、最も正確な論理表現となり得るのかと言えば、難しいところだと思う。

たとえば、一般の読者の想定をはるかに超えるような壮大な事象の論理構造を叙述し、読者に理解させるためには、まずもって読者に、その壮大な事象の論理構造を受け入れるだけの心の準備をさせなればならない。

そのためには、それにふさわしい感情表現というものがある。

その感情表現がなければ、論理表現自体が伝わらないし、そもそも表現できない、みたいなことはあるはず。

で、そういった意味での、論理表現を正確たらしめるための感情表現の排除と、扱う事象の壮大さに対する心の準備を読者にさせるための感情表現の導入とのバランスが、佐々木が知る範囲で最も絶妙である書き手が、『学城』誌に「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」という論文を掲載されている、悠季真理さんである。

2011年12月12日月曜日

ピキピキ

午後都内で私用のため早朝から起きて午前中外出時刻ギリギリまでウンウン頭を振り絞りながら原稿を書いて午前11時半近くなって外出の支度をし重い荷物を両肩に掛け家を飛び出し小走りに駅に向かう途中何かの拍子に首を動かしたら後頭部左下の奥でなにやらピキピキという感覚が。こりゃもしかすると脳内で血管が切れたかとヒヤリ。首を動かすとやばいことになりそうででも立ち止まると遅刻しそうでなるべく首を動かさないまま駅に向かって歩き続けた。しばらくしたら別になんともなくなった。やっぱり体に無理させちゃだめだと改めて思った。

2011年12月11日日曜日

メシウマ、って普通の意味で

先月末あたりからようやく、スーパーの棚に新米の玄米が並び始めた。

先週、秋田産あきたこまち5キロを購入。

新米の玄米で炊いたご飯が、やたらうまく感じられる。

炊きたてだと、口に入れた段階でもう、米の表面から甘みがほとばしる。

噛むと米の表面が割れ中から飛び出した胚乳部分から、さらなる甘みが。

白米飯で胚乳部分だけを味わうより、糠部分とほのかな苦みとのコントラストで味わったほうが、胚乳部分の甘みのディテールをよりくっきりと味わえる気がする。

去年までは、こんなに新米のご飯がうまいとは思わなかった。

今年の米の出来がいいせいなのか、それとも味わう佐々木の側の味覚とか感性が深まったせいなのかは、不明。

2011年12月10日土曜日

皆既月食

夜10時半過ぎに相模大野駅のコンコースを抜けたら、30人近くの人が夜空にケータイやスマホのカメラを向けている。

見上げると月の欠けた部分が見事な赤銅色。

月食が始まっていた。

人々が月食を見上げるシーンにはこれまで何度も遭遇してきたが、これほど多くの人々が月食にカメラを向けているのを見るのは、初めてかも。

ケータイやスマホのカメラの性能が、それだけよくなったということだと思う。

数年前のケータイのカメラだと、なかなか月を撮ろうという気にはならなかったはず。

皆既月食は十何年ぶりだとかで、天候も月の高度も今回はバッチリ、ということもあるだろうけど。




仕事に使う一眼レフカメラで撮って画像処理ソフトで拡大

2011年12月9日金曜日

3カ月先までスケジュールが埋まってる売れっ子の俺、みたいな

一昨年あるソフトウェアのユーザーインタビュー記事制作の取材でうかがったある企業さんからホームページでの自社紹介に使うための社長および社員インタビュー記事制作のご依頼をいただき佐々木の方は既に受注しているお客様インタビュー記事の制作が終わるのに来年1月中旬までかかる見込みの上にそのあと業務マニュアル制作の仕事が入ってこれが下手をすると丸々1カ月以上かかる可能性があるのでそのあと着手となると初稿の納品が来年3月なんてことにもなりかねずさすがにそこまでお待たせするのは申し訳ないと別の制作者の紹介を申し出たところ初稿納品は来年3月まで待つから佐々木さんにお願いしたいとおっしゃっていただきなんだかえらい売れっ子になったような気が一瞬したが実際のところ佐々木に注文が来るのはおそらく絶対的に品質が高いからと言うよりは値段の割には相対的に品質が高いからという理由で値段の割に品質が高いのは単にいただく値段以上に時間をかけてているからでその証拠にいくら注文が来ても佐々木の月収はたいして増えてないので別に自慢にもならない。

2011年12月8日木曜日

また水戸へ

お客様インタビュー記事制作の仕事で、今日もまた水戸へ。

今年の5月17日以来。

常磐線特急の車窓からは、まだ屋根にプルーシートと砂袋が乗った家が、数秒~数分おきに1軒ぐらいの間隔で目についた。

そういう家が4~5軒固まってるところも、まだちらほら。

5月の段階で「屋根の修理は1年待ち」と聞いたのは、本当だったらしい。

水戸駅前の大通りは、きれいになった建物も多い一方で、シャッターが下りて「テナント募集」の貼り紙が貼られた店舗や、白い鉄板で囲まれ閉鎖されているビルも目立った。

ただ人通りは多く、街はそこそこ賑わってる感じではあった。


フレッシュひたち21号にて

2011年12月7日水曜日

信じてることと信じたいこと

あることを自分が信じているかどうかということとそのことを自分が信じたいかということは別のことである。自分が信じていることが同時に自分が信じたいことであることもあるし信じたくもないのに信じてしまっていることもある。具体例は書かないけど。自分が信じていることが同時に自分が信じたいことでもある場合はそのことを信じたいという自分の欲求がそのことに対する反証に対して自分の目や耳や心を塞がせていないかときどき自分に問いかける必要がありそうだし信じたくもないのに信じてしまっていることについては信じることをやめられはしないか自分にときどき問いかけたほうがよさそうだ。あと本人が信じていること本人が信じたいことの一致度が人によってどの程度違うのかにも興味がある。

2011年12月6日火曜日

フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』に目を通した

古典読破計画。

先月はエドムント・フッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(細谷恒夫、木田元訳)。

ほんとにザッと目を通しただけでまだ内容を理解できない。

この本の重要キーワードであるはずの「超越論的」とか「現象学」とか「判断中止」とか「心理学」とかの意味さえも。

ただこの本と丸一日格闘すればなんとか理解できそうな気はした。

著者自身が自分でもよくわかっていない言葉や表現を使ってる雰囲気がしないから。

訳者達もきっと内容を理解しきって訳してる。

あと著者がこの本で論じてる「諸学の危機」をもたらしている根本原因というか矛盾は、脳がよっぽど柔らかくゆるんでないと、構造的かつ運動的に把握しきれなさそうだなと強く感じた。

著者の脳はそこまでの柔らかさには達してないなとも。

たぶんヘーゲルの脳の方がフッサールの脳よりゆるんでる。

あてずっぽうもいいとこだけど。

バークリ、ヒューム、ロックの説は理解できてることを前提に書かれてる本なので、来年はこれらの学者たちの本も読もうと思った。

2011年12月5日月曜日

昨日自分が書いたことへの反論らしきこと

「運転の下手な人は障害物(停車中の車とか電柱とか)を注視するのをやめて自分が進むべきコースを注視するようにしなさい」という、ある教習所教官の方のアドバイスについて、昨日、反論らしきことを書いた。

書いて投稿したら、今度は自分が書いた反論に対する反論らしきことが、あれこれ思い浮かんできた。

考えがまとまらないので、いつも以上にだらだら書く。

「下手な人をどう上達させるか?」を考える時に、「上達の下手さ」自体を解消する方法を考えるアプローチと、その「上達の下手さ」でも上達できる方法を考えるアプローチと、2つのアプローチがあり得る。

「運転の下手な人が障害物にこすらず運転できるようになる方法」を佐々木が昨日考えた時、佐々木は後者のアプローチでしか考えていなかった。

「上達の下手さ」自体を解消する方法、つまりは「障害物を見ずにコースをとらえる」ということがいきなりできるような能力を習得させる(もしくは発現させる)方法は、考えられないか。

たとえば目をつぶって歩くとか、暗闇を歩くとか、そういう時って、自分の進路にある障害物の存在を「気配」でもとらえている気がする。

自分の進路にある障害物を、視覚情報や聴覚情報や触覚情報をまったく使わず、100%「気配」だけでとらえるのは、不可能なはず。

仮にそれができるなら、目隠しして公道で自動車を運転できることになる。

そりゃいくらなんでもあり得ないだろう。

ただ、視覚情報や聴覚情報や触覚情報ではない、体性感覚的な情報の収拾能力を高めることによって、「障害物を見ずにコースをとらえる」というアドバイスを聞いただけでスムーズに運転できるようになれる、ということはあり得そう。

あと、「負のガイドライン」をとらえるより「正のガイドライン」をとらえる方が難しい、と書いたが、これもどうなんだろう。

それこそ「それって永遠の過去からそうなのか? 永遠の未来にわたってそうなのか?」だ。

文明化以前の人類はとうだったんだろう、とか、人類の魚類時代はどうだったんだろう、とか。

魚が岩の間をスイスイすり抜けていくときは、「負のガイドライン」も「正のガイドライン」も同時に一瞬で描いてる気がするし。

「障害物を見ずにコースをとらえる」能力は人間が天性の能力として持っていて、その能力を阻害している因子を取り除きさえすればたちまちその能力が発現するとは、佐々木には信じられないけど。

2011年12月4日日曜日

負のガイドライン、正のガイドライン

今年の春に10何年ぶりかで車の運転をした時、運転の仕方を思い出すためネットであちこちのページを見ていて、ある教習所教官の方がYoutobeにアップされている運転初心者向け実演講習動画を見つけた。

動画の中でその教官の方が、次のことを強調されていたのが、印象に残った。

曰く、たとえば狭い道で道端に停まっている車の脇を通り抜ける時、運転の下手な人は、停まってる車を注視し、結果的に、停まってる車に自分の車をこすりつけてしまう。

これに対して運転の上手い人は、停まってる車は見ずに、自分の車が通るべきコースを見て運転している。正しいコースを見ていれば正しいコースからぶれないので、結果的に車をこすることもない。

だから運転の下手な人は、障害物(停車中の車とか電柱とか)を注視するのをやめて、自分が進むべきコースを注視するようにしなさい、と。

なるほど、と思う一方で、これって典型的に「あまり苦労せず上達してしまった指導者」や「自分の初心者時代を忘れてしまった指導者」の指導法だよな、とも思った。

「自分はこうやって上手くできている」、ゆえに「下手な人もこうすれば上手くできる」、という指導法。

「下手な人が下手な方法でやる必然性」だとか、「上手な方法でできない人ができるようになるまでの過程」を、まったく考えない指導法。

自動車の運転に限らず、およそ実技系の指導者で、この指導法をやらかさない指導者など、ほぼ絶無だろう。

運転の下手な人間が、ぶつけてはならない障害物を注視することに必然性があるのは、考えるまでもない。

運転の上手な人間は障害物を見ずにコースを見ているというが、その「コース」というのは「障害物にぶつからないコース」なのだから、障害物を見たうえで設定されているのも、これまた当然の話。

ただ運転が上手い人の中では「障害物を見て、ぶつからずに済むコースを頭の中で描く」プロセスが一瞬でに行われるので、ご本人には「障害物を見ていない」と感じられるだけのことだろう。

これができない人間ができるようになるために必要なことは、きっと「障害物を見ない」ことではない。

「障害物を見ずにコースだけを見て運転する」と主観される状態を目標として設定した上で、まずは障害物を見て、その脇の空間も見て、自分の車がその空間を通り抜ける像を頭の中で描こうとして、その中心線を「コース」として描こうとして、実際に通り抜けて、自分が描いた像のアイマイさやデタラメさを検証して、ということを繰り返しにも繰り返して、最終的に目標に到達する、というプロセスを踏むことなのではないか。

運転に限らず、動作でも行動でも人生でも、何らかのガイドラインが必要になる。

意識的であれ、潜在意識的であれ。

ガイドラインには、「このガイドラインに従うべし」という「正のガイドライン」と、「このガイドラインに従うべからず、触れるべからず」という「負のガイドライン」があると思う。

停まっている車の脇を通り抜ける例で言えば、「コース」にあたるのが「正のガイドライン」。

停まっている車のボディが「負のガイドライン」。

おそらく一般に「正のガイドライン」の方が、「負のガイドライン」より、はるかに認識するのが難しい。

なぜなら第一に、「負のガイドライン」は実体として存在することが多いが、「正のガイドライン」が実体として存在することはまれだから。

第二に、「負のガイドライン」は現実であり、「正のガイドライン」は理想だから。

だから、「正のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人は、「負のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人より、はるかに少ない。

ぶつけてはいけない車を注視してかえってぶつける運転初心者のように、おそらく「負のガイドライン」を指針に動作・行動・人生を選択している人は、動作・行動・人生において期待しない結果を自ら招きやすい。

だからと言って「『負のガイドライン』を見るのをやめて『正のガイドライン』を見よ」とアドバイスするのは、「車を見ずにコースを見ろ」と運転初心者にアドバイスするに等しい。

「負のガイドライン」をじっくり見ることもまた、「正のガイドライン」を描けるようになるための、重要なプロセスなのである。

そう考えると、他人や社会の悪口ばかり言っている人達のことも、もっと広い心で受け止められるような気がしてきた。

2011年12月3日土曜日

どつきあいの作法

いつだったかある企業のお客様インタビュー記事制作の仕事である個人商店を訪問した時、名刺を差し出すなりそこの店長から「おまえナメとんのかコラァ゛!!」とえらい剣幕で怒鳴られたことがある。

なんでも佐々木がその商店に電話した時の話し方が先方の奥様にとって不愉快だったとかで。

その現場における佐々木の立場は、その個人商店が使う一業者からお客様インタビュー記事制作の依頼を受けた一業者たるお客様インタビュー記事制作会社からお客様インタビュー記事制作の依頼を受けた一業者。

つまりその個人商店から見れば、佐々木は業者の業者の業者。

佐々木から見れば、その個人商店はお客様のお客様のお客様。

ましてお客様インタビューなど所詮一回きりの関係。

わざわざ言葉を尽くしてこちらの言い分を弁じる気にもなれず、さっさと謝罪して先方の気持ちをなだめてとにもかくにもインタビューを始めなければと頭が地面にぶつかるほど頭を下げて謝罪の言葉を繰り返し事なきを得た。

ただこれも佐々木がこの関係を一回きりの関係と思ってればこその対応。

本来であればという言い方も変だが、きちんとした人間関係を構築するという観点からすれば、「おまえナメとんのかコラァ゛!!」と振られたら「ハァ?ナメとんのはテメエだろうがコラァ゛!!」と言い返し、お互い怪我しない程度のどつきあいに入るのが、正しいマナーではないかという気もする。

というか、そういうプロトコルを踏まないと構築できない人間関係というのは間違いなくある。

2011年12月2日金曜日

カフカ『城』に引き込まれた理由

カフカの『』(前田敬作訳)に、自分がなぜあれほど夢中になったのか考えた。

気になる謎が次々に出てくるのもあるが、きっとそれだけではない。

やっぱり、あの見せ方でしか見せられない、社会や人間のあり方を見せてくれているからだと思う。

物の中身を見る方法には、じっと外側から観察するやり方やら、X線を使う方法やら、刃物で切り開くやり方やら、いろいろあるが、ハンマーで叩いて割ってみないと見えない中身のあり方というのはある。

カフカが『城』で社会や人間のあり方を描いたやり方は、ハンマーでぶっ叩いて割れ目を入れて中身を見せるようなやり方だと感じた。

ハンマーに当たるのが、主人公の「K」。

ぶっ叩かれて割れ目を入れられるのが、「城」やそのふもとの「村」やそこに暮らす人々のあり方であり、より一般的には、社会や人間のあり方である。

「城」や「村」にしても、そこに暮らす人々にしても、そのあり方は奇妙極まりないが、決して奇妙さの追求によってひねり出された奇妙さではない。

現実の社会や人間のあり方が現実に持つ奇妙さの拡大によって生み出された、現実味のある奇妙さだ。

そこに異文化人として入っていき住み着く「K」。

ひとりぼっちで異文化の中に入って生活する時、その異文化に対する態度には、多くのアジア人が欧米文化に対する時のような積極的同化の態度もあるだろうし、「郷に入れては郷に従え」的な消極的同化の態度もあるだろうし、観察に徹する文化人類学者的な態度もあるだろう。

「K」の態度はそのどれでもなく、自分にとっての「当然」を微塵も揺るがせず、異文化の「奇妙さ」と徹底的に衝突する態度。

しかもやたらと分析的で、説得的(説得力があるという意味ではなく、なにがなんでも相手に自分の考えを認めさせようとするという意味で)。

この「K」の態度によって「城」や「村」やそこに住む人々のあり方にヒビが入り、中身を暴き出され、ひいては社会や人間一般のあり方が暴き出されるのが、この小説の大きな魅力の一つだと思った。

2011年12月1日木曜日

カフカ『城』を読んだ

古典読破計画。

10月はフランツ・カフカ『』(前田敬作訳)。

夢中になって読んでしまった。

次々に深まる謎の解決がほしくてどんどん読み進めて、結局、ほとんどの謎は謎として残されたまま。

もっと解決らしい解決のあるエンディングにしてくれればいいのに、と若干不満は残ったが、それでも十分楽しめる迷路だった。

文庫で約600ページあるあの小説中、「不自然じゃない場面」が、まったくと言っていいほどないのがすごい。

「不自然な場面」が切れ目なく続いていく、その「自然さ」もすごい。

「不自然な場面」を「自然に」進行させていく、情景描写や心理描写の構造性や細密性もすごい。

濃密。

カフカはきっと、他人の眼球の動き、眉の動き、口の動き、首の動き、手や指や腕の動き、体の動きのディテールと、その背後にある心理のディテールに、よほど強い注意を向け続けた人なんじゃないかと思う。

訳もなめらかでよかった。

2011年11月30日水曜日

70歳の美貌

最近ある会社のお客様インタビュー記事制作の仕事で、70歳の女性にお話を聞く機会があった。

たいへんお美しい方だった。

「老け込み感」ゼロ。

「若作り感」もゼロ。

表情も対応も明るくにこやか。

立ち姿も座り姿もスーッとして軽やか。

下手すると70歳の今も、人としての美しさは増し続けてるのではないかと思うほど。

なぜこの人は70歳でこんなに美しいんだろう?と思いながらインタビューしていた。

それが目的のインタビューではなかったから直接に尋ねはしなかったが、お話から浮かび上がるその方の精神や生活のあり方の随所に、70歳になっても人を美しくあり続けさせる要因と想像させるあり方が散りばめられていた。

その中の一つが、その女性が5年前にご主人が亡くなられるまで御夫婦で写真館を経営していて、その女性がずっと助手を務められていたこと。

しかもその女性、相当の完璧主義。

お客さんを少しでも美しく撮影できるように、撮影時には、カメラの前に立ったお客様の頭のてっぺんから爪先まで、チェックを怠らなかったらしい。

他人を美しく見せるために厳しく培った美意識が、ご自身を美しくするためにも作用し続けている。

そんなふうに感じた。

これは佐々木自身にもちょっと希望のある話である。

というのも佐々木は、広告用のインタビュー記事制作の仕事で、インタビュー対象の方が人間として少しでも魅力的に見えるように書かなければならない義務を負っているから。

そのせいで培わされる人間性のあり方に対する美意識が、自分自身のあり方を高める方向にも働いてくれるといいなと思った。

2011年11月29日火曜日

久里浜海岸へ

1853年にペリーが上陸した横須賀市の久里浜海岸から1.5 kmぐらいのところで、本日、取材の仕事。

ちょうど吉田松陰の『留魂録』やその付録の「史伝・吉田松陰」を読んでいたところだったので、久里浜海岸や、ペリー上陸記念碑を見てきた。



久里浜海岸から東京湾を見ながら、浦賀沖に黒船が現れた時江戸からこのあたりまで徒歩ですっ飛んできた松陰の心情やら、当時と今の、日本にとってのアメリカの位置づけの相違やら共通性やらを思った。

《七たびも生きかへりつつ夷をぞ攘はんこころ吾れ忘れめや》(『留魂録』)の思想を佐々木は共有するものではないが、松陰が「攘夷」によって守らなければならないと考えた価値の中のある部分は、現代日本において、諸外国との交流を維持発展させつつも、依然守るべき何かとして残っているのではないか、と自分に問うてみたりもしつつ。

2011年11月28日月曜日

詩を作れ

門下生を送り出すにあたり、一人一人に心のこもった「送叙」を贈った吉田松陰。

入江杉蔵への「送叙」の結び
《杉蔵往け。月白く風清し、飄然馬に上りて、三百程、十数日、酒も飲むべし、詩も賦すべし。今日の事誠に急なり。然れども天下は大物なり、一朝奮激の能く動かす所に非ず、其れ唯だ積誠之れを動かし、然る後動くあるのみ。七月十一日》
を読んで、あー吉田松陰っていい先生だな、と思った。

義務教育上の単なる一課題としてではなく、青年が見事な人生を生きるための必須課題として「詩を作れ!」と命じる先生なんて、そういない。

「ロジカル・シンキング」とか「プレゼンテーション力」を青年の必須課題とする先生は大勢いても。

自然や社会や人生や芸術に五感で触れ、感情を逐一言語芸術に昇華させることで自分の魂を高め磨くことを、吉田松陰は、志士の必須の行ととらえていたということなのだろう。

人生や政治の「目的」のとらえかたが、現代人のそれとは根本的に異なっていたに違いない、との思いを強くする。

2011年11月27日日曜日

化学の基礎を勉強中

別の自然科学関係の本を読んでいて、その本のせっかくのおもしろさが自分の化学知識の足りなさゆえにわかりきらないのがもの足りなくなってきて、今、『高校で教わりたかった化学』(渡辺正、北條博彦)という本を読んでいる。 おもしろい。化学の本を読んでこんなに心ときめくとは思わなかった。分子や原子や素粒子に関する非弁証法的な説明がかえって対象の弁証法性を鮮やかに浮かび上がらせるという、おそらく著者が意図しなかったであろう興奮を味わっている。著者達の説明がわかりやすいせいもあるし、社会科学的な事象における非弁証法的な説明がかえって対象の弁証法性を浮かび上がらせる様を佐々木が習慣的に楽しんできたせいもある。

2011年11月26日土曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(11)

原作の知識なしに映画「ATLAS SHRUGGED PART I」を観た人がどんな印象を受けるかは、なかなか想像がつかないのだが、とにかく最後まで観れば、ラスト近くの、ジョン・ゴールトがエリス・ワイアットを「アトランティス」に誘うセリフだけは頭に残るようにできていると思う。
"The government we have there respect each of us as individuals and as producers. Actually, beyond a few courthouses, there's not much of a goverment at all. Bottom line, Mr. Wyatt, if you're weary of a government that refuses to limit its power over you and if you're ready to claim the moral right to your own life, then we should leave. And I'll take you there. I'll take you to Atlantis."
「僕たちが住むアトランティスの政府は、僕たち一人一人を個人として、また生産者として尊重します。実際、いくつかある裁判所を除いて、ほとんど政府は存在しません。ワイアットさん、もしあなたが、あなたに対する権力の行使に制限を加えることを拒む政府にもううんざりしているなら、そしてまた、あなた自身の人生に対する道徳的権利を主張する用意があるなら、僕たちは立ち去るべきです。あなたにその意志があるなら、私があなたを、アトランティスにお連れしましょう」
あのセリフにこめられた「小さな政府」指向の政治思想・社会思想を、現代のアメリカ人に伝えることを第一の目的にあの映画が作られている、と考えると、舞台をわざわざ「2016年のアメリカ」に変えた理由も、納得がいくといえばいく。アメリカの政治状況のことは皆目わからないが、現代のアメリカにおいて効果的とされている政治的メッセージの伝え方のパターンを、あの映画は踏襲しているような気もする。結果として、原作が持っていた時代的・地域的な普遍性は、だいぶそぎ落とされてしまったと思うけど。

2011年11月25日金曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(10)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」のラスト近く、エリス・ワイアットの前に姿を現したジョン・ゴールトが、
"Who the hell are you?"
と尋ねられて、
"My name is John Golt."
と答える。

まだ姿や正体は隠したままとはいえ、"Who is John Golt?"の答えをもう明かすんだ、と驚いた。

構想されてる「PART II」・「PART III」とのつながりを踏まえての、ここでの"My name is John Golt."なのだろうけど。

それより何より佐々木が一番違和感を覚えたのは、ジョン・ゴールトがエリス・ワイアットに「Atlantis」がどのような場所かを説明したセリフの中の、次のくだり。
"It's a place where heroes live. And where those who want to be heroes live."
「ヒーローと、ヒーローになることを望む者が住む場所」?

「ヒーロー」という言葉に、激しい違和感が。

原作では"heroes"なんて言葉、使ってたっけ。

使ってない気がするのだが。

ざっと原書に目を通したが、佐々木には見つからなかった。

佐々木の理解では、「ヒーロー」というのは、多数の人々から称賛・崇拝される人だ。

つまりある人物が「ヒーロー」であるか「ヒーロー」でないかは、「他人の評価」に依存するということだ。

ランドは原作で、「Atlantis」へと去る人々を「アトラス」と表現した。

「アトラス」は、人知れず世界を支える神。

ある人物が「アトラス」であるか「アトラス」でないかは、「他人の評価」に依存しない。

ただその人物が客観的に世界を支えているかどうかに依存する。

ランドは自分の思想を「客観主義」と称した。

自分や他人の好悪や評価よりも、これらとは無関係に客観的に存在する事実や法則に従って生きる、という含意も、この「客観主義」という言葉にはあると思う。

であるからこその「アトラス」という表現だと思うのに、それを「ヒーロー」と表現するとは。

もちろん言葉は時代や場所でその意味を変えるものだから、もしかすると現代のアメリカでは、「他人の評価とは無関係に偉業を成す人々」という意味で"heroes"という言葉を使うこともあるのかもしれないけど。

ただ、この映画を通して、主人公たちが他人や世間からいま一つ超然としきれてない感じが、ずっと気になっていた。

その一番の典型が、ジョン・ゴールト線開通時の、ハンク・リアーデンと一番列車に乗り込むダグニーが新聞記者から
"Who is John Golt?"
と尋ねられて
"We are."
と答えるまでの、あの間。

なんなんだあの大見得は。

あの見ていて赤面するほど安っぽい演出と、「Atlantis」に去る者を「ヒーローと、ヒーローになることを望む者」と説明してしまうセンスは、大いに関係がある気がしてならない。

2011年11月24日木曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(9)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」で他にいい感じだなと思ったのは、マイダス・マリガン役の俳優さん。

あとエリス・ワイアット役の俳優さんも。

なんといっても人間としての余裕を漂わせてるところが。

主人公達を演じる俳優さん達に、あの余裕感がいまひとつなかったのが残念。

「ATLAS SHRUGGED」の“アトラス”達には、“世間”のあり方のひどさなどまったく気にもとめないぐらいの余裕感を漂わせてほしかった。

それが人間としてのスケールの大きさの徴証になるというだけではない。

“世間”のあり方のひどさを“許容”してしまうことは“罪”なのではないか? というのは、原作の大切なモチーフの一つなのだから、少なくとも姿を消す前の“アトラス”達は、“世間”のあり方のひどさなど気にもとめない風情でいるべきではないか。

やっぱり、と言っていいのかどうかわからないが、あの映画を通して、全般的に若い俳優さんがショボくて、年配の俳優さんのほうがイケてるという印象を受けた。

それが演技の円熟ということなのかどうか、佐々木には判断がつかないけど。

2011年11月23日水曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(8)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」の中で、ハンク・リアーデンと妻の短いセックス・シーンも、なかなかよかった。

見た瞬間、「これぞハンク・リアーデンと妻のセックスだ」と思った。

ハンク・リアーデンは妻を人間的に軽蔑していながらも、妻を侮辱することは「ハンク・リアーデンの妻」という立場を侮辱することであり、これは「ハンク・リアーデン」という自分自身を侮辱することでもあると感じているがゆえに、人間的に軽蔑している妻を「ハンク・リアーデンの妻」として努めて尊重している。

また人間としての妻に対する自分の評価や感情とはまったく無関係に、若く精力的な男として、排泄欲的な性欲も下半身が爆発しかねない水準で持っている。

こういう「心と頭の葛藤」や「頭と下半身の葛藤」を、あのハンク・リアーデン役の俳優さんは、裸の背中で見事に表現していた。

2011年11月22日火曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(7)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」は、3部作の第1部として制作されているらしい。

「PART I」で描かれているのは、原作のうち、有能な人物が次々に消えて世界が混乱しだすあたりから、ジョン・ゴールト線の開通を経て、ダグニー達が謎のエンジンの開発者を追い始めるあたりまで。

映画を観終えて佐々木が思ったのは、「PART I」は、主人公達の少年少女時代から描き始めるべきだったのではないかということ。

あの映画ではダグニーが「有能だけどやたらイライラしてる女」にしか見えないのが非常に残念。

「PART I」は、ほとんど主人公達の少年少女~学生時代の描写だけで終わってしまってもよかったのではないかとさえ思う。

ジョン・ゴールト線開通のような大きな山場はなくても、映像的にもモチーフ的にも、素晴らしい描写になるに違いないシーンは山ほどあると思うのだが。

二十世紀モーター社で超平等主義の経営が始まり、フランシスコ・ダンコニアがダグニーの前から消えて、起業家・資本家を叩く世論が盛り上がり、海賊が横行し出すあたりで「PART I」が終わったら、それで十分、『ATLAS SHRUGGED』の世界と思想は描けると思う。

『ATLAS SHRUGGED』から主人公達の少年・少女時代の肉体や精神のあり方のみずみずしさをそぎ落としてしまったら、あの作品世界は、あまりにも暗さと重さに満たされ過ぎてしまう。

ジョン・ゴールト線の開通シーンだけでは、あの暗さと重さは、とても支えきれない。

少年・少女達のロール・モデルになるぐらいの、輝かしい「少女ダグニー像」や「少年フランシスコ像」を描き切る映画「PART 0」を作ってくれる優秀な映画人が、どこかにいてくれたら!と心から思う。

それとも既に「PART II」は、主人公達の少年少女時代編として構想されているのだろうか。

2011年11月21日月曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(6)

できるだけ期待のハードルを下げて観た映画「ATLAS SHRUGGED PART I」、それでも「期待外れ」の思いを強く持ってしまったのが、ジョン・ゴールト線の開通シーン。

原作前半の山場中の山場。

期待のハードルを下げようとしつつも、やっぱり期待してしまっていた。

今年4月にアメリカでこの映画が公開されたのを機に『肩をすくめるアトラス』を読み返して、改めて、ジョン・ゴールト線の開通シーンは名場面だと感じ入っていたから。

あの場面は、沿線や機関車内の描写の一つ一つが、単なるダグニーにとっての開通の喜びの表現であるだけでなく、人間の理性の力に対する確信の表現でもあり、ハンク・リアーデンという男の力に対する情欲の表現にもなっている。

こういう現実と思考と感情を重ね合わせての表現は、小説の得意とするところではあるが、映像表現でも、まったく不可能ではないはず。

アイン・ランドの作品への思い入れがある映画人なら、ここは一発、映画史にその価値を問うぐらいの、一世一代の映像表現を見せてくれるのではないかとの淡い期待もあったのだが。

あの運転室のセットの“書き割り感”はもう悲しくなるほど。

あんなスピードでカーブを通過したらレールの出来不出来とは無関係に列車が横転するって。

リアーデンメタル製の橋を通過してリアーデンに抱きついて、試運転後の打ち上げではっちゃけて。

もう小~中学生対象のSF映画かっていうぐらい薄っぺらな“成功”表現。

がっかり。

2011年11月20日日曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(5)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」で、「期待を上回った」というところまでは行かないのだがけっこう「おっ」と思ったシーンがあって、それはダグニーの部下がダグニーに退職を申し出るシーン。

このシーンまでずっと、佐々木の中でイメージしていた『肩をすくめるアトラス』の世界からかけ離れたシーンが続いてたのが、このシーンではじめて、佐々木のイメージに近いやりとりが見られた。

「佐々木のイメージに近いかどうか」という問題の立て方だと、単なる偶然性の問題になってしまうのだが、どうも、偶然性の問題に解消してしまってはいけないのではないかとも思う。

あのダグニーの部下を演じた俳優さんの、役柄やシーンに対する理解の深さだとか、演技者としての表現力の高さとか、そういうものも関係してるのではないかと。

映画とか芝居ってほとんど観ないから、いまひとつ、自分の解釈に自信がないのだが。

「演技が下手」とか「大根」と役者が感じさせる理由の一つに、「言葉で説明できてしまう感情だけを、言葉で説明できるように演じているにすぎない」というのがあるのではないか。

たとえば「仕事が達成できて嬉しい」と言葉で説明できてしまう感情を、「あー仕事が達成できて嬉しいんだな」と鑑賞者が言葉で理解できてしまうようにしか演じられない、みたいな。

そういう意味で言うと、あの映画の主人公達を演じた俳優さんたちの演技は、けっこう「大根」度が高かった気がする。

そんな中、あのダグニーの部下を演じた俳優さんだけは、まだ言葉になる前というか言葉になりきらない部分の感情まで掘り下げて人物のあり方をとらえて、表現し切っていたように思う。

それはもちろん、あの俳優さんの能力とか心がけが優れていたということもあるのだろうけど、それだけではなく、あのシーン自体が、「言葉になりきらない部分」の表現を特別に要求するシーンだった、ということもあるのではないか。

なにしろダグニーのように格別に理解力の高い人物にさえ説明できない「理由」を内に押し隠して退職を申し出る、というシーンなわけだから。

とにかくあの俳優さんの最後のアップの表情というか「目」はすごくよかった。

2011年11月19日土曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(4)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」でもう一つ佐々木の期待を大きく上回ったシーンが、ジョン・ゴールト線の社債購入者名簿だか何かにハンク・リアーデンがしたサインがアップで写ったシーン。

「おーッ!これこそまさにハンク・リアーデンのサイン!」と、けっこう興奮してしまった。

ハンク・リアーデンを演じる俳優があまりにも佐々木のイメージとかけ離れていてがっかりしていたので、余計いい方向に期待を裏切られた。

ハンク・リアーデンがなんであんなに若いんだ? なんであんなにホワイトカラー然としてるんだ? ハンク・リアーデンが過去に積み重ねてきた苦労がぜんぜんにじみ出てないじゃないか、と不満たらたらで見てたから。

あのサイン、あの俳優さんの素の書きっぷりなのだろうか。

それとも、ハンク・リアーデンのサインはいかにあるべきか? みたいな研究を自分で積み重ねたり、制作者達と相談したりしながら、あのサインにしたのだろうか。

ちょっと聞いてみたい。

2011年11月18日金曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(3)

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」で佐々木の期待を一番上回ったシーンは、ジョン・ゴールト線への敷設が済んだ青々と光輝くリアーデンメタル製レールが、最初にアップで映し出されたシーンだった。

感動さえしてしまった。

コンピューター・グラフィックスで合成されたのであろう、あの不自然なくらいに光を放つレールの映像を見て、まさかウルっとくるとは思わなかった。

予告編であのレールを見た時は、「安っぽい映像処理をするなぁ」ぐらいにしか感じなかったのに。

「リアーデンメタル製のレール」がハンク・リアーデンやダグニー・タッガートにとって持つ意味の大きさを視覚的に表現すれば、やっぱりあれぐらい強烈な光を放つ存在として描く他なかったのだろう。

「リアーデンメタル製のレール」に対するハンク・リアーデンやダグニー・タッガートの思いが理解できない者が見れば「不自然」としか感じられないほど強烈な光を放つ存在として、描く他なかったのだろう。

佐々木に映像処理の知識はまったくないが、実写映像の中であのように重みのある光を表現するのは、それほど簡単なことでははかったのではないか。

たぶん佐々木は、あのレールの映像自体に感動したというよりも、レールに対するハンク・リアーデンやダグニー・タッガートの思いをあまさず受け止めてあのようなレールの映像を作りあげた制作者達の思い、あるいは魂のあり方に、感動したのだと思う。

2011年11月17日木曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た(2)

期待のハードルをできるだけ下げて観た映画「ATLAS SHRUGGED PART I」で、一番最初に佐々木の期待を上回ったシーンは、ハンク・リアーデンがはじめて登場した場面の直後、リアーデンの秘書が登場したシーンだった。

あのリアーデンの秘書を見て、はじめて佐々木は、「これぞアイン・ランドの思想を体現した人物!」という興奮を覚えた。

「淡々とした有能さ」というか。

「抑制の効いた貢献意識」というか。

ある他者と自己が取り結ぶ関係において、いかなる関係のあり方が当該他者と自己の双方の生命にとって有益であるかということは、当該他者の認識からも自己の認識からも独立した、客観的事実である。

だからある他者と自己の双方の生命にとっての有益なあり方や行いを判断するにあたって第一義的に重要なのはこの客観的に最適な関係であって、当該他者および自己の評価や感情ではない。

もちろん人間は豊かな感情生活や精神生活を持つという点で生命体一般からは区別されるから、互いの評価や感情も互いの関係を構成する重要な要素であることは間違いない。

だが人が自己のあり方や行いを決定するにあたり他者の評価や感情に対して客観的に妥当な水準を上回る重要性を付与し、他の客観的諸要素に対して客観的に妥当な水準を下回る重要性を付与すれば、その誤りの報いは、自己と当該他者の双方に及ぶばかりか、時に両者が属する社会にまで及ぶ。

だから人は他者と自己の双方の生命にとって客観的に有益な貢献のあり方を認識することに最大限の努力を注がなければならない。

他者の評価や感情に対する過剰な配慮によってこの客観的に有益な貢献のあり方に対する認識が曇らされることがないように、他者の評価や感情を配慮することに抑制的でなければならない。

認識した客観的に有益な貢献のあり方を実践できる程度に有能でなければならない。

佐々木が理解する限りでのアイン・ランドの「客観主義」によれば、そういうことになる。

これがおそらく、映画「ATLAS SHRUGGED PART I」でリアーデンの秘書が示した「淡々とした有能さ」や「抑制の効いた貢献意識」に佐々木が感じ入り、「これぞアイン・ランドの思想を体現した人物!」と興奮した機序である。

ついでにあの映画に登場したフランシスコ・ダンコニアは、この意味での「淡々とした有能さ」や「抑制の効いた貢献意識」が欠け過ぎだった。

2011年11月16日水曜日

映画「ATLAS SHRUGGED PART I」をDVDで観た

今年4月にアメリカで公開されたアイン・ランドの代表作『ATLAS SHRUGGED(肩をすくめるアトラス)』の映画化作品のDVDが、今月8日に発売されて、昨日届いた。

本編は同じでオマケ映像だけ違うというコレクター向け4枚組ボックスセット。



こんなセットを売るほうも売るほうだが買うほうも買うほうだ。

昨日、寝る前に本編の前半を観て、今日、朝起きて後半も観終えた。

そもそもあれだけのスケールと哲学性と思想性を持った原作を映画化するという試み自体が不可能に近く思われる上に、人生のバイブルと言えるほど原作に自分が入れ込んでいるとあってはどれほど優れた映画化作品であっても失望させられることになるのは観る前からわかりきったことで、しかも予告編を観た段階で主人公を演じる俳優たちの存在感の軽さや映像の安っぽさにがっかりさせられて、本編を観たアイン・ランド・ファン達の評価も低いとあっては、期待して観る方が無理というもの。

なので期待のハードルを思いっきり下げて観た。

おかげでけっこう期待を上回って楽しめた。

まさかこんなところでウルッと来るとは思わなかったところでウルッと来たりもした。

期待を下げて観てなお期待を下回った部分もちらほらあったけど。

冒頭部分を最初に観た時はなんだかバタバタとわけのわからない始まり方だと思ったけど、もう1回冒頭だけ観直したら、これはこれで、原作のことを何も知らない人が観たら、それなりに楽しめる作品になってるのかもと思えてきた。

もしかするとこの映画からランドの世界に入ってきてくれる人もいないとは限らない気がしてきた。

でもとにかく原作が既に頭の中にある状態でこの映画を純粋に楽しむのは無理。

ただ原作に入れ込んでる者同士でこの映画をわーわーくさし合うのはけっこう楽しそう。

2011年11月15日火曜日

平和は祈りや願いの成果物にあらず

23歳で就職してしばらくして勤務先の広告やパンフレットの制作の仕事をするようになったとたんそこら中で目にとまる広告の1つ1つが膨大な逡巡や思惑や議論や喧嘩や妥協や作業や徹夜や体調悪化や謝罪や弁明の末に生み出されているのだということが急に生々しく実感されだれして驚いたというかむしろそれまで自分が毎日のように膨大な量の広告を目にしていながらそれらの1つ1つに作り手や作るプロセスが存在しているということさえ想像したことがなかったということに驚いたものである。人は自分が担ったことがない仕事についてはその存在さえ意識しない傾向があると言えると思う。さて国家の統治だの外国政府との折衝に責任を負う経験をする人間などこの世に千万人中数人もいないわけだがこのことと平和が祈りや願いによって維持達成されるべきものと考える人々の多さとの間には関係があるのではないかと最近よく思う。平和というのは「人々」だとか「みんな」だとか「私たち」だとか称される匿名の群衆の祈りや願いの成果物などではなく職務として国家の統治や外国政府との折衝を担うきわめて少数の人々による膨大な逡巡や思惑や議論や喧嘩や妥協や作業や徹夜や体調悪化や謝罪や弁明の積み重ねの成果物と見るべきなので戦争は起こされるものというよりもむしろ平和の維持達成というほとんど失敗するのが当然で成功するほうが不思議なくらい困難な仕事の無理もない失敗によって起きると見るべきなのではないだろうか。少なくともそういう見方もしたほうがいい気がする。

2011年11月14日月曜日

透明な存在の透明な視覚表現

来月発売される畠山美由紀のアルバム「わが美しき故郷よ」のジャケットイラストがすごい。



海が描いてないのに海が見える。というか海を見る気持ちが見える。たまげた。

2011年11月13日日曜日

このまま行けるとこまで

昨日今日と2日続けて近隣の武術仲間と集まって稽古。特に背骨の使い方について、もうこのまま行けるところまで行きたい、常識的にあり得ないぐらいの上達をしてやりたい、という気にちょっとなってきた。

2011年11月12日土曜日

産業社会脳

佐々木が高校生の時まで住んでいた市には日本を代表する自動車メーカーの大工場があった。小学校の社会見学でその大工場を訪れた時に日本の年間自動車生産台数だかなんだかがついにアメリカのそれを追い抜いただか追い抜くだとかという話をメーカーの方から聞いてずいぶん誇らしい気持ちになったのを覚えている。佐々木の中学生の頃の夢は日本の有名メーカーにエンジニアとして就職してハイテク工業製品の開発に携わることだった。アルビン・トフラーの『第三の波』を読んでつくづく思ったのだが佐々木の少年時代はまさに日本が産業社会としてのピークに到達しようとしていた時代だった。そのような時代に少年時代を過ごした自分の頭の中が過剰なまでに産業社会的に構成されてしまっているのも無理はないなと。日本が産業社会としてはとっくにピークを過ぎてしまった今でも産業社会的な幸福追究をやめようとしない部分が自分の中に強固に残っていることに自分でもちょっとあきれている。

2011年11月11日金曜日

食べられる煮干しって

佐々木は一度も買ったことがないのだがスーパーでよく「食べられる煮干し」というのを売っている。ダシ取り用の煮干しってそのまま食べたらいけなかったのか。佐々木は食事の時にちょっとたんぱく質系が足りないと思ったら普通にダシ取り用の煮干しをそのままかじってるが。ときどきオヤツがわりにもかじってるし。というか煮干しでダシを取るなんてたぶんもう10年以上していない。あと3月の震災の後缶詰とかカップ麺とかとにかく日持ちしそうで調理がほとんどいらなそうな食品がスーパーの棚から消えたことがあったがあの時もなぜか袋詰めの煮干しは売り切れもせずにふだんどおりの量が棚にならんでいた。調理がいらなくて日持ちする食品といったら佐々木は真っ先に煮干しが思い浮かぶのだがどうやらそういう人間は圧倒的に少数派だったらしい。

2011年11月10日木曜日

高速列車通過映像セラピー

頭が疲れ切って何も考えたくない時にYouTubeで新幹線「のぞみ」や「はやぶさ」が時速300km近くで駅を通過していく映像をぼーっと眺めてると妙に癒される。自分では何の努力をすることもなく認識(頭の中の映像)だけが揺さぶられるのがよいのだろうか。マッサージチェアーの脳内映像版というか。

2011年11月9日水曜日

思考の方向音痴

お客様インタビュー記事制作の仕事を回していただいている会社の社長に記事1本の制作にかかる時間を聞かれて答えたら「そんなにかかるの? 何にそんなにかかるの?」とあきれられた。自分でも時間かかりすぎだと思う。原因は単純に自分の頭の回転が遅いからだと思ってきたが自分は思考の方向音痴なのかもとも思い始めている。佐々木自身はいわゆる方向音痴ではないのでわからないのだが地図が読めないことと方向音痴であることは別のことなのではないか。地図を見て複数の位置同士の関係や経路を把握する能力と今まさに自分がいる位置や自分が向かっている方角を把握する能力は関係はあっても別の能力だから。とりあえず実用目的の文章を書いてお金をいただくことはできているわけだから対象の構造を把握する力という意味での思考力は佐々木にも一応あるのではないかと思う。だが今まさに思考している自分自身の思考が思考作業全体のどこに位置づけられるのかとかどこに向かっているのかを俯瞰的に把握しながら自分自身の思考を制御していく力はかなり欠落してる気がする。思考の段取り力みたいなものが強化できるものなら強化したい。

2011年11月8日火曜日

リンゴの実

「明日、世界が終わろうとも、今日私は、リンゴの木を植える」という格言がある。

佐々木には、いま一つ腑に落ちない格言だった。

意味ないじゃん。

ただ、佐々木が尊敬する少なからぬ人々がこの格言を称賛していたので、ずっとこの格言の意味を考え続けていた。

希望を失うな、ということなのか。

なんか違う気がする。

「明日世界が終わるように思えても、実際には終わらないかもしれないから」と言うのなら、「明日、世界が終わろうとも」という前提が、崩壊している。

「明日、世界が終わろうとも」という仮定の立てかたが、そもそも不自然なのだ。

不自然というか、あいまい。

「明日、世界が終わるとしたら」という仮定には、「明日世界が終わると予測されたら」という仮定と、「その予測の確度が100%であるなら」という仮定の、2つの仮定が混入している。

この格言を「希望を失うな」という意味に取るためには、後者の仮定を除外しなければならない。

後者の仮定も含めてこの格言の意味を解釈するには、どうすればよいのか。

一つ思ったのは、その成果が遠い将来に結実する仕事を計画し遂行するには、今日明日がどうなるかなど一切眼中にないかのごとき認識が必要になる、ということ。

あるいは、遠い将来に成果が結実する仕事の計画や遂行に、今日明日の予想がしばしば悪影響をもたらすことへの忠告と、この悪影響を乗り越えよという励まし。

この意味でなら、なるほど、この格言も有意義だ。

個人的にはやっぱり、もしも明日世界が終わると予測されて、その予測の確度が100%であるとするならば、なさねばならぬことは、「リンゴの木を植えること」じゃなくて、「リンゴの実を食べること」なんじゃないかと思う。

過去に「リンゴの木を植えた」人々はもうこの世に存在していないかもしれないにしても、その労働を無駄にしない倫理的義務というのは、存在しているような気がする。

2011年11月7日月曜日

老化

お客様インタビュー制作の仕事で、ここ2年ほどで、100人以上の方にインタビューさせていただいた。様々な年代の方にインタビューしていると、人間の言語面における老化現象がどのように現れてくるかに、嫌でも気づかされる。人は年を取ると、目の前の相手が今自分に何を聞きたがっているのかへの関心が、急激に薄れてしまう。そして自分で自分の話を止められなくなる。後者はともかく、前者は必ずしも悪いことではない気がする。自分が今まさに聞きたいことだけを相手が答えてくれる状態というのは、自分にとって快適である反面、自分の認識の既存の枠組みに収まる情報しか与えられないということでもある。年少者に向かって問われてもいないことを語りたいという欲求がが年長者に内在しているからこそ年少者は自分の内在的欲求と無関係に自己の認識の枠組みを高次化する機会を与えられるのだと、言って言えないこともない。とはいえコミュニケーションは円滑であるに越したことはない。自分が40歳の時に60代の方々の受け答えにどんな印象を持っていたかを、自分が60代になった時にも覚えていたい。

2011年11月6日日曜日

幸福

広告記事を書いてる間は毎回必ず最初から最後まで自分の才能のなさに煩悶・呻吟・嘆息し続けた挙げ句原稿が出来上がって自分が書いた原稿を読んで俺ってけっこうすごくね?と悦に入るのが最近のパターン。

自分が完成させた原稿を眺める時間が今一番幸福な時間かも。

以前は出来上がりに自分で大いに満足した原稿でもクライアントから直しがバシバシ入ることが多かったが最近はそれも減った。

なので幸福の持続時間が伸びた。

警戒が必要だとは思う。

クライアントからすれば書き手の満足などどうでもいいわけだし。

自分は売れてるものが好きになれない人間だから売れてるものを買う人の気持ちもわからないわけでゆえに人にものを買う気にさせる広告の執筆は無理と思っていた以前の自己認識を完全に放棄してしまうのは危ないと思う。

2011年11月5日土曜日

どうでもいい話

ブログで公開日記を書くようになって、自分の中で変わったことの一つが、「誰かに理解されたい」という欲求がほぼ皆無になったこと。

普通に社会生活を送っていれば誰でも、遅かれ早かれ「他人に理解されたい」などという欲求はかげをひそめて、「他人を理解してあげたい」という欲求のほうが前面に出てくるものなのかもしれないが、それが加速された感じ。

理由はたぶん3つある。

1つ目。

「誰かに理解してほしい」と自分が感じていることのほとんどは、他人から見ればまったく理解する価値がないことであることが、文章に書いてみると、よくわかるから。

2つ目。

ブログに書いたことは自分が死んだ後も公開され続ける可能性が高いので、佐々木がおもしろいと思ったことを同じようにおもしろがる奇特な人が将来出てくることも期待できるから。

3つ目。

「誰かに理解されたい」の「誰か」は、別に自分自身でもO.K.だから。文章化すると自分が何を考えているのかが自分でよくわかる。それで十分満足。

2011年11月4日金曜日

3周年

この公開日記を書き始めたのが2008年11月4日なので今日で3周年。

3年間毎日日記を書き続けたらこれぐらい文章力がつくかなぁと当初期待していた水準のだいたい6~7割程度の達成率。

たとえ6~7割程度の達成率でも達成感があるっていうのはいいもんだ。

文章力自体はたいして向上しなかったがしょうもない文章を平気で公開する厚顔さは予想をはるかに超えて向上した。

なので書き始めのころに比べたら日記を書くのはだいぶ楽になった。

いい面もあればわるい面もある。

もうちょっと自分の文章力とか思考力の向上に対する欲というかこれらの不足に対する恥の感覚を持ったほうがいいかもと思った。

2011年11月3日木曜日

クレーム周期

クライアントの期待には100%応えたいという気持ちは常にありつつも、なかなか100%期待に応えることは現実には難しく、「期待外れだった」というフィードバックもしくはクレームをいただくケースが、5%ぐらいはある。

去年の9月、今年の1月、それから今年6月にやった仕事で、わりと大きなクレームをいただいた。

周期的にそろそろまた来るんじゃないかと、ちょっとビビっている。

今日納品した原稿は、好評でよかった。

2011年11月2日水曜日

瞬伝

伝えたいことが瞬時に伝わらない文章は必ず伝えたくないことを瞬時に伝えてしまう文章になるから執筆はいつも伝えたいのに伝わらないこととの格闘であると同時に伝えたくないのに伝わってしまうこととの格闘になる。

2011年11月1日火曜日

体操が「うまい」ってどういうことだろう

体操が「うまい」ってどういうことなのかと、つらつら考えている。

体操競技の場合だったら、より難度の高い技ができるとか、より美しいとか、安定してるとかなのだろうけど、たとえば、体をゆるめることが目的の体操の場合は、どうなのだろう。

「体をゆるめること」が目的であるならば、「体をヨリゆるめる」という目的にヨリ資する動作・認識ができているということが、うまいということなのではないか。

体のゆるみ度「10」の人と、ゆるみ度「1」の人がいるとする。

両者がその体操を同じ時間やったところ、前者はゆるみ度「10」のままで、後者はゆるみ度「2」になったとする。

体のゆるみ度がヨリ高いのは相変わらず前者だが、体のゆるみ度をヨリ上げることに成功したのは後者である。

だから体のゆるみ度を上げる体操がヨリうまいのは後者である、と結論づけていいのかと言えば、そう単純なものでもない。

その体操をやる時間を2倍に伸ばしたら、前者はゆるみ度「20」になり、後者はゆるみ度「2」のまま、ということになれば、体のゆるみ度を上げる体操がヨリうまいのもやっぱり前者だったということになる。

体のゆるみ度「1」の者がゆるみ度「2」に到達するために最適な動作・認識が、体のゆるみ度「10」の者がゆるみ度「20」に到達するために最適な動作・認識と、まったく同じであるとは思えない。

というか体のゆるみ度「1」の者にとっては、そもそも体のゆるみ度「10」の者と同じ動作をすること自体が無理。

とか。

なんか思いっきり前歯に物をはさんだ言い方だが。

2011年10月31日月曜日

人類の祖先の化石は存在しない

今年8月に出た『学城』第8号を、先週あたりにようやく読み終えた。

時間かかりすぎ。

特に強く印象に残った論文の一つが、本田克也さんの「「生命の歴史」はいかに構築されたか(2)―ダーウィン『種の起源』が提起した難問とその論争をめぐって」。

前号に掲載された「(1)」と合わせて読んで、佐々木が勝手に重要と理解したのは、「人類の祖先の化石は存在しない」ということ。

(本田さんはそういう書き方はしてなかったかもしれないけど)

普通に死んだ生物は、化石にはならない。

遺骸になる前に他の生物に食べられるか、遺骸になっても跡形もなく分解されてしまう。

化石というのは、地球の歴史のある段階に適応して繁栄した生物種が、地殻変動による環境の激変に対応できずに、大量かつ一気に死滅した時に残るもの。

だから、その激変に対応して生き残った種(人類の祖先も当然そうだ)は、化石になっているわけがないのである。

これってめちゃくちゃ重要な話だと思う。

たとえば自分自身を理解するためには、自分自身の体を理解しないといけない。

自分自身の体を理解するためには、自分自身の体がどのようにしてこのようなあり方をするに至ったかを理解しないといけない。

もちろん、個体発生的にだけでなく、系統発生的にも。

その時、「人類の祖先にあたる生物種は化石としては残っていない」ということを理解していないと、ついうっかり、化石として残っている生物種の姿を、自分という存在の系統発生史の1段階としてイメージする誤りを犯してしまう。

これは、自分自身の体に対する理解がゆがむということだ。

当然、自分自身に対する理解がゆがむということでもある。

自分という存在の系統発生史に連なるのは、化石として残っている生物種が把持できなかった、環境の激変に対応して自分自身を激変させる能力(とその時々の環境に適応しすぎない能力)を持った生物種だったのだということを、自分の中で感情像としても論理像としてもしっかり描いておくことは、ものすごく大事なことだと思う。

2011年10月30日日曜日

久しぶりに呼吸法

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」。

2日目は、ニドさんのプロ歌手デビュー秘話、ゆるウォークトレーニング、脛支え首もたれモゾモゾ体操ギネスチャレンジ、ゆる呼吸法トレーニング、肩こりギュードサー体操、「死にどう備えるか」のお話、などなど。

呼吸法に時間をかけて取り組んだのは久しぶり。

仲間に補助してもらったら、自分でも意外なくらい体の裏側にまで息が入って、背中や仙骨周りが内側から広がった。

呼吸法に取り組む時間をもっと作ろうと思った。

トレーニングの効果の実感も大きかったが、それ以上に、トレーニングに対する取り組み方や考え方の面で進歩の実感が大きかった合宿だった。

2011年10月29日土曜日

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」に参加

高岡英夫先生の「徹底トレーニング自主合宿in野沢温泉」に参加。



1日目の今日はゆる体操のご指導が中心。

お話の中で特に印象に残ったのが、人間の身体の開発可能性の大きさと普通の人間の身体開発度の、落差に関するお話。

自分の身体の開発可能性をもっと大きくイメージしようと思った。

2011年10月28日金曜日

いい話

お客様インタビュー記事を作る時、インタビューでいい話が聞けると、「こんなにいい話を、自分の表現力の拙さで台無しにするわけにはいかない。大変だ‥‥」と思う。

実際、「いい話」の「よさ」を損なわない記事を書くのに、ものすごく苦労する。

インタビューであまりいい話が聞けないと、「こんな話をそのまま記事にしたら、広告にならない。大変だ‥‥」と思う。

実際、広告として「いまいちな話」を「いい話」にするのに、それが無理ならせめて「まぁまぁの話」にするのに、ものすごく苦労する。

どっちにしても大変だが、苦労がより爽やかなのは前者。

今書いてる記事は前者。

2011年10月27日木曜日

防衛的個人主義

個人主義には攻撃的なものと防衛的なものの2種類がある気がしている。自分が属する社会もしくは小社会の反個人主義的傾向を批判し個人主義が許容ないし称揚される社会もしくは小社会に変革することを意図しかつかかる意図を実践するのが「攻撃的な個人主義」。自分が属する社会もしくは小社会の反個人主義的傾向を許容ないし評価しつつかかる社会もしくは小社会の反個人主義的傾向によって自分自身の身体および精神ならびにその成果の独立性が侵されることをのみ最低限防御することを意図しかつかかる意図を実践するのが「防衛的な個人主義」。もちろん攻撃的と防衛的の2種類の個人主義の反対側にはやはり攻撃的と防衛的の2種類の反個人主義がある。自分が属する社会もしくは小社会に生まれた個人主義者の批判や反個人主義者への改造や反個人主義がいっそう称揚される社会もしくは小社会の創造を意図しかかる意図を実践するのが「攻撃的な反個人主義」。自分が属する社会もしくは小社会の個人主義者および個人主義的思潮を許容ないし評価しつつ自分が属する社会もしくは小社会の紐帯が個人主義者および個人主義的思潮によって棄損されることをのみ最低限防止することを意図しかつかかる意図を実践するのが「防衛的な反個人主義」。個人主義者が攻撃的になったり防衛的になったり反個人主義者が攻撃的になったり防衛的になったりということは当然ある。だがむしろ攻撃主義者が個人主義になっり反個人主義になったり防衛主義者が個人主義になったり反個人主義になったりということの方が多いのではないかという気もする。あるいはそもそも攻撃主義のことを反個人主義と定義し防衛主義のことを個人主義と定義する人もいるかもしれない。わからんけど。

2011年10月26日水曜日

用心

日中仕事で都内に出た帰りラッシュアワーに差しかかった満員の小田急線急行に代々木上原駅から乗り込む時うっかり佐々木が肩からぶら下げていたバッグか三脚かあるい手に持ったクリアファイルか何かが入り口のところにいた50代ぐらいの男性の体にちょっと当たってしまったらしくすれちがった瞬間こ~の~や~ろ~的な殺気を感じてビビってしまい車内奥のできるだけその男性から離れた位置まで移動。改めてその男性を観察するとこんちくしょ~俺は不幸だ~俺は不幸だ~的な雰囲気をむんむん発散している。佐々木の方は最近けっこう幸せだな~的気分をますます募らせる今日この頃。不幸せ気分いっぱいの人間が幸せ気分いっぱいの人間を見たらどんな気分になるのかと想像したらますますその場にいたたまれなくなり次の駅でその車両を降りて隣の車両に移動。ビビりすぎかも。でもこのビビりがあるから今日まで元気で生きていられるんだと前向きに考えることにする。

2011年10月25日火曜日

こだわりでも努力でも苦労でもなく

「こだわり職人」とか、「職人のこだわり」とかいう言葉は、肯定的なイメージを持つ表現として、すっかり定着している。

先日、佐々木が和菓子職人の方をインタビューした時も、「職人としてのこだわりの部分を聞き出してほしい」と、事前にクライアントからリクエストがあった。

なので聞いた。

聞いた感想。

たしかにその和菓子職人の方は、一般的に「職人のこだわり」と表現されるようなものを、追究し実践されていた。

こちらの予想をはるかに超えて追究し実践されていた。

しかし佐々木が強く感じたのは、「この方の姿勢や行動を、“こだわり”などという安っぽい言葉で表現するべきではない」ということだった。

「こだわり」というと、何か規範とか信条とか価値観とかに近い、頭で作り上げるもの、という感じがする。

「こだわる自分、ステキ」みたいな、自己陶酔の目的化のニュアンスも感じられる。

その和菓子職人の方の認識や行動のあり方に、そういう観念的なものや自己陶酔は、まったく感じられなかった。

食べ物の話にこんなたとえをするべきではないのだが、あたかも尿意を催すように「最高に美味しいお菓子を作りたい」という欲求が起こって、尿意を解消するように最高に美味しいお菓子を作ってしまっているとでもいうか。

話を聞くとずいぶんな努力も苦労もされているのだが、おそらく実践中のご本人には「努力」とか「苦労」という認識はなかったのではないか。

我々が尿意を解消するのにあまり努力とか苦労とかをしないように。

あのような認識や行動のあり方を表現する、よい言葉はないものだろうか。

それから、なぜ「こだわり職人」とか「職人のこだわり」とかいう言葉がこれほど肯定的なイメージで一般に定着してしまったのかについても、少し深く突っ込んで考えてみる必要があると思った。

2011年10月24日月曜日

おもち

「おもち」と漢字ではなく平仮名で書くだけで、ちょっと泣きそうになる。

先日熊本でインタビューさせていただいた和菓子職人の方が、お客さんにとびっきり美味しいおもちを食べてもらうために注いでいるたいへんな情熱を、肌身で知ってしまったから。

「もち」って100%体性感覚だけで作られた言葉だと思う。

もちもちしてるから「もち」。

「おもち」の「お」と「おみそ汁」の「お」は、似てるようで違う。

「おみそ汁」の「お」は、読み手・聞き手に対する気遣い、みそ汁を作ってくれた人に対する感謝、あるいは、自分の上品さのアピールのために付けられる「お」。

「おもち」の「お」にもそういう面はあるかもしれないが、それだけではない。

もちのもちもち感がもたらす至福と言えるほどの喜びへの、「ありがたい」という感謝の表現が、「おもち」の「お」なのではないか。

だから「もち」と「おもち」の違いは、「みそ汁」と「おみそ汁」の違いよりも、むしろ「神」と「神様」の違いに近いと思う。

ひとくち口にしてそれほどの至福をもたらすもちもち感を、人類は、あるいは日本列島の住民は、おそらく先史時代から長い時間を掛けて創造し、洗練し、楽しんできたのである。

もちろん「自分自身が美味いものを食べたい」という欲求も、この至福のもちもち感を創造し洗練させる原動力になっただろう。

だがそれ以上に原動力になったのは、「他人に美味いものを食べて喜んでもらいたい」という欲求と、美味しいものを食べた他人の感動や感謝の表現だった気がする。

熊本でインタビューさせていただいた和菓子職人の方の、「お客さんにとびっきり美味しいおもちを食べてもらいたい」という情熱には、そうした先史時代から続いてきた献身と工夫と感動と感謝のサイクルにまで思いを馳せさせるほどの、エネルギーと純粋さがあったのである。

2011年10月23日日曜日

スーファミ

自分の容姿に極端な引け目を感じるのは「容姿コンプレックス」。

自分の学歴に極端な引け目を感じるのは「学歴コンプレックス」。

ならば自分が育った家庭に極端な引け目を感じるのは「ファミリーコンプレックス」。

略して「ファミコン」。

佐々木の場合程度が甚だしいので「スーパーファミコン」とも言う。

まともな家庭に育った人や自分の家族と仲良くしている人を見ると「自分とはまったく違う世界に属する人」と感じる。

そういう人と親しくなることに対して自分の中で自動的にブレーキがかかる。

自分が相手にさせる不愉快な思いと自分が相手からさせられる不愉快な思いの両方を想像して。

自分が相手にさせる不愉快な思いというのは育った家庭の暗さから来る自分の心の暗さが育った家庭の明るさから来る相手の心の明るさに落とす影のようなもの。

自分が相手からさせられる不愉快な思いというのはまっとうな家庭観を持つ相手が自分のゆがんだ家庭観に対して抱く矯正の使命感とその発露としての非難問責から受けるストレス。

まともな家庭に育った人々やまっとうな家庭観を持つ人々に自分が抱えるこうした心理的ブレーキについて口頭で伝えて納得してもらうことができればああした人々と親しくなることももしかすると可能なのかもしれないが残念ながらそれほど高度な口頭表現力を佐々木は持たない。

2011年10月22日土曜日

感覚の理屈

小さな会社がクライアントの仕事では決定権がある方と話し合いながら仕事を進めるのが普通。

大きな会社がクライアントの仕事では決定権がない方と話し合いながら仕事を進めるのが普通。

佐々木が依頼される仕事のほとんどは小さな会社がクライアントの仕事。

大きな会社に勤めた経験もない。

だからたまに大きな会社がクライアントの仕事をするとえらく戸惑う。

「個人」ではなく「組織」を相手にするという感じ。

生身の人間であって生身の人間ではない方と話し合うという感じ。

理屈レベルの話をするぶんには何の問題もない。

しかし理屈を離れた感覚レベルの話をしようとしたとたん壁にぶつかる。

たとえば佐々木が納品した記事にクライアント側が行った修正を佐々木が感覚的にものすごく不自然に感じてしまった時。

もっとはっきり言うと「センスないことするなぁ」と思ってしまった時。

小さな会社が相手であれば感覚レベルの話でもなんとか電話で理解し合える。

大きな会社が相手だと感覚レベルの話では「担当者個人」には伝わっても「組織」には伝わらない。

感覚レベルの話も理屈レベルに置き換えないといけない。

これが面倒くさくて佐々木はこれまで大きな会社がクライアントの時は先方の修正がどんなに不自然に感じられても基本的に放っておいた。

佐々木自身のセンスだってそんなにご大層なもんじゃないし。

自分の感覚にそれほど客観性があるわけでもないだろうし。

作者のわがままや思い込みをお客に押しつけてもしょうがなかろうと。

でも最近はちょっと思いなおし始めている。

やっぱり取材して執筆した立場の人間から見て不自然に感じられることはなんとか理屈に翻訳してでも相手に伝えるのが大事なのかなと。

たとえ相手が大きな会社でも。

それは必ずしも作者のがわままとか思い込みに解消できるものでもないのかも。

佐々木ももうこの仕事やって2年半だし。

2011年10月21日金曜日

雇用の神聖性

分析に対する暗黙の禁止は神聖性の徴験の一つである。その意味で雇用もまた神聖なるものの一つなのかもしれない。というのも国民が食っていけるようにする必要性と国民の雇用を保証する必要性を同一視する言説を目にすることがしばしばあるからである。雇用が被雇用者に与えるのは物質的生活の手段だけではない。尊厳や自己重要感などに対する精神的欲求の充足も被雇用者において実現される雇用の重要な価値の一つである。国民が食っていけるようにすることと国民の雇用を保証することを同一視する発想の根底にはこの雇用の精神的価値に対する無意識的な看過もしくは半ば意図的な無視がある。なぜこのような看過もしくは無視が行われるのか。雇用により被雇用者において実現される尊厳や自己重要感の源泉が被雇用者が労働を通じて他人に与える価値にあり政策による雇用保証がこのような労働を通じて他人に与える価値に根ざさない雇用の強制によって実現される他はないからである。被雇用者において雇用により実現される価値の分析が暗黙のうちに禁止されるのももっともなことである。

2011年10月20日木曜日

首吊欲

プラスチック製の物干しハンガーをS字フックで鴨居に掛けて、シャツを干し、乾いたところでハンガーから外す。

あとに残るのは、鴨居からS字フックでぶらさがる、柔らかい物干しハンガー。



この光景を見ていると、このハンガーの中に頭を突っ込んで首を吊りたい、という欲求が、自分の首のあたりからムズムズと湧き起こってくる。

木のハンガーでも駄目。

針金ハンガーでも駄目。

なぜか、このプラスチック製の物干しハンガーに限って、そういう欲求を喚起する。

柔らかい輪っか状のプラスチックの、たわむ感じがよさげなのだろうか。

「首を吊りたくなる」のであって、「自殺したくなる」わけではない。

「死にたい」と頭で考えているかどうかとはまったく無関係に、体が勝手に「首吊り」を試みたがる。

たとえ仕事も私生活も充実しまくって、毎日生きてるのが楽しくてしょうがない、という気分の時であっても。

むしろ強度の鬱状態で自殺の可能性をまじめに検討しかけた時は、体のほうはあまりにも無気力で、首を吊ってみたいという意欲(?)さえ湧かなかった。

何なのだろう、この首吊欲の正体は。

4つの仮説を考えている。

仮説その1。体はイメージしたことは実行したくなるようにできてるから。駅のホームで通過していくコンテナ貨物列車を見て体が吸いよせられるような感覚を覚えるのと同じ。

仮説その2。これまで体験したことのない運動感覚を体験したいという欲求が体にあるから。たしかに首を吊る体験なんてこれまで一度もしたことがない。どんな感じなのか知りたいという欲求があることは否定できない。

仮説その3。性的嗜好としてのマゾヒズムが抑圧されているから。鞭で打たれたり蝋燭を垂らされたりして性的興奮を覚える人々がいるのだから、首を吊ることによって得られる性的興奮というのがあっても不思議ではない。

仮説その4。そもそも生物の個体は生殖によって生命を次代に引き継ぎ生殖年齢を過ぎた後は死ぬようにプログラムされているから。いくら頭や心は生の継続を望んでいても、体のほうはいつまでも生きてることを望んでないのかも。

2011年10月19日水曜日

何が違う?

本日はインタビューの仕事で大阪府阪南市へ。

取材先に向かう日中の南海線のやや古めかしい電車の中で、パソコンを打つ手をふと休めて顔をあげ、シートに座る人々の姿を見た瞬間、佐々木が普段見慣れている「電車内の風景」とは、何かが微妙に違うと感じた。



何が違うんだろう。

人々がシートに腰を下ろしている感じが、佐々木の頭の中にある「電車のシートに腰を下ろしている人像」と比べて、よりリラックスしているというか、微妙にだらけて感じられた。

こちらの地域には、佐々木が住む地域より、だらけた人が多い?

可能性がないわけではないが、そういうことでもないような気がした。

一つ可能性があると思ったこと。

この電車のシート、佐々木が見慣れている電車のシートより、微妙に高さが低くて、微妙に前後が長くないか。

だから、座った姿勢が、微妙に足を投げ出したような感じになるのではないか。

物差しで計ったわけじゃないからわからないけど。

2011年10月18日火曜日

さまざまな怒り

夏が夏らしいことへの怒り。

冬が冬らしいことへの怒り。

日本人が日本人らしいことへの怒り。

隣国人が隣国人らしいことへの怒り。

欧米人が欧米人らしいことへの怒り。

男が男らしいことへの怒り。

女が女らしいことへの怒り。

経営者が経営者らしいことへの怒り。

従業員が従業員らしいことへの怒り。

エリートがエリートらしいことへの怒り。

庶民が庶民らしいことへの怒り。

公務員が公務員らしいことへの怒り。

商売人が商売人らしいことへの怒り。

芸術家が芸術家らしいことへの怒り。

政治家が政治家らしいことへの怒り。

宗教家が宗教家らしいことへの怒り。

学者が学者らしいことへの怒り。

教師が教師らしいことへの怒り。

学生が学生らしいことへの怒り。

子供が子供らしいことのへの怒り。

赤ん坊が赤ん坊らしいことへの怒り。

老人が老人らしいことへの怒り。

市場が市場らしいことへの怒り。

国家が国家らしいことへの怒り。

現代が現代らしいことへの怒り。

平和が平和らしいことへの怒り。

戦争が戦争らしいことへの怒り。

人間が人間らしいことへの怒り。

この世がこの世らしいことへの怒り。

人さまの怒りを耳にし目にするたびに、世の中にはなんとさまざまな怒りがあるものかと思う

2011年10月17日月曜日

運命の出会い

佐々木が大学生時代に住んでいた寮はよほど変わった寮で大学の付属施設のはずなのにとっくに学籍を失った元学生運動家だの在留資格を失ったアフガニスタン国籍のどう見ても40歳過ぎの元留学生だの学籍など一度も持ったことがないはずのヤクザだのその愛人だのわけがわからない人々が一般学生に混じって勝手に棲まいを確保していてその中には浮島丸事件に関わる国家賠償請求訴訟を起こしたりいわゆる「従軍慰安婦」問題の火付け役になったりしたらしい80歳過ぎの白髪の在日朝鮮人のジイさんもいた。佐々木はこの寮に5年間住んだがこのジイさんとは特に親しくなることもなくただ寮の事務室で新聞を読む時間帯が重なることが多いだけの関係だった。佐々木がこの寮を出る数カ月前ぐらいのことだったと思う。新聞を読み終えたらしい件のジイさんが事務室当番をしていた佐々木に向かって急に思い出話を始めた。なんでもジイさんが若いころどこかの駅の待合室で列車を待っているとき自分と同じぐらいの年代の一人の男と目が合った。互いにまったく見知らぬ同士だったにもかかわらず目が合った瞬間にこいつとは一生付き合う仲になるとお互いがわかった。そして実際その通りになった。人生にはそのような運命的な出会いがありその瞬間は互いにわかるものなのだ。そんなようなことを静かに熱く語り終えるとジイさんは事務室を出て自分の部屋に戻っていった。その後も特にジイさんとは親しくなることもなく佐々木は寮を出た。80歳過ぎて矍鑠としていたジイさんは佐々木が寮を出て6年後に肺ガンで亡くなったと後で知った。なぜあのときあのジイさんはあんな思い出話とも人生訓ともつかないような話を佐々木に向かってあれほど熱く語ったのか。ジイさんにとって運命の出会いだった男と何か似たものでも佐々木の中にあったのか。あるいはジイさん自身と似た何かを佐々木の中に見たのか。単に老人の昔話の聞き役になることを拒否できないお人好しと見定められただけだったのか。そんな疑問とともに今でもふとあのときのジイさんの話を思い出す。佐々木自身にはまだそれほどの運命の出会いはない。

2011年10月16日日曜日

ナス皮の甘焼き

ナスが5本1袋で安かったので、買ってきてビタクラフトと少量の水で加熱したら、水がちょっと少なすぎて、下の方にあった1~2本の皮が焦げついた。

焦げついた皮を洗い流すのももったいなくて、鍋底からはがして食べてみたら、これがびっくりするぐらい甘かった。

先夏ある方に日本料理のフルコースを御馳走になった時、出てきた加茂ナスの田楽焼きの皮が甘くてパリパリで感動したのだが、あれに匹敵するかという甘さ。

あの時はよほど特別なナスを、よほど特別な技術で調理するからあの甘さが出るのだろうと思ったのだが、今回はスーパーで売ってるフツーのナスの皮を、ただ失敗して焦げつかせただけ。

試しに「茄子 皮 焼 甘」で検索してみたのだが、「ナスの皮を焼いて甘味を出すレシピ」というのは発見できなかった。

再現できるものなら再現してみたい。

2011年10月15日土曜日

無理する線風

先日の熊本出張で羽田空港に向かう途中、京急蒲田駅で空港線の電車を待ちながら、この駅のたたずまいや線路配置をじっくり眺めて、つくづく「京急らしい駅だなぁ」と思った。

輸送量の多い本線と空港線の分岐を狭い土地で実現するため、線路を無理やり立体的に、こねくりまわすように配置した感じとか。

デザイン性より機能性最優先の構内とか。

佐々木は子供の頃から小田急沿線の住民で、京急を利用することはほとんどなかったが、それでも京急というと「とにかく無茶する鉄道」という強い印象があった。

あの関東の他の私鉄では考えられない、すさまじいスピード。

ニコニコ動画にはこんな動画こんな動画も上がっていた。

会社の気風は社風、学校の気風は校風。

鉄道にも気風はあると思う。

「線風」とでも呼べばいいか。

小田急の線風は、とにかくおっとり。

無理をしない。

京急は、その真逆。

とにかくリソースに余裕を残さず、ぎりぎりまでパフォーマンスを追求するイメージ。

それが駅の作り方や線路の引き方にまで、よく出てると思った。

2011年10月14日金曜日

良い学者・悪い学者・普通の学者

故・森毅先生が、昔半分冗談で、こんなことをおっしゃっていた。
良い学者は優れた問題を作る。
普通の学者は優れた問題を解く。
悪い学者は他人が解いた問題で本を書く。
学者の良し悪しはともかく佐々木が個人的に付き合って一番魅力を感じるのは、やっぱりとんでもなくオリジナルな問いを発する人。

問いに対して理路整然たるあるいは快刀乱麻を断つがごとき回答を提示する人でもなければ他人の説の首尾良い概括もしくは受け売りを提示する人でもなく。

2011年10月13日木曜日

問題の数学化

原著出版1945年、邦訳出版1954年、以来「名著」として読み継がれ最近もNHKのテレビ番組での紹介を機に売れまくったらしいジョージ・ポリアの『いかにして問題をとくか』。

先月買って最初に読んだ時の感想は、「なんでこんな本が名著なのか、わけがわからん」。

著者の“問題観”に、激しい違和感。

問題は、ヨソから与えられるもの。

問題は、永遠の過去から永遠の未来にわたって変わらないもの。

そういうものとして著者が問題をとらえているように、佐々木は感じた。

あたかも学校の試験問題だけが問題であるかのように。

仕事や人生でぶつかる問題の解決には、とても役立たない本のように感じられた。

ところが様々な方の書評を見るにこの本が役立つのは学校の試験問題だけではないらしい。

スタンフォード大学教授まで勤めた著者や半世紀以上にわたって現れ続けた本書の支持者の認識と佐々木の認識を比較して、佐々木の認識の方が正当だとか優れてるとか思うのは、なんだかとってもおめでたい人っぽい。

なので初読後も何度かこの本のページをめくり、「この本は学校の試験問題以外の問題の解決にどう役立つのか?」とか、「この本を名著と認識できなかった佐々木の認識上の弱点は何か?」とかいった問いかけを自分にしていた。

とりあえず現時点の結論。

現実の複雑かつ流動的な問題に対する時でも、あえて問題が学校の数学の試験問題並に問題が単純化され整理し尽くされた状態を思い描いてみることで、見えてくるものはあるかも。

「未知のものは何か」、「与えられているもの(データ)は何か」、「条件は何か」といった問いを、混沌とした状況に向かって投げかけることは、無駄ではなさそう。

混沌とした問題の混沌ぶりに引きづられて問題を単純化できないのは、佐々木の弱点。

2011年10月12日水曜日

有隣堂厚木店すげぇ

久しぶりに本厚木駅前へ。

ついでに有隣堂厚木店に入ってみた。

高校生の頃、学校帰りによく立ち寄った書店。

2階のビジネス書コーナーに行くと、平台のど真ん中に、ジョージ・ポリアの『いかにして問題をとくか」(1954年、丸善出版)が「今月のイチオシ」というポップと共に立体展示されている。





7月にNHKの『クローズアップ現代』という番組で紹介されて以来、売れまくってるらしい。

先月の日垣隆さんのメルマガで知って、佐々木も買ってしまった。

とはいえこの本が、ビジネス書コーナーの「今月のイチオシ」とは。

堅苦しくて、まったくとっつきやすい本ではないのに。

有隣堂厚木店、すげぇと思った。

文具コーナーに行くと、なんとポスト・イットの、76mm×127mmサイズのやつが売られている。

このサイズのポスト・イット、4~5年前までは大きな文具店ならどこでも置いてたのに、3年ぐらい前からどこの文具店に行っても見かけなくなってしまった。

てっきり製造中止になったのかと思いきや、製造も販売もされている。

ネットの文具店ではちゃんと手に入る。

なのになぜか町の文具店にはない。

そんなに売れないサイズなのか。

A5サイズのスケジュール帳に貼り付けるのに、びったりのサイズなのに。



ちょっと考えをまとめたい時、ほんとに重宝するサイズなのに。



だいぶ前にどこかで買いだめしてあったのが、そろそろ切れかけていたので、ネット文具店で注文しようかと思ってた矢先だった。

イエロー、ピンク、ブルー、グリーン、全部3束ずつ置いてあった。

佐々木が使うイエローのやつ、3束全部買い占めてやった。



買い占めっていうほどの数じゃないか。

でも嬉しかった。

このサイズのポスト・イットを置いていてくれてるリアル文具店があって。

しかもそれが有隣堂厚木店で。

高校時代の佐々木の読書体験に、有隣堂厚木店の書棚づくりが与えた影響は小さくなかったはず。

その書店の振る舞いに輝いて感じられるものがあると、身内のことのように嬉しい。

2011年10月11日火曜日

民主主義ごっこ

アルビン・トフラーの『第三の波』を読んでいるとこれまで自分が違和感を感じてきた様々な社会現象・小社会現象が大きく「農業革命」「産業革命」「情報革命」の3つの波の相克という人類史な現象として見えてくる。たとえば佐々木より10歳~20歳以上年上の知識層の日本人によく見られる「民主的制度体系」や「民主的手続き」に対する滑稽なほど形式的な執着心。ご本人達はああういう制度体系を構築したり儀式的手続きを墨守したりすることが正義にかなったことで若干の皮肉を込めて言えば知的なことでもあるとも考えているようなのだが佐々木の目にはああいう「民主主義ごっこ」に熱中できること自体がご本人における大志の欠如と知性の不足と時間の余剰を徴証しているように思えてならない。あの執着心の原因を佐々木はなんとくなく第2次世界大戦後の日本における民主主義教育に求めていたのだが考えてみればあのような民主主義教育が戦勝国たる米国において構想されたのは必ずしも米国の国益増進のみが動機ではなくそこには人類史的理想の実現というある種崇高な動機もあったはずでそのような理想が世界的に共有されるようになった過程的構造を把握しなければ問題の全体像は見えてこない。『第三の波』を読むと民主主義が世界的に理想として共有されるようになった現象自体が産業革命がもたらした「波」の一つのあり方として見えてる。佐々木があのような「民主主義」への形式的執着を滑稽と感じるようになったこと自体が情報革命がもたらした「波」の一つのあり方として見えてくる。

2011年10月10日月曜日

痴級穏談家

タイトルオチ。

議論を避けて、穏やかに、角が立たないように話すことに注力するあまり、精神が痴鈍化した人間。

佐々木にもその傾向ありとの自覚あり。

2011年10月9日日曜日

親指シフトキーボードでもローマ字入力はできるけど

インタビュー記事広告の文章は、親指シフト配列キーボードだと書けないから、デスクトップパソコンではなくJIS配列キーボードのノートパソコンで書いてる、と昨日書いた。

でもよく考えてみると、親指シフト配列キーボードでも、ローマ字入力はできる。

ノートパソコンじゃないと書く気にならない、という感覚は、キーボード配列だけが原因ではないらしい。

キーボード配列だけでなく、キータッチとか、でかい机に置かれた大きめのモニターに向かって書く感じとか、そういうのをすべてひっくるめて、家にあるデスクトップパソコンで文章を書く、という肉体的運動が、自分の内面から生成される言葉を吐き出す、という精神的運動に、直結してるらしい。

翻訳の仕事をしている時は、家のデスクトップパソコンで作業することに、別に抵抗を感じなかったのだが。

翻訳でつむぎだす言葉だって、自分の内面から生成される言葉ではないといえばないのに。

ただ翻訳の場合は、構成と言語化自体は、原文の書き手が済ませてくれている。

既に言語化されている情報を自分の中に受け入れてしまえば、そこから先は、自分の内面から言葉をつむぎだす作業と、そんなに変わらない。

インタビュー記事広告づくりは、まったく違う。

十分に言語化されていない他人の思考・体験を、他人たる広告主の都合に合わせて、他人たる読者に特定の感情を持たせるべく、構成して言語化する作業。

自分の内面から言葉をつむぎ出す作業からは、あまりにもかけ離れている。

使う装置自体をまるっきり変えることで、自分は頭の働き方自体を変えようとしてるんだと思う。



2011年10月8日土曜日

こころのキー配列

デスクトップとノート、2台のパソコンを併用している。

デスクトップパソコンにつないでるキーボードは、親指シフト配列。

佐々木の親指シフト配列使用歴は、19歳で富士通製ワープロOASYSを買った時から数えて、既に20年以上。

予備校職員時代にMacintoshで仕事していた時も、わざわざMacintosh用の親指シフト配列キーボードを買ってつないでいた。

翻訳者になって、まれに翻訳会社に出向いての仕事があった時は、わざわざ私物の親指シフト配列キーボードを持ち込んでいたほど。

2年ほど前から取材などのために使い始めたノートパソコンは、JIS配列キーボード。

親指シフト配列のノートパソコンは、富士通製以外選択肢がないし、高価なので、仕方なく。

もちろんカナ入力ではなく、ローマ字入力で使っている。

ノートパソコンを買った時は、当然、家ではデスクトップ、外ではノート、と使い分けるつもりだった。

ところが不思議なことに、家でもノートパソコンで書いたほうが書きやすい、と感じるケースが出てきた。

ある種の文章は、親指シフト配列のキーボードでは書きづらい、と感じるのである。

それは、自分の思いや考えとは無関係な文章。

具体的には、インタビュー記事広告の文章。

インタビュー記事広告の文章は、「広告主の顧客」という他人の言葉を、「広告主の見込客」という他人に読ませて、「広告主」という他人の利益になる感想を持たせるために、書かかれる文章である。

他人の、他人による、他人のための言葉。

これを親指シフト配列のキーボードで書くことに、なぜかものすごく抵抗を感じる。

親指シフトキーボードで、日記やら私的メールやら、20年以上も自分の思いや考えを表現し続けた結果、自分の内面と親指シフトキーボード配列が、直結したような状態になってしまっているらしい。

親指シフトキーボードで書くときは、「自分の内面を表出する」という感覚がある。

心の奥の思いに反する言葉を嘘と呼ぶならば、「親指シフトで嘘はつけない」と言っても大げさではないような感覚。

これに対してローマ字入力で書くときは、まさに「文章を作成する」という感覚。

他人の、他人による、他人のための言葉をつむぎやすいのも当然である。

2011年10月7日金曜日

わが内なるおばか女子中学生

もうタイトルも内容もまったく覚えてないのだが学生時代に何の気もなしに読んだ橋本治の小説の中に中学校だか高校だかで口うるさい男性教師から説教されたおばか女子生徒が「え~~~~~~そうかもしれないけどぉ~~~~~~そうじゃないかもしれないでしょ~~~~~~」と口答えする場面があってこの口答えのセリフだけが頭に残って離れない。

佐々木の精神構造の一部になってしまっていると言ってもいいぐらい。

他人から理路整然たる主張や忠告を聞かされるたびにほとんど反射的にこのセリフが頭の中を流れる。

絶対に態度には表わさないけど。

2011年10月6日木曜日

死は悲劇にあらず

意志の力で自分に強く信じさせていることを信仰と呼ぶならば、「死は悲劇ではない」ということは、佐々木にとって重要な信仰の一つである。

死が悲劇であるとすれば、それは本人にとってか他人にとってかのどちらかである。

本人の死を死んだ本人が悲しむことはできないのだから、死はもはや本人にとって悲劇ではない。

死の悲劇は、他人にとっての悲劇である。

この悲劇は、当該人物との関わりにおける、現在から未来への期待の喪失と、過去に対する後悔から成る。

どちらも、当該人物の生前において、当該人物に対してどのような行動を取り、どのような認識を持つかによって、大きくもなれば、小さくもなる。

ある人物に対し、どのような行動を取り、どのような認識を持っていれば、その人物の死は悲劇でなくなるのか。

そのように自分に問うこと自体が、自分に取らしめる行動、自分に持たしめる認識が、自ずと、その人物が生きていることの喜びを最大化させると同時に、その人物が死んだ時の悲しみを最小化させるような気がしている。

簡単には、自分が愛着を持つ人物一人一人に、心の中で時々、「今日あなたが死んでも私は悲しみません」と呼びかけておくことだろうか。

ついでに、「今日私が死んでも私は後悔しません」とも。

幸いにもそのような習慣を持つようになって以来、身近に愛着を持つ人物の死を経験していないので、果たして思惑通りの結果になるのかはわからないのだが。

2011年10月5日水曜日

「動作語の語感」を規定した当該語発生時における「道具の発展段階」をめぐって

身心の状態がえらくいいとき、包丁で野菜を切っていて、自分でも信じられないぐらい野菜がスパスパ切れて、「こりゃ“切る”って感覚じゃねえな」と思って、ふと、「もしかすると、今までこういうパフォーマンスができなかったのは、“切る”っていう言葉の、特に“き”という部分の、あの子音[k]の音が持つ、カチンと当たるような抵抗感が、こういう“スパッ”っと抵抗なく切れる感じをイメージさせることを妨げていたせいもあるんじゃないか?」と思って、「そういえば英語の“cut”も出だしは同じ[k]の音だな」と気付いて、「“切る”も“cut”も同じ身体動作感覚から生成された単語なのかな」と思って、「そういえば切るという動作にどういう動作感覚が伴うかは、どういう道具を使うかに規定される面が大きいな、もちろんどういう身体を持っているかにも規定されるけど」と思って、「“切る”や“cut”は、金属器がまだない段階、金属器ができ始めた段階、カミソリ並みに切れる刃物ができた段階、どの段階で登場した言葉なんだろう」という疑問が生じて、「刃物が存在しなくても、“切る”とか“cut”とかいう概念は生じ得るのだろうか」とか、「口の中に生えてる歯で噛み切るとか、手足を使って引きちぎるとかいう動作は、“切る”とか“cut”とかいう概念の起源になり得ただろうか」とか、他にもいろいろ疑問が派生してきたのだが、とにかく今は他にやることが多すぎて、それどころじゃない感じ。

2011年10月4日火曜日

広告屋の使命

ある販促コンサルタントのクライアントインタビュー記事制作の仕事で、熊本県の上天草市で和菓子店を営むご夫婦を取材してきた。

ご主人の和菓子作りに対する姿勢があまりにも誠実で、インタビューが始まって早々、あーこれはやべぇなまたインタビュー中に泣いちまうかもなと心配になったが、最後まで泣かずに済んでよかった。

いいものを作りたいという思いを並外れて持ち、その実現のために並外れた工夫と努力を重ねている人物が、自分が作っているもののよさを伝えるすべを持たないためにそのよきものの多くを売れ残らせざるを得ない状況は、社会正義に著しく反する。

大きな目で見れば佐々木のような広告屋の使命は、こうした不正義の是正にある。

今日和菓子屋のご主人と話して、そのことを改めて痛感した。

おみやげにいただいたどら焼き

2011年10月3日月曜日

アルビン・トフラー『第三の波』にハマり中

先日の日垣隆さん主催の読書会でテキストの一冊に指定された、アルビン・トフラー『第三の波』にハマり中。

パラパラっと飛ばし読みした段階では、歴史的事実やデータがやたらと断片的に大量に書かれているだけのように思えたのだが、よく読むと大量の事実が見事に、人類社会に発生した「第一の波(農業革命)、第二の波(産業革命)、第三の波(情報革命)」のコンテキストに整理されている。

1980年に出版されて、未だに有効性を失っていない。

2011年の今でも、現状把握と未来予測の指針を、鮮やかに提供してくれる。

学生時代に、この本に出会っておきたかった、と思ったくらい。

でもやっぱり学生時代に出会っても、この本の価値はわからなかったかも。

「波」という表現にしても、入試現代文的に、記号的にしか理解できなかったかも。

トフラーの言う「波」が本当に「波」としか表現しようのない事象であることを、今、実感をもって理解できるのは、弁証法の修得と身体意識のトレーニングを20年並行して進めてきてた成果なのではないか、と思った。

あとトフラーの言う「波」って、ヘーゲル流とは違った形での、ある種の弁証法なのかも、とも思った。

2011年10月2日日曜日

できない課題への取り組み方

高岡英夫先生の『センター・体軸・正中線』という本に、ウナ(脛骨の真下の足裏)で地芯(地球の中心)に乗ってタンブリング(上下動)することでセンター(鉛直線の身体意識)を形成するトレーニング法が、紹介されている。

佐々木もずっと取り組んでいるのだが、このトレーニング法、とんでもなく難しい。

まず地球の中心というのが、ほんとにおぼろげにしか意識できない。

おぼろげにしか意識できないものには、乗りようがない。

おまけに、いまだに自分の体の癖がきつくて、骨格的に、脛骨の真下に両脚で真っ直ぐ乗るというのができない。

やろうとしてもできないことに取り組むのは、すごいストレス。

できないことに取り組むからこそ開発されてくる部分というのは、もちろんあるんだけど。

でもとにかく精神的に消耗する。

で。

今日ふと思ったのだが、「ウナで地芯に乗る」ことはできなくても、「『ウナで地芯に乗る』という(自分で自分の体に呼びかける)メッセージの質を高めていくこと」は、いくらでもできる。

できることに取り組むのは、ストレスが少ない。

精神的に消耗しない。

「自分で自分の体に呼びかけるメッセージの質を高めていくこと」に取り組んでいたら、結果的にメッセージの内容自体も、達成されてきたような気がした。

あくまで主観だけど。

「ウナで地芯に乗る」に限らず、トレーニングでやろうとしてもできないことは、たくさんある。

正しいかどうかはわからないが、「課題の達成」に取り組まず、「自分自身の体に対する課題の呼びかけ方の質の向上」に取り組む方法を、しばらく試してみようと思う。

2011年10月1日土曜日

体調良好

本日も近隣の武術仲間と集まって稽古。

体調、わりと良好。

地球の中心から体の中心を通って天に抜ける線状の意識(センター)がないと立ってられない状態だとか、そういう状態を意図的に作り出すことでセンターの意識を活性化させる感じだとかが、おぼろげながらわかったような感覚があった。

2011年9月30日金曜日

ひとごと

典型的にジャーナリスティックな記事を雑誌で久しぶりに読んで、「事実を伝えること」よりむしろ「読者に特定の感情を持たせること」をゴールに書かれているという印象を受けた、という趣旨のことを、昨日書いた。

「読者に特定の感情を持たせる」というのは、ちょっと誤解を招く書き方だった。

これは別に、政治的に特定の立場に対する支持を獲得するとか、商業的に特定の企業や商材に対する欲求を持たせるとか、そういう操作的な意味ではない。

ジャーナリスティックな記事を読んで、自分が知らなかった事実や見解を知った時の、精神的高揚。

自分が知的な行為しているという、誇らしさ。

そういう感情に対するニーズが読者の側にあって、そうした感情的ニーズを満たすことを主眼に、ジャーナリスティックな記事は書かれている、という意味。

事実や見解を伝えること自体よりも。

そこに、なんとなく違和感を覚えた。

この違和感の正体って何だろうと考えていて、ひとつ思ったこと。

たとえばある社会問題があったとして、自分がその問題の解決にコミットするなら、その問題に関わる情報収集に利用する資料に、ジャーナリスティックな文章に見られるような「雰囲気づくり」や「感情的な盛り上げ」や「小気味のよい皮肉」とかがあったら、邪魔くさいだけなんじゃないか。

問題解決に必要なのは、事実とか、数値とか、構造の把握だから。

事実とか数値とか構造の伝達に特化した文章は、レポートとか論文とかと呼ばれる。

レポートとか論文みたいな文章をアカデミックな文書と呼ぶなら、問題解決の資料として役立つのは、ジャーナリスティックな文章ではなくアカデミックな文章だろうと。

ジャーナリズムとアカデミズムを比べると、アカデミズムのほうが、より現実の社会問題から遊離しているようなイメージがあるけど。

問題解決に責任を負う立場からは、たぶん逆。

ジャーナリスティックな文章に見られる、あの作られたドラマ性を邪魔くさいと感じず、むしろ好ましく感じる心性って、何なのか。

問題に関心は寄せても、自分が解決に責任を負おうとはしない精神のあり方というか。

一言で言えば、ひとごとの正義感。

えらくまとまらない文章になった。

2011年9月29日木曜日

ジャーナリズムってなんじゃーなリズム

先日、佐々木が好きなアメリカ人作家について紹介した記事が掲載されているというので、日本の某大手出版社が出しているある月刊誌を買ってみた。

諸外国の高級メディアの翻訳記事を数多く掲載していることを、売りにしている雑誌。

ジャーナリズム志向、びんびん、みたいな。

「ジャーナリズム」って、今でもどちらかと言えば、尊敬を込めて使われる言葉だ。

「日本が欧米より劣っていること」の証明として、「欧米のようなまともなジャーナリズムが日本にはない」なんてことを挙げる言説も、頻繁に目にする。

そのご立派な、日本にはまれな、あるべきジャーナリズムの姿を、ありがたくも日本人に垣間見せてくれるのが、この雑誌というわけなのだろう。

そもそも雑誌というものを最近ほとんど読まないこともあって、その「ジャーナリズム感」炸裂ぶりが、えらく新鮮だった。

新鮮だっただけでなく、「ジャーナリズムって、いったいなんなんだ?」という疑問が、抑えようもなく湧いてきた。

その原因は明らかに、ここ2年半ばかり佐々木が、広告記事を書くことを仕事にしてきたから。

広告記事は、「広告主にとって都合のよい感情を読者に持たせること」をゴールに書かれる。

それに対して、ジャーナリズムにおける記事は、あくまで「事実を伝えること」をゴールに書かれる、はず。

ところが、日々「読者にいかに特定の感情を持たせるか」に苦労し続けてきた目には、ジャーナリズムのお手本であるはずの記事も、やはり「読者に持たせる感情」をゴールに書かれているようにしか、見えなくなっていた。

それも、読者にそうとは意識させないように。

こんな感想、広告記事を書く仕事をしてなかったら、まず持たなかったはず。

2011年9月28日水曜日

オフ・トレードオフ

高岡英夫先生の『センター・対軸・正中線』という本に、「ベスト」という、ランニングシャツの袖のくりに似たラインの身体意識が紹介されている。

佐々木は長らくこの「ベスト」という身体意識のトレーニングをしてきて、「ベスト」を運動させようとすると体幹が固まり、体幹をゆるめようとすると「ベスト」の運動が起こらない、というトレードオフに悩まされてきた。

最近ようやく、「ベスト」が運動するから体幹がゆるみ、体幹がゆむから「ベスト」が運動するという、両者の協働状態が、実感を伴って想像できるようになってきた。

まだできるようになったわけじゃないけど。

実感を伴って想像できるようになってきたということは、そろそろできるようになってきているということだと信じたい。

実は協働関係になるはずの二者を、トレードオフの関係にある思い込んでるケースって、他にもあるんだろうなと思った。

2011年9月27日火曜日

頭痛解消

一晩よく寝たら頭痛が治った。

簡単。

もっとしっかり休まねば。

でもなぜか忙しい時ほど、しなくてもいいことまでしたくなる。

2011年9月26日月曜日

頭痛中

昨日あたりから頭痛中。

普通にしていれば少し脳が腫れぼったいぐらい。

だがしゃがんだり、ストレッチのために頭を腰より低くしたりすると、脳の表面から少し奥まった部分がズキズキ痛む。

寝るのが一番の解決法と思われる。

なので寝る。

2011年9月25日日曜日

町山智浩氏のアイン・ランド解説記事を読んだ

「クーリエ・ジャポン」11月号で、 評論家の町山智浩氏が、今のアメリカの政治状況におけるアイン・ランドの思想の影響について、書かれている。

ランドの思想に対する町山氏の評価は、そうとう辛辣。

やっぱり、マス・メディアの世界では、よほどの覚悟がないと、ランドの思想を支持することなんてできないんだな。

ランドの思想に対する批判者の立場に立つほうが、マス・メディアの世界ではよっぽど安全なんだな。

そんな思いを、強く持った。

町山氏は、「他人への共感能力が欠如した者の思想」とのみ、ランドの思想を評価している。

そのような思想を持つ人々が、アメリカ共和党に強い影響力を持つ今の状況は、恐ろしい、とも。

ランドの思想が、「他人への共感能力が欠如した者の思想」だとは、佐々木は思わない。

だが、それはさておく。

佐々木が疑問に思うのは、町山氏は、ランドの『水源』と『肩をすくめるアトラス』を読んで、まったく、いっさい、何一つ、ランドの思想に共感を持つことがなかったのか? ということだ。

ランドの小説を読んで、彼女の思想にまったく共感する点を見出せない、というのも、ある種の「共感能力の欠如」なのではないか?

「他人への共感能力を欠く者」が、権力を握る社会。

「ランドの思想への共感能力を欠く者」が、権力を握る社会。

より悲惨なのは、どちらの社会だろう。

おそらく町山氏は、迷うことなく、前者と答えるのだろう。

マス・メディア的にも、前者と答えるのが、適切なことなのだろう。

でも、ほんとにそうなのか?

「心優しい」経営者が会社をつぶして従業員を路頭に迷わせ、「冷酷な」経営者が会社を繁栄させ市場と雇用を創出する現実を、我々は嫌というほど見ているのではないか?

その冷酷な現実から、目をそらすな。

「心優しく」社会を腐らせる人間になるのではなく、「冷酷に」社会を繁栄させる人間になれ。

そう教えてくれるところに、『肩をすくめるアトラス』や『水源』の真骨頂があると思うのだが。

2011年9月24日土曜日

日垣隆さん主催読書会「予測を外さない方法――全公開と討論」に参加

ジャーナリストの日垣隆さんが主催された“中読書会”、「予測を外さない方法――全公開と討論」に参加してきた。



日垣さんのメルマガでこの読者会の案内をいただいた時は、それほど強い参加意欲をかきたてられず、不参加を決め込んだのだが、同じく日垣さん主催の古典読書会のメーリングリストで、日垣さんから「今回の読書会のテーマは“古典を現在にどういかすか”という古典読書会のテーマと同じ」という、わかったようなかわらないような案内をいただいたうえに、 次のソマリア取材で「皆様とは永遠にお会いできなくなるかもしれません」などとおっしゃるものだから、結局参加。

日垣さんの「予測を外さない」ノウハウ、もちろん有益なものだった。

しかしそれ以上に今回は、「なぜ自分は『予測を外さない』というテーマに最初気が乗らなかったのか?」という自分への問いかけを踏まえての、「予測する人間」と「予測しない人間」の違いに関する、日垣さんの話を聞きながらの自分なりの洞察が、自分にとって有益だったと思う。

どうやら佐々木は、次の点が、著しく貧弱。

1.(ゲーム的、スポーツ的な意味での)勝利体験と、勝利体験を土台にした勝利追求への意欲。

2.人間、大衆、人類の、欲望に対する洞察。

3.数値化と、数値化をふまえた確率分析。

これらはすべて、密接に関係し合っている。

2011年9月23日金曜日

相談

相談相手が欲しい。

急に、そう思い始めた。

いや違う。

「客はドリルが欲しいのではなく、穴が欲しいのだ」

という格言の伝で言えば、佐々木が欲しいのは、相談相手ではない。

もっと速く、仕事を処理できるようになりたいのである。

仕事をする上で、今一番時間がかかっているのが、自分の頭の中の整理。

相談相手がいれば、自分の頭の中の整理も、もっと速く進むのではないか。

で、相談相手が欲しい、と。

相談相手が欲しい、などと書くと、まるで佐々木の周りの方々が、相談相手にならないみたいだが。

って、本当にそうなのだが。

佐々木になかった見方を教えてくださる方や、佐々木の気持ちを楽にしてくださる方は、いる。

ただそれは、佐々木自身の中の思考の混乱を整理してくれたり、佐々木自身の中で言語化されていないことを言語化してくれたりしてくれることとは、違う。

どうすれば、相談相手は得られるか。

とりあえず佐々木自身が、他人のよき相談相手になることか。

2011年9月22日木曜日

竹内謙礼さんの「中国セミナー」に参加

本日、竹内謙礼さんの「中国セミナー」(@東京都渋谷区)に参加。



このセミナーを告知する竹内さんからのメルマガで、「今の中国ビジネスを巡る状況は、1990年代後半のネットビジネスを巡る状況に非常に似ている」という旨の竹内さんの分析を読んだ時は、これはどうしたって参加しないわけにはいかない、と浮足立つほどのあせりを覚えると同時に、やっぱり、せっかくの貴重なセミナーなんだから、俺みたいにビジネスの才能がない人間なんかが席を埋めてしまうより、きちんとセミナーの内容をきちんとビジネスに結実させる能力がある人に、一人でも多く参加してもらった方がいいんじゃないか、きっとすぐ満席になるんだろうし、と参加を躊躇する気持ちも、また強烈に覚えた。

さんざん迷った末、《初心者向け講座》、《中国進出を「やる」「やらない」に関係なく、情報として、心の準備だけでも作っておくことは、決して、企業防衛としては間違ったアクションではない》という竹内さんの言葉に励まされ、参加。

蓋を開けてみれば、開催した竹内さんもびっくりの、定員50名に当初申込み10名、最終的な参加者約20名の「超不人気セミナー」ぶり。

中国人が嫌いな日本人ってほんとに多いんだな。

竹内さんのセミナーを聞いて、それも無理もないとの思いも強くしたけど。

2時間40分ぶっ通しのセミナーで、今後10年の日本におけるビジネスを考えていくうえでも有益な、たくさんの情報や知見を与えていただいた。

今後予想される「中国ビジネス進出を煽る風潮」に安易に載せられないための心構えがわかっただけでも、十分価値あるセミナーだった。

2011年9月21日水曜日

台風直撃

本日日中、台風が直撃。

相模原に住んで20年近くになるが、これだけまともに台風に直撃されたのは、たぶん、はじめて。

終日外に出ず、家で仕事。

あまりの強風で、台所の換気扇が、ガス台の上に落下してきたりした。

夜7時頃には、ほぼ雨も風も収まった。

夜9時半ごろ外に出ると、相模大野駅前の通りに、かなりの数の自家用車。

相武台駅付近であった倒木だかで、相模大野から小田原まで小田急線が止まっていて、帰れなくなった家族を、車で迎えに来た人々らしい。

いつもはこの時間50台以上のタクシーが客待ちをしているタクシー乗り場には、20人ほどの人の列。

改札前のコンコースには、何十枚ものブルーシートが敷きつめられて、シートに寝ている人や、腰を下ろして本を読んでいる人が100人弱。

江ノ島線も、しばらく前までは止まっていたようで、その間はもっと大勢の人がここに腰を下ろしていたのだろう。

今回の台風の影響の大きさがうかがわれる。

佐々木個人の仕事や生活には、ほとんど影響らしい影響はなし。

これだけ影響の大きな台風が来て、仕事も生活も、まったくと言っていいほど影響を受けないというのも、ある意味すごい話だと思った。

2011年9月20日火曜日

楽しい包丁

野菜を切るのが近ごろ楽しい。

体づかい、包丁づかいが、よくなってきているのだと思う。

包丁の刃筋と、地球の中心から立ち上がる鉛直線を、ぴったり揃えてすれ違わせると、野菜が切れるというより、左右に別れる。

体や意識の状態が、特によい時に限った話だけど。

野菜、魚、肉と、包丁で切るもののうち、一般に一番切りやすいのが、野菜だろう。

もっと体づかい、包丁づかいが上達してくれば、魚を切るのも楽しくなるはず。

2011年9月19日月曜日

にがすっぱい疲れ

先週末、金曜、土曜と、少し風邪気味になって、病み上がりの昨日、日曜日。

近隣の武術仲間で集まって、某所で稽古をした。

武術の稽古を始めたとたん、風邪をひいたとき特有の、苦いような、酸っぱいような疲労物質が、背骨周りとか、股関節周りとか、肋骨周りとかから、どばーっと全身に拡散するのが、感じられた。

たぶん、いいことなんだと思う。

それにしても、舌以外の場所に味覚器官はないはずなのに、なぜ、体内を動き始めた疲労物質に「苦み」や「酸味」を感じるのだろう。

謎である。

2011年9月18日日曜日

40歳の小動物

お客様インタビュー記事の冒頭には、お客様がいかにも満足している様子の写真が必要である。

だからお客様インタビューの現場では、撮影の際に「レンズ目線で笑顔になっていただくこと」が、インタビューそのものと同じくらい、重要である。

先日、「お客様が笑顔になっていること」が格別に重要な商材の、お客様インタビューの仕事があった。

インタビュー後の撮影タイムでは、いつも以上の必死モードで、お客様に笑っていただく努力をした。

努力のかいあって、なんとか満足のいく笑顔写真を撮ることができた。

後日、そのお客様が書いているブログを拝見したところ、「インタビューに来た人の、撮影の時の様子が可笑しくて、爆笑した」という旨のことをお書きになっていた。

「動きも小動物みたいで可笑しかった」とも。

笑っていただこうと努力して、笑っていただけたわけなのだから、本望は本望。

ただ、「動き」のほうは、別に笑わせようと意図した動きをしたわけではないので、「俺の動きって、そんなにヘンなのか」と、素で落ち込んだ。

しかし、40歳のおっさんが、身のこなしを「小動物みたい」と評されることなど、なかなかないのではないか。

これも「ゆる体操」その他諸々のトレーニングを積み重ねていることの成果、と、プラスに捉えることにしようと思う。

2011年9月17日土曜日

また体調悪化

少し体調を崩し、昨日、今日と、ほぼ一日、寝て過ごした。

明日からは、また普通に仕事を再開できる見込み。

2011年9月16日金曜日

安酒のガブ飲みは脳によくない(あたりまえだ)

残暑まだまだ厳しい中、神経を使うインタビューや原稿書きで一日過ごし、夜になっても頭の疲れと興奮が引かなかず、帰りしな、めったに買わないワイン、それもやっすいのを1本買って冷蔵庫で冷し、飲みながら、夕食をとった。

半分ぐらいにしとくつもりが、ほぼ1本、空けてしまった。

翌朝目が覚めて、軽い頭痛が。

あーやっぱ安酒のガブ飲みはだめだと反省。

日中、インタビューの仕事をしていても、脳の瞬発力が、いつもより5%ぐらい落ちてる感じ。

一応、普通にこなせはしたけど。

広告記事用のインタビューとか、広告用の人物写真撮影の仕事が、そうとう厳しく脳を使う仕事なんだということが、逆にわかった。

脳に悪いことはしちゃだめだと、あらためて思った。

2011年9月15日木曜日

一流の美容師さんと食事

ある経営コンサルタントの依頼で、整体院を経営している男性を取材。

その男性の奥さんは、美容師。

新幹線で通ってくる方もいるほどの、人気美容師なのだとか。

美容院に新幹線で通う方がいる、ということ自体、はじめて知った。

男性、奥さん、それにクライアントである経営コンサルタントと、お昼ごはんをご一緒させていただいた。

奥さんと少し話しをさせていただいただけで、これは新幹線で通う人も出てくるわ、と納得。

おだやかな笑みを浮かべた口もとから、思いやりの言葉がスイスイ、スイスイ、飛び出てくる。

瞳の輝きが、尋常じゃない。

よく、高い金払ってでも、できるだけ一流の店を使え、一流の仕事に触れる経験を積め、みたいなアドバイスを目にする。

佐々木には、なかなか実践し得ないアドバイスだけど。

でもなるほど、人間が現実にああいう存在になり得るということを、生の体験として知る機会を若いうちに持てるかどうかで、人生そうとう変わるなということは、実感としてわかった。

2011年9月14日水曜日

服に追いつかない体

仕事で都内に出た帰り、ファッション関連に強いとされる、あるデパートに立ち寄った。

さすが、店内を歩くお客さんも、いい服を着た方が、おおぜいいらっしゃる。

佐々木が着てる程度の服だと、ほんとにただ、人の体の形にあわせて布を縫い合わせただけ、という風情だが、いい服が人の体にまとわれた姿を見ると、服自体が、それ自身の生命や魂や運動性を持っているように、見える。

まず人を見て、次に服を見ると、服の魅力が、人の魅力を、引き立てているように見える。

ところが、まず服を見て、その服が持っている魂や運動性に釣り合う、体のあり方って、どんなあり方だろう、と想像してから、想像された体のあり方と、現実にその服を着ている人の体のあり方を比較してみると、たいてい、現実の人のあり方が、はるかに見劣りしてしまっている、と感じてしまう。

服に、体が追いついてない、と感じる。

えらく、意地悪な見方だけど。

そんな意地悪な見方をするよりも、素直に、服の魅力が人の魅力を引き立てているあり方を楽しんだほうが、たぶん、いい。

あるいは、現実の体が追いつかないほど高度な魂や運動性のあり方を服によって示唆できるデザイナーの才能を、楽しむとか。

現実には体現できていないにしても、人間の体が体現し得る魂や運動性の可能性の奥行きを、楽しむとか。

2011年9月13日火曜日

撮るばか

パソコン画面にらみっぱなしで一仕事仕上げると、とにかく海でも山でも行きたくなる。

海に行って、水平線をながめていたら、ちょうど富士山のわきに、太陽が沈みだした。

たまたまデジカメがかばんの中に入っていたので、思わず取り出して、日没の瞬間を、カメラにおさめてしまった。

日が沈んでから、なんか、ばかなことをしたな、と思った。

せっかくのすばらしい景色、素人写真なんかに残すより、生で見たほうが、よっぽどよかった。

せっかくの目の前のすばらしい景色を、生で見ないで、ファインダーごしにしか見ないなんて、ばかなことをした。

お金払ってスタジアムに行って、野球とかの試合を、スタジアムのテレビで見るぐらい、ばか。

野球の試合は、テレビの方が付加情報があるだけ、まだまし。

ばかなことをした。

ほんと、ばかなことをした。

2011年9月12日月曜日

生ジュース売り嬢の見切り

PASMOやSuicaなどで支払える店が、最近はずいぶん増えた。

PASMOやSuicaを、鉄道運賃以外の支払いに使えるようになって、まだ日が浅かった頃。

カフェやコンビニでPASMOを使う時は、
「PASMOで」
とか、
「Suica使わせてください」
とか、わざわざレジの人に、こちらから申告していたものだった。
「こちらにタッチしてください」
とレジの人に読取機を指してもらってから、おもむろにPASMOを読取機に乗せ、「ピッ」と鳴ると同時に
「ありがとうございました」
と声がかかり、おもむろにPASMOをしまう、というのが、一連のルーティーンだった。

鉄道運賃以外の支払いにもPASMOやSuicaを使うのが当たり前になるにつれて、いつのまにか、PASMOを使うことをレジの人にわざわざ断ることなど、なくなってしまった。

レジの人に値段を言われるや、PASMOの入った財布を無言で読取機に乗せ、「ピッ」と鳴るやひっこめる、というのが、あたりまえになってしまった。

で。

佐々木が月に2~3回ぐらい利用する、ある都内の駅の生ジューススタンドで働いている、20代ぐらいの女性店員さんについて。

この女性店員さん、佐々木が生ジュースを注文して、値段を聞いて、財布をPASMO読取機に乗せようと動かす、まさにその瞬間、
「こちらにタッチしてください」
と、PASMO読取機を指す。

手に持っていた財布を動かし始めた段階では、まだ現金で払うのか、PASMOで払うのか、判断がつかないと思うのだが、とにかくその女性店員さん、驚くべき「早度」で、
「こちらにタッチしてください」
とPASMO読取機を指す。

月に2~3回ぐらいしか利用しない佐々木の顔を覚えていて、「この人は必ずPASMOで払う」と判断しているのだろうか。

現金で支払う場合と、PASMOで支払う場合の、身体や財布の動きの微妙な違いを、こちらが動き出して0.1秒以内に、見分けてしまうのだろうか。

ひょっとして、こちらが現金で支払おうとしているのか、PASMOで支払おうとしているのかを、あらかじめ読心術で読み取っているのだろうか。

いずれにしても、おそるべき能力である。

あれだけ“見切り”の能力が高かったら、たとえば互いにカミソリを持っての殺し合いにでもなったら、佐々木はあの店員さんに、勝てない気がする。

2011年9月11日日曜日

またお金持ち向け記事づくりの仕事

マンションオーナー向けの、広告記事を書いている。

マンションオーナーといっても、分譲マンション1区分のオーナーではなく、賃貸マンション丸ごと1棟のオーナー。

この仕事を引き受けてはじめて知ったのだが、たとえば、賃貸マンションを1棟持っている人と、2棟持っている人とでは、抱えているニーズが、大きく違うものらしい。

佐々木が依頼されたのは、ある特定の棟数のマンションを所有している人の、心をつかむ記事を書くこと。

40歳にもなって家賃5万3千円の木造アパートの家賃を払うのがやっとの貧乏ライターに、そんな高所得層の心をつかむ仕事の依頼が来ることに、皮肉を感じもしたし、ちょっと誇らしさを感じもした。

2011年9月10日土曜日

うるさくない虫の声

午前3時とか4時の、たいていの人が眠っている時間帯でも、コオロギとかスズムシの、いわゆる秋の虫は、盛大に鳴いている。

あれだけ一斉に、あれだけ大きな声な鳴いているのに、不思議と、うるさい、と感じない。

むしろ、秋の虫の、あの大きな声自体が、この季節の夜の、静けさの一部とさえ、感じられる。

ミンミンゼミやクマゼミが、あの時間帯に一匹でも鳴いていたら、安眠妨害、騒音以外の、なにものでもないだろうに。

なぜ、いわゆる虫の声は、夜遅く聞いても、騒音として感じられないのだろうか。

【仮説A】

夜鳴いて、人間を含む他の動物から「うるさい!」と思われるような虫は、淘汰されてしまったから。

すなわち、秋の虫が、「人間にとってうるさくない声」で鳴いているから。

以上を、仮説Aとする。

【仮説B】

夜、虫の音を「うるさい!」と感じて眠れなくなるような動物は、淘汰されてしまったから。

あるいは、夜、虫の音を耳にしても「うるさい!」と感じないように、人間を含む他の動物の聴覚が、適応してきたから。

すなわち、人間が、秋の虫の声を「うるさい」と感じないようになってるから。

以上を、仮説Bとする。

さて、正しいのは、次のうちどれだろう。

1.仮説Aが正しい

2.仮説Bが正しい

3.仮説Aも仮説Bも正しい

4.そもそも、この問い自体が無意味

2011年9月9日金曜日

『アンナ・カレーニナ』を岩波文庫版でも読んでみた

新潮文庫版で読んだトルストイ『アンナ・カレーニナ』(木村浩訳)がどうしても頭に入ってこなかったので、岩波文庫版(中村融訳)で読んでみた。

岩波文庫版のほうが、ずっとスイスイ頭に入った。

ゆっくりていねいに読めば、新潮文庫版のほうが、意味を理解やすいようには訳されている。

でも、スピーディーに読めない。

リズムとか、音声的な要素が、関係しているのだろうか。

岩波文庫版の、訳文の格調の高さも、好ましく感じられる。

近頃なかなかないぐらい細かい字で詰め込まれた版組さえも、好ましく感じられる。

もしかするとトルストイの作品の魅力って、文体の格調の高さが、半分近くを占めているんじゃないだろうか。

だとすると、「わかりやすく」、「読みやすく」、という意図で訳文の文体の格調を下げるのは、翻訳のありかたとしてイマイチなのかなとも思った。


新潮文庫版


岩波文庫版

2011年9月8日木曜日

お忙しい業者

最近、クライアント2社の担当者の方から、立て続けに、
「お忙しいところご対応いただき、ありがとうございました」
という趣旨のことを、メールで言われた。

「お忙しい」って。

恥ずかしい。

めちゃくちゃ恥ずかしい。

お金をいただいているのは、こちらなのに。

「お忙しい」って、こちらがお金をいただいてやってる仕事なのに。

自分の都合のいいように解釈することだって、できる。

本当に感謝されるだけの仕事ができるようになったことの現れだ、とか。

「行列してでも入りたい店」的に、クライアントから認知していただけるようになったことの現れだ、とか。

でもたぶん、こういう解釈の仕方だけして悦に入ってると、まずい。

佐々木の対応が、遅い、おろそか、おざなり、不十分、不誠実という印象の婉曲表現が、「お忙しい」である可能性だって、十分ある。

その可能性が低くない自覚も、ある。

心せねばと思った。

2011年9月7日水曜日

『看護覚え書』に衝撃を受けた

古典読破計画。

8月はフロレンス・ナイチンゲール著『看護覚え書 ―看護であること 看護でないこと―』(訳:湯槇ます、薄井坦子、小玉香津子、田村眞、小南吉彦)。

けっこう、衝撃を受けた。

今年、一番衝撃を受けた本になるかも。

「倫理的に正しく生きる決意」と「科学的に正しく知る決意」の両方が、一人の人間の中に高いレベルで共存していることは、まれである。

本書を数ページもめくらないうちに、フロレンス・ナイチンゲールがそのまれな例であることが、衝撃レベルで伝わってきた。

訳者たちの気合の入り方も、尋常じゃない。

真面目に生きなきゃ、と、久しぶりに思った。

2011年9月6日火曜日

ユーモアの人

ユーモアのある人って、どんな人だろう、という疑問が、頭に浮かんだ。

知り合いの中に、ユーモアのある人、と呼べる人間がいるだろうか、と考えて、一人だけ思い浮かんだ。

学生時代の友人。

その男の顔が思い浮かんだ瞬間、佐々木の知り合いの中に、ユーモアのある人、と呼べる人間は、その男以外に、一人もいないな、と思った。

ユーモアのあることをよく言う人間やたまに言う人間なら、珍しくもない。

そういう人間を、ユーモアのある人、と呼ぶことだって、もちろんできる。

でも、思い出してみれば24時間365日をユーモアの精神で生きていたあの男のありようを指して、ユーモアがある、と表現するなら、ユーモアのある発言をたまにする程度の人間を指して、ユーモアがある、とは言いたくなくなった。

あの男のほうを、ユーモアのある人、と呼ぶのを、やめるべきなのかも。

むしろ、ユーモアの人、か。

あの男のありようを思い出していたら、ユーモアの本質が、わかった気がした。

ユーモアの本質は、たぶん、世界をおもしろがる態度。

しかも、世界をおもしろがっている自分自身も含めて、世界をおもしろがる態度。

あの男とは、学生時代、特に親しい付き合いがあったわけではない。

一緒にいて、楽だな、楽しいな、気持ちがいいな、ということは、いつも感じていたけど。

向上心にいつもメラメラと心を燃やしていた学生時代の佐々木からすると、なんとなく、物足りなさを感じる男でもあった。

まさか20年後、無数にいる自分の知り合いの中で、ただ一人の「ユーモアの人」としてその男のことを思い出すことになるとは、思わなかった。

2011年9月5日月曜日

20年間取り組んできたトレーニングのコンセプトを心から信じていなかったことに気づく

「人間の本質力を向上させる」という、聞きようによってはかなり怪しげな効能を謳うトレーニングを、佐々木はもう、20年も続けている。

ここ最近感じるのは、佐々木はどうやらこれまで、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、心から信じていなかった、ということ。

「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、心から信じていない、ということが、佐々木にとって、自分の本質力を向上させる上での、一つの課題。

佐々木が大好きな格言、「課題はその解決手段と同時に発生する」のロジックから言えば、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、心から信じられるだけの材料が、ようやく、現実にそろいはじめてきた、ということかもしれない。

「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、自分が心から信じていない、と自分が気づいたこと自体が、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、自分が心から信じはじめた、ということなのである。

ややこしい話だが。

「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、自分が心から信じていない、ということ自体に、佐々木がこれまで気づかなかった、ということには、おそらく、三つの側面がある。

一つ目は、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを心から信じる、という課題が、課題になり得るだけの段階に、自分が達していなかった、ということ。

二つ目は、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、自分が心から信じていないと、自分が認めてしまうことで、自分の本質力を向上させることを、自分があきめらてしまうことが、怖かった、ということ。

三つ目は、自分自身を本質から変えてしまうことに取り組むこと自体が、きわめて危険な行為であるということ。

だから、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、自分が心から信じていない、ということにもっと早く気がついて、このコンセプトを心から信じるように努力するべきだった、ということには、ならないと思う。

ややこしい話だが。

「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、心から信じてはいなかったにもかかわらず、「人間の本質力を向上させる」トレーニングに20年も取り組めてきたのは、指導者にリードしてもらってトレーニングした直後は、たしかに、毎回、自分の能力が本質的に向上した実感があったから。

ところが指導者にリードしてもらった数日後には、トレーニングの効果が消滅していくことの、繰り返し。

自分の人間としての本質力が、1年前、5年前、10年前、20年前に比べて、それほど目覚ましく向上しているか、と問われれば、主観的には向上しているつもりなのだが、その主観にどれほど客観的な裏付けがあるか、と問われれば、なんとも心もとない状態が続いていたのである。

その壁を突破するための鍵の一つが、「人間の本質力を向上させる」というコンセプトを、心から信じることなのではないかという気が、最近している。

2011年9月4日日曜日

政治が先か国家が先か

『学城』第8号掲載の「滝村『国家論大綱』をめぐって(1)」(近藤成美原筆・加納哲邦加筆)で批判されていた、「政治とは何か」→「権力とは何か」→「国家とは何か」という展開について、つらつら考え続けている。

『国家論大綱』ではなく、たとえば『政治論大綱』という名前の書物だったら、「国家とは何か」から説きはじめずに、「政治とは何か」から説き始めてもO.K.なのだろうか、とか。

まず「国家とは何か」から説くべき、と近藤・加納が批判するのは、たぶん、書名が『国家論大綱』だから、という、形式上の問題だけが理由ではない。

国家の本質を解明することなしには、政治の本質を解明することも、権力の本質を解明することもできないからこそ、「政治とは何か」とか「権力とは何か」とかより、「国家とは何か」を先に説け、という話なんだと思う。

で、ほんとにそうなのかな、と。

国家の本質より、政治の本質を先に解明するって、そんなに的外れのことなんだろうか。

人類が国家を成立させる以前に、政治的現象って、存在しなかったのだろうか。

いまひとつ、腑に落ちずにいる。

折を見て、滝村『国家論大綱』と、近藤・加納論文、よく読みかえしてみようと思う。

2011年9月3日土曜日

国家論の説き方

刊行されたばかりの『学城』第8号(日本弁証法論理学研究会)に、ざっと目を通した。

ほんとに、ざっと。

「滝村『国家論大綱』をめぐって(1)」(近藤成美原筆・加納哲邦加筆)が、まず印象に残った。

国家論を学的に説くなら、順序としてはまず「国家とは何か」からだろう、という批判には、なるほどと。

言われてみりゃそうだ。

佐々木自身は、『国家論大綱』をはじめて読んだ時、「政治とは何か」→「権力とは何か」→「国家とは何か」という説き方の流れを「うまいなぁ」と感じ入ったものだが。

なぜ佐々木がそう感じたのか。

その理由は、近藤・加納論文をざっと読んだだけでは、はっきりとはわからなかった。

自分自身で、ちょっと掘り下げて考えてみたいと思った。

2011年9月2日金曜日

文章を冒頭から順々にしか書けない病

文章は冒頭から書き始める必要はない、書ける部分からどんどん書いていえばいいんだ、というアドバイスを、よく目にする。

佐々木は、これができない。

できるものならそうしたい。

書ける部分からどんどん書いていけるようになれば、今の倍は、仕事がこなせると思う。

収入倍増である。

ぜひそうしたい。

でもできない。

病気なんじゃないかと思う。

あるいは頭の構造が単純過ぎるのか。

文章は、読者の「問い」に対する「答え」になっていなければ、読まれることもなければ、理解されることもない。

だから文章は、読者がいだいている「問い」を想定しなからでなければ、書けない。

2段落目は、1段落目を読んだ後の読者の「問い」を想定しながらでなければ、書けない。

1段落目を読む前に読者がいだいている「問い」と、1段落目を読んだ後に読者がいだいている「問い」は、違う。

1段落目を書く前に2段落目が書ける書き手は、自分がまだ1段落を書いていない段階で、1段落目を読んだ後の読者がいだいている「問い」を想定できているわけである。

当然、可能な能力だと思う。

ところが佐々木にはこれができない。

もっと頭を強くしたいと思う。

2011年9月1日木曜日

手首の中心と股関節

ここ最近、ゆる体操の中の「手首プラプラ体操」に、時間をかけて取り組んでいる。

まじめに取り組めば取り組むほど、自分の中のゆるまない部分がはっきりしてくる。

特に今朝は、両手首の中心に、芯というか、核のようにゆるまない部分が感じられた。

数分取り組んでいると、両手首の中心をゆるめようとすると、自分の股関節の拘束が邪魔するような感覚というか、両手首の中心をゆるめようとすると両股関節がゆるんでくるような感覚というか、両股関節をゆるめようとすることで両手首の中心がゆるんでくる感覚というか、要するに、両手首の中心の拘束と両股関節の中心の拘束間に、かなり強い対応関係が感じられてきた。

意外な感覚。

2011年8月31日水曜日

ぐりぐり

お客様インタビュー業界の大先輩から、
「佐々木さんは、デリケートな話でもぐりぐり聞き出してくる」
という趣旨の評価を、何度かいただいたことがある。

この評価に、なんとなく、違和感を感じ続けていた。

その理由が、最近わかった。

佐々木は、インタビューの時、「ぐりぐり」という擬態語で表現されるような運動感覚で質問をしたことなど、一度もないのである。

そう気づいてみると、逆に、その大先輩の運動感覚では、質問というのは「ぐりぐり」とするものなのかも、という想像も湧いてきた。

そう考えると、その大先輩のインタビュースタイルや記事の書き方と、佐々木のインタビュースタイルや記事の書き方の違いも、少し納得がいく。

で。

「ぐりぐり」じゃないとすると、佐々木はインタビューの時、どんな運動感覚で質問をしているのだろう。

適切な擬態語は思い浮かばなかったが、自分がやっていることを言語化すると、「思考の枠組みを用意すること」と、「その枠組みの入口まで来てもらうこと」の、二つなのかなと。

「思考の枠組み」を用意して、その「入口」まで来てもらえば、インタビュー相手は、その「思考の枠組み」に従って、それこそ「ぐりぐり」と、自分で答えを追求しだす。

あともう一つ、「ぐりぐり」という擬態語が当てはまる部分を挙げるなら、佐々木は、事前に「思考の枠組み」と「その枠組みの入口までの経路」を作り上げるプロセスでは、それこそ「ぐりぐり」と、自分の頭の中で可能性の世界を掘り下げている。

2011年8月30日火曜日

本質をつかむ能力の欠如

物事の本質をつかむ能力が自分には欠けていると、最近つくづく思う。

そのような能力が欠けているという自覚さえ、この歳になるまでなかった。

よほどの欠如ぶりである。

2011年8月29日月曜日

世界一うまいみそ汁

3日ほど旅行に出て、帰ってきた翌日、自分が作ったみそ汁が無性に食べたくなって、すぐ作った。

佐々木が作ったみそ汁は、世界一うまいと思う。

別に、佐々木のみそ汁作り技術が世界一優れているわけではない。

20年近く、毎日のようにみそ汁を作り続けたせいで、自分の好みに完全に合うみそ汁が、ほぼ自動的に作れるようになってしまったのである。

それだけではない。

20年近く、毎日のように自分が作ったみそ汁を食べ続けたせいで、みそ汁に対する自分の好みが、自分が作るみそ汁の味に、ほぼ固定されてしまったのである。

「手前みそ」という言葉がある。

みそという食品には、他の食品とは隔絶して、「個人的かつ排他的な味覚の好み」の対象として固定化される性質があるのだろうか。

2011年8月28日日曜日

自分の身心のひどさ加減を改めて自覚させられた3日間

本日まで3日続けて、丸一日武術の稽古会。

細かいところでは(ほんとに細かいところでは)、上達を実感できたところも、なくはなかった。

ただ全体としては、自分の身心のひどさ加減を、改めて自覚させられた3日間だった。

悪いことじゃない。

自分自身のひどさ加減がわかってこそ対策も立てられる。

2011年8月27日土曜日

上達しない理由

武術でもなんでも、なぜ自分の上達は、こんなに遅いのか。

その理由が今日、一つわかった気がする。

現象的には「自分ができると思ってないから」という、かなりありがちな結論なのだが、「できると思えないこと」の本質が見えた、というか。

ある体現したいパフォーマンスがあった時に、そのパフォーマンスの“センター”を、身体意識のレベルで描けないこと。

あるいは、そのパフォーマンスを成立させる“センターの運動”を、身体意識のレベルで描けないこと。

これが、そのパフォーマンスが「できると思えないこと」の本質なのかもと思った。

だから、なかなか体現できずにいるあれやこれやパフォーマンスについて、もっとそのパフォーマンスの“センター”というか、そのパフォーマンスを成立させる“センターの運動”を、身体意識のレベルで描くことに、もっと熱心に取り組んでみようと思った。

2011年8月26日金曜日

運動科学総合研究所講座「ゆる筋トレⅢ」に参加

先週の月曜日、運動科学総合研究所の講座「ゆる筋トレⅢ」(高岡英夫先生)に参加した。

その中で、体幹部の使い方の差というか、土台の使い方の差が、いわゆるスタミナに大きく影響するというお話があった。

お話があっただけでなく、ワークを通して実感できた。

それはこれまでも自分が意識して取り組んできた体幹部の使い方であり、土台の使い方ではあったのだが、「スタミナの源になる体の使い方」という意識で取り組むようになってから、たしかに、仕事やトレーニングの上での集中力や持久力が増してきてる気がする。

ランニングとか、そういうのとはまったく違う方向性の取り組みで自分のスタミナが増すのは、楽しいし、ありがたい。

今仕事をする上でスタミナの問題は、ほんと切実。

2011年8月25日木曜日

脳の後ろ半分を退化させる指導

なぜ自分はこんなに仕事が遅いのか、というのは、佐々木にとって切実な問題の一つ。

最近感じたのは、佐々木は脳の後ろ半分が、あまりにも使えてないなと。

あと、言語による指示とか指導というのは、どうしても、脳の前半分を相対的に優位に活動させがちだな、とも。

だから、言語による指示にまじめに従えば従うほど、脳の後ろ半分が退化していく、という傾向は、一般的にある気がする。

2011年8月24日水曜日

表現したら伝わらない

近所のスーパーの女子トイレの入り口に、
「お客様へ。ここは女子トイレです。男子トイレは4階、5階、6階にあります。お間違えのないようにくれぐれもご注意ください」
みたいな掲示があって、笑ってしまった。

男が女子トイレに入ってきた、という女性からのクレームが、よほど多かったのだろう。

頼むから間違えないでくれ、という係員の方の思いの発露が、「お客様へ」とか「お間違えのないようにくれぐれもご注意ください」とかの文言となったのだろうが、単に
「女子トイレ」
と大書きした方が、“そこが女子トイレであることを間違いなく男に認識させる”という目的は、よほど確実に達成されるはず。

「男子トイレは4階、5階、6階にあります」は、小さな文字で補足的に書くとか。

「これを伝えたい」という思いを言語化することで、肝心の「これ」が、かえって伝わらなくなる。

自分もけっこう、無自覚のうちにやってるかも。

2011年8月23日火曜日

新幹線の中で騒がなくなった日本人

ここのところお客様インタビュー記事制作の仕事で、月1~2回ぐらいは新幹線出張。

実務翻訳者をしていた頃は、出張なんてあり得なかった。

プライベートで気軽に旅行できるほどの経済的余裕も、なかった。

なので30代の頃は、新幹線に乗る機会がほとんどなかった。

20代の頃はまだ、プライベートで数か月に一度は旅行できるぐらいの経済的余裕があった。

学生時代は関西の大学に通ったので、寮にある関西と、実家のある関東の往復に、ときどき新幹線を使った。

で、昨日も大阪への出張で新幹線に乗りながら、ふと思った。

20年前、佐々木が20歳前後だった頃って、新幹線に乗ると3回に1回ぐらいは、車内で大騒ぎしてる人に遭遇した気がする。

子供に限らず、大人でも。

あの頃は、自家用車の中と、公共交通機関の中と、まったく区別がつかない様子で大騒ぎしているグループって、珍しくなかった記憶がある。

ひるがえって最近、新幹線の中でそんな大騒ぎをしてる人って、まったく見ない。

まったく。

なんでだろう。

佐々木の記憶自体が、間違ってる?

最近新幹線の車内で大騒ぎしているグループに遭遇しないのは、単なる偶然?

少子化で子供の数が減ったから?

新幹線の車内で大騒ぎするような浮かれ気分が、バブル崩壊と共に消滅した?

一緒に旅行しながら大騒ぎできるほど気の置けない人間関係を、人々が築かなくなったから?

公共交通機関の中で大騒ぎするような人々は、経済的に転落して、もう新幹線では旅行しなくなった?

たとえば激安高速バスとかを利用するようになった?

あるいは、旅行に出られるほどの経済的余裕もなくなった?

ひょとして、日本人全体のマナーが著しく向上した?

正しいのは、どの仮説だろう。

2011年8月22日月曜日

表情と内面

他人の表情をまねて、自分の中にわき起こってくる感情を観察することによって、他人の内面を知るという、ポーだか誰だかが小説で紹介している、例の方法。

あの方法で、他人の内面がわかるという保証は、別にない。

ないのだが、実際にやってみて、たしかにわかることがある。

それは、自分がふだんしない表情をしてみると、自分がふだん体験しない感情が、自分の中にわき起こってくること。

ここから強く推測されることは、自分がふだんしない表情を日常的にしている人は、自分がふだん持たない感情を、日常的に持ちながら生活しているということ。

自分とは違う表情をしている人は、自分とは違う内面を持っていること。

つまりは、外からの観察で、他人の内面を知ることはできない。

このことを実感できるだけでも、ポーが紹介している例の方法は、ときどきやってみる価値がある。

2011年8月21日日曜日

複合固有名詞におけるアクセントの変化について3

しつこく、三井銀行と三井住友銀行の三井アクセント問題。

固有名詞とか普通名詞とか、実は関係ないんじゃないか、と思わなくもない。

○○銀行とか○○不動産とか○○書店とかなったとき、もともとアクセントを付けて発音されていた固有名詞がフラットな発音になるのは、実は人名と区別するためなんじゃないか、と。

「三井銀行」の「三井」を、アクセントを付けたまま発音すると、「三井ギン子」という女性の名前と聞き違えるから、みたいな。

説得力が、あるような、ないような。

じゃあなんで、「住友銀行」の「住友」は、名字として使われる場合と同じフラットな発音でも、「住友ギン子」という女性の名前と聞き違えることがないのか、と突っ込まれれば、答えるすべがない。

2011年8月20日土曜日

複合固有名詞におけるアクセントの変化について2

三井銀行の「みつい」はフラットに発音されるのに、三井住友銀行の「みつい」はアクセントを付けて発音される件。

一般に、アクセントを付けて発音される固有名詞に、「銀行」を付けると発音がフラットになるのに、「○○銀行」を付けるとアクセントがフラットにならない件。

先日ここに書いてからも、つらつら考え続けて、一つ気づいた。

「銀行」は、普通名詞。

「○○銀行」にすると、固有名詞。

普通名詞にくっつけて固有名詞にするときは、アクセントがとれてフラットな発音になる。

「三井」+「銀行(普通名詞)」→「三井銀行(固有名詞)」。

この場合、「三井」のアクセントがとれる。

既に固有名詞になっている名詞にくっつける場合は、アクセントに変化はない。

「三井」+「住友銀行(固有名詞)」→「三井住友銀行(固有名詞)」。

この場合、「三井」のアクセントはそのまま。

「アクセント付きの固有名詞のアクセントをとる」というのは、「次に来る普通名詞と合わせて一つの固有名詞を作りますよ」という合図になっているらしい。

だから「○○銀行」の形で既に固有名詞になっているところに、アクセント付きの固有名詞を付けても、アクセントは変わらない、と。

三井ゆりの「ゆり」、山下久美子の「久美子」、いずれも固有名詞である。

固有名詞にくっつけて固有名詞を作るときは、アクセントは変わらない。

だから三井ゆりの「三井」も、山下久美子の「山下」も、アクセントを付けたまま発音される。

三井銀行の「銀行」、山下書店の「書店」、いずれも普通名詞である。

普通名詞にくっつけて固有名詞を作る時は、アクセントがとれてフラットになる。

だから三井銀行の「三井」も、山下書店の「山下」も、アクセントがとれてフラットに発音される。

少し筋が通ってきた。

ただ、なぜそうなっているのかについての合理的な説明は、まだ思いつかない。

2011年8月19日金曜日

上品な福山

一昨日取材の行き帰りに立ち寄った、広島県福山市。

ホテル泊の翌朝福山城周辺を散歩したり、取材先への行き帰りにレンタカーの車内から町並みを眺めたりしただけの印象なのだが、とにかく雰囲気が、上品。

無理に上品ぶってるというのではなく、「これをやったら下品だから、やらない」という一線を、ごく自然に、日本の他の都市の、何倍も高く保っている感じ。

聞けば江戸時代、福山藩は、周囲の外様大名を抑えておくための「西国の鎮衛」として、歴代有力な譜代大名が配された藩だった。

そのため今でも福山市民の間には、「福山は他の市とは格が違う」という意識があるのだとか。

その意識、町並みにも十分現れていると感じた。

佐々木が住む相模原やその周辺には、言ってしまえば「下品」なものが、けっこうあふれかえってる。

でもその「下品さ」を「活気」と読み替えることで、佐々木はそういう下品さを我慢している。

福山では、そういうあえて我慢しなければいけないような「下品さ」を、ほとんど見かけなかった。

商業施設にも、公共施設にも、個人の住まいにも。

というか、これまで自分が町並みの「下品さ」を「活気」と読み替えて我慢してきたことに、福山の町並みを見て、はじめて気づいた。

で、じゃあ、自分が福山に住みたいか。

相模原が福山みたいになってほしいか。

といったら、それはないなとも思った。

周りが下品ばっかりなのは嫌だけど、下品さが皆無なのはもっと嫌、みたいな。

下品は嫌、なんていう贅沢な欲求を持てる環境自体が、下品なぐらいの社会の活気によって実現してるんだろうし。

2011年8月18日木曜日

山奥コンビニの手作りPOP

ある販促コンサルタントのクライアントインタビュー記事の取材で、広島県の山奥にあるコンビニエンスストアに行ってきた。

そのコンサルタントの指導で店主が始めた手作りPOPで、売上が伸び始めた、とのお話。

なので店主の30代女性に、実際に店内を案内してもらい、手作りPOPの数々を見せていただく。

POPなんて、今はどこの小売店でもやっている。

だからそれほど期待もせず眺め始めて、驚いた。

POPに込められた思いの、真摯さのほとばしりに。

胸が熱くなって、ちょっと泣きそうになった。

聞けば、そのコンサルタントからPOPづくりを勧められても、店主はなかなかやろうとしなかったのだとか。

なぜか。

お客さんが必要としていないものを、わざわざ購買意欲を煽って買わせたり、自分で使ってもいない商品に「お勧め!」などと書いたりするのが、嫌でしょうがなかったらしい。

お客さんにできるだけ商品を買わせないようにすることが、その店主のお客さんへの思いやりだったのである。

それぐらい真摯にお客さんのことを思っていた店主が、そのコンサルタントの話を聞いて、考えを変えた。

お客さんに必要ないものを買わせてもいい、自分で使ってもいない商品を勧めてもいい、というふうに考えを変えたわけでは、もちろんない。

POPを書くことが、お客さんの幸せにどう役立つかに、その店主は気づいたのである。

お客さんの幸せを願う気持ちだけで書きまくられたPOP。

あの山奥コンビニの手作りPOPを見て以来、そこらの小売店のPOPを見ても、「小ぎれいに書かれたPOP」、「売るために書かれたPOP」としか、佐々木には見れなくなった。

2011年8月17日水曜日

福山泊

本日は広島県庄原市で取材の仕事。

昨晩は福山駅前のホテル泊。



5,000円台でこれだけ広くてきれいな部屋に泊まれて、申し訳ないぐらい。

「デスクの前が鏡」というお約束のレイアウト以外に、何の不満もない。

2011年8月16日火曜日

複合固有名詞におけるアクセントの変化について

仕事で、関西に来た。

周囲の人々が話す言葉のアクセントが、いちいち楽しい。

夕方、りそな銀行の前を歩いていたら、二人組の若い女性の一人が「あ、りそな、まだ開いとった」。

「りそな」の「り」にかなり強いアクセント。

関東では、「りそな」の「り」を、あそこまで強く発音しないと思う。

りそな銀行の本社は、大阪。

大阪に本社がある会社の呼び方は、やっぱり大阪風のアクセントが正式なアクセントになるのかな、とか思ったり。

そんなことを考えてるうちに、昔あった「三井銀行」の「みつい」のアクセントと、「三井住友銀行」の「みつい」のアクセントの違いが、気になりはじめた。

「三井銀行」の「みつい」は、フラットな読み方。

「三井住友銀行」の「みつい」は、「み」に強いアクセント。

なんでだろう?

固有名詞には、一般的にフラットに発音される固有名詞と、アクセントを付けて発音される固有名詞がある。

住友、東京、横浜、佐々木などは、フラットに発音される。

三井、仙台、静岡、山下などは、アクセントを付けて発音される。

おもしろいことに、これらの固有名詞に「銀行」を付けて「○○銀行」にすると、すべて、発音がフラットになる。

住友銀行、東京銀行、横浜銀行。

三井銀行、仙台銀行、静岡銀行。

実在しないが、佐々木銀行、山下銀行なんていう銀行があったら、やっぱり発音はフラットになるだろう。

で、さらにおもしろいことに、これらの固有名詞に「第一銀行」を付けて「○○第一銀行」にすると、もともとフラットに発音される固有名詞はそのままフラットに発音され、もともとアクセントを付けて発音されていた固有名詞はそのままのアクセントを付けて発音される。

すべて実在しないが、住友第一銀行、東京第一銀行、横浜第一銀行、佐々木第一銀行、いずれもフラットに発音されるはず。

三井第一銀行、仙台第一銀行、静岡第一銀行、山下第一銀行、すべてもとのままのアクセントを付けて発音されるはず。

なんでだ?

合理的な説明が思い付かない。

2011年8月15日月曜日

『アーロン収容所』を読んだ

日中都内で私用。

電車の中で読む本を一冊、と、買ったまま積んであった本の中から、『アーロン収容所』(会田雄次著)を選ぶ。

終戦記念日だし。

読んでよかった。

やっぱり戦場とかでないと現れてこない民族性とか国民性とか人間性ってある。

イギリス人、インド人、ビルマ(当時)人、どの描写も分析も興味深かったけど、やっぱり日本人の描写・分析が一番興味深い。

あー日本人って、戦場ではこういう状態になるんだ、みたいな。

たぶん今もそんなには変わってない。

あと強く思ったのが、自分が置かれている状況を冷静な視点で観察・分析し、記録することの、価値の高さ。

著者は捕虜収容所での生活を振り返って、さまざまな特技で仲間に貢献した人々と自分を比較して、「自分はインテリで何もできなかった」としきりに謙遜してたけど、この『アーロン収容所』の記録・洞察は、日本人の宝だと思う。

2011年8月14日日曜日

一人稽古

本日は武術仲間と集まって稽古のはずが、やってきたのは佐々木一人。

自分の体を内観しつつ、淡々と稽古。

稽古したことって、特に棒みたいにある程度重さのある道具を持って稽古したことって、良くも悪くも身についていってしまうもんなんだなと改めて思った。

いい稽古、たくさんしていきたいと思った。

2011年8月13日土曜日

眠らずに済むものなら

眠らずに済むものなら仕事がある時は何日でも眠らずに仕事し続けたいとよく思うけど現実には思うだけ。

今夜も大いに眠る。

2011年8月12日金曜日

「ビジネス」という言葉の味わい深さを味わう5

「busy」から「business」への転化。

状態から、実体性を帯びた状態へ、さらには状態の実体化への過程。

状態の具体的把握から、状態の抽象的把握への過程。

両過程の相互浸透。

これらの結果として生じたもの。

持続性。

構造性。

予見可能性。

選択可能性。

操作可能性。

自己都合性。

等々。

大変で、選択の余地がなくて、他者の都合に由来する、というもともとの性質を維持しながら、これらと正反対の性質を実現する、という矛盾を実現すると同時に解決する形態が、現実のビジネスのあり方である。

あと、個体発生は系統発生を繰り返すと言うけれど、個々のビジネスが発生し成長するプロセスは、世の中にビジネスというものが発生し成長してきたプロセスを、どの程度繰り返すものなのだろうか。

むにゃむにゃ。

もう眠くなってきたから寝る。

2011年8月11日木曜日

「ビジネス」という言葉の味わい深さを味わう4

でもって、「-ness」である。

「『-ness』は形容詞を名詞化する語尾」と、英文法の授業で習った。

「kind」は「親切な」で、「kindness」は「親切さ」だと。

特に感動もなく覚えた知識だったが、改めて考えてみると、形容詞で表現されるような状態とか性質を、実体化して名詞で捉えられるようになったことって、人類にとって、けっこう大きなブレイクスルーだったのではないだろうか。

「親切な人」はいても、「親切さ」なんてものは、物体としては存在しないんだから。

「忙しい人」はいても、「忙しさ」なんてものは、物体としては存在しないんだから。

こういうことって、もっと感動をもって味わったほうがいい気がする。

で。

たしかに状態や性質は、物体ではない。

だが、状態や性質が、ある種の実体性を帯びる、ということはあるのではないか。

たとえば「親切に」を、英語で「with kindness」と言ったりする。

この「kindness」に、「親切」という性質の抽象的把握、すなわち「親切さ」以上の意味がないかと言えば、そんなことはないと思う。

「親切であることは良いことだ」と認める心。

「人に親切に接しよう」という決意。

そういう、実体化した認識。

一言で言えば、親切心。

「kindness」は、「親切さ」という抽象と、「親切心」という実体の、両方を含意している。

でもって、「親切さ」という抽象と、「親切心」という実体は、それぞれが単独で発生・発展したわけではなく、互いが互いを鏡にして発生・発展してきたと考えるのが自然だろう。

「business」にも、似たような経緯はあったのだと思う。

「忙しい」という状態が、ある種の実体性を帯びてくるというか。

実体化・構造化した「忙しさ」が現れてくるというか。

そういう、現実に実体化・構造化した「忙しさ」と、「忙しさ」という抽象が、互いを鏡にして発生・発展してきたというか。

そのことによって、「忙しさ」という抽象を表現する名詞「business」が、独特の意味を持つようになってきたというか。

それがまた、社会的分業の発展・構造化と軌を一にしてきたというか。

なんとういか。

かんというか。

2011年8月10日水曜日

「ビジネス」という言葉の味わい深さを味わう3

「ヒマ人」というのが一種の悪口であることを考えれば、「お忙しい」は一種のほめ言葉とも言えるわけで、実際、「ご活躍」とほぼ同じニュアンスで「お忙しい」が使われることは多い。

だから、忙しいのは嬉しいこと、というのも一つの真理ではある。

ではあるのだが、基本的かつ大ざっぱには、「忙しい」というのは、「大変な状態」に属する概念だと思う。

「大変な状態」には、いろいろな状態がある。

腹が減ってるとか。

頭が痛いとか。

「大変な状態」に共通する性質として、「選択の余地がない」という点がある。

腹を減らそう、と決めて急に腹が減るわけでもないし、腹が減るのをやめよう、と決めて腹が減らなくなるわけでもない。

「忙しい」という状態も、基本的にそうである。

忙しくなろう、と決めて急に忙しくなるわけでもなければ、忙しくなるのをやめよう、と決めて忙しくなくなるわけでもない。

それから、他の「大変な状態」にはあまり見当たらない、「忙しい」という状態に特有の性質もある。

それは、他人の都合、もしくは自分が属する共同体の都合に由来する「大変な状態」である、という点である。

自分が属する共同体を「他者」に分類するか「自己」に分類するかというのは微妙なところではあるのだが、あえて「他者」に分類してしまえば、「他人の都合」と「自分が属する共同体の都合」をまとめて「他者の都合」と言ってもいいだろう。

「他者の都合に由来する大変な状態」というのは、「忙しい」というのことの本質なのではないかという気さえする。

以上をまとめると、「忙しい」には次の3つの性質がある。

1.大変な状態である。

2.選択の余地がない。

3.他者の都合に由来する。

「busy」=「忙しい」から転じた「business」にも、これらの3つの性質が備わっている。

このことが、ものすごく味わい深いことであるように、佐々木には感じられる。

日本語で「business」の訳語として用いられる「事業」という言葉は、これら3つの性質を、はっきりとは含意しない言葉である。

大変でなくても、事業。

自分で選択しても、事業。

他者の都合に由来しなくても、事業。

「business」に備わっているはずの上記3つの性質を、「事業」という言葉がはっきりと含意できていないことが、日本において多くの「事業」が迷走する原因の一つになっているのではないか。

とか言ってみたりして。

2011年8月9日火曜日

「ビジネス」という言葉の味わい深さを味わう2

音の響きを味わう。

意味の広がりを味わう。

成り立ちを味わう。

言葉を味わうっていうと、この三つになるだろうか。

「ビジネス」という言葉の場合、特に味わうべきは、その成り立ち。

たとえば日本語の「しごと」っていう言葉の場合は、「する」「こと」。

だから「しごと」。

そこに、特に不自然さはない。

でも、「busy」と「-ness」を足した言葉に、いわゆる「ビジネス」の意味を担わせるって、そんなに自然なことじゃない。

形容詞に「-ness」という語尾を付けて、単なる形容詞の名詞化以上の意味を担わせてる例って、「business」以外にないんじゃないだろうか。

その不自然さを敢えて乗り越えさせるだけの「自然さ」というか「しっくりくる感じ」が、「business」という呼び方にあった、ということだ。

それも、ごく一部の人々ではなく、「business」という呼び方が生まれた当時、およびそれ以降の現代に至るまでの、非常に多くの人々に。

英語圏を飛び越えて、日本語圏の人々にまで。

ビジネスってものすごく一般的な活動だから、よほど多くの人々に「しっくりくる」と感じさせる呼び方じゃないと、定着しなかったはず。

「あー、俺たちがやってる“これ”って、たしかに『business』って呼ぶのが一番しっくりくるねー」と。

その感じの正体を突き止めたくて、今あれこれと、想像を働かせ中。
 
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