2010年12月31日金曜日

来年

来年で佐々木も40歳。

男が50歳かそこらで死ぬというのは、別に珍しいことでもない。

だからこれが人生最後の10年になる覚悟で、40代の一日一日を生きたい。

来年はその1年目。

漠然としたコンセプトだが、
  • とにかくでかい波が来たら乗る
  • 「センター**」を実現する
  • 日本の外に目を向ける
  • 政治に目を向ける
一応、数値目標も。
  • アイン・ランド読者会のイベントをどこかで1回やる(できれば東京以外で)
  • アイン・ランド読者会の記録PDFを1本作って発売する
  • 武術で一つ上の段位を取る
  • 2月に映画館で映画を10本観る
  • 「この人とよい協力関係を築けた」と思える人を1人増やす(できれば**のある人と)
あと、twitterは今日でいったんやめる(来年はペンネームでやるかも)。

2010年12月30日木曜日

古典読破計画2011

古典読破計画、3年目。

2011年は以下に決めた。

1月 ニッコロ・マキアヴェリ『君主論』
2月 梅棹忠夫『文明の生態史観』
3月 イマヌエル・カント『道徳形而上学原論』
4月 サヂ・カルノー『熱の動力についての考察』
5月 ウィリアム・シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』
6月 レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
7月 吉田松陰『留魂録』
8月 フローレンス・ナイチンゲール『看護覚え書き』
9月 ジョージ・オーウェル『動物農場』
10月 フランツ・カフカ『城』
11月 エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』
12月 川端康成『雪国』

去年も今年も、毎月の古典読書のおかげで、自分の視野がとてつもなく広がり深まり高まった。

来年も楽しみ。

2010年12月29日水曜日

なまじっかの善意

他人の悪意に怒りを覚えることはめったにない。

佐々木が他人に怒りを覚えたケースを分析してみると、そのほとんどが、他人の善意に対する怒りだった。

たとえば、以前ちょっとしたケガで医療費が掛かり、加入していた共済に給付金を請求したところ、給付金の支払いを断られたことがあった。

その理由は佐々木にはまったく納得のいかないものだったので、いつもはやたらとあきらめのよい佐々木も、電話でかなり粘った。

だが最終的には、給付金の請求を断念した。

それはまぁいい。

その電話を切るとき、最後に先方の担当者が言った「おだいじに」という一言。

これに佐々木は怒った。

ここ10年で佐々木を怒らせた言葉を怒りの激しさ順に並べたら、間違いなくトップ10に入る。

この一言への怒りで、佐々木はこの共済を解約した。

相手は間違いなく善意で言った言葉なのに。

佐々木自身のことで考えても、人間関係をこじらせてしまったとき、後で反省してみると、けっこう自分が善意や誠意から言った一言が原因になっていることが多い。

善意の発動には、よほど気をつけなければいけないと思う。

2010年12月28日火曜日

おじさん、『あしながおじさん』を読んだ

古典読書会。

先月の課題本はジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。

40歳近くなって、はじめて読んだ。

坪井郁美さんの訳(福音館文庫版)で。

坪井さんの訳はすごい。

この訳もまた、日本人の認識発達史に残る偉業かも。

子供時代にこの『あしながおじさん』を読めた人は幸せだ。

まだ精神が柔らかいうちに、このような溌剌たる精神のあり方に触れることができれば、きっとその後の人生も、おおむね溌剌たる精神で過ごせるはず。

佐々木は冒頭から少し読み始めただけで、ちょっと泣きそうになった。

主人公の認識のあり方があまりに健気で。

「あしながおじさん」なる登場人物のほうは冷静に考えるとけっこうとんでもない男のような気もするが、健全な精神はとんでもない精神との交流すら健全なる成長の糧にしてしまうものらしい、などと考えるのは佐々木自身の甲斐性のなさからくるやっかみのようなものか。

2010年12月27日月曜日

プロとアマチュア

メジャーな競技スポーツの世界ではプロがアマチュアを圧倒することが多いから、「プロとアマチュア」というと「プロが上、アマチュアが下」という上下関係が常に成立するかのように錯覚しがちである。

だが本来両者には「それで生計を立てているか否か」という違いしかなく、必ずしも「プロが上、アマチュアが下」という上下関係が成立するわけでもない。

人間には、「何かに感動したい」という欲求がある。

欲求が存在するということは、それを満たすことが職業になる可能性があるということである。

実際、人を感動させることは、職業の一ジャンルになっている。

人を感動させるのも、南郷継正先生が言うところの〈技〉である。

つまり、〈創出過程〉と〈使用過程〉の統一において把握されるべきプロセスである。

職業として(=「食っていく」ために)人を感動させるということは、ごく大ざっぱに言えば、人を感動させる〈技〉の〈創出〉よりも〈使用〉に重きを置くということである。

職業として人を感動させる上で、〈技〉の完成化や高度化がそれ自体として目的となることは、原則的には、ない。

そうしたことを目的として掲げるのは、基本的には、プロではなくアマチュアである。

だから、アマチュアのほうがプロよりも高度な〈技〉を完成させることは、十分にあり得る。

高度な〈技〉ほど〈創出〉も〈使用〉も困難だから、そのような〈技〉で人を感動させることは容易ではない。

つまり人を感動させる〈技〉の完成化や高度化を目的として掲げる者は、人々を容易に感動させらない。

基本的に人々が「感動する」のは、〈使用〉が完成化した〈技〉に対してである。

ただ中には完成度の低い低級な〈技〉で「感動させられる」ことに嫌悪を覚える人々もいる。

そのような人々は「玄人」と呼ばれ、そうした人々を喜ばせる〈技〉は「玄人好み」と呼ばれる。

2010年12月26日日曜日

運動科学総合研究所の冬期講座に参加

運動科学総合研究所の冬期講座「2010年版New背骨の硬縮解消法決定版!!初級」および「ゆる筋トレ1 ベースofベース」(いずれも高岡英夫先生)に参加。

トレーニングとその効果に関する、自分の期待あるいは考え方を、かなり根本的に改めさせられ、かつ、改める必要性を思い知らされた。

なので今日から改める。

改めたうえで、トレーニングメニューの組み方自体を見直す。

2010年12月25日土曜日

『戦争と平和』を読み終えた

トルストイの『戦争と平和』、やっと読み終えた。

出だしこそ小説だったが、この作品、純粋な小説ではなかった。

小説の形式を取り入れた社会科学、もしくは神学とも言えるかも。

描かれているのは、1805年から1820年にかけてのロシア。

トルストイ自身は、1828年生まれ、1910年歿。

自分が生まれる約25年前から10年前にかけて、祖国ロシアに起きたこと。

主に、ナポレオンによる侵攻と退却。

この歴史的事件をめぐる諸国民・諸個人の運動全体を、できるだけ神に近い視点(神の視点そのものではなく)から描くことで、人間の歴史の動因を明らかにしようとしたのが、この作品だと思った。

大作ではあっても、傑作ではない、と感じる。

それでも長くこの作品が読み継がれてきたのは、そうした歴史のとらえ方が社会のエリート層にとって必要不可欠なもので、この作品が、その必要性になんとか応えるものだったからだろう。

冒頭から順番に読むより、最後の「エピローグ」におけるトルストイの主張をまず読んで、それから、その主張の証明としてストーリーを読む、という読み方をした方がよい作品だと思う。

2010年12月24日金曜日

アマチュアであるということ

同じ文章を書くのでも、こうして勝手にブログを書くときと、仕事としてお金をもらって書くときとでは、頭の使い方が、まったくと言っていいほど違う。

自分が表現したいことを、できるだげ正確に表現すること。

これが、ブログを書くときに考えること。

特定の(=クライアントから指定された)属性を持った、特定の(=クライアントから指定された)状況にいる読者に、特定の(=クライアントから指定された)感情の動きをさせること。

これが、仕事としてお金をもらって書くときに考えること。

だから極論すれば、作品自体に注力するのが、アマチュア。

鑑賞者の感情に注力するのが、プロ。

アマチュアが、他人からの鑑賞を前提に創作やパフォーマンスをすることもある。

アマチュアが注力するのは作品やパフォーマンスそれ自体であって、鑑賞者の感情ではないから、鑑賞者は、作品やパフォーマンスの評価者の立場に立たされることになる。

だから極論すれば、アマチュアの作品やパフォーマンスの鑑賞者に期待されるのは、感動や満足ではなく、賞賛である。

「うまいですね~」とか。

「すごいですね~」とか。

プロの作品やパフォーマンスは、鑑賞者の賞賛など要求しない。

プロの作品やパフォーマンスは、特定の属性を持った、特定の状況にいる鑑賞者への、いわば「贈り物」である。

だからプロの作品やパフォーマンスは、その属性を持ちその状況にいる鑑賞者に、感動や満足を与える。

それだけでなく、たとえその属性を持たずその状況にいなくても、その属性を持ちその状況にいる者に自己を重ね合わせる鑑賞者にも、感動や満足を与える。

先日「ものすごくうまいアマチュア」のピアノ演奏と歌を耳にする機会があって、そんなことを思った。

2010年12月23日木曜日

礼儀と思考停止

取材にご同行いただいたクライアントの方より、佐々木のインタビュー中の癖について、ご指摘をいただく。

ありがたいことである。

代りの人間はいくらでもいるこの仕事。

黙って次からは別のインタビュアーを指名することもできたところ、わざわざお気づきの点をお教えいただいたクライアントの方の、愛情と期待に感じ入る。

1件のクレームの背後には、声に出されなかった100件の不満あり。

これまでも佐々木のインタビューに違和感を感じていたクライアントが、数多いらしたことだろう。

なんでもクライアントのお客様にインタビューする際、佐々木は「うん、うん」と相づちを打っていたらしい。

クライアントの方からすれば、大事なお客様に向かって「うん」はないだろうという話だ。

これからは「うん、うん」ではなく「はい、はい」と相づちを打ちながらインタビューをしよう、と決意して、頭の中でシャドー・インタビューを試みる。

ところがどうもしっくりこない。

身についた癖を直すのは難しい、ということだけでもないようだ。

どうも佐々木の中で、「はい」という返事が、ある種の思考停止と結び付いているようなのだ。

思考停止というのは、必ずしも悪いものではない。

組織やチームで活動するときは、個人的に少々の疑問があろうと目をつぶり、意志決定者の判断に委ねることが、ときには必要である。

これはよい思考停止である。

だが記事製作のためのインタビューに、思考停止は禁物。

インタビュアーは読者になり代わり、浮かんだ疑問をとことん解消していかなければならない。

やはり相づちは「はい」ではなく、「ええ」ぐらいにさせていただこうかと思う。

2010年12月22日水曜日

設計者の魂との対話

相手の魂や体のあり方が自分の魂や体に刻まれて、いつまでも消えなくなるような対話、というものが存在する。

先週末訪れた水戸偕楽園の好文亭。

さまざまな工夫や趣向が凝らされたその設計の鑑賞は、ある種、設計者の魂や体のあり方が自分の魂や体に刻まれる対話体験だった。

利用者に体験させる身体的・精神的快楽を、設計者が自分の身体・精神を駆使して創造したその魂のあり方が、建物の細部からも全体からも伝わってきた。

それは現に好文亭の設計者がそのような設計をしたからでもあるだろうが、おそらくそれだけではない。

好文亭の設計が、設計当時の利用者の身体・生活にちょうどフィットしていて、現代の我々の身体・生活にはフィットしていないからこそ、逆に、設計者の意図や魂があらわになったのだと思う。

設計が現代の我々の身体・生活にフィットしているとき、その設計者の意図や魂は、むしろ利用する我々には意識されないものだろうから。

2010年12月21日火曜日

上がったり落ちたり

60年の歴史を持つ老舗企業の役員の方から「我が社の最重要顧客です、よろしくお願いします」と上場企業2社のインタビューを依頼されて、「俺ってすごいかも?」と舞い上がったり、屋外での撮影がある案件にもかかわらず日没時刻を計算に入れ忘れていて、「俺って本当にダメだ」と落ち込んだり。

上がったり、落ちたり、上がったり、落ちたり。

2010年12月20日月曜日

独話と対話

発話には、相手を特定して行われるものと、そうでないものとがある。

会話における発話は、前者。

政見放送における演説は、後者。

演壇でのスピーチは、その中間。

書き言葉で言えば、1対1のメールは、前者。

論文の執筆は、後者。

SNS等での書き込みは、その中間。

仮に前者を「対話」、後者を「独話」とすると、独話ができる人は、対話ができる人よりも、少ない。

独話ができる人にとって、独話と対話は、まったく区別されるものである。

独話ができる人同士の対話は、基本的に、独話では達成できないコミュニケーションを達成するために行われる。

これに対して、独話ができない人同士の対話においては、本来独話で達成されるべきコミュニケーションと、対話で達成されるべきコミュニケーションが、自覚的に区別されていない。

このため、独話ができない人同士の対話は、いわば互いの独話のぶつけ合いに陥りがちだ。

あるいはどうでもいいプライバシーの穿鑿とか。

逆説的だが、極論すれば、独話が可能な人同士にしか、対話は不可能なのではないか。

2010年12月19日日曜日

鑑賞と衣服

偕楽園の園内に、水戸藩第九代藩主徳川斉昭が別邸として建てさせたという古建築、好文亭。

その部屋の一つ「梅の間」に、北原白秋の短歌を刻んだ木札が、置いてあった。
《梅の間よ今は眺めてしづかなり一際にしろき梅の花見ゆ》
《春早くここに眺むる誰々ぞ一樹のしろき寒梅をあはれ》
北原白秋が、この「梅の間」の襖絵に心打たれて詠んだ短歌なのだとか。

北原白秋が心打たれて短歌を読みたくなるほどの襖絵とはどれほどのものか、と件の襖絵を凝視。

だが佐々木には、その良さがいっこうにわからない。

絵画であれ、音楽であれ、文芸であれ、他人が絶賛する作品の良さが自分には理解できなかったとき、佐々木はその作品を絶賛する人の認識を、その基盤である身体にまでさかのぼって想像しようとする。

この襖絵に心打たれる認識とは、どのような認識か。

そのような認識の基盤になる身体は、どのような身体か。

しばし想像をめぐらせ、一つ気がついた。

そのとき佐々木は仕事の帰りで、背広にネクタイ状態。

仮に和服を着た状態でこの襖絵を眺めたら、受ける印象はまったく違ってくるのではないか。

和服を着た状態を想像して件の襖絵を凝視すると、たしかに何かが心に響きはじめた。

自分がどのような衣服を着ているかによって、作品から受ける印象が変わる。

これは発見。

あとで調べると、好文亭は1945年焼失し、1958年復元され、1969年再度焼失し、1972年に復元されていた。

北原白秋が件の短歌を詠んだのは、1935年。

佐々木が見た襖絵は、北原白秋が見た襖絵と同一のものではなかった。

最初見たときそれほどの襖絵とは思えなかったのは、そのせいもあったのかも。

それでも発見は発見。

2010年12月18日土曜日

偕楽園に行ってきた

取材で水戸へ。

帰りに偕楽園に寄ってみた。

兼六園(金沢市)、後楽園(岡山市)とともに、「日本三名園」の一つとされるのだとか。

建物だったら、一度建てられれば長くその姿が保たれるが、庭園の場合は、造営したからといってその姿が保たれるわけではない。

建物の美しさはほぼ設計によって決まる。

庭園の美しさは設計というよりも、維持管理によって決まる。

だから名園というのは、維持管理のあり方も含めて名園なのであり、その意味で、人も含めて名園なのではないか。

偕楽園が造成された当時の維持管理のあり方や、明治時代に「三名園」の一つに数えられた頃の維持管理のあり方と、現在の偕楽園の維持管理のあり方は、おそらく違うんだろうな、となんとなく思った。

それから、今よりもはるかにゆったりとした時間の流れを楽しむ趣向で設計された庭園から、自動車や電車がビュンビュン途切れなく走るのが目に入るというのも、けっこう興ざめと思った。

徳川斉昭が建てさせたという園内の休憩所、好文亭は、かなりおもしろかった。

設計者の工夫・こだわり炸裂の古建築。

江戸時代の日本人の身体や美意識のありかたが、建物の隅々から濃厚に伝わってきた。

2010年12月17日金曜日

凄腕結婚相談員

ホームページのコンテンツ製作のための取材で、都内の某結婚相談所へ。

毎月何組ものカップルを成婚させるという凄腕の結婚相談員の方にインタビュー。

こちらは仕事で来ているというのに、佐々木が独身と知るや、さりげなく(少しも押しつけがましさを感じさせず)入会を勧めはじめるあたり、さすが凄腕結婚相談員。

わずかなやり取りから佐々木の結婚観から生い立ちまで見抜いてしまうあたりも、さすがプロ。

2010年12月16日木曜日

『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第9巻』を読み終えた

今年9月に出た『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第9巻』、毎朝少しずつ少しずつ読んで、ようやく今朝読み終えた。

後半の「武道・武術の諸問題」が、第8巻の各章末にちりばらめれた〔問題〕〔解答〕とほとんど変わらないのはどういうわけか、という疑問が、読みながらずっと頭から離れなかった。

第8巻と比べて、わずかに説明がていねいになった程度。

特に論理に深みが増したとも思えない。

第8巻で急に挿入することに決めて、十分に説けなかったので、もう一度説き直したがまだ不十分、次の巻ではもっと詳しく説く、と南郷先生はおっしゃる。

《私の人生の集大成として発刊する》とされるこの全集を、そんな行き当たりばったりな構成にすることを、あの南郷先生が、よくご自分に許されたものだ、というのが正直な感想。

2010年12月15日水曜日

消える思考

武術の世界で、「消える動き」と呼ばれる現象が存在する。

目の前にいる敵の手足や武器が突然消えて、気づいたときには自分を襲っている、という現象。

これは、敵の手足や武器の動きの、早度や速度の高さだけによって起きる現象ではない。

敵の手足や武器の動きが、こちらの運動認知体系を越えていることによっても起きる現象だ。

これとまったく同じ仕組みで、相手の思考や話の流れが見失われることがあるのではないか。

そう思い付いたのは、次の2つの体験がきっかけだった。

1つ目の体験。

先日、頭の回転がえっらく速い女性経営者と、仕事の打ち合わせをする機会があった。

ほぼ一方的に先方の話を聞くだけだったのだが、脳がとんでもなく疲れた。

不愉快な疲れではない。

どちらかというと、スポーツをしたときのような疲れ。

この感覚、何かに似ていると思ったら、バスケットボールの1対1をやっているときに近い脳の使い方だった。

別に交渉をしているわけでもなく、議論をしているわけでもなく、ただ相手の話を聞いているだけだったのに。

とにかく話の飛躍と、展開の一方的さ加減が、半端じゃない。

よく女性にありがちな話し方ではあるのだが、ご本人の頭の回転が速いぶん、ついていくのが大変だった。

決して、話が支離滅裂というわけではない。

パスケットボール選手の動きの不規則性・不定性それ自体に合理性と妙味があるように、しっかりと追跡していきさえすれば、話の飛躍と一方的な展開自体に、合理性と妙味が感じられた。

だが話の展開を追い損ねると、支離滅裂な話をしているように聞こえることもあるのではないか。

つまり、ご本人の思考や話の流れが消滅したかのように、聞き手に感じられることもあるのではないか。

そんなことを思った。

2つ目の体験。

トルストイの『戦争と平和』を読んでいて疑問に感じることの一つが、なぜ、知性を感じさせる女性が一人も登場しないのか、ということ。

女性が知性を発達させることに対する社会的な抑圧が、当時は現代よりも強かっただろう。

だから実際、知的な女性が当時のロシアに少なかった可能性も、ないわけではない。

もう一つ思ったのが、もしかするとトルストイって、女性の思考の流れを把握するのが苦手な認知パターンの持ち主だったのではないか。

だから、実際にはトルストイの周囲の女性が高度な思考をめぐらさせているにもかかわらず、女性が思考らしい思考をしていないかのように、トルストイの目には映ったのではないか。

そういう目で見ると、トルストイの分析や叙述の仕方って、えっらく男性的だ。

2010年12月14日火曜日

複文

一文を、できるだけ短く。

広告文を書くときの、原則の一つ。

佐々木が広告文の作成に費やす時間とエネルギーの少なからぬ部分が、一文を短くすることに向けられている。

広告は基本的に「読んでいただく」もの。

「読みにくい」と思われたら終わり。

修飾語は、できるだけ削る。

複文は、できるだけ単文にする。
「私が買った大福を、夫が勝手に食べました」
ではなく
「大福を買いました。それを夫が勝手に食べました」
にする。

ただ広告文から離れて考えてみるに、そもそも複文というものが存在するのは、何も読者の頭脳に負荷を掛けることが目的ではない。

この点、迷路やパズルとはわけが違う。

言葉の背後には、書き手・話し手の認識がある。

書き手・話し手の認識の背後には、現実世界がある。

現実世界が重層的・流動的な構造をしているからこそ、その反映たる認識の構造も重層的・流動的になり、またその表現である言語も重層的・流動的になる。

単文だけで構成された文章に慣らされた読者は、現実世界の重層的・流動的な構造を、正しく把握できない。

これは辛いことだと思う。

現実世界に対する自分の期待が、絶えず裏切られるということだから。

その辛さを耐えがたく感じ始めた読者が、複文だらけの文章に接したとき、「この複雑さが理解できるようになることで、私は私が感じている辛さから脱却できる」「この複雑さこそが、今の私を救ってくれる」と直感することも、もしかしたらあるのかもしれない。

つまり文章の複雑さ自体が文章の魅力になることも、あるのではないか。

普通は「なんだこのわけのわからん文章は」で終わるんだろうけど。

2010年12月13日月曜日

古墳時代

日本史の時代区分で、「古墳時代」と呼ばれる時代がある。

「古墳時代」って、考えてみればおもしろい名前だ。

昨日仁徳天皇陵の周りを歩きながら、そう思った。

「平安時代の人々は今が平安時代だとは思っていなかったし、鎌倉時代の人々は今が鎌倉時代だとは思っていなかった」とは、よく言われることだ。

ただ、平安時代の人々にも現在の都が平安京であるという認識はあっただろうし、、鎌倉時代の人々にも現在の幕府が鎌倉にあるという認識はあっただろう。

だが古墳時代の人々は、まさか自分たちが生きている時代が、後世、支配者の墳墓によって特徴づけられるようになるとは、思いもよらなかったのではないか。

日本列島における人間社会の歴史の一時期において、国家的共同体およびその支配者の情熱、欲望、エネルギーの少なからぬ部分が、「可能な限り巨大な墳墓を建造すること」に向かった時代が存在したこと。

しかも単に巨大であればいいというものではなく、どうしてもあの独特の前方後円型でなければならない、という観念が、広く、強く、長く、共有されていたこと。

それがある時期から突然、日本列島全体で、「もうやめにしない? こんなデカい墓作るのは……」という認識が優勢になったこと。

「支配者の墳墓をできるだけ巨大にすること」に国家的共同体およびその支配者の情熱、欲望、エネルギーの少なからぬ部分が向けられた時代は、日本列島以外の地域においても、古代の一時期に存在していること。

こうしたことが、とにかく興味深い。

国家的共同体の情熱の向かう対象が、古代において「支配者の墓」になったり、中世において「寺院・神殿」になったりするのは、単なる偶然ではなく、そこには人類的なスケールにおける認識発展上の必然性があるのだと思う。

現代社会において、成功者や権力者と呼ばれる人々が必死に追求しているものが、後世、「あんなものが真剣に追求されていた時代があったんだ!」と驚かれるようになることも、十分あり得る。

その頃には、そのものこそ現代社会を特徴づけるものとして、現代社会が「○○時代」と呼ばれるのかもしれない。

現代の我々が三世紀末から六世紀中頃を「古墳時代」と呼ぶように。

2010年12月12日日曜日

仁徳天皇陵を見てきた

取材で大阪府堺市へ。

帰りがけに、日本最大の古墳、仁徳天皇陵を見てきた。

南海電鉄の最寄り駅で降りて、周囲約3キロの遊歩道を一周。

近くから眺めても、例の前方後円型は、まったくイメージできない。

ただ柵がめぐらされて、柵の向こうに水を張った堀があって、その向こうに、こんもりとした林があるだけ。

それがただ、ひたすら続く。

ある意味、わけがわからない。

だがそのわけのわからなさが、よかった。

現代の我々は、ヘリコプターなどを使って上空から撮影した仁徳天皇陵の写真を見ているから、あの写真のイメージに重ねて、実際の仁徳天皇陵を眺めることができる。

だがあの陵が設計され建造された当時は、当然ながら、ヘリコプターからあの陵の形を眺めることは不可能だった。

周囲に高い山があるわけでもない。

人間が取り得ない視点から眺めてのみ意味をもつ建造物を、設計し、莫大な労力を費やして完成させた当時の人間の認識のあり方に、強い興味を覚えた。

人間が飛行機やヘリコプターを完成させ、空を自由に飛べるようになったこと。

これもたしかにすごいことだ。

だが、飛行機やヘリコプターがまだ存在しない時代に、飛行機やヘリコプターがなければ見ることができない建造物を、人間が構想して完成させたことも、それに匹敵するぐらい、すごいことなのではないか。

なんてことを思った。

2010年12月11日土曜日

辛楽

自分が辛いと感じていることであっても、周囲の人々が自分と同じようにそのことを辛いと感じていれば、辛さも半減する。

自分が辛いと感じていることを、周囲の人々が別に辛いとは感じていないと、辛さが倍増する。

最悪なのは、自分が辛いと感じていることを、周囲の人々が楽しいと感じている状況である。

自分が楽しいと感じることを企てるときほど、そのことを辛く感じる人々の存在に、思いを巡らせなければならないと思う。

2010年12月10日金曜日

定義の問題などではなく

たとえば「東京の定義」と言ったら「日本の首都」とも定義できるだろうし、あなたの言う「東京」に多摩地区や島嶼地区は含まれるのか、それとも含まれないのか、とかいうのも定義の問題なのだろうが、いくら定義を厳密にしたところで、実際一度も東京を訪れたことがない、テレビですらほとんど東京の街を見たことがない、という人と東京都民の間で、東京像を共有できるはずはないわけで、そんなところにも、定義を追求することの虚しさを感じる。

「学問」とか「科学」とか「法則」とか「弁証法」とか「矛盾」とか、こういった言葉によって佐々木が思い浮かべている像を、佐々木と共有している人は、あまり多くない。

定義の問題ではなく、実感の問題として。

同様に、多くの女性が「寂しい」という言葉によって思い浮かべている像を、おそらく佐々木は共有していない。

定義の問題ではなく、実感の問題として。

2010年12月9日木曜日

つらいれんこん

学生時代に自分のひとりよがりぶりを思い知らされたある出来事に、蓮根料理が関わっているせいで、蓮根を調理するたびに、つらい感情がわきおこる。

20年近く経っても、あのつらい感情の反復が止まないのが、おもしろい。

つらおもしろい、というか。

で、佐々木が調理した蓮根はうまい。

なのでつらおもしろうまい。

2010年12月8日水曜日

「いらっしゃいませ」と「May I help you?」

挨拶の決まり文句は、その文字通りの意味を分析してみると、なかなか美しい精神を包含していることが多い。

誰も、その文字通りの意味を意識して使っているわけではないにしても。

たとえば「おはようございます」。

世間の人々よりも早く起き、早く活動を始めている人の勤勉さ。

生活の健全さ。

精神の清々しさ。

そういったものを称える精神が、この「おはようございます」という言葉には含まれているのではないか。

そんなことを意識してこの言葉を使っている人は、ほとんどいないにせよ。

で、こういうふうに分析していったとき、佐々木がいい言葉だな、と思った決まり文句の一つに、英語の「May I help you?」というのがある。

「May I help you?」の意味を辞書で調べると、「いらっしゃいませ」と出ている。

どちらも、店員がお客を迎えるときの、決まり文句の一つだ。

が、その文字通りの意味を分析してるみと、「いらっしゃいませ」と「May I help you?」は、ある意味、互いに正反対の態度を含意しているように思う。

その両極性が明らかになるように、あえて極端に表現すれば、以下のようになる。

「いらっしゃいませ」が含意するのは、「あなたが抱えている問題を解決する方法を、私は知っています。その方法を、どうか、私からあなたに教えさせてください」という態度である。

これに対して、「May I help you?」が含意するのは、「あなたが抱えている問題を解決する方法を、私は知りません。その方法を、どうか、私に教えてください」という態度である。

どちらの態度がより優れている、ということはない。

ただ、どちらか一方の態度しか取れない状態よりも、どちらの態度にも自由かつ合理的に移行できる状態のほうが、優れているとは言えると思う。

ビジネスに行き詰まったとき、「いらっしゃいませ」の態度から「May I help you?」の態度への転換、またはその逆の転換を考えることが、有効性を発揮することも、あるいはあるのではないか。

なんてことを想像してもいる。

2010年12月7日火曜日

たった2ミリの歩幅の差でも

体がゆるんで、歩幅が2ミリ広がっただけでも、1歩歩いたときの精神のあり方が、まったく変わってしまう。

1日、1カ月、1年間に歩く歩数を考えたら、たいへんな影響だ。

2010年12月6日月曜日

苦手意識

今年何が意外だったって、企業の宣伝用インタビュー記事を作る仕事の依頼が、ほぼ途切れなしに来るようになるとは、年の始めには想像もしてなかった。

佐々木は「他人から好かれる」ことに対して、ものすごく苦手意識があるから、「他人から好かれなければならない仕事」はまず勤まらないだろうと、それこそ10代のころから思い続けてきた。

企業の宣伝なんて、人から好かれることが目的の仕事そのものだ。

まさか佐々木に勤まるとは思いも寄らなかった。

神田昌典さんがどこかで《苦手意識を持っていることほど、そこに才能が隠されている》とお書きになっていたけど、ある面ほんとなんだなと思った。

佐々木が苦手意識を持っているもう一つのこと。

人に何かを教えること。

もしかすると来年あたりは、これをやらされるような機会も訪れるのかも。

2010年12月5日日曜日

自分自身の肉体や精神への冒涜

ゴミのポイ捨てというのはどこでやらかそうが顰蹙ものであることに違いはないが、たとえば神社の境内でやらかすゴミのポイ捨てと、公園でやらかすゴミのポイ捨てとを比較したときに、前者のほうが、何かを冒涜している度合いがより大きい、という感覚は、熱心な神道実践者以外にも、幅広く共有されているように思う。

他人がその人自身の肉体や精神を粗末に扱ったからといって、別に佐々木が何の害を被るわけでもないにもかかわらず、そこに何かの冒涜を感じる感覚と、神社の境内でのゴミのポイ捨てに何かの冒涜を感じる感覚は、似ているのではないか。

で、たとえば神社の境内を相当の敬意をもって扱う人が、同じだけの敬意をもって自分の肉体や精神を扱わないことがあるのはなぜなのか、という疑問、というか違和感が、昨日ごちゃらごちゃらややこしく書いたことの出発点。

2010年12月4日土曜日

媒介物としての聖地・聖像・聖具

媒介物なしには認識できない対象、というものがある。

たとえば自分の顔を、直接自分の目で見ることはできない。

鏡やビデオなどの媒介物を間に挟むことによってはじめて、自分の顔を、自分の目で見ることが可能になる。

自分の顔を鏡で見るときは、鏡に写っている自分の顔の映像を、仮想的に、「自分の顔そのもの」として扱う。

仮に、自分の顔を鏡で見て、顔にゴミが付いていることに気づいたとする。

このとき、鏡に向かって手を伸ばし、自分の顔の映像から、直接ゴミを取り除こうとする人は、ほとんどいない。

正常な人であれば、鏡に写った自分の顔の映像ではなく、自分の顔そのものから、ゴミを取り除こうとするはずである。

つまり、顔からゴミを取り除くことを決めた瞬間、自分の顔の映像を仮想的に「自分の顔そのもの」として扱うことを、中止しなければならないのである。

さて世の中には、神社仏閣、神器、仏像、お守りなど、それ自体に神聖性があるとされている物が存在する。

こうした聖地・聖像・聖具の類は、人間が、自然や社会や個人の神聖さを認識するための、媒介物として捉えることができるのではないかと、最近思い始めている。

自分の顔を直接自分の目で見ることができないように、人間は、自然や社会や個人の神聖性を、直接認識することができない。

聖地・聖像・聖具やこれらにまつわる物語を媒介にして、はじめて人間は、神聖性というものの存在を認識できる。

だが、ひとたび人間が神聖性というものの存在を認識できたら、人間は、聖地・聖像・聖具それ自体に神聖性があると考えることを、中止しなければならないのではないか。

顔にゴミが付いていることに気づいた人間が、鏡に写った自分の顔を「自分の顔そのもの」として扱うことを中止しなければならないように。

2010年12月3日金曜日

カルチャーショック

結婚相談所に行ってきた。

客としてではなく、ホームページのコンテンツを製作する業者の一人として。

打ち合わせでうかがった話はどれも興味深かったが、もちろんここには書けない。

口外もしない。

印象に残ったのは、男性からお見合いの申込みを多く受けている女性の例として、何人か見せていただいた方のプロフィール写真が、どれも非常に「可愛いらしさ」にあふれていたこと。

ちょっとしたカルチャーショックだった。

それだけ可愛らしい女性が、結婚相談所の世話になっていることに驚いたのではない。

結婚相談所の世話になるぐらいの年齢になってもなお、大半の男が結婚相手にああいった種類の「可愛らしさ」を求めていることに、改めて驚いたのだ。

個人的には、小学校5年生以上の人間に「可愛らしさ」を求めるのは、ある種の精神的纏足であるようにも感じる。

だが現に可愛らしい女性と結婚したい男性が、結婚相談所のサポートで可愛らしい女性と出会い、めでたく結婚する、というストーリーに、何の問題があるはずもない。

業者としての佐々木は、このストーリーを促進するコンテンツの製作を、ただ粛々と進めるのみである。

2010年12月2日木曜日

おっさんは扱いづらい

ある法人向けサービスを行っている会社の顧客インタビューに行った折、取材先企業の40代前半ぐらいの役員の方が、その会社のサービスを選んだ理由の一つとして、「若い人が多い会社だったから」というのを挙げられていた。

なぜ若い人が多い会社だといいのかと尋ねると、「年配の、変に職人的なところがある人に来られると、正直、現場で扱いづらい」という趣旨のことをおっしゃった。

なるほど、そういうこともあるだろうな、と思ったその数週間後、風邪で体調を崩して脳や体がえらく固まり、老化の疑似体験をしたような状態になった。

その状態で、あるクライアント会社の担当者の方から、佐々木にはひどく不合理に感じられる作業手順を示されたとき、その手順の不合理さを上から教えてやる口調のメールを、あやうくクライアント会社に送りつけそうになった(送らなかったけど)。

あー年配の人は扱いづらいというのはこういうことか、と反省した。

歳を重ねて、仕事の経験を積んで、豊富なノウハウを持つようになるのはいい。

だがそれで、お客さんに説教を垂れるような、仕事を頼んだ側が不愉快な思いをするような、「変な職人」になってしまってはいけない。

経験を重ねただけの豊富なノウハウを持ち、かつ、お客さんが気持ちよく仕事を頼める存在になることは、可能だと思う。

それを目指さなければいけないと思った。

2010年12月1日水曜日

来年の目標を決める

そろそろ来年の目標を決めないといけない。

昨年末に決めた今年の目標のうち、ここに書いたのは次の4つ。

1.武術で一つ上の段位を取る。

2.人との協力関係を広げ強める。あえて数字を入れると、2010年の終わりに振り返ったとき、「今年は新しくこの人と良い協力関係を築けた」と思える人が、10人以上いるようにする。

3.古典と呼ばれる本を毎月1冊読む。

4.アイン・ランドの読者会を開く。

1は実現できなかった。

2は、甘く数えれば10人にもなるが、厳しく数えれば、せいぜい3~4人。だが「今年は新しくこの人と良い協力関係を築けた」と思える人が3~4人というのは、実現してしまえば、決して小さな数字ではなかった。

3は実現。

4も実現。

さて来年の目標。

去年末、一昨年末は、翌年の目標を数字や言語で確定したい、という欲求をやたらと強く感じた。

しかしなぜか今年は、実現したいイメージが、非言語的な「あの感じ!」という形でしか湧いてこない。

果たしてこのままでいいのかどうか。

今月末までに詰めたい。
 
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