2010年8月31日火曜日

見えない美点

新しく知り合った人に「世の中にはこんな美点を持った人がいるのか」と驚くような美点を発見したそのすぐあとに、同じ美点を、昔からの知り合いに発見することがある。

というか、あった。

人の美点は、こちらに認識する気がないと、もしくは認識する力がないと、あっても気づかないものなんだと思った。

2010年8月30日月曜日

ラブとかハッピーとか

英日翻訳をしていて面白いと思うことの一つは、loveとかhappyとか、ごく基本的な感情を表わす単語に、該当する日本語の単語がないこと。

もちろん辞書を引けば訳語は見つかるが、辞書に訳語が掲載されていることと、概念が対応することは、イコールではない。

文化が違えば、感情のあり方自体が違ったり、概念の区切り方が違ったりのは、当たり前と言えば当たり前だ。

が、こういう説明もありかな、という説明を一つ思い付いた。

前にも書いたが、日本語には“I”とか“You”とかゆー概念がない。

駄洒落失礼。

で、英語で感情を表わす単語は、基本的に“I”とか“You”の状態を説明しているわけだから、ある文化に“I”とか“You”の概念が存在しなければ、その文化の基盤となる言語に“I”とか“You”の状態を説明する単語が存在しないのも、当然のことだな、と。

ついでに、日本人が作る、日本人以外ほとんど聴かないポップソングに、なぜあれほど英語が多用されるかの説明も、この切り口で出来そうだ。

極論すれば、第二次世界大戦後の日本におけるポップソングのテーマは、“I”とか“You”という概念(とそれに対応する現実)が存在する世界を、憧れの対象として描くこと、ほぼそれだけだったのではないか。

2010年8月29日日曜日

トップの性格

組織の気風に、トップの性格が与える影響は大きい、と言われる。

武術団体で、自分がマネージャーを勤める地区のメンバーの昇級・昇段が思わしくないと、俺みたいなキャラクターの人間がマネージャーをやってるのも一因かと、ちょっと気に病んだりする。

2010年8月28日土曜日

俺が作った味噌汁の味が恋しい

旅行先で、友人と自炊のレパートリーについて話していたら、自分で作った料理が無性に食べたくなってきた。

自宅を離れて、まだ数日なのに。

ビバ俺の味。

2010年8月27日金曜日

柳と風

「柳の枝が風に揺れる」。

特におかしなところがある文ではない。

だが「柳の枝が風に揺れる」という言い方には、無意識のうちに、次のような認識が前提されている。

すなわち、柳という木が永遠の過去から、風の存在とは無関係に存在し、その柳という木の存在の外部から、風が吹いてきて柳を揺らす、という認識が。

柳と呼ばれる木が現在のような姿形になったのは、この地球上に風と呼ばれる気象現象があったからだ。

つまり風に吹かれて揺れることは、柳にとって偶然的・外部的な現象ではなく、むしろ柳という木の本質の一部なのだ。

個人が生活の中で遭遇する問題も、柳にとっての風のようなものなのでは。

今の自分がこのような姿形なのは、個としての自分や民族としての日本人や類としての人類やらが、解決にこのような姿形を必要とするような問題に遭遇してきたからだろう。

問題は自分にとって偶然的・外部的なものではなく、自分の本質そのものなのだ。

今自分がぶつかっている問題が、将来の自分の本質を形作っていく。

みたいな。

ついでに国家にとっての外国も似たようなものかと。

2010年8月26日木曜日

油絵

本日とある合宿で泊まった民宿の床の間に掛けられていた、一枚の油絵。

描かれているのは近くを流れる川。それを取り囲む山。何のへんてつもない風景。だがその風景を見つめる描き手の魂の気高さが、不思議なくらい伝わってくる絵だった。

三浦つとむも指摘するように、絵画においては、「描き手が見ているもの」と「描き手の位置・認識」が、切り離せないものとして一体的に表現されている。

そのことは理論的にも感情的にも、以前から納得しているつもりだった。

だがやはり、表現者の認識を鑑賞者がどれだけ追体験できるかは、鑑賞者の体験知と思索の量と質に依存する。

去年この絵を見て、5年前にこの絵を見て、10年前にこの絵を見て、描き手の魂の気高さにこれほどの感動を覚えられたか。

描き手の認識をこれほど生々しく追体験できたか。

そう想像してみて、それはない気がした。

自分の成長を実感できたようで嬉しい。

2010年8月25日水曜日

夏の虫、秋の虫

昼間はセミの声。

夜はスズムシ、マツムシ、コオロギの声。

虫の声が好きな佐々木にとっては本当にいい季節。

2010年8月24日火曜日

前倒し処理

既知であったはずの言葉が、突然、未知の言葉に出会ったときのような輝きを放つことがある。

最近だと、「前倒し処理」という言葉。

なにしろこれが苦手で、なんでもずるずるとあと回しにしてしまう自分を戒めるべく、「前倒し処理」とわざわざ紙に書いて壁のコルクボードに貼り付けている。

その「前倒し処理」と書かれた紙をぼんやり眺めていて、突然ひらめいた。

「投資」って、実は「前倒し処理」のことなのではないか。

少なくとも、事業を遂行する立場では。

「投資」って、その意味の拡大に絶えず社会的な圧力がかかっている言葉の一つだ。

実は消費であることを、「投資」と言い換えることで、消費を拡大させることができるから。

もちろん、言葉の意味をあえて拡大することで見えてくることだってあるけど、それと同じくらい、言葉の意味が拡大されることで見えなくなることがある。

やろうとしてもなかかなかできないのが「前倒し処理」。

その「前倒し処理」に該当しない「投資」は、「投資」じゃなくて「消費」。

そうあえて理解することで、見えてくるものがある気がする。

お金を運用する立場での「投資」とはまた違う話だけど。

お金を運用する立場での「投資」って、やたらと数学的に美しく理論化されているけど、その裏側には、どうしようもなく泥くさくて非論理的な事業遂行の世界がある。

同じ言葉でも、お金を運用する立場と、事業を遂行する立場とでは、意味を逆さまに理解しなければならない言葉って、たぶん少なくない。

「投資」もたぶんそう。

2010年8月23日月曜日

いらない意識

元SM嬢の小説家Iさんが6月に幻冬舎アウトロー文庫から出された小説を読んだ。

Iさんが最近まで副業でされていた仕事を、佐々木も今、副業でやっている。

もちろん佐々木にSM嬢は勤まらない。

だからその副業というのはSM嬢ではない。

企業の宣伝を目的としたWebコンテンツを製作する仕事だ。

Iさんはその仕事の世界で天才と呼ばれた人だった。

ところが事情あって、その仕事をおやめになってしまった。

天才Iさんがおやめなった今も、Iさんご指名の注文はひきもきらない。

やむをえずその注文は、天才ならざる制作者が代わりに引き受けることになる。

佐々木もそのうちの何本かを引き受けることになった。

天才Iさんご指名の仕事を受ける。

すっげープレッシャーだ。

あの驚異的に読者を引きつける文章、写真、レイアウトの秘密は何なのか。

わらにもすがる思いで、Iさんがお書きになった小説に手を伸ばした。

例によって能力のあり方を、体のあり方としてつかむべく。

当然ながら、Iさんの体のあり方と佐々木の体のあり方を分析すると、
 (1)Iさんにあって佐々木にない部分
 (2)Iさんになくて佐々木にある部分
 (3)Iさんにも佐々木にもある部分
の3種類に分けられる。

Iさんにあって佐々木にない部分。

これはもう、わからない、と思ったほうがいいような気がする。

自分になくて他人にあるものを、わかりもしないのにわかった気になるほうが、まずいのではないか。

Iさんになくて佐々木にある部分。

これはすぐわかった。

人の心をつかむ。

人を笑わせる。

この2つの目的に役立たない部分が、佐々木の体を支配する意識には大量にあり、Iさんの体を支配する意識にはほとんどない。

速く走る、という目的に役立たない屋根が、公道車にはあり、F1マシンにはないのと、一緒だと思った。

佐々木の体を支配する意識のうち、どんな部分が、人の心をつかんで人を笑わせる役に立たないのか、人の心をつかんで人を笑わせるうえで邪魔になるのかが、実感としてわかった。

「F1マシン」には怖くてなれないけど、「必要に応じて屋根を外せる公道車」ぐらいには、努力次第でなれるのではないか。

そんなことを思った。

2010年8月22日日曜日

身体の実感を通して言語化された指針

書き手が抱えていた問題が解決された過程、あるいは解決されはじめた過程を、書き手の身体の実感を通して言語化した言葉は、読み手にとって、自分自身が抱える問題を解決するヒントの宝庫。

そういう言葉はときにあまりに常識的で、「そんなのあたりまえのことじゃん」とアタマが受け入れを拒否したりもする。

「本当にそれが現実の自分の“あたりまえ”になっているのか?」とカラダに問い直すと、突然その「あたりまえのこと」が、問題解決の指針として光を放ちはじめる。

またそういう言葉はときにあまりに常識外れで、「そんなことあるわけないじゃん」とアタマが受け入れを拒否したりもする。

「本当にそれはありえないことなのか?」とカラダに問い直すと、突然その「ありえないこと」を「ありえないこと」と認識していた自分のあり方こそが、問題の本質であったことに気づかされる。

そういう言語化ができる人の存在自体に、はかりしれない貴重さを感じる。

2010年8月21日土曜日

釈明

5年前に立ち上げた「佐々木一郎の極意学的オブジェクティビズム考」というサイト。

半年ぐらいしか更新が続かなかった。

根性が足りなかったから、というのが一つの理由。

だがそれだけではない。

二つ目の理由。

書いているうちに、論じようとしているテーマが、今の自分の手には余る、と強く感じはじめた。

つまり、人生だの世の中だのについて、まだ自分は語っていい年齢じゃない、ということが、人生だの世の中だのについて真面目に書き始めてしまったからこそ、はっきりと自覚された。

三つ目の理由。

個人の自由や独立に価値を置く生き方への疑問が、自分の中で強まりはじめた。

公私においてさまざまな壁にぶつかる中で、自分自身の他人と協調する能力の低さを、なんとかしなければならない、ということを、強く感じるようになった。

そういう状態で、個人の自由や独立に価値を置く社会思想について論じ続けるのは、ちょっと無理だった。

2010年8月20日金曜日

「佐々木一郎の極意学的オブジェクティビズム考」

アイン・ランドの『水源』を読んで、身体を記号や拘束から自由にしていくことと、社会を記号や拘束から自由にしていくことの共通性に、興奮と希望を得た佐々木は、5年前、「佐々木一郎の極意学的オブジェクティビズム考」というサイトを立ち上げてしまった。

今読み返すと、けっこう恥ずかしい。

ネットで自分の恥をさらすことへの耐性は、こういう恥ずかしいサイトを作って放置しておくことで鍛えられる。

そんな耐性鍛えてどうする、という気もするが。

それにしても5年も経つと、人間、外観も中身もずいぶん変わるものだと思う。

5年前に自分が書いた文章からは、「俺が感じているこの興奮を、なんとか理を尽くして伝えたい、誰かと共有したい」という情熱が、ひしひしと伝わってくる。

それがなんだか痛々しい。

今の自分からは、そんな情熱はすっかり欠落してしまっている。

そのことのほうがよほど痛々しいのかもしれないけど。

まぁしかし、少なくとも知的興奮を興奮のまま伝えるなんて、やっぱり無理。

自分に興奮をもたらした事象の構造を、どこまでも冷静に分析し尽くす以外に、知的興奮を他人と共有するすべはなさそうだ。

2010年8月19日木曜日

佐々木にとってのアイン・ランド

佐々木が最初に読んだアイン・ランド作品は、藤森かよこさん訳の『水源』。

出だしは、なんだかえらく読みにくい小説だと思った。

主人公の建築学科学生ハワード・ロークが、学部長から退学処分の理由を聞かされ、建築論的な反論を展開する場面まで来て、いきなり興奮のボルテージが上がった。

これって高岡英夫先生のおっしゃる〈フリーフルクラム〉と〈スティフルクラム〉の対立を、建築の世界で描いた作品じゃん、と。

さらに読み進めるに及んで、建築の世界にとどまらず、人の生き方、人と人との関わり方、社会のあり方全般における〈フリー(自由)〉と〈スティフ(拘束)〉の対立を描いた作品だということがわかった。

体を固めて、決まった順序や形どおりに体を動かすことで得られる世界と、体をゆるめて、体の各部が持っている質量や性質や地球との関係に従うことで得られる世界。

佐々木が自分の体の中でつかみ始めていた〈自由〉と〈拘束〉の対立と、アイン・ランドが『水源』で描いて見せた自由主義と集団主義の対立には、まさに体を通して実感できる共通性があった。

自分の体の中のあり方と、自分の体の外のあり方。

佐々木には、この二つの共通性と相互作用を解明して、その両方を相互作用的によくしていきたいという、根本的な願望がある。

この二つのうち、特に自分の体の外のあり方について、〈自由〉の価値と〈拘束〉の悲劇を、実感として納得できる物語の形で描いてくれた人物、というのが、佐々木にとってのアイン・ランドの位置づけなのだと思う。

2010年8月18日水曜日

ロンリー・ウルフの会

ロンリー・ウルフの会。

なんだか「丸い四角形」や「金属製の陶器」みたいな形容矛盾のようだが、「丸い四角形」や「金属製の陶器」ほど非現実的なわけでもないだろう。

人とつながることを大切にするがゆえに人とつながれなくなるということは、十分ありえることだろうし。

アイン・ランドの愛読者の会を組織するということは、そういう人同士をつなげることでもあるのだと思う。

2010年8月17日火曜日

「『肩をすくめるアトラス』愛読者の集い」開催決定

来月、アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』愛読者の集いを開催することが決まった。

佐々木は、日本の明るい未来を、いろいろな形で思い描いている。

ゆる体操が今のラジオ体操なみに普及した日本、これは明るいぞ、とか。

学者の大半が弁証法を習得するようになった日本、これは明るいぞ、とか。

社会の指導層を担う人々の大半が、少なくとも1割が、アイン・ランドの『水源』と『肩をすくめるアトラス』を読んでいる日本、というのも、そういう明るい未来のイメージの一つ。

佐々木が主宰する小さな集まりが、そういう明るい未来にどれだけつながるものなのか、はなはだ心もとなくはあるのだが。

2010年8月16日月曜日

バナナ

バナナという果物の食べやすさは、ちょっと度を越している。

スーパーでバナナを一ふさ買う。

家に帰って一本食べはじめて、一本でやめられたためしがない。

あと一本だけ、あと一本だけの繰り返しで、数分とかからず一ふさ丸ごと胃に収まる。

間違いなく、バナナのあの異様なまでの食べやすさのせいだ。

むくのに何の努力も要しない皮。

むいて手を汚すこともない。

食べるときは根元部分の皮が持ち手になる。

噛むにも飲むにも何の苦労もない果肉。

食べて口の周りが汚れることもない。

味覚的には甘み一辺倒、酸味もなければ苦味もない。

あれだけの食物繊維を平らげた当然の帰結として、半時間も待たず放屁連発の仕儀となる。

バナナは悪魔の食物と思う。

2010年8月15日日曜日

問いの重みに喜びを感じるとき

問いには重さがある。

ある問いは軽く、ある問いは重い。

日常会話でむやみに重い問いを発しないことは、一つのエチケットだ。

佐々木も常々心がけている。

ただめったにあることではないが、自分に向けて発せられた問いの重みが、そのまま、自分の喜びの大きさになることがある。

一方的にこちらが答えなければならない問いとして相手から発せられた問いに、そのような喜びを感じることはない。

問いを発した相手自身が、自らの存在の重みと世界の存在の重みが丸ごと掛かった問いを、自ら答えなければならない問いとして自らに問い、その問いの重みを引き受けることが自らの成長に資するという実感を得て、同じ成長を共有するに値するとこちらを認定してくれたがゆえに、その問いをこちらにも投げかけてくれたのだ、と感じられたとき。

そういうときは、その人と知り合えたことを、体の底から喜ばしく思う。

2010年8月14日土曜日

まったりがつらい

5、6年ぐらい前までは、仕事の合間に家事をしながらよくFMラジオを聴いていた。

今はもう、まったくと言っていいぐらいラジオをつけない。

番組の送り手が視聴者に与えようとしている「まったり」感が、つらくてしょうがないのだ。

自分のどんな努力が、自分のどんな成長に結び付くのか、そのイメージが鮮明になってきたからだと思う。

佐々木だってそんなに勤勉な人間ではないから、日々だらだらへらへらと怠けはする。

努力のしっぱなしなんてありえない。

だがラジオ番組が押し出してくる、多額の制作費と膨大な労力・工夫を費やして構築された「まったりワールド」に触れていると、自分が努力する意志自体をもみ消されてしまいそうな怖さを、今は感じる。

2010年8月13日金曜日

細胞たちにとっての自分

本日、運動科学総合研究所の夏期集中講座の一つ「細胞正常力アップ」(高岡英夫先生)に参加。

佐々木を構成する約60兆の細胞たちにとって、佐々木がどのような存在なのかが、実感としてわかった。

高岡先生がそのような表現を使われたわけではないのだが、60兆人の人々が、佐々木の気づかないところで、佐々木のために粉骨砕身していことに、突然気づかされたような感じ。

あるいは、自分が60兆人の人々から本気で愛されていたこと、そしてこれまでそのことに自分がまったく気づかずにいたことに、突然気づかされたような感じ。

へたすりゃ泣くほど感動した。

2010年8月12日木曜日

回復過程の技化

南郷継正先生が「運動していない人間は、そもそも回復過程が技化していないのだ」と説かれていると、「心に青雲」さんのブログで知った。

回復過程の技化。

すごい概念を知ってしまった。

疲れをためない体のあり方の像が、生き生きと浮かんできた。

全身に広がる神経網の像が、骨格模型のように鮮明に浮かんだ。

自分の体がまだまだ疲れを無駄にためる状態にあることを、強烈に自覚させられた。

体が無駄に疲れをためる状態にあることが、精神面での無駄なとどこおりにも結び付いていると、自覚した。

脳が、数か月ぶりにバキバキと鳴った。

2010年8月11日水曜日

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を読んだ

著者の人生そのものを、そして、著者がその存在を通して捉えたこの世界そのものを、与えられたと読後に感じる本がある。

西原理恵子さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』も、そういう本だった。

各章、印象的なタイトルとともに、心打つリード文が添えられている。
第1章
「どん底で息をし、どん底で眠っていた。「カネ」がないって、つまりはそういうことだった。」
(リード)《生まれる場所を、人は選ぶことができない。だとしたら、ねえ、どう思う? 人って、生まれた環境を乗り越えることって、本当にできるんだろうか。》
第2章
「自分で「カネ」を稼ぐということは、自由を手に入れるということだった。」
(リード)《「最下位」の人間に、勝ち目なんてないって思う? でもね、「最下位」の人間には、「最下位」の戦い方ってもんがあるんだよ。》
第3章
「ギャンブル、為替、そして借金。「カネ」を失うことで見えてくるもの。」
(リード)《あぶくみたいに、あっという間に消える「カネ」。ただの情報、架空のデータみたいに思える「カネ」。世の中には、汗水たらして働いた手で直接つかむ以外にも、いろんな種類の「カネ」があった。》
第4章
「自分探しの迷路は、「カネ」という視点を持てば、ぶっちぎれる。」
(リード)《自分は何に向いているのか。自分はいったい、何がしたいのか。深い迷いで身動きできなくなっているキミを、「カネ」が外の世界へと案内してくれる。》
第5章
「外に出て行くこと。「カネ」の向こう側へ行こうとすること。」
(リード)《人が人であること。人が人であることをやめないこと。貧しさの、負のループを超えた向こう側に、人は行くことができるんだろうか。》
アジアの貧しい国々に暮らす貧しい子供たちの現実、そして、その現実をたずねる旅が西原さんにとって持つ意味を語った、第5章。

その第5章に添えられたリード文の
《人が人であることをやめないこと》
というフレーズには、泣きそうになった。

人が人であることをやめる。

あまりにもひどい現実は、認識が捉えること自体を拒絶する。

「人が人であることをやめる」現実から少しでも遠いところに身を置くことに、佐々木は無意識の努力を傾けていた。

「人が人であることをやめる」という概念自体を自分の脳が認識しないように、無意識の努力を傾けていた。

だが「すべての規定は否定である」(スピノザ)と言うように、「人が人であることをやめる」という現実を認識することなしに、「人が人たり続ける」ことの意味をまともに認識することはできない。

西原さんは、「人が人であることをやめてしまう」現実を、日常茶飯事的に目撃する少女時代を送った人だった。

「人が人であることをやめてしまう」ことが当たり前の世界から、ご自身が必死の努力で抜け出した後も、「人が人であることをやめてしまう」ことが当たり前の世界について考え続けてきた人だった。

そうやって「人が人であることをやめる」現実について考え続けてきた西原さんがたどりついた「人が人たり続ける」ことの意味をめぐる考察には、凡百の人間論の及ばない深みと温かみがあった。

以下は西原さんが「人が人であることをやめる」という言葉を使った箇所の抜き書き。
《お金がないことに追い詰められると、人は人でなくなっていく。その人本来の自分ではいられなくなって、誰でもなく、自分で自分を崖っぷちまで追い詰めて、最後には命さえ落としてしまうことがある。
 貧しさが、そうやってすべてをのみこんでしまうことがある。》
《戦場だけじゃない、鴨ちゃん〔西原さんの元夫の鴨志田穣氏〕は世界中を回ってきた人だった。
「ぼくが見てきた世界を、きみにも見せてあげる」
 そうしてわたしは鴨ちゃんと、自分が育ってきた場所よりも、もっと貧しい、もっとたいへんな暮らしがあるアジアの国々を旅して、それでもそこで生きている子どもたちのことを漫画に描くようになった。
 何が人を、人でなくしてしまうのか?
 わたしは相変わらず、そのことをずーっと考えつづけているのかもしれない。》
《自分とちがう境遇の人の立場や気持ちを想像することができない、想像力の欠如っていうのも、「人を人でなくしてしまうもの」のひとつかもしれないね。
 そして、それは「カネ」が生み出す格差の中にも潜んでいるものだと思う。》
《貧困の底で、人は「どうにかしてここを抜け出したい」「今よりもましな生活をしたい」という「希望」を持つことさえもつらくなって、ほとんどの人が、その劣悪な環境を諦めて受け入れてしまう。
 そうして「どうせ希望なんてないんだから、考えたってしょうがない」という諦めが、人生の教えとして、子どもの代へと受け継がれていく。
 考えることを諦めてしまうなんて、人が人であることを諦めてしまうにも、等しい。
 だけど、それが、あまりにも過酷な環境をしのいでいくための唯一の教えになってしまう。》
《人が人であることをやめないために、人は働くんだよ。
 働くことが、生きることなんだよ。
 どうか、それを忘れないで。》

2010年8月10日火曜日

魂の真面目さ

サボらないとか、遅れないとか、人に尽くすとか、そういう行動レベルの真面目さとは区別される真面目さ、「魂の真面目さ」とでも言うべき真面目さがあることを、明確に意識するきっかけになったのは、高校生の頃に読んだ夏目漱石の『こゝろ』の、有名な次のくだりだったと思う。
《「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているんじゃありませんか。私は貧弱な思想家ですけれども、自分の頭で纏め上げた考えをむやみに人に隠しやしません。隠す必要がないんだから。けれども私の過去を悉くあなたの前に物語らなくてはならないとなると、それはまた別問題になります」
「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから、私は重きを置くのです。二つのものを切り離したら、私にはほとんど価値のないものになります。私は魂の吹き込まれていない人形を与えられただけで、満足はできないのです」
 先生はあきれたといった風に、私の顔を見た。巻烟草を持っていたその手が少し顫(ふる)えた。
「あなたは大胆だ」
「ただ真面目なんです。真面目に人生から教訓を受けたいのです」
「私の過去を訐(あば)いてもですか」
 訐(あば)くという言葉が、突然恐ろしい響きをもって、私の耳を打った。私は今私の前に坐っているのが、一人の罪人であって、不断(ふだん)から尊敬している先生でないような気がした。先生の顔は蒼(あお)かった。
あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好(い)いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか
もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です
 私の声は顫(ふる)えた。
「よろしい」と先生がいった。「話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう。その代り……。いやそれは構わない。しかし私の過去はあなたに取ってそれほど有益でないかも知れませんよ。聞かない方が増(まし)かも知れませんよ。それから、――今は話せないんだから、そのつもりでいて下さい。適当の時機が来なくっちゃ話さないんだから」
 私は下宿へ帰ってからも一種の圧迫を感じた。》
成長のある段階においては、「魂の真面目さ」と「かっこよさ」や「かわいさ」や「おもしろさ」は、対立するかのような現象を呈する。つまり一見、魂の真面目さを追求するほどかっこ悪く、かわいくなく、おもしろくなくなり、かっこよさ、かわいさ、おもしろさを追求するほど魂の真面目さが失われるかのような状態になる。

成長が進むと「魂の真面目さ」は、「かっこよさ」や「かわいさ」や「おもしろさ」と統合されてしまう。つまりは魂の真面目さを追求するほどかっこよく、かわいく、おもしろくなり、かっこよさ、かわいさ、おもしろさを追求するほど魂の真面目さが磨かれるかのような状態になる。

だから「マクベス」の魔女ではないが、
かっこいいはかっこわるい
かわいいはかわいくない
おもしろいはつまらない
なんてことも起こる。

2010年8月9日月曜日

統治者の孤独

正義は社会が選択するもの。

しかし現実に「社会の選択」を担うのは、統治者という意思決定機関(ポジション)を担う、生身の個人である。

社会の一般構成員も、政治的党派も、正義の選択について考え、議論し、主張し、時には物理的影響力の行使にも踏み切る。

しかしこれらはあくまで、正義の選択に対する影響力の行使であって、正義の選択そのものではない。

統治者にとってと、その他の社会構成員にとってとでは、正義の選択が意味するところが、まるで異なる。

現実の正義の選択は、おそらく、「1時間以内に1万人を殺すことを選択すれば別の5万人の命を救える」といった残酷な選択の連続である。

自分の倫理や正義観に適合する正義を絶対的正義として主張することや、自分の倫理や正義観に適合しない正義を絶対的不正義として糾弾することを佐々木がためらうのは、一つには、こういう統治者の孤独を思わずにはいられないからだ。

2010年8月8日日曜日

正義と倫理

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』(マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳)を買って読んでみた。

NHK教育テレビでも放映された「ハーバード大学史上最多の履修生数をほこる超人気哲学講義」の、書籍化なんだとか。

今年5月発売で、いまだにあちこちの書店で平台山積み。

売れてるらしい。

原題は、『Justice: What's the Right Thing to Do?』。

この原題から、もう違和感。

「Justice」=「正義」

「What's the Right Thing to Do?」=「正しい行いとは?」

「正義」と「正しい行い」って、同列に並べちゃ駄目だろう。

チームプレーでたとえるなら、「正義」というのはマネージャーレベルの決断に関わる概念、「正しい行い」というのはプレーヤーレベルの決断に関わる概念。

次元が違う。

「正しい行い」の基準は、一人一人が持つ「倫理」以外にはないと思う。

人はなぜ倫理を持たなければならないのか。

自分と、自分が関わる人々の、幸福のためだ。

いかなる倫理を選択しようと、その倫理に基づく行動は、自分および自分が関わる人々に、その倫理に特有の仕方で、幸福と不幸の両方をもたらす。

幸福だけをもたらす倫理も、不幸だけをもたらす倫理も、存在しない。

それはこの本で詳しく論じられている通りだ。

それでも何らかの倫理を選択して、時には例外を認めながらも、可能な限り原則的に行動したほうが、まったく無原則に行動するよりも、全体として自分および自分が関わる人々の幸福が増すからこそ、個人は倫理を持たなければならないのだと思う。

どんな倫理を選択しようとも、その倫理に基づく行動は、必ず何らかの不幸、もしくは道徳的な負い目をもたらす。

倫理を選択することの中には、そういう不幸や道徳的な負い目を引き受けなければならないことも、当然に含まれている。

佐々木の感覚では、倫理というのは、いわゆる「キャラ」に近いものだ。

社会生活の中で、個人がどうしても引き受けて持たなければならないもの。

場面に応じて自由に使いわけてもよいもの。

選択して持つことから生じる結果も、自由に使い分けることから生じる結果も、すべて自分で引き受けなければならないもの。

それがキャラであり、倫理だと思う。

これに対して正義というのは、個人ではなく、社会全体に適用される「正しさ」の判断基準だ。

社会がいかなる正義を選択しようとも、その正義に基づく政策・処罰は、その社会の構成員およびその社会に関わる外部社会に、その正義に特有の仕方で、幸福と不幸の両方をもたらす。

この点は倫理と同じ。

幸福だけをもたらす正義も、不幸だけをもたらす正義も、存在しない。

この点も倫理と同じ。

それでも何らかの正義を選択して、時には例外を認めながらも、可能な限り原則的に政策・処罰を行ったほうが、まったく無原則に政策・処罰を行うよりも、全体としてその社会の構成員およびその社会に関わる外部社会の幸福が増すからこそ、社会は正義を持たなければならないのだと思う。

個人は社会の一員になることによってしか生きられない。

社会は何らかの正義を選択することなしには存続できない。

だから個人は、社会が正義を選択することを承認しなければならない。

しかし社会が選択した正義は、必ずその正義に特有の不幸をもたらす。

その不幸のもたらされ方は、決して平等ではない。

簡単に言えば、社会が選択した正義によって、わりを食う人々は必ず出てくる。

わりを食う人々が、その正義に反対するのは当然だ。

あるいは、社会が選択した正義が、個人が選択している倫理に反する場合も出てくる。

社会が選択した正義に反する倫理を選択している人々が、その正義に反対するのも当然だ。

ただ佐々木自身は、自分自身がわりを食う正義や、自分が選択している倫理に反する正義を社会が選択することに対し、ある種「仕方ないこと」という感覚を持っている。

社会がそのような正義を選択すること自体をやめさせようとすることにエネルギーを使うよりも、そのような正義の中でもなんとか自分が生き延び、自分なりの倫理を通すことにエネルギーを使うほうが、生産的なのではないか、と思ってしまうのだ。

この『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』、隅から隅まできちんと読んだわけではないのだが、どうも、上述したような問題について、きちんと論じていないのではないか、という印象を持った(間違ったらごめんなさいだが)。

しょうがないか。

だってハーバード大学で哲学を講義するっていうこと自体が、アメリカどころか、全世界における正義の選択と実現を、主体的に担うってことなんだから。

2010年8月7日土曜日

体のあり方

人間の能力、思考、感情を、体のありかたとして把握したい、という欲求がある。

憧れるに値する精神のあり方に触れたときは、その精神のあり方を可能にしている、体のあり方を想像する。

想像した体のあり方と、現実の自分の体のあり方を比較し、その差を埋める方法を考える。

目に見えない発見の宝庫。

2010年8月6日金曜日

仮説

この人は、自分には理解できないことが理解できている。

この人は、自分には見えていないものが見えている。

この人は、自分には感じられていないことが感じられている。

この人は、自分にはできないことができる。

人を理解しようとするとき、意識して頭に置く仮説。

2010年8月5日木曜日

向田邦子の男性観

向田邦子が俳優 根津甚八を評したエッセイに、次のようなくだりがある。
《犬が好きか猫が好きか。
 これは男性を選ぶときにもあてはまる。
 紺の背広で会社に通い、キチンと月給袋を持ってくる男。三十五歳になったらローンで家を建てる、と人生の青写真が出来ている男は犬型だ。女房の親戚の冠婚葬祭にも礼儀正しく顔を出し、勿論子供の運動会にも出かけていって二人三脚に汗をかく。退職金も計算に入っているから、女房を路頭に迷わすことはない。健康で安全である。
 そこへゆくと猫型は気まぐれで危なっかしい。
 職業にも女にも、いや自分の人生にすら忠誠を誓うことをしないから肩をならべて生きる女は大変だ。
 〔‥‥〕
 こういう男性を家に連れて帰って、「この人と結婚したいの」といったら、親はまずいい顔をしないだろう。「たしかに魅力はあるけれど、先ゆきお前は苦労するよ」と母親は愚痴をこぼすに違いない。
 たしかにその通りで、こういう男性は金銭だけでなく、愛情のほうも、毎月の女の家計簿の帳尻はキチンと合わせてくれないものだ。あなたにとって魅力のある男は、他の女にとっても魅力のある存在なのだから始末に悪い。第一、猫は犬と違って、首輪を付けていない。
 女もメス猫になってじゃれあうか、自分と全く違う一匹の雄を、ゆとりをもって眺め、いとおしみ、つきあっていく。道は二つに一つである。しかし、大抵の女は、半世紀にわたってその辛抱をする自信がないので、紺の背広を着た従順な犬型の男性を伴侶に選ぶのだろう。そして、魅力ある猫科の男たちに、ないものねだりの熱い視線と溜息を送りつづけるのである。》(「男性鑑賞法-根津甚八」)
このエッセイは根津を猫に擬してその魅力を語ったものだから、「犬科の男」より「猫科の男」が持ち上げられているのは当然なのだが、個人的な男性観においても向田は、明確な「猫科」派だったらしい。妹の向田和子さんが、次のように書いている。
《〔‥‥〕姉は生命保険には一切入っていなかった。〔‥‥〕そもそも生命保険という制度そのものに関心がなかったようだ。
〈紺の背広で会社に通い、キチンと月給袋を持ってくる男。三十五歳になったらローンで家を建てる、と人生の青写真が出来ている男〉(「男性鑑賞法」・『眠る盃』所収)
 を徹底して軽蔑していた姉は、そういう男が律儀に加入しているに違いない生命保険も、軽蔑の対象にしていただろうことは容易に想像がつく。
 感動も何もない人生の青写真を作って、その通りに生きようという人間は、姉が最も軽蔑していた、というのが言い過ぎなら、最も「情け無い」と思っていた部類の生き方だった。》(『向田邦子の遺言状』)
向田が犬科男を「徹底して軽蔑」したり猫科男に「熱い視線と溜息を送」ったりできるのも、向田自身に、男に依存する必要がないだけの経済力があったからだろう。その意味で、経済力のある女が増えることは、猫科男にとっては、喜ばしいことであるに違いない。

別に犬科としてダメな男が、即、猫科として魅力的なわけではないだろうが。

それにしてもわからないのが、向田にとって、猫科男のいったい何が魅力なのかということだ。

犬科男の特性、キチンと月給袋を持ってくる、人生の青写真が出来ている、冠婚葬祭にも礼儀正しく顔を出す、女房を路頭に迷わさない、健康で安全。これらが女にとって魅力であることはわかる。

くだんのエッセイで向田は根津について、得意スポーツは剣道で、剣の静から動への呼吸は猫が雀に踊りかかるのに似ているだの、甘えと拗ねと屈折した自己顕示が、お手やチンチンをせず相手を軽く噛む猫の愛情表現に似ているだの、いろいろ語ってはいる。

だが結局のところ向田が言っていることは、要約すれば、「猫科の男は魅力的である。なぜなら猫科の男は猫っぽいからだ」、これだけである。

まったく説明になっていない。

ある対象の魅力を自分でもどう説明していいかわからない、ということは、その対象を好きである、ということの、本質的な一部なのかもしれないとも思った。

2010年8月4日水曜日

14歳の目

中学生のころ、周囲の大人たちの言動に、佐々木が強く強く感じていたことの一つ。

「この人たちは、自分で自分の頭の中の言葉にだまされている」。

自分の頭の中の言葉というのは、「~はこうあるのが正しい」といった正義論とか、「~はこういうものだ」といった一般論とか。

そういう言葉で自分の頭の中をパンパンにして、周りの現実だとか、周りの人の気持ちが見えなくなっている人たち、というのが、周囲の大人たちに対する、当時の自分の評価だった。

絶対に口には出さなかったけど。

そういうことは、子供が大人に向かって言ってよいことのリストからは、外れているようだったから。

あの当時の、周囲の大人を観察していた自分の目は、いまだに自分の中に残って、自分自身を観察し続けている。

「俺、自分で自分の頭の中の言葉にだまされてないかな」みたいな感じで。

2010年8月3日火曜日

しら雲、山桜

古典読破計画

先月は「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」でおなじみの『葉隠』。

肥前鍋島氏の家臣、山本常朝(1659―1719)が語った武士の生きざまを、門人の田代陳基(1678-1748)が聞き書きし、7年がかりでまとめたもの。

冒頭、「この始終十一巻、追って火中〔焼却〕すべし。世の批判、藩士の邪正、推量、風説等に遺恨悪事にもなるべく …」との注意書きに続いて、次の二句が掲げられている。
浮世から何里あろうか山櫻 古丸(常朝)

しら雲や只今花に尋ね合い 期酔(陣基)
これらの句は、宝永七年(1710年)の三月初旬、山の麓の草庵で穏棲の日々を送っていた山本常朝(当時52歳)を、田代陣基(当時32歳)が慕って尋ねてきた、その出会いの日に、二人が詠んだ句だという。

『葉隠』の思想に触れたうえで、改めてこの二句を味わうと、胸がじーんと熱くなる。

陳基がやったことは、共同体の維持発展に不可欠の知恵・技・掟・魂の、賢人からの聞き出しによる、文章化だ。

俺が仕事でやってることと、同じだと思った。

その陳基が、空の雲を「しら雲」と表現している。

雲を眺めるのも、佐々木は好きだ。「しら雲」、美しい表現だと思う。自分が共感を覚える人物が、自分が好きな対象を、このうえなく美しい言葉で表現してくれた、それだけで既に嬉しい。

「山桜」が、浮世から離れた山の上で一人静かに咲いていると、「しら雲」がやってきて挨拶をする。「山桜」も挨拶を返す。

この精神性のすごさ。

こういう精神性のある交流が、300年前のこの日本に現実に存在し得たことに、驚きと感動を覚える。

2010年8月2日月曜日

『いろいろな人たち-チャペック・エッセイ集-』(飯島周編訳)を読んだ

古典読書会。

先月の課題は、下記4冊から任意の1冊。
○『夜と霧』V・E・フランクル
○『ユートピア』トマス・モア
○『茶の本』岡倉覚三
○『いろいろな人たち―チャペック・エッセイ集』カレル・チャペック

佐々木が選んだのは『いろいろな人たち―チャペック・エッセイ集』。

チェコの小説家、劇作家、随筆家、コラムニストであるカレル・チャペック(1890~1938)のエッセイを、飯島周さんが編訳したもの。

「ロボット」という言葉はチャペックの小説『ロボット』(1920)で初めて使われ、この小説が発表されるや世界中に広まった。

と、今回初めて知った。

『いろいろな人たち』には54篇のエッセイが納められているが、最初に納められている「自己の周辺について」が、突出してよかった。

この1篇目を読み始めたとき、佐々木は「あ、この人、好き好き!」とけっこう興奮してしまったのだが、以後の53篇には、この第1篇目に匹敵するほどの興奮は覚えなかった。

他の53篇もたしかにおもしろい。観察が細かくて、ユニークで、表現がユーモラスで。特に男女差を論じたものなどは、作者が女性的と断じる性格の多くが自分に当てはまって、これは時代の差なのか、民族の差なのか、自分の特殊性なのか、と考えさせられたり。

ただ他の53篇は、基本的には、作者の観察眼の鋭さが、作者の外に向いているのだ。そのため、「こういう対象にこういう観察眼の鋭さを発揮する人って、他にもいるよね‥‥」みたいな、代替可能性を感じてしまう。

だが1篇目の「自己の周辺について」は違う。作者の鋭い観察眼の視野に、生きて生活する作者自身と、作者自身が生活する地域と、さらにそれらを超えた人間一般、社会一般、それらすべての間の関係がとらえられていて、視野がどんどん広がりながら、視点が高まっていっている。その視野の広がり、視点の高まりにすがすがしさを感じると同時に、「これってこの人だけが描ける世界だ」という固有性を、生々しく感じさせられる。

1篇目「自己の周辺について」に佐々木がえらく興奮してしまった理由をむりやり説明すると、たぶんこんな感じ。

2010年8月1日日曜日

夏の挨拶

10代から30代前半ぐらいまでは、夏、気温が高くなると、食欲や体力や仕事の生産性が、極端に落ちていた。

ここ数年はそのようなこともなくなり、特に今年はどういうわけか、暑さがまったくと言っていいほど気にならない。

これも、体をゆるめセンターを通すトレーニングを続けてきた効果なのか。

進藤義晴さんの著作の影響で、夏でも靴下を二重に履き、綿のズボン下とランニングシャツを身につけるようになったことも、効いているのか。

あるいは、ここのところ自分には少しありがたすぎるぐらいの期待を込めての仕事の依頼を次から次にいただいていることも、少しは関係しているのか。

原因は一つには絞れない。

いずれにしても、先月来の猛暑の中、実際に佐々木の頭に浮かんでいる言葉は、「こんなに暑くても平気でいられるようになって、嬉しいなぁ~、俺、幸せだなぁ~」であって、「暑ぃよぉ~、たまんねぇよぉ~」ではないのである。

しかし外で人と会えば、掛けられる言葉は必ずといっていいぐらい「暑いですね~」。

こんなものは単なる挨拶なのだから、いちいち掘り下げられたら、相手も困惑するだろう。

なので佐々木も笑顔で、「ほんと暑いですね~」。

自分の口から出る言葉と、実際に頭の中でしゃべっている言葉にずれがあることについて、一抹の後ろめたさを感じつつ。
 
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