2009年2月28日土曜日

機能と幸福

あたりまえ、と言っていいと思うのだが、佐々木は化粧はしない。

だから化粧品にはまったく興味がない。

化粧に関する話をいくら読んでも聞いても、さっぱり頭に入らない。

ただ、唯一例外がある。

“ビューティエキスパート”の大髙博幸さんが、ラジオでメイクのアドバイスをしているのを聴くのは、とても楽しい。

大髙さんが他のメイクアドバイザーと違うのは、単なる知識や技術を語るのではなく、知識や技術によって得られる幸福を語るところだ。

化粧品やメイク法の機能的な善し悪しに関する話には、佐々木は何の共感も持てない。

だが、それらの機能によって得られる幸福感の話になら、十分に共感できる。

大髙さんは、メイクや美容法によって得られる幸福感を、それ自体として語るわけではない。

言葉としてはあくまでも、メイクや美容法の視覚的な効果を、真摯かつ冷静に語るだけだ。

だがその真摯かつ冷静な語り口が、単なる視覚的な効果を超えた深い幸福感を、聴き手に想像させるのだ。

よい小説家や詩人は、感情を感情自体の描写によって表現するのでなく、人や物のあり方の描写を通して、間接的に表現する。

大髙さんが語る美の幸福も、それと同じだ。

大髙さんのメイク話を聴いていると、自分がまったく認識できていなかった世界に、自分の認識が広がる喜びを感じる。

2009年2月27日金曜日

仕事自体への満足に鈍感になること

ある50人ぐらいのサークルで、会計を担当している。

最近、そのサークルの次年度予算案をつくる過程で、サークルの上層部から、ある方針を押し付けられた。

その方針は、佐々木の個人的な信念に、著しく反するものだった。

その押し付けに対して佐々木は、ここ1年なかったほど強い怒りを覚えた。

自分が何に怒っているのか、わからないほどの怒りだった。

なんとか冷静になって分析してみると、自分が感じた怒りは、その方針自体に対する怒りと、会計担当者としての自分の判断が尊重されていないことに対する怒りの、二つから成るようだ。

どちらかと言えば、後者の怒りの方が強そうだ。

報酬をもらってやる仕事でこうした怒りを感じることは、ほとんどない。

仕事自体についてどれほど不満を感じたとしても、たいていは、報酬に対する満足で打ち消されてしまうからだ。

裏を返せば、報酬に満足するあまり、自分が仕事自体に感じている不満に対して、鈍感になっているとも言えるかもしれない。

こういう鈍感さが、自分が仕事を頼む側にまわったとき、悪い形で発揮されてしまうことは、十分にあり得ると思う。

つまり、「こちらが金を払っている」という意識によって、依頼相手が報酬以外の面に感じている不満に、気づけなくなるという形でだ。

あえてビジネス的な表現をするなら、そうした依頼相手の不満にこちらが鈍感であればあるほど、同じコストで依頼相手から引き出せる成果は、少なくなる。

そのことを実感させてもらったという意味では、今回のサークルでのことは、悪い経験ではなかった。

2009年2月26日木曜日

失敗と創造

料理するとき、調味料を計量するということがほとんどない。

酒も醤油も酢も、小さじだの大さじだのカップだのと使うことなく、ビンから直接、適当に注ぐ。

塩も、目分量で振りかける。

それで味付けを失敗することは、ほぼない。

ただかぼちゃの煮つけだけは、なぜか年に1~2回のペースで味付けを失敗する。

かぼちゃの煮つけを作るのは簡単だ。

かぼちゃを一口よりやや大きいくらいのサイズに切る。

固いかぼちゃを包丁で切るのは、めんどうと言えばめんどうだが、これも身体能力のトレーニングだと思えば楽しい。

かぼちゃ切りの奥義は、高岡英夫先生が、Webサイト「究極の身体」のコンテンツ「『究極の身体』を読む 身体の中心はどこにあるのか」の「“究極の身体”の水準で考える脱力」章で解説されている。

で、一口サイズに切ったかぼちゃをビタクラフト鍋に並べて、酒と醤油を“適当に”注ぎ、蓋をしてごく弱火で20分かけて煮詰めればできあがり。

ただこのかぼちゃの煮つけ、醤油の加減を間違えると、かぼちゃの甘味が引き立たない。

ちょっとでも醤油を入れ過ぎると、塩辛いだけの煮つけになってしまう。

その失敗はこれまで何度もやっていて、頭ではわかっているのだが、どういうわけかときどき最初に醤油をドボドホっと入れ過ぎてしまう。

その時点で鍋から調味料を捨てて、また酒と醤油を注ぎ直せばいいのだろうが、面倒くささともったいなさに流されてそのまま火にかけ、出来上がった煮つけの塩辛さに後悔、となる。

なぜ、同じ間違いを性懲りもなく犯してしまうのか?

不注意と言ってしまえばそれまでだ。

ただ、「こうやれば間違いない」というセオリーを、ときどきはあえて踏み外す試みがあるからこそ、それまで存在しなかったものが生まれてくるのではないか。

だから、一定の頻度で失敗をやらかす傾向は、創造のためにはむしろ必要とされるものなのではないだろうか。

塩気がきつ過ぎるかぼちゃを食べながら、そんなことを考えた。

2009年2月25日水曜日

ウナの意識が重心落下点の移動に引きずられる

高岡英夫先生の『センター・体軸・正中線―自分の中の天才を呼びさます』の192ページから193ページに、「ジンブレイド」という、足裏から腰にかけて成立する身体意識(体性感覚的意識)のトレーニング法が紹介されている。

このトレーニングを朝のルーティーンに組み込んで、4か月近くになる。

最近気づいたのだが、このトレーニング法で自分の重心落下点をウナラインの中点からウマラインの中点に移すとき、スォードの一部を構成するウナの意識まで、重心落下点の移動に引きずられて前方に移動してしまっていた。

(ウナとかウマとかスォードとかいうのは、いずれも足裏に成立する身体意識の点やラインで、位置は『センター・体軸・正中線―自分の中の天才を呼びさます』に書かれている)

なるほど、スォードを残して脱力しようとしても、前方力が生まれないわけだ。

このことに気づいたのは、今月の運動科学総合研究所の「歩法上級」の講座で、あることをみっちり教わったからなのだが。

2009年2月24日火曜日

ケンカの気持ちのよい終わり方

ケンカと交渉は違う。

交渉では、自分の望みが100%通れば万々歳。

だが自分が100%勝ったケンカは、自分が100%負けたケンカ以上にむなしい。

50%50%、いったいどちらが勝ったのか負けたのか、わけがわからなくて最後はお互い笑ってしまう、というのが、一番気持ちのよいケンカの終わり方だ。

こちらが勝つにしても、せいぜい60%が限界。

それを越えるのは、勝ち過ぎ。

だがそれは、ケンカが終わってからわかること。

ケンカの真っ最中は、自分が100%の勝ちを目指しにいって、そのことが相手にも100%の勝ちを目指させてしまって、あるいは相手を100%引かせてしまって、泥沼に陥る。

かといって、はじめからこちらの言い分を50%しか通そうとしなければ、残りの50%が自分の中でわだかまりとして残ってしまう。

ケンカを気持ちよく終わらせるのはほんとに難しい。

2009年2月23日月曜日

抵抗とは違う形で

昨日のエントリを書くために「クリスプな言葉」について考えている間、揚げ春巻やクロワッサンの食感が口の中によみがえりっぱなしだった。

揚げ春巻の皮やクロワッサンが口の中で砕かれていくときは、砕かれていく一片一片が、砕かれるその瞬間に自らはじけるような感覚がある。

砕かれること自体には抵抗しないが、砕かれるという一見受動的な状態の中で、はじけるという能動性を発揮する。

焼き八ツ橋や堅焼き煎餅の場合は、歯で砕かれること自体には抵抗し、この防衛局面では能動性を発揮する。

だが、砕かれるときはいわば全面的な敗北として砕かれていき、その瞬間に能動性を発揮することはない。

大福餅やようかんの場合は、歯で噛まれることにさえ、ほとんど抵抗しない。

まったく受動的と言っていい。

状況の中で受動的に身を処しながら、抵抗とは違う形で瞬間瞬間に能動性を発揮する、というあり方は、食べ物だけでなく、人間のあり方としても魅力的だと思う。

2009年2月22日日曜日

クリスプな言葉

内田樹さんがブログで村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチを

《非常にクリスプで、ユーモラスで、そして反骨の気合の入ったよいスピーチ》

と評しているのを読んで、「クリスプ」という形容詞が頭から離れなくなった。

そういえば自分では使ったことがない言葉だ。

辞書で意味を調べてみた。

『大辞林』の説明は
《(トーストやセロリなど、食べ物が)歯ごたえがあり、ぱりぱりしているようす。》
『コウビルド英英辞典』の説明は
《1 Food that is crisp is pleasantly hard, or has a pleasantly hard surface.
〔‥‥〕
4 Weather that is pleasantly fresh, cold, and dry can be described as crisp.
〔‥‥〕
5 Crisp cloth or paper is clean and has no creases in it.》
「食べ物に心地よい固さがある、表面の固さが心地よい」
「天気がすがすがしくて、ひんやりとして、カラッとしてる」
「布や紙が清潔でシワがない」
ということのようだ。

『ケンブリッジ英英辞典』の説明は
《1 hard enough to be broken easily
2 describes cooked foods, such as pastry and biscuits, that are well cooked so that they are just dry and hard enough
3 describes fruit or vegetables that are fresh and firm
4 describes paper or cloth that is stiff and smooth
5 describes sound or an image that is very clear

6 describes weather that is cold, dry and bright
7 describes air that is cold, dry and fresh
8 describes a way of speaking, writing or behaving that is quick, confident and effective》
「簡単に壊れる程度に固い」
「パン菓子やビスケットがよく焼かれて、しっけてなくて十分に固い」
「果物や野菜が新鮮でしっかりしてる」
「紙や布に張りがあってデコボコしてない」
「音や画像が非常に鮮明」
「空が晴れ渡って、少し寒く、湿気がない」
「空気がひんやりとして、カラッとして、すがすがしい」
「話し方、書き方、振る舞い方がきびきびとして、自信に満ちていて、望ましい効果を上げる」
といったところか。

こういう印象や感情や効果を呼び起こす言葉って、たしかにある。

単語、文字、音の一つ一つが、目や耳を通して脳に体に吸収される瞬間瞬間、焼きたてのパイのようなサクサク感と、晴れ渡った冬空のようなすがすがしさをもたらし、意味は鮮明、印象は陽性、効果は意図通り。

そういう言葉が存在すること自体が、自分もそんな言葉を紡いでみたい、という快い意欲を呼び起こす。

2009年2月21日土曜日

副作用には敏感かつ正直に

薬の効能だけを知っていて、副作用を知らない人間は、薬を売ってはならないことになっている。

どんな場合に効くのか。どんな場合に効かないのか。どんな副作用を伴うのか。どんな場合に逆効果になるのか。

こういったことを調べぬいて、考えぬいて、買い手に正直に伝えることは、薬に限らず効能を売りにしたすべての商品やサービスを売る人間の、義務であるように思う。

副作用のない薬がないように、どんな商品やサービスにも、なんらかの副作用はあるはずだ。

ある商品やサービスを長いこと売っていれば、そのことに嫌でも気づくのではないだろうか。

効能自体がそれほど期待されない商品やサービスなら、深刻な副作用も生じにくいだろう。

だが、身体や人格や魂が抱える根深い問題の解決を図る商品やサービスであれば、副作用も、ときに深刻にならざるをえない。

そうした商品やサービスを売っていながら、副作用について示唆さえしていない人や、副作用について考えた形跡すらない人を見ると、この人は、この商品・サービスの販売経験がまだ浅いんじゃないか? もしかすると鈍感なんじゃないか? へたをすると嘘つきなんじゃないか? と、つい疑ってしまう。

少なくとも佐々木は、業務マニュアルをつくって活用することの副作用について、敏感かつ正直でありたいと思う。

2009年2月20日金曜日

自分で自分の頭を殴りたくなったとき

ひどい失敗をしでかしたときや、自分の根性のなさにうんざりさせられたとき、自分で自分の頭を殴りたくなることがある。

しかしこれを実際に行なおうとすると、大変な問題にぶつかる。

まず、意識的にであれ無意識的にであれ、練習しなかったことは人間はできない。

自分で自分の頭を殴る訓練を、習慣的に行うことは不可能だ。

だからそもそも、「自分で自分の頭を殴る」という動作を効果的に行うこと自体が、ほとんど不可能に近い。

仮に、抜群の動作応用能力を発揮して、練習を一切してこなかった「自分で自分の頭を殴る」動作を効果的に行えたとしても、さらに大きな問題が待ち構えている。

それは、「自分で自分の頭を殴る」という動作の外観が、いわゆる「タコ踊り」とほとんど区別がつかない、という問題だ。

「自分で自分の頭を殴る」という行為は自らを罰するために行うのだから、そこには、一定程度以上の厳粛さが要求される。

にもかかわらず、その行為の外観には、厳粛さのかけらも存しない。

もちろん、自分で自分の頭を殴っている間、客観的に観察した自分の姿を意識せずにいられさえすれば、こうした問題は起こらない。

だが、自らを罰し得るほどの自省力を持つ人間が、行為中の自らの姿を意識せずにいることは、きっと不可能だろう。

結論としては、「自分で自分の頭を殴りたい」という欲望は、そうした欲望を持ったこと自体によって、すでにその目的は達せられている。

その欲望を実行に移せば、かえってその目的に反する結果を招きかねない。

そのような欲望は、おそらく他にもいくらでもある。

2009年2月19日木曜日

山道のイメージ

登山というほどのものではないのだが、ときどきちょっとした山歩きに出かける。

歩くのは基本的に、ハイキングコースとして整備された道だ。

それでも山道の途中には、数センチでも道を踏み外せば、即、崖下に転落するような箇所が少なくない。

そのようなところでは、集中力を最大限にして、足元と行く手の両方に同時に注意を払いながら、一歩一歩慎重に進んでいく。

わずかでも足元を踏み外せばどういう事態になるかが、頭で考えるまでもなく、全身で想像できるからだ。

ひるがえって、自分の夢の実現へと向かう行路ではどうだろう。

毎日、足を踏み外して転落してばかりのような気がする。

悪習に流され、今この瞬間すべきことをせず、すべきではないことをだらだらと続けてしまう。

結果、なし遂げたかったことがなし遂げられないまま、一日が終わる。

山道と同じで、ここで足を踏み外せば今日中に頂上にたどり着けない、へたをすれば永久に頂上にたどり着けなくなる、というポイントが、一日の途中にいくつもあるのだ。

山道と違うのは、足を踏み外したからといって、即、肉体的な痛手を負うわけではないところ。

だから平気で転落して、一日も終わりに近づいてようやく後悔する。

目指す頂上、そこに至る道筋、道を踏み外したときに起こる事態といったものを、山道を歩くときのイメージに重ねつつ、もっと鮮明に自覚して一日を過ごそうと思う。

2009年2月18日水曜日

バカはどっちだ?

15年くらい前に、あるベンチャー企業に勤める若い女性から聞いた話。

自宅事務所から起業して毎年のようにオフィスを拡大し、10年で小さいながらも自社ビルを建ててしまったその会社の創業社長、なんでも自分の思い通りにしないと気が済まない典型的なワンマン社長で、自社ビルの設計図まで、自分で書いてしまった。

「徹底的に無駄を省く」という社長の思想の具体化となったそのビルは、トイレひとつとって見ても、普通なら1人分の個室しか設置できないような空間に、無理矢理2人分の個室を詰め込んである。

ある日の会議でその社長、「みんなあまりにも頭を使ってない!!」と社員を叱り飛ばした。

社長が例に挙げたのは、社員たちが真っ昼間から電気をつけてトイレに入っていること。

窓から日が差していようがいまいが電気をつけるのは、何も考えずに行動している証拠だ、と。

ご想像の通り、社員たち、特に女性社員たちが昼間でもトイレに入るとき電気のスイッチをオンにしていたのは、「今使っているから入ってこないでね」という合図だった。

狭い空間に無理矢理2人分の個室が詰め込まれたトイレで、隣り合って用を足すのは恥ずかしい。

しかしそのことを公に発言するのはもっと恥ずかしい。

2人分設置されているものを1人ずつしか使わないというのも、建物に体現された社長の思想を否定しているように感じられる。

それで社員たちが取った行動が、昼間でもトイレに入るときは電気のスイッチをオンにする、という行動だった。

その恥ずかしさや遠慮が、社長には想像できない。

社員にとってはいろいろ頭を使った末の行動が、社長にとってはまったく頭を使っていない証拠に見える。

この話を聞いて、佐々木は思った。

相手がバカに思えたときほど、バカは自分ではないかと疑わなければならない。

2009年2月17日火曜日

平安の感謝

「平安の祈り」(THE SERENITY PRAYER)と呼ばれる、アメリカの神学者ニーバー(Reinhold Niebuhr、1892―1971)による有名な祈りがある。
《God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed, courage to change the things that should be changed, and the wisdom to distinguish the one from the other.》
《神様お与えください。変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる優しさを。そして、変えられるものと変えられないものを見分ける分別を。》(岡本吏郎さんの訳。原文では優しさが先、勇気が後)
「神様というのはお願いする対象ではなく、感謝する対象だ」という考え方が、佐々木は好きだ。

だからこの祈りも、
「神様、与えていただけたことに感謝いたします。変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる優しさを。そして、変えられるものと変えられないものを見分ける分別を。」
と改作したい。

「お与えください」より、「与えていただけたことに感謝します」のほうが、そういう勇気や優しさや分別が自分にあると信じやすいし、信じたことの方が現実になりやすい。

2009年2月16日月曜日

「未来をひらく福澤諭吉展」に行ってきた

東京国立博物館で開催されている「未来をひらく福澤諭吉展」に行ってきた。

2年ぐらい前に『福翁自伝』を読んで、福澤諭吉の聡明さと快傑ぶりにすっかり魅了されていたので、駅のポスターで開催を知ってすぐ、観覧スケジュールを確保した。

行きしなの電車で『文明論之概略』と『学問のすゝめ』を読み返したが、特に『学問のすゝめ』には、以前読んだときには覚えなかった感激と興奮を覚えた。

ここ最近吉田松陰の『講孟箚記』を読み込んだせいで、漢文調の日本語に慣れたせいもあるだろう。

だがそれだけではなく、まさに今の自分自身が、『学問のすゝめ』に説かれている独立自尊の精神を、観念的な原動力として必要としているということなのだと思う。

著作に目を通してから観覧したおかげで、展示されている遺品や写真や資料から受ける感銘も、ひときわ大きなものとなった。

福翁自伝』に
《今では宵は早く寝て朝早く起き、食事前に一里半〔6km〕ばかり芝の三光から麻布古川辺の野外を少年生徒と共に散歩して、午後になれば居合いを抜いたり米を搗いたり一時間を費やして、晩の食事もチャント規則のようにして、雨が降っても雪が降っても年中一日も欠かしたことはない》
と書かれているが、その散歩中の写真やコース図、居合刀、米搗き用の大きな杵と臼も展示されていて、なるほど、こういう刀や杵を毎日振るうだけの身体があってこそ、あの豪快な言論と行動があったのだと納得がいく。

諭吉が幼少の息子たちに「まだまだ小さな子供とはいってもやがては大人になって社会に出るのだから、少しずつでも自分でできることは自分でできるようになりなさい、これを英語でインディペンデンスというのです」みたいな教えを書き与えた紙には、目頭が熱くなった。

諭吉が創刊した新聞『時事新報』への広告出稿を呼びかける広告も、興味深かった。

海に大判小判が大量に浮かんでいて、商人が船の上から新聞広告の網を投げるイラストとともに、「このチャンスを逃すな!」みたいな煽りコピーが書かれているのだ。

マスメディアへの広告掲載という集客方法が日本に定着する上で、福澤諭吉が果たした役割は大きかったらしい。

自ら新聞誌上で
《商売に広告が必要なるは兵士に武器の必要なるが如し。何程の勇士にても素手にて敵を攻めて勝ちをとることは難しく、何程抜目なき商人にても広告を為さずして、商利を博する事はむつかしい》
とも説いている。

日本で最初の広告会社「弘報堂」の命名をしたのも、福澤諭吉なのだとか。

経営コンサルタントの神田昌典さんが『仕事のヒント』の中で
《お金に恵まれない大きな理由は、お金の悪口を言うからである。「人生、お金じゃない」というセリフは、お金がある人だから言えるセリフで、お金の欲しい人は言ってはならない。お金を愛そう! お札を大切にキレイに扱おう! お金に感謝しよう! 壱万円冊の肖像・福澤諭吉先生の本を読んで、福澤諭吉先生を尊敬しよう! 福澤諭吉先生は、思想家ではなく、起業家なのです。》
と書いていたのは、ホントだったのだ。

2009年2月15日日曜日

毎月1日と15日は神社に参拝

毎月1日と15日は、近所の鹿島神社に参拝することを習慣にしている。

朝早くからスーツを着て鳥居をくぐり、手水舎にて手水を掬い手と口を清め、拝殿前で賽銭を入れ鈴鐘を鳴らし二拝二拍手一拝。

心の中ではただ「いつもありがとうございます」とだけつぶやく。

神社仏閣はお願いごとをしに行くところではなく、感謝をしに行くところだと思っているので。

世界の起源や生命の起源について、佐々木は唯物論の立場に立つ。

唯物論を支持する人間が神社への参拝を習慣にするのは、矛盾だ。

だがこの矛盾は、必要な矛盾だと思っている。

神やそれに類する概念を排除して、世界を客観的に理解しようとするとき、人間は、自分自身を含む世界を、世界の外側から見る立場に立つ。

このとき認識主体としての自分は、この世界に含まれていないことになっている。

だから、神を排して世界を理解しようとするとき、人は自分自身が神の立場に立つと言える。

一方、生活主体としての自分は、現実にこの世界に含まれ、この世界に影響を与え、この世界から影響を受けながら生きている。

世界を外から見ないことには、世界を正しく認識できない。世界を外から見たままでは、この世界で正しく生きられない。

唯物論支持と神社参拝の矛盾は、この矛盾の反映だと思う。

2009年2月14日土曜日

物事の起源への問い

たとえば国語辞典の使い方ひとつ説くのにも、国語辞典だけを見ていては、読み手の心を動かすような説明はできない。

国語辞典とは何なのか。国語辞典を使うとはどういうことなのか。それは人間にとって、あるいは自分にとって、どのような意味を持つことなのか。

そう問わずにはいられないのが人間だ。

全体の中の位置づけがわからないことには、理解も行動もできないのだ。

全体というのは空間的な全体だけでなく、時間的な全体も指す。

だから「物事を正しく理解して正しく行動したい」という欲求は、必然的に、物事の起源への問いを呼び起こす。

古代から人類が、たとえ荒唐無稽な神話の形式であっても、人類の起源、生命の起源、宇宙の起源などについて説明せずにはいられなかったのは、こうした起源についての説明がつかないことには、「自分たちはなぜその行動を選ぶのか? なぜ別の行動を選ばないのか?」を、自分にも他人にも十分納得させることができなかったからだろう。

世界の起源に関する説明は、最も深いところで、人間の行動の土台をなしている。

世界の起源に関する説明があやふやである限り、人間の行動もあやふやにならざるをえない。

共同体の結束の強さや、共同体が選択する行動に対する成員の確信の強さが、文字通り死活問題であるような環境においては、すべての成員が世界の起源に関して同一の説明を共有すること自体が、共同体の存亡に関わるほどの重要性を持つ。

一方で、世界の起源に関する説明ほど、万人に納得のいく証明があり得ない問題もない。

世界の起源に関する見解の対立は、人類が存在する限り解決され得ない。

だから、世界の起源に関するあやふやな確信に基づいて、あやふやな行動を続けても生命を脅かされることがない今の日本社会は、世界の起源に関する理解を巡って人間同士が争う必要がないという意味でも、実に恵まれた社会と言えるだろう。

今の日本において「確信をもって自分の人生を生きたい」というのは、「ポルシェに乗りたい」とか「豪邸に住みたい」とかと同列の、何ら生存には関わらない欲望の一つに過ぎないに違いない。

佐々木にとっては「確信をもって自分の人生を生きたい」というのは大切な欲望の一つだから、人類の起源、生命の起源、宇宙の起源に関する問いも、個人的にはとても大切な問いだ。

今の佐々木にとって、これらの問いにもっとも納得の行く説明を与えてくれるのは、『看護のための「いのちの歴史」の物語』(本田克也・加藤幸信・浅野昌充・神庭純子著)という本だ。

この本が佐々木にとっての創世記と言っていいと思う。

この本で説かれている人間観や生命観や世界観を、神や命に対する冒涜と感じる人も、当然いるはずだ。

むしろそういう人の方が多いかもしれない。

ただ、同意するかどうかは別にして、こういう人間観や生命観や世界観で生きている人も世の中にはいる、ということを知るためだけでも、この本は読んでおいていい本だと思う。

2009年2月13日金曜日

万人向けであること

ウォークマンを買ってから、ラジオを聴くことがほとんどなくなってしまった。

以前は、家事をしながらFMラジオなどをよく聴いていたのだが。

自分が好きな音楽、自分が選んだポッドキャスト番組だけを聴くことに慣れてしまった結果、好きでもない音楽や喋りやCMを聴くことが、なんだか我慢ならなくなってきてしまったのだ。

共同体の解体は、こんな形でも進行していくのだろう。

「万人向け」に作られたものを、多くの人が、「自分向け」に作られたものと感じられなくなっていく。

むしろ、万人に向けて作ることなど意図せず、作り手自身が良いと信じて作ったものこそが、結果として万人に受け入れられていくのではないか。

というか、そうなってほしい。

2009年2月12日木曜日

『例解新国語辞典』という偉業

他人が読んで「わかる」ように書くというのは、難しい仕事だ。

「わかりやすく」書くだけでは十分ではない。

「わかりたくなる」ように書かなければ、そもそも読んでもらうことすらできない。

「わかりやすく」、しかも「わかりたくなる」ように書く難しさ。

その難しさは、わかって欲しい事柄が複雑になるほど上がるだけではない。

読んで欲しい相手の理解力が下がれば下がるほど、わかってもらえるように書く難しさは上がっていく。

子ども向けに、複雑な学問や倫理を平易に説いた文章を読むと、涙が出るほど感動する。

それは、子どもたちに希望を託す精神のあり方自体が素晴らしいからだけではなく、そういう事柄を、子どもでもわかるように書くために要した労苦の大きさを、思わずにはいられないからだ。

例解新国語辞典』という、中学生向けの国語辞典がある。

出版社による紹介サイトに、「この辞典の活用のしかた」が掲載されている。

「国語辞典の引き方」などという、ややこしくて、おそらく子どもにとっては面白くもなんともないことを、ここまで「わかる」ように書いた編集者たちの努力と精神に、感動を覚えずにはいられない。

「この辞典の活用のしかた」はこう始まる。
《辞書には長い歴史があり、知識の宝庫ともいわれてきました。知らないことを知るための、ふたしかなことを確かめるための、つえとも柱ともなり、人びとの言語生活に欠かすことのできない道具として使われてきました。
この『例解新国語辞典』は、そのような辞書の伝統をふまえながら、わたしたちのことばの世界が広まり深まるように、あなた自身の日本語が生きいきとしたものになるように、という願いをこめて編修した辞書です。》
辞書の使い方を説くのに、いきなり「辞書をどう使うか」という方法論から始めるのではなく、「そもそも人類にとって辞書とはいかなるものなのか」、「あなたの人生にこの辞書をどう役立ててほしいのか」という本質論から始める素晴らしさ。

説明というのは、こうでなければならない。

項目の立て方も、各項目の説明も、子どもたちにわかりやすいように、子どもたちがわかりたくなるように、考え抜かれていることがよくわかる。

ただやさしく説くだけではなく、ときには努力も要求する。
さがしている語が見つからないからといって、簡単にあきらめてしまってはいけません。》
⇒や→などのしるしがあったら、その指示にしたがって、かならずその先をも調べるようにします。》
《文章を書いていて、もっとよい表現はないかと思ったら、まず頭に浮かんだことばを引いて、その語に関する部分をていねいに読みます。すると、意味のなかや、用例のなかから、きっとヒントがえられます。それでもまだ満足できなかったら、[対][類]に出ている語を調べたり、さらに、それをたどって、どんどん引いていきます。そうすれば、きっと気に入るような言い表わしかたを見つけだせます。よい文章を書きたいと思うなら、てまを惜しんではなりません。》
「この辞典の活用のしかた」だけでなく、この辞書全体が、巨大な橋梁やトンネルにも匹敵する大偉業であるように、佐々木には思える。

中学生向けの辞書だが、文章を書くことを仕事にしている人なら、買って損はないと思う。

他人に「わかる」表現の宝庫だから。

もちろん、買ったらすぐ箱は捨てて欲しい

2009年2月11日水曜日

殀壽不弐、脩身以俟之、所以立命也

吉田松陰の『講孟箚記』で好きなところをもう一つ。
《殀寿(ようじゅ)弐(うたが)はず、身を脩(おさ)めて以(もっ)て之(これ)を俟(ま)つは、命を立つる所以なり。(殀壽不弐、脩身以俟之、所以立命也)
殀寿は命の短長なり。命の短長に於て疑弐(ぎじ)の心を生ぜず、唯〃(ただただ)「身を脩めて以て之を俟つ」とて、吾が心力の及ぶだけは尽して、其の餘(よ)は命に任せ置くなり。然れば命を立つるとて、命を人為を以て害するに至らず。〔‥‥〕
「殀壽不弐(殀壽弐はず)」の四字、誠に吾が輩の良誡(りょうかい)なり。殀も寿も皆吾が心底に任することに非ず、唯身を脩むるは己にあり。我已に老いたり。今更学問にも及ばず、或ひは墓なき浮世僅か五十年の光陰に、事業も入らぬ物なりと云ふ類、或ひは悟りを開きたるに似るあり。懶惰(らんだ)に陥りて返ることを知らざるもあり。少しは優劣あるが如しと雖(いへど)も、均しく皆「立命」と云ふことを知らざるなり。凡そ人一日此の世にあれば、一日の食を食ひ、一日の衣を着、一日の家に居る。何ぞ一日の学問、一日の事業を励まざるべけんや。仮(たと)へば逆旅(げきりょ)の如し。茶屋小屋に休宿する時は、夫々に茶代・宿代を与ふるが如し。天地は万物の逆旅にして、衣食居を初め、天地万物の恩を受けながら、其の恩に報ぜざるは、実に天地の盗人、万物の蠹虫(とちゅう)と云ふ物にて、茶代・宿代を与へずして逆旅を過ぐるが如し。豈(あに)惧(おそ)れざらんや。余甲寅(こういん)の歳、澁木生(しぶきせい)と下田獄に囚はる。僅か半坪の檻に両人坐臥す。日夜無事なるに因りて番人に頼み、『赤穂義臣伝』『三河後風土記』『眞田三代記』など、数種を借りて相共に誦読(しょうどく)す。時に両人、万死自ら期す。今日の寛典に処せらるべきことは、夢だにも思はざることなり。因りて余、澁木生に語り云はく、「今日の読書こそ真の学問と云ふ者なり。昔し漢の夏候勝(かこうしょう)・黄覇(こうは)両人獄に下る。夏候勝は儒者なれば、黄覇、夏候勝に学問を授かり度き由を云ふ。勝云はく、遠からず罪死に遇ふべき身分の、学問は入らぬ者なりと。覇云はく、『朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり』と云ふこともあれば、是非とも授かり度しと申せし故、勝も其の辞に感じて遂に授けしに、三年の間、獄中にて講論怠らざりしが、後、大赦に因りて両人共に獄を出で、再び官に登りしと云ふことあり。両人獄に在る時、固(もと)より他日の大赦は夢にも知らぬことなり。然れども道を楽しむの厚く、学を好むの至り、斯の如し。今、吾が輩両人、亦此の意を師とすべし」と云へば、澁木生も大に喜べり。今、此の章を読み、前日の説と暗合することあるを喜び、又澁木生溘焉(こうえん)夕死(せきし)し、復(ま)た共に此の章を講論することを得ざるを悼み、玄然(げんぜん)として涙下る。〔‥‥〕》(講孟箚記巻の四中 尽心上篇)
《「殀寿(ようじゅ)弐(うたが)はず、身を脩(おさ)めて以(もっ)て之(これ)を俟(ま)つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」、「殀寿」とは生命の短いとか長いとかいうことである。この句の意味は、生命の短長については何の疑惑をも起さず、ひらすら自己の身の修養につとめて生涯を終えるために、自分の心の全力を発揮し、その外のことはすべて天命にまかせておくというものである。それを「命を立つる」、天から与えられた生命を全うするというのであって、こうしたならば生命を勝手なふるまいによって害するようにはならないのである。〔‥‥〕「殀寿(ようじゅ)弐(うたが)はず」ということばは、まことにわたくしにとってのよい誡(いまし)めである。早死も長生も、いずれも自分の心のままになるものではない。ただわが身を修めることは自分の責務である。「わたくしはもう年老いたから、今更学問にも及ばない」とか、「はかないこの世のなか、わずか五十年しか生きていないのに、仕事など無用のものだ」とかいう類は、悟りを開いたように見えるものもあり、なまけ癖に陥ってもとの自分にもどることがわからぬものもあって、少しはその間に優劣があるようではあるが、いずれも「命を立つ」ということを知らぬものである。
 およそ、人は一日この世に生きていれば、一日分の食物をたべ、一日分の衣服を着、一日分の家住いをする。それならば一日分の学問、一日分の事業を励まねばならない。このことは宿屋に似ている。宿屋に休息したり宿泊したりすれば、それに応じて茶代や宿代を与えるものである。「天地は万物の逆旅(げきりょ)、天地はあらゆるものにとって宿屋であると李白(りはく)もいっているが、衣・食・住を初めてとして天地万物の恩を受けていながら、その恩に酬いようとしないことは、実に天地の盗人、万物の害虫というべきものであって、茶代や宿代を与えずに宿屋を出てゆくようなものである。惧(おそ)るべきことといわねばならない。
 わたくしは、安政甲寅の歳、すなわち元年に、米艦で渡海しようとして失敗し、澁木生(しぶきせい)とともに下田の獄舎に囚えられ、わずかに半坪の檻の中に二人で起居したのであるが、日夜、為すことがないので、番人に頼んで『赤穂義臣伝』『三河後風土記』『眞田三代記』など数種の書物を借りて、ともに誦読したのであった。そしてその時、二人とも、必ず死罪に処せられるものとみずから覚悟しており、今日の寛大な処置を受けようことなど、夢にも考えていなかった。そこでわたくしは、澁木生に次のように語ったことである。「今日している読書こそ、真の学問というものである。昔、漢の夏候勝(かこうしょう)と黄覇(こうは)の二人が獄に入れられた時、夏候勝は儒者であるから、黄覇は彼に向って学問を授かりたいと頼んだところ、勝は、遠からず死罪になるべき運命のものに、学問は必要ない、と断ったので、覇は、『朝に道を聞いたならば、夕には死んでもよい』ということもありますから、是非とも教えていただきたい、といったので、勝もそのことばに感動してついにそれを授けたところ、三年間、獄中で怠ることなく研究していたが、後、大赦にあって二人とも獄を出て再び官についたという話もある。しかしこの二人が獄にいた時、もちろん、後日大赦にあうということは夢にも知らぬことであったが、そのうちにあって、このように厚く道を楽しみ、この上なく学問を好んだのである。今、われわれ二人も、この精神を手本にしよう」。こういったところ、澁木生も大いに喜んだ。わたくしは今この章を読んで、あの時の意見と暗合しているところがあるのを喜び、同時に澁木生がにわかに没してしまい、再びともにこの章について研究することができないことを悼んで、しとど涙を流したことである。》(近藤啓吾訳)
死刑を覚悟して一緒に牢に入れられて、「一緒に本を読もう、これいう状況でする学問こそ真の学問だ」と提案して喜んでもらえる友人がいる、というのがすごいと思う。

2009年2月10日火曜日

武術でどこまで上達することを目指すのか?

最近、武術の稽古で、自分が壁にぶつかっているように感じる。

上達が止まっているように感じられる、というのとは違う。

ほとんど毎日のように新しい進歩と発見があり、そのペースはますます速まっている。

そういう壁ではなくて、武術を修業するうえでの自分の目標が、ひどく不明瞭に感じられてきたのだ。

ややこしい話で申し訳ないが、先が見えなくなってきた、というのとは違う。

むしろ、自分の行く先が鮮明に見え始めてきた結果として、自分の目的意識のあいまいさが浮き彫りになってきた、という感じだ。

修業を始めたばかりのころは、かなり漠然とした目的意識でも、強い動機として自分を動かしてくれた。

しかしここまで上達してみると、この先どこまで上達する気があるのか? を改めて自分に問い直さなければ、もう先には進めない。

師範にはずいぶん高いところまで導いてもらったものだと思う。

目指す水準は、どこまで高く設定しても許されるような気がしている。

あとは、自分の人生全体の中で、武術が占める重みや位置づけを確認することだ。

せっかく武術で高いレベルを目指すことを許されるところまで来たのだから、武術で目指すレベルから自分の人生全体を考え直す、という作業も必要なのかもしれない。

2009年2月9日月曜日

二元的な思考

岡本吏郎さんの『成功はどこからやってくるのか?』は佐々木が好きな本の一つ。

成功法則本をどれか推薦して欲しいと言われたら、この本は外せない。

(今の佐々木に成功法則本の推薦を求める人などいるはずもないが)

ただこの本、いい本なのだが、いまひとつわからない部分も多い。

「二元的な思考をやめる」という話もその一つだった。

それが最近、ふと腹に落ちた。

詳しくは書かないが、ちょっとした出来事がきっかけで、ここしばらくかなりの自己嫌悪に陥っていたのだが、自己嫌悪って「二元的な思考」そのものだなと突然気がついた。

で、「二元的な思考をやめる」なんて、それは無理だとも。

無理ではあるけれども、二元的な思考の弊害を自覚することで切り開ける認識的・行動的な地平は、思いのほか大きそうで、そこには希望があると思った。

2009年2月8日日曜日

しば漬け食べたい

20年くらい前、山口美江扮するOLが仕事に疲れ切って
「ハーッ、しば漬け食べたい‥‥」
とつぶやくCMがテレビでよく流れていた(Youtubeで見ることができる)。

スーパーの漬け物コーナーでしば漬けが目に入るたびに、山口美江のあのセリフが自動的に頭の中に流れて、買い物かごに投入となってしまう。

佐々木がいつも買うしば漬けは、あのCMを流していた大手食品メーカーのものではない。

あの大手食品メーカーが大金を投じてしば漬けへのウォンツを喚起してくれたおかげで、しば漬けを売るすべての会社が恩恵を受けたに違いない。

ちなみにあのCMを撮ったのは、映画「下妻物語」や「パコと魔法の絵本」の中島哲也監督なのだとか。

話は変わるが、佐々木がやっている業務マニュアル製作請負という仕事は、いまだにその存在すらが認知されていない。

マニュアルは社内で社員それぞれに作らせるもの、というのが一般的な認識だ。

どこか資本力のある会社がこの業界に参入して、たとえばマニュアルづくりを命じられて疲れ切った女子社員が
「ハーッ、マニュアルなんて外注してほしい‥‥」
とつぶやくCMを流してくれないだろうか、などというムシのいい妄想を、ちょっとしなくもない。

2009年2月7日土曜日

吉田松陰の予言

獄中の吉田松陰が囚人たちを相手に『孟子』を講義したのは、同囚を励ますためである以上に、自分自身を励ますためであったようだ。
《〔‥‥〕世の君に事(つか)うることを論ずる者謂(おも)へらく、「功業立たざれば国家に益なし」と。是(これ)大(おおい)に誤りなり。「道を明かにして功を計らず、義を正して利を計らず」とこそ云へ、君に事(つか)えて遇(あ)はざる時は、諌死(かんし)するも可なり、幽囚(ゆうしゅう)するも可なり、饑餓(きが)するも可なり。是等の事に遇えば、其の身は功業も名誉も無き如くなれども、人臣の道を失わず、永く後世の模範となり、必ず其の風を観感して興起する者あり。遂には其の国風一定して、賢愚貴賎(けんぐきせん)なべて節義を崇尚(すうしょう)する如くなるなり。然れば其の身に於て功業名誉なき如くなれども、千百歳へかけ其の忠たる、豈(あに)挙げて数うべけんや。是を大忠(だいちゅう)と云(い)うなり。〔‥‥〕》(講孟箚記巻の一 第一場 乙卯六月十三日)
《世間の君に仕えている人のうちには、「功業が立たなければ国家に益するところがない」と思っているものがあるが、これは大いに誤った考えである。「道を明らかにして功を計らず、義を正して利を計らず」という通り、君に仕えて意見が合わぬ時は、諌死(かんし)するもよい、幽囚(ゆうしゅう)されるもよい、饑(う)えて死するもよい。これらの状態に陥った時には、自分の一身においては、功業も名誉もないようではあるが、臣下としての道を失わず、永く後世の人々の模範となり、必ずその態度を観て感動し、奮起する人も出て来るものである。かくしてついにその国の風(ふう)が確定して、賢愚貴賎(けんぐきせん)の区別なく、人々すべて節義を尊ぶようになるのである。以上から見るならば、自分の一身から見れば功業も名誉もないようであるが、千年百年という長い年代にわたって、その行動が忠義であること、計り知ることができぬものがあるのであって、さればこれを大忠(だいちゅう)というのである。》(近藤啓吾訳)
本人が刑死して150年が経た今、吉田松陰が《永く後世の模範となり、必ず其の風を観感して興起する者あり》と喝破した通りに、自分が《其の風を観感して興起》しているという事実に打たれる。

2009年2月6日金曜日

格調高く文章化された「人の道」の必要性

吉田松陰の『講孟箚記』()を読んで最も考えさせられたのは、「人の道」を格調高く文章化すること(あるいは格調高く文章化された「人の道」に学ぶこと)が、人間にとっていかに重要で、かつ人間の魂に求められることであるか、ということだった。

幕末維新期の指導者として知られる吉田松陰の主著が、なぜ中国の古典『孟子』の解説書なのか?

投獄されて、陰鬱自棄に陥っている囚人たちを見て吉田松陰が始めたことが、なぜ『孟子』の講義だったのか?

『講孟箚記』の本文を読むまで、佐々木にはいまひとつ納得がいかなかった。

『講孟箚記』を読んでわかったのは、あの種の教典が人生において果たす役割は、構造力学が土木工事において果たす役割に近い、ということだ。

飛んで越せる程度の小川に橋を架けるのに、構造力学など必要ない。

大雨が降るたびに流されて架け直すような橋をつくるのにも、構造力学は必要ない。

人がもって生まれた能力では絶対に越えられない大河、海峡に、いかなる大嵐が来ようとも流されない橋梁を築くためにこそ、構造力学は必要とされるのだ。

同様に、生涯平穏無事な人生を生きるのに、あの種の教典など必要ない。

困難に直面するたびに絶望することを自らに許す者にも、あの種の教典など必要ない。

艱難にも希望を失わず、乱世にあっても重要な判断を誤らないためにこそ、あの種の教典は必要とされるのだ。

吉田松陰も述べている。
《〔‥‥〕世には性質甚美(じんび)にして、言を慎しみ行ひを謹しみ、入りては孝、出でては弟、郷党これを愛し、朋友これを信じる、一箇の善人あり。此の様の人は別に学問を為さずとも済むべき様なれ共(ども)、生質の美にて能く是程の事を為せども、学問せず思辨(しべん)せざれば、何か天下の大乱、人倫の至変、忠孝の大関係あることに至りて、却(かえっ)て大(おおい)に謬戻(びゅうれい)を生ずることあり。是れ「著しからず」「察(あきら)かならず」の弊なり。故に学問・思辨は固より日用常行の為なれ共、日用常行は無学にても可なりに出来る者衆(おお)ければ、是を以て学問・思辨と罵るに足らず。必ずや大節・大義に明らかに、天下の大乱、人倫の至変に至りて謬戻なき如く、常々工夫すべし。是、学問・思辨の功に非ずんば、悪(いずくん)ぞ能く是に至らんや。〔‥‥〕》(講孟箚記巻の四中 第五章)
《世の中には、素質が非常にすぐれていて、言行をいい加減にせず、親には孝、長者にはよく仕え、村の人々からも愛され、友人からも信ぜられている善人があるもので、このような人物は、別段学問をしないでも、過ごしてゆけるようであるが、素質のよさによってこれだけのことはするものの学問も思索もしないために、天下の大乱、人倫の大変、忠孝上の大問題にぶつかると、大きな間違いを引き起こしてしまうことがある。これが孟子のいう「著(いちじる)しからず」、はっきり知っていない、「察(あきら)かならず」、道理に徹していないがための欠陥なのである。それ故に、学問や思索は、いうまでもなく平生の行動を誤らぬためのものであるが、平生の行動は、無学でも、ある程度はみごとにできるものが多いので、そのため、学問や思索を無用のものと罵るものがあるけれども、それは問題とするに足らぬ。われわれは、大節・大義、すなわち道義の実践と道義のあるところを明らかにし、天下の大乱や人倫の大変に至っても道を誤ることのないように、平生において研究しておかねばならない。そのためには、学問と思索との努力を重ねるのでなければ、とても、それを成し得られることではない。》(近藤啓吾訳)

2009年2月5日木曜日

『講孟箚記』を読んだ

今年の古典読破計画の第二弾として、吉田松陰の『講孟箚記』(講談社学術文庫、)を読んだ。

読み始めたときは、「ちょっと背伸びし過ぎたかな? 難しくて自分には読めないかな?」と不安になったが、フォトリーディングの要領で全体を眺めてから、巻末の解説(近藤啓吾さん)で吉田松陰の生涯や言葉を読んで、俄然読む気になった。

松下村塾の主催者として高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋といった人々を指導した人物だから、高齢まで生きたものと勝手にイメージしていたが、吉田松陰が斬首刑に処されたのは30歳のとき。

わずか20代で、あれだけの思想的影響を与えた人物だったのだ。

ペリー来航で国中が混乱に陥っていた1854年、松陰25歳のとき、下田に停泊中のペリー率いるアメリカ艦隊の1隻に小舟で乗り付け、
「吾(わ)れメリケンに往(ゆ)かんと欲す。君(きみ)幸(さいわい)に之(これ)を大将に請(こ)え」
と漢文で大書きしたものを見せて乗艦を要求するが拒否され、下田奉行所に自首(密航は重罪だった)。獄に入れられる。

獄に入れられた吉田松陰は、刑期というものがないためにいったん投獄されると生涯出獄が許されず、前途への希望を失い陰鬱自棄に陥っている囚人たちを見て、なんと囚人たちを相手に『孟子』の講義を始める。

囚人相手に経典講義を始めることを思い付くだけでもすごいが、この新入り同囚からの、聴く義務など何もない講義は獄囚たちに深い感銘を与え、二カ月の『孟子』講義が終わった後はただちに『孟子』の輪講が始められたそうだ。この輪講は、松陰の出獄まで5か月にわたって続いたという。

この輪講の内容に、出獄後の松陰による『孟子』研究の内容が追加されたのが、この『講孟箚記』だ。

近藤啓吾さんによる現代語訳が付記されているおかげで、それほどの困難を感じることもなく、吉田松陰の崇高な精神に触れることができた。

本文を読むと、なるほど、そういう行動を取って、かつ周囲の人々を感化するだけの気魄と至誠に満ちた人物であったことが、よくわかる。

読んでいて涙が出てくるところが、随所にあった。

こういう魂を持った吉田松陰という人物自体がすごいと思うと同時に、こういう人物を多数の人々が師と慕い、その書物が古典として残されて影響を与え続けるこの日本という国も、またすごい国だと改めて思った。

2009年2月4日水曜日

梅は咲いたか

近所でも梅の花が咲き始めた。

「梅は咲いたか 桜はまだかいな」の端唄が頭の中を流れる。

冬のさなか、太陽暦の1月1日に1年の区切りが来るというのは、あまりに人工的で実感に欠ける。

梅の花が咲き、桜の花が咲く、という流れにこそ、また1年が巡ったという思いが湧く。

こんなことをあと50回も考えれば、50年という年月は経ってしまうのだ。

過去を振り返って「時が経つのは速い」などとは思わないし、思いたくもない。

しかし自分にとっての未来に限りがあることは、いつも意識していたいと思う。

2009年2月3日火曜日

認識主体と認識対象の分化

自分の背骨1本1本がかなりはっきりと意識できてきた、と感じられるとき、その背骨1本1本を意識している自分自身というものが、新しい自分自身になったように感じられる。

言い換えると、それまでは存在しなかった自分自身が新たに発生したように感じられる。

自分の背骨の1本1本を対象化できていなかったときの自分自身は、いわば、自分の背骨の中に埋没していた。

言い換えると、認識対象である背骨と、認識主体である自分自身が、未分化だった。

認識主体と認識対象は、両者未分化の状態から分化する形で、同時に発生するのだ。

認識対象が存在する前から、認識対象とは独立に認識主体が存在していて、その認識主体が認識対象を認識するわけではないのである。

では、認識主体と認識対象の分化は、常に認識の発展として捉えるべき現象なのだろうか。

そうではないだろう。

たとえば、自分の近くを歩いていた人が何かに躓いて転びそうになったのに気づくと、頭で考えるより先に、自分の体が勝手にその人に手を差し伸べようとする。

これは、自分の近くを歩いていた人と自分自身が、認識対象と認識主体という形で分化していないからだ。

このとき認識主体としての自分自身は、認識対象としての周囲の人々の中に、いわば埋没している。

だからこそ、他人の身に起きたことが自分の身に起きたことのように感じられて、自分の体が勝手に動くのだ。

このような認識のあり方は、たとえば建築学者が建物の倒壊実験をするときの認識のあり方とは、まったく違うはずだ。

このとき認識主体としての建築学者は、認識対象としての建物から完全に分化している。

このように認識主体と認識対象が完全に分化しているからこそ、科学的な認識が可能になるのであり、実践に役立つ認識が得られるのだ。

しかし、自分の近くを歩いていた人が転びそうになったのに、建築学者が建物の倒壊実験をするときのような認識でいるとすれば、それは実践的な認識としてはかなり問題があるだろう。

なんだかカントが読みたくなってきた。

2009年2月2日月曜日

背骨で問題をまさぐる

高岡英夫先生の『究極の身体』という本に、魚類が体現している脊椎主導型の身体運動を体現することが、人類にとっても、身体運動や認識能力を高度化する道である、というような話が出てくる。

で、佐々木も脊椎主導の身体運動を体現すべくトレーニングを重ねているのだが、昨日ふと思い付いて、仕事の上でぶつかっている問題を、頭の中でこねくりまわすのではなく、背骨の波動運動でまさぐり解きほぐす、というイメージを持ってみた。

これはなかなかいいかもしれない。

2009年2月1日日曜日

年功序列社会における義務

佐々木は10代の終わり頃、次のようなことを強烈に思った。

日本では長幼の序が重んじられる。

年長者に対しては、年長者であるというだけの理由で、敬意を払うことが社会的に強要される。

もしも自分が年長者になったとき、年齢にふさわしく尊敬に値する人間になれていなかったら、年少者に対して、してもいない尊敬をしている振りをすることを強要することになる。

これは相手にとって大変な迷惑だ。

この日本において、年齢を重ねるほどに自分を高めていくことは、社会的な義務なのだ。

そう意識して20年近くが経った今、自分が年齢にふさわしいだけの存在になれたかどうかは、わからない。

ただそういう意識で生きてきたことは、自分にとって悪いことではなかったと思う。
 
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